大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・21「もちろんよ!」

2017-05-31 06:09:09 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)21
  「もちろんよ!」
                   

 たいていの学校がクラブの存立要件を部員5人以上としている。

 でも、この「5人以上」というのは全校生徒が1300人以上いた大昔の話で、半数ほどに減ってしまった今日では厳しすぎる。
 ここに思い至り、生徒会を凹ました須磨はたいしたものだと、啓介も千歳も思った。

「……でも、これが、あの須磨先輩なの?」

 そうこぼしてしまうほど、須磨の寝姿は無防備だ。
「あ、また……」
 持ったマイクをテーブルに置いて、啓介は寝返りを打って落ちてしまったブレザーを、須磨の下半身にかけてやった。

 あれから演劇部の3人は、近所のカラオケにくり出して凱歌を上げた。
 所属する目的は三者三様。共通しているのは演劇など薬にもしたいと思っていないこと。
 その3人の意見が一致して、初めて行動をともにしたのが、このカラオケであったのだ。
「このへんにして、もう帰ろうか」
「そうね、もう充分発散したわよね」
 ほんとうはこれからという気持ちが強かったが、もう一度須磨を起こすのは気の毒……というよりは興ざめなので制限時間を20分ほど残してカラオケを出ることにした。

「ごめんね、寝てばっかりで」

 須磨が寝てしまったのと同じ回数謝ったところで、千歳の迎えがやってきた。
「おお、これはスゴイ!」
「なんか、親父が大好きなサンダーバードの世界やなあ!」
 迎えに来た千歳の姉への挨拶もそこそこに、啓介と須磨は、ウェルキャブに収納される車いすに見とれてしまう。
 ウェルキャブは、さらに改良されていて、千歳が助手席に収まると自動で車のハッチバックまで移動し、せり出したスロープを上って車内に収まった。
「それじゃ、これからも千歳のことよろしくお願いします」
 姉の留美は、深々と頭を下げて運転席に収まった。

「いい先輩たちじゃないの」

 手を振る2人にバックミラー越しに頭を下げて留美が呟いた。
「え、あ、うん。今日だってね、部室明け渡しを迫る生徒会に乗り込んで、先輩たちがんばってくれたの!」
 千歳は、数時間前の顛末を熱っぽく語った。
「ふーん、松井先輩って美人なだけじゃなくて、頭も回るし度胸もあるのね」
「うん、ダテに(高校6年……と言いかけて)その……美人やってないわよ」
「そうね、人数が多いばかりが演劇部じゃないわよ。3人いればお芝居なんて、どうにでもなる。先輩に恵まれたんだから、千歳もがんばってね」
「う、うん、もちろんよ!」

 そう答えながら、千歳は自己矛盾におちいった。

 自分は、演劇部が潰れることを前提に入部した。部活にがんばったけど、潰れてしまったんじゃしかたがない……そういうことで、一学期の終わりには空堀高校を辞めるために。

 でも、まあ、ちょっとは頑張ったというアリバイにはなったよね。そう、アリバイなんだ。

 自己矛盾は簡単に消えてしまった。

 
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・20「ウグ……」

2017-05-30 06:01:29 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)20
  「ウグ……」
                   


 須磨の姿は二回りほど大きく見えた。

 啓介はアクション映画で、こんなシュチュエーションがあったような気がしたが、タイトルは思い出せない。
 その映画では、次の瞬間に部屋に居た者は女が持っていたマシンガンで皆殺しになった記憶がある。

「部員が5人以上いなければ部活としては認めない……いったい、いつの規約よ!?」

 書記の眼鏡少女が律儀に生徒手帳を繰り始めた。
「……昭和21年に新制高校に移行したときに、生徒会規約第28条第3項として作られました」
「そうね、日本国憲法と同じくらい古いの」
「それがなにか? 古いからダメと言うんじゃ話にならないわ」
「そうね……でも、考えてみてよ。その時代って生徒数は今の倍よ、ざっと1300。今は580あまりしかいないの。1300で5人が存立条件なら、580では3人が順当な水準じゃないかしら。国会議員の定数配置だって見直されているわ、生徒定数を頭に入れないで存立条件を70年にわたって放置してきたのは怠慢じゃないかしら」

「「「「「「「「ウ……」」」」」」」」」

 生徒会役員たちが顧問の松平とともに息をのんだ。
「松平先生が支持してらっしゃる政党は、議員定数改善の急先鋒でしょ、足元の生徒会の規約をほったらかしにしているのは本末転倒でしょう」
「ウグ……」
「以上のことは、学校名を伏せた上でSNSに挙げて置いたわ。演劇部はこのまま部室を使用する。いいわね」
「待って」
 美晴が手を広げ、須磨たちの前に立ちふさがった。
「なによ」
「たとえ理屈がそうであっても、規約は規約。守ってもらうわ」
「リスクを考えなさいよ、追い出されたら黙ってはいないわよ。全校生徒にこのことを訴えかけていくわ、同時にネットを通じて同じような目に遭っている日本中のクラブにも働きかける」
「そ、そこまでしなくても。な、瀬戸内も……」
 松平が割って入った。
「先生!」
「これ以上言うのなら弁護士に入ってもらいます。本気です……伊達に4回目の3年生をやってないわ」
「「「「「「「「「……………」」」」」」」」」」
「じゃ、行こうか小山内君。最後は君が締めてよ、部長なんだからさ」

「えと……今のが演劇部としての申し入れです。えと……きちんと規約が改正されるまでは、現状のまま部室を使います」

 演劇部の3人は、揚々と部室に引き上げて行った。

 
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・19「どーよ!?」

2017-05-29 06:13:34 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)19
  「どーよ!?」
                   


 ガシャン!!

 部室明け渡しを宣告しに来た瀬戸内美晴を追いかけて、美晴が開けたドアに、千歳の車いすは、そのまま突っ込んだ。
 生徒会室のメンバーは、とんでもないことが起こったという顔になった。

 車いすの女の子が追ってくるのをシカトするだけではなく、閉めたドアで挟んでしまったのだ。ヘタをすれば車いすどころか、車いすに乗った千歳を怪我させかねない。いや、はるか昭和の昔には校門の鉄の門扉に挟まれて死亡した事件もあったのだ。

 生徒会顧問の松平は、最悪のことが浮かんで青い顔になった。

「あ、あんた大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりして……大丈夫ですよね小山内先輩?」
「あ……ああ、車いすは大丈夫みたいやなあ、瀬戸内先輩、あんまりちゃいます!」
「なに言ってんの、車いす押してたのは小山内君でしょ。注意義務はあなたにあるのよ」
「せ、瀬戸内……」
「先生も委縮しないでください。さ、ここまで来たんだから話だけは聞いてあげるわ。あたしたちも忙しんだから要領よく話してちょうだい」

 腕を組んだ美晴に挑戦するように、千歳は車いすのタイヤハンドルを回した。勢いづいて美晴の真ん前まで来てしまった。

「……わたし、やっと居場所ができたんです。4月に入学して……ずっと居場所が無くて孤独だったの、空堀高校はバリアフリーの学校だけど、ドアもエレベーターも手すりもトイレもバリアフリーだけど、心はバリアフリーじゃないわ。どこもかもよそよそしくて、わたしが入っていけるところなんか無かった。勧誘してくれるクラブはあったけど、なんだか、どこも身障者の女の子としてしか見てくれない。どこへ行ってもお客さん扱いで、仲間にはなれないの。でも演劇部は違った、こんなあたしでも普通の子、当たり前の子として接してくれるの、くれるんです……そりゃ、少しのんびりしすぎたところはあるかもしれないけど、一年中緊張した部活っていうのもどうなんでしょ……そんな演劇部が一か月足らずで部員を3倍にしたんです。で、体の不自由なあたしでも息がつける場所なんです。お願いだか部室を取り上げないでください。潰さないでください。この通り、お願いします!」

 千歳は、車いすのまま頭を下げた。肩が震えて、膝にはポタポタと涙が落ちた。

「……か、考えてあげてもええんとちゃうかなあ……な、瀬戸内?」
「この局面だけとらえての発言はやめてください。演劇部には活動実態がありません、毎日部室でウダウダしてるだけです。部員の増員と活動の活性化は去年から言ってきています。沢村さんが入部したことや、その反響で、さらに1週間様子を見ました。そうよね小山内君?」
「もうちょっと様子を見てもらえませんか、1週間延ばされただけでは、実績はあげられへん」
「言葉を間違えないでね、わたしは実態って言ったの。基礎練習をするでもなく、脚本を読むでもなく、ただウダウダしてるだけじゃないの」
「そんなことはありません。どないしたらええか考えてるし、台本かて読んでる、さっきも千歳はチェ-ホフの短編読んでたし」
「フフ、中に挟んでたのはワンピースの第9巻だったけど、小山内君のスマホは演劇とは関係ないサイトだったし。知ってるのよ、小山内君1人の時は、パソコンで……」
「ウ……………」
「特殊なゲームばっかりやってるのよね」
「特殊なゲーム?」
 顧問の松平がひっかかり、他の役員たちも(?)な顔をし、啓介は「ウ」と唸ってしまった。
「それに、もう次に入るクラブも決まってるの、ボランティア部が十分な実績を挙げながら部室が無いんで、来月には入ってもらうの。もう手続きも進んでいるわ。書類を」
 美晴は、啓介がたじろいだところでトドメを刺しに来た。
「これです、瀬戸内さん」
 書記の女の子がプリントを見せた。
「そう、公平、公正に規則を運用した結果がこれなの。理解してね」

 千歳も啓介も言葉が無かった。

「その規則が不備だったら、どーよ!?」

 そう言ってドアを開けたのは、4回目の3年生、松井須磨であった。
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・18「部室明け渡し!?」

2017-05-28 06:21:46 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)18
  「部室明け渡し!?」
                   


 お互いネコのようだと思った。

 普通教室まるまる一個分の部室に3人しかいない。
 その3人が、互いに関わることも、3人揃ってなにをするでもなく、好きなようにしている。
 啓介は、ヘッドホンをして好物の冷やし中華を食べながらスマホを弄っている。
 千歳は、チェーホフの短編で隠すこともしないでワンピースを読みふけっている。
 そして、須磨が一番ネコらしく、椅子を並べたところに丸く寝そべり小さな寝息をたてている。
 
 放課後になって部活が始まってから、ずっとこんな調子だ。

 かりに誰かが3人を撮っていて、部活の始まりから観ていても、この3人が演劇部であることは見抜けないだろう。
 それもそのはずで、啓介は、校内で隠れ家が欲しいだけで演劇部の看板を利用しているのに過ぎない。車いすの千歳は、学校を辞めるに足る部活参加の実績を作って、一学期末には「空堀高校でがんばったけどダメだった」と周囲を納得させるためだけに入部し。4回目の3年生をやっている須磨はタコ部屋(生徒指導分室)以外の部屋に行きたいために4年ぶりに復活している。

 この昼下がりのネコカフェのようにアンニュイな静けさは、30分おきに小さく破綻する。

 目をつぶったま須磨はムックリと起き上がり、尻を軸として180度旋回し、再び横になる。
 まるで猫のように膝を曲げるので、スカートの中が丸見えになってしまう。
「っつ……千歳、頼むわ」
「啓介先輩が移動すれば?」
「もう2回移動した。それに今は食事中やし」
「もう……あたしは足が……」
「うん……?」
「なんでもない」
 千歳は足が不自由なことを言いわけにはしない。口をつぐむと床に落ちた毛布を拾って須磨の体にかけてやる。
「こんど目が覚めたら、スパッツとか穿くように言うてくれへんかなあ」
「きのう言った。暑くなるからやなんだって」
「…………」

 そして、再びアンニュイな淀みが部室を満たし始めた時、ドアがノックされた。入ってきたのは1週間ぶりの瀬戸内美晴だ。

「……あら、3人になったの?」
「あ……うん。これくらいで堪忍してくれへんかなあ」
「なに寝ぼけてんのよ。あたしは5人と言ったのよ。ちゃんと生徒会規定に則って」
「あ、でも、そこの松井先輩は6年目で4回目の3年生だし」
「ええ、そう。松井先輩1人で3人分くらいの値打ちあるんじゃないかしら」
「2人とも、寝言は寝てから言ってくれる。規定は規定、揃わなかったんだから、週末までに部室を明け渡してね。じゃ」
「ちょ、ちょっと副会長!」

 回れ右をすると美晴は、そそくさとドアの外に消えて行った。

「ちょ、ちょっと、どうにかならないの!?」
「3人で……いや、2人で、もう一度話しにいこう!」

 あわただしく2人は美晴を追いかけ、三度目の寝返りを打った須磨だけが残された。 
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・17・「やっと演劇部員は3人になった……」

2017-05-27 05:59:41 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)17
  「やっと演劇部員は3人になった……」
                   


 千歳が手を伸ばしたが間に合わなかった。

 寝返りを打った拍子に、須磨のスカートがめくれ上がり、千歳が伸ばした手の先に引っかかって太ももの付け根まで露わになってしまった。
「ちょっと、先輩は出てってくれる?」
「え、あ、うん」
 千歳に言われ、啓介はオタオタと部屋の外に出た。ほんの0.2秒ほどだったが、須磨のスカートの中身が目に焼き付いて閉口だ。
 上背がある美人であることは申し分ないのだが、あの寝ぼけた顔は願い下げだ。と思いながら、員数合わせの部員に復活してもらうだけなのだから、人格的にはどんな先輩でもかまわない。
 まっとうな部活をやる気持ちなどかけらもないはずなのに、須磨のギャップにオタオタしている自分を持て余してしまう。

「もう入っていいよ」

 これが、今の今までだらしなく居ねむっていた大先輩かと目を疑った。
 服装の乱れはもちろんのこと、クシャクシャのセミロングは、たったいまブラシをかけたように整いツヤツヤと輝いていた。口元のよだれの跡も消え去り、このまま学校案内の表紙に使えそうだった。

「演劇部なんて、まだあったんだね……」

 松井須磨は浦島太郎のようなことを言った。
「あ、その、地味な部で……部員もオレと千歳の2人だけなんですけど、今週中に部員を5人にしないと廃部になりそうで。あ、どうも不甲斐ないもんで、申し訳ありません。で、まあ、とにかく週末の部活動の確認には間に合わせたくて、松井先輩の在籍確認をさせてもらいたんです」
 啓介は、空堀高校6年目の大先輩の威厳に打たれて、つい腰の引けた言い回しになってしまう。
「そんなに気をつかった言いかたしなくてもいいわよ。あたしも、毎日こんなタコ部屋登校にゲンナリしてたとこだから」
「松井先輩は、どうして、こんな生徒指導分室なんかにいるんですか?」
 千歳が円らな瞳で遠慮なく聞いた。
「あたし、もう6年目でしょ? 4回目の3年生。学校は追い出したくてしかたがないのよ。だから教室に行くのは禁止でね、こんな部屋でずっと……音をあげて、あたしが退学にしてくれって、自分から言い出すのを待ってるのよ」
「そんな、チョー留年生とは言え、学校がイジメみたいなことやってええんですか?」
「ハハハ、あたしも指導に従わないしね。ほんとは、それやってなくちゃいけないんだ」
 須磨は、部屋の隅の段ボール箱を指さした。
「え、なんですか、これ?」
 千歳は器用に車いすを操って、段ボール箱の中身を確認しに行った。
「わ、黄ばんだプリントがいっぱい!」
「学校が、あたしに課した課題。それをやっつけないと教室にもどれない」
「……こんなもん、1年かかってもできませんよ!」
「うん、3年分だからね」
「え、先輩て、3年間も、この部屋に居てはるんですか!?」
「正確には3年と2カ月。自分が所属している教室には行ったことがないからね。えと、今のあたしって3組だったっけ?」
「え、6組でしたよ」
「あ、そうなんだ」
「松井先輩は、この部屋に住み着いてるんですか?」
「ハハハ、まさか。9時ごろに登校して、ここに入って、6時間目の途中に帰ってるの。他の生徒と顔を合わせないようにね」
「それで今まで見たことが無かったんですねえ」
 啓介と千歳は顔を見合わせた。
「えと、在籍確認の書類は、君が手に持っているそれなのよね?」
「ああ、そうです」
 啓介が差し出すと、須磨はサラサラと必要事項を記入してハンコまで押した。

「じゃ、明日の放課後から部室に行くね。よろしく!」

 やっと演劇部員は3人になった……。
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・16・「あ、あの、松井先輩ですか?」

2017-05-26 06:38:37 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)16
  「あ、あの、松井先輩ですか?」
                   

 在籍確認をすればいいと分かった。

 1年以上活動実績が無い部員は、生徒会規定で正規の部員とは認められない。
 活動実績とは、日々の部活への出席が基本なのだけれど、今時毎日の出席を確認しているような部活は、ごく一部に過ぎない。
 で、運動部なら選手登録や試合。文化部ならコンクールや発表会へ名前を連ねていることが有効なのだが、それも出来ない場合は所定の用紙に、本人の署名捺印されていれば暫定的に在籍していることを確認できることになっている。

「あのー……」

 と声を掛けただけで教室中の注目を浴びてしまった。
 下級生がが3年生の教室にやって来たのだから目立つ。それも男子が女子の車いすを押しながらなのだから、何事かと思われる。
「えと……松井先輩はいらっしゃいますか?」
「松井君、下級生の面会やで~」
 千歳の声に、いかにも学級委員という感じの女子が声を張り上げてくれた。
「え、おれに?」
 運動部の部長らしい引き締まった体の男子が顔を向けた。
 最初に声を掛けたのが千歳ということもあって、教室の注目は引き締まった松井と車いすの可愛い下級生に暖かく集中した。3年生にもなると、人のことを暖かい目で見るという反応ができるようだ。
「あ、いえ松井須磨さんのほうなんです」

 砂を噛んだように教室の空気が気まずくなった。

「あ……その松井さんやったら、タコ……あの部屋、なんていうんやったっけ?」
 学級委員風は、病原菌が入った瓶をを放り出すように背後のクラスメートたちに聞いた。
「……生徒指導分室」
「1階の突き当り。『分室』とだけ書いてあるから。ま、行ってみい」
 別人の松井が車いすの傍まで来て、指差して教えてくれた。
「どうもありがとうござい……」

 ピシャ!……お礼を言う前に教室のドアは閉められてしまった。

「……なんや、イワクありすぎいう感じやなあ、松井さんて」
 車いすを押す啓介の声は緊張してきた。
「ドンマイドンマイ、やっぱ押してもらうと車いすも快調よねえ」
 千歳はワクワクしてきているようだ。

 生徒指導分室は1階と言っても、今まで踏み込んだことのない校舎の外れだった。

「……失礼しまーす」
 3回目のノックにも反応が無かった。
「入ってみようか……」
「う、うん……」

 分室のドアはロックされておらず、ノブを回すと簡単に開いた。

「失礼し……あれ?」
 教室の半分ほどの分室はゼミテーブルが6つ引っ付けられて島のようになっていて、その向こうに背を向けたソフアーがあったが人の気配がなかった。
「留守かなあ……」
「ね、あれ……」
 千歳が指し示したソファーの背から、わずかに足の先が出ている。
 車いすを寄せて回り込むと、ソファーに俯せになって眠っている女生徒がいた。
「あ、あの、松井先輩ですか?」
「う、う~ん」
 寝返りを打った顔は整ってはいたが、目と口が半開きになってヨダレが糸を引いていたのだった。
 
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・15・「ダメもとで……」

2017-05-25 06:01:15 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)15
  「ダメもとで……」
                   


 演劇部の部室は旧校舎部室棟一階の東端にある。

 創立以来の蔦の絡まる木造校舎は、それだけでも歴史と文化を感じさせ、ブログや新聞に載った佇まいは、いかにも伝統校の伝統演劇部である。
 特に夕方、茜色の夕陽に晒されると、ギロチン窓の窓越しに見える啓介と千歳の姿は、映画の中の演劇部員が秋の公演に向けて資料や戯曲を読んだり調べものをしているようにうかがえる。
 時おり見せるため息や吐息をつくさまは、青春の真中(まなか)で呻吟する若人の姿そのものであり、昭和の日活青春映画かジブリアニメの主人公たちのようにも見える。

 千歳がチェ-ホフ短編戯曲集第二巻から目を上げて、なにやら問いかける。啓介は顔を上げてひとしきり、千歳の問いに真剣に答える。麗しくも頼もしい、あるべき青春の一コマである。

「……お説は分かったから、その聴覚的受容の在り方についてだけ考察しなおしてくれないかしら?」
「二次元的視覚効果を補完するための聴覚効果は妥協したらあかんと思うし、互いに尊重し合うべきやと思う」
「しかしね、同じ空間を共用する者としては、相手の感性への共感と尊重の意識が重要なファクターになると思うのよ、間違ってる?」
「我々は、江戸の昔に3千万に過ぎなかったところに1億3千万で生活しているんや。都市の生活環境の中で生きることを内発的に是認して、いや、所与の条件として見据えていかなければ、二十一世紀中葉の喧騒に耐えられる文化の担い手にはなられへん!」
「あのね……簡単なことなのよ。モンハンやるならヘッドホンとかしてって話よ! ちっとも集中できないでしょ!」
「そういう自分かて、チェ-ホフの短編に挟んで読んでるのは『ワンピース』やねんやろが!」
「あ、そいうこと言う!? コミックは低俗って、昭和も30年代の感覚じゃないの! 信じられない!」
「そんなこと言う前に、オレが言うたサブカルチャー論、なんにも分かってへんやんけ!」

 二人は、放課後の部室で思い思いの時間を過ごしていたのである。

 啓介は、自由になる隠れ家を。千歳は、精一杯学校生活を営んだというアリバイが欲しい。そのためにNHK朝の連ドラも真っ青というほどのロケーションとして、演劇部の皮を被っている。
「……て、こんな場合じゃないのよね。今週中に部員を5人にしないと、部室取り上げられちゃうのよね!」
「あ、つい安心してしもてた!」
「なんか手立てはないの?」
「宣伝はしまくったし、個別に一本釣りもしてみたけど」
「ブログにも書いて、新聞社にまで来てもらったけど」
 そう、千歳の機転で、先週一週間、演劇部の露出度はなかなかのものであった。だが「がんばってるのね!」という評判はたっても「じゃ、自分も参加しよう!」ということにはならない。もっとも、真剣に演劇部をやろうという気持ちはハナクソほどにも無いので、間違って「演劇部命!」という生徒に来られても困るのである。

「せやけど、そんな都合のええもんて居るやろか?」

「めったにはね。でも、せめて一学期一杯くらいは続いてくれなくっちゃね」
「人のこと言えんけど、千歳もたいがいやと思うで」
「ねえ……思うんだけど。幽霊部員とかいないの?」
「幽霊部員?」
「入部だけして来なくなっちゃって、はっきり退部の意思表示していないようなの?」
「ここ2年は、オレだけやさかいなあ」
「じゃ、それ以前は?」
「え、3年生? さすがに3年生には……」

 そう言いながらも、啓介は古い演劇部の資料を当たってみた。

「え~~~と……」
「あ、この人!」
 2人の目は、4年前に入部届を出した松井須磨という女生徒を発見した。
「でも、4年前ってことは、卒業してるよなあ……」
「ひょっとしたら留年とかして……ダメもとで……」
「どこ行くんや、千歳?」

 千歳は、生徒会室に行って3年生のクラス別名簿を確認した。サラサラと流し見ただけだが発見した。

「3年6組に居るよ!」

 松井須磨、留年した本人かはたまた同姓同名の別人か?

 
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・14・「1つだけ影響があった」

2017-05-24 06:14:54 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)14
  「1つだけ影響があった」
                   


 予感はしていたが校長室に呼ばれた。

「沢村千歳さんのチャレンジ精神と、それを受け入れた小山内啓介君の前向きな心に拍手を送りたいと思います」
 校長のお祝いの言葉はテイク3でOKが出た。
 千歳と啓介は恭しく、校長の励ましの言葉が書かれた色紙を受け取った。

 すかさずストロボフラッシュが光り、連写のシャッター音が続いた。

「なんとか夕刊に間に合います」
 A新聞の記者が――嬉しいでしょう!――と言わんばかりの笑顔で言った。
「3人並んだところの写真なんかいりませんかね?」
 理髪店の匂いをプンプンさせながら校長が言う。A新聞の取材を聞いて、校長は1時間の時間休をとって散髪に行ってきたばかりである。
「連写した中から選びます、自然な感じなのがいいですから。動画も撮っていますので、それはネットで流れますから」
 天下のA新聞だ、どうだ嬉しいだろう! というマスコミ笑顔で記者はとどめを刺した。

 千歳は身障者対応の自販機の前で撮った『乾杯の写メ』を付けてブログに載せると共に、主要四大紙に送った。

 予想通りA新聞が食いついてきた。完全バリアフリーモデル校である空堀高校の演劇部に車いすの女生徒が入部したのである。こういうことが大好きなA新聞の地方欄にはうってつけだった。
 こうして、千歳の演劇部への入部は空堀高校のエポックになった。
 エポックというのは、それ以上でもそれ以下でもない。
 だから、校長が予定よりも2週間早く散髪に行った以外には、世間も学校も、取り立てて何もしてはくれない。

 そんなこと、千歳は百も承知だった。千歳は「千歳は頑張っているんだ」という熱意の発信ができればいい。この発信のポテンシャルが高ければ高いほど学校を辞める時は「仕方が無かった」ということになる。
「大丈夫よ、新聞の地方欄なんてほとんど注目なんかされないから」
 隠れ家としての部室が欲しいだけの啓介は新聞社なんかが来て、少し不安になっていた。まっとうな演劇部活動をやろうという気持ちは毛ほどもない。ないから不安になる。しかし、千歳の見透かしたような物言いには、どこかカックンとなってしまう。

 だが、1つだけ影響があった。

「部員の充足、もう一週間待ってあげるわ」
 生徒会副会長の瀬戸内美晴がポーカーフェイスで伝えに来た。
「え、どういう風の吹き回しやねん?」
「校長の申し入れよ。あたしもうかつやった、校長が居てるのに気いつかんと生徒会顧問に確認したんよ『演劇部の部室明け渡し、今日確認します』て、ほんなら『もうちょっと待ってやってくれへんやろか』て言われた。むろん、校長とはいえ素直に聞く気はないけどね、クラブ部長会議やる視聴覚教室の許可願の不備を突かれてね。ま、それで一週間延期。一週間延ばしたいうてなんも変わらへんやろけど、フェアにやりたいからね。ほんなら……」

 千歳は、もう一工夫やってみる気になってきた……。
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・13・「かんぱーい!」

2017-05-23 06:09:26 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)13
  「かんぱーい!」
                   


 忌々しくはあったが入部を認めざるを得なかった。

 なんせ今週中に部員を5人にしなくては部室を取り上げられる。
「せやけど、なんでそこまで正直やねん!?」
 お互いのいろいろを言い合っているうちに、啓介の声は大きくなってしまった。
「きれいな嘘をついて、あとでグチャグチャになりたくないもん」
「もっぺん聞くけど、学校辞めたいんやったら退学届け書いて学校に出したらしまいやろがな」

「だ~か~らあ、入学して1か月で辞めたら親とか心配するでしょ? 心配されるってウットウシイものなのよ。ただでもこの年頃ってさ『多感な年ごろだからそっとしておこう』なんて思われちゃうの。高校生の自殺って9月の第一週と春の連休明けが多いの。ため息一つついただけで『あ、自殺考えてる!?』とかになっちゃって腫れ物に触るような目で見られるのよ。それに学校だって放っておかないわ。カウンセリングだ事情聴取だとかで家に押しかけてくるわよ」

「ええやんか、心配させといたら」

「あのね、あたしは足が不自由なの、車いすなのよ、そんな子が『辞めたい』って言ったら普通の子の10倍くらいネチネチ干渉されるのよ。この学校ってバリアフリーのモデル校だけど、それってハードだけね。実の有る関わり方って誰もしないわ。そんな人間オンチみたいなのに口先だけの言葉なんてかけてもらいたくないわ」
 啓介はイラついていたが「口先だけの」という言葉には共感してしまった。
「それにね、あたしの足がこうなったのは事故のせいなんだけど、その事故の責任は自分たちにあるって、お父さんもお母さんも思ってる。そんな親に思いっきり心配されるのって絶対やだ!」
「しかしなあ、演劇部つぶれるのを確信して入部するて、オチョクッてへんか?」
「だってそうなるわよ。あなただって隠れ家としての部室が欲しいだけじゃない。放っておいたら、今週の金曜日に演劇部は無くなるわ。でも、あたしが入ったらもうちょっと持つわよ。車いすの子が入ったクラブを簡単には潰せないわよ。そうね~、まあ今学期いっぱいぐらいは持つんじゃないかなあ。金曜日に潰れるのと、夏まで持つのとどっちがいい?」
「ムムム……………」
 どこか釈然としない啓介だったが、利害関係という点では了解していることなので沈黙せざるを得なかった。
「よし、じゃ新生演劇部の出発! 乾杯でもしよう!」
「乾杯って……ここなんにもないで」
「なきゃ、買いに行けばいいじゃないの」
「わざわざ……」
 そう言ったときには、千歳は廊下に出ていた。車いすとは思えない素早さだ。

「これって、うちの学校の象徴だと思わない?」
「え?」

 空堀高校はバリアフリーが徹底していて、ジュースの自販機もバリアフリー仕様。お金の投入口も商品の取り出し口も車いすで買える高さになっている。
「いくら手が届いても、物言わぬ自販機じゃねえ……」
「そやけど自販機がしゃべってもなあ」
「あなたもいっしょなんだ」
「え、なにが?」
「ううん、なんでも……じゃ、あそこで」
「え、部室に戻らへんのんか?」
「いいから……」

 千歳は啓介をリードして中庭の真ん中に来た。

「え、こんなとこで?」
「うん、みんなが見てる……あ、すみません、今から乾杯するんで写メってもらえません?」
 通りがかりの女生徒に声を掛け、スマホを預けた。
「じゃ、新生演劇部に……かんぱーい!」
 女生徒は、乾杯の瞬間を写メってくれた。

 ホログラムの発声練習では見向きもされなかったが、この乾杯の瞬間は、ほんの一瞬だけど数十人の生徒と数人の先生が見ていた。

 五月晴れの中庭で、やっと演劇部が動き始めた。
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・12・「え、あ、はい!」

2017-05-22 06:16:05 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)12
  「え、あ、はい!」
                   



 とにかく驚いた。

 生徒会副会長の瀬戸内美晴から「5人以上の部員がいなければ、同好会に格下げの上、部室を明け渡し!」と宣言されて2週間。
 部員募集のポスターを貼ったり、身近な生徒にしつこく声を掛けたり、せーやんに頼んで3Dホログラムで部員を多く見せて発声練習をしてみたり。そのことごとくが空振りで、今週の金曜日には演劇部のお取りつぶしは確定するはずなのだ。

 それが、入部希望者がやってきたのだ!

 部室のドアがノックされた時は瀬戸内美晴の催促かと思い、ぞんざいに「開いてますよ」と顔も向けずに返事した。
 ガラガラとドアの開く音がしたが、開いたドアの所に人影はなかった。
 啓介の定位置である窓側の席からはドアの上半分しか見えない。机にうず高く積まれたガラクタが視界を狭めているからだ。でも見えないと言っても床から1メートルほどである。空堀は幼稚園でも保育所でもない、高校なんだから身長が1メートルに満たない人間など居るわけがない。

「なんや、気のせいか……」

 啓介が、そう思ったのも無理はないかもしれないが、きちんと確かめなかったのは、入部希望者など来るわけがないという思い込みであったのかもしれない。
「入部希望者なんですけど!」
「イテ!」
 啓介はびっくりして立ち上がり、その拍子にパソコンに繋いでいたイヤホンがバシッっと外れて耳が痛んだ。

「あ、あの……入部希望者?」

「はい………………なにか不都合なことが?」
「あ、いや…………」
 入部希望者はルックスこそ可愛かったが車いすだった。車いすだから見えなかったんだと、啓介は納得した。
 次になんで車いすの子が、演劇部に入ろうとするんだ? という疑問が湧いた。
 そして車いすの子という戸惑いがきた。空堀高校はバリアフリーのモデル校ではあるけれど、友だちの中に身障者の生徒はいなかった。中学までは野球ばかりやっていたので、身近に関わったこともない。演劇部は看板だけだけれど一応は演劇部、車いすで演劇はあり得ないだろう……などなどが一ぺんに頭に浮かんだ。
「車いすじゃダメなんて、ポスターには書いてなかったけど」
 見透かしたように車いすの少女は言う。
「もっとも、仮に書いてあったとしたら、それって差別だし」
「え、ああ、そうだよ、そうだよね。障害があるとかないとか、そんなのは全然関係あれへんし」
「それじゃあ……」
「あ、ああ、ごめんなあ。もう入部希望者なんかけえへん思うてたから、びっくりしたんや。まあ、こっちの方に、まずはお話し聞こうか」
 少女は器用に車いすを操って、啓介が指し示したテーブルの向こう側ではなく、啓介の横に来た。
「1年2組の沢村千歳です。これが入部届」
 保護者印と担任印のそろった書類をパソコンの横に置いた。

 その間、啓介は計算していた――足の不自由な子が入部したら、学校もムゲに演劇部を潰すこともでけへんやろ。ひょっとしたら、この子一人入っただけで存続確定かもしれへんなあ!――

「あたし、演劇部潰れるの前提で入るんだから。そこんとこよろしくね」
「え、ええ!?」
「この部室グチャグチャじゃん。棚の本は色あせてホコリまみれだし、ゴミ屋敷寸前の散らかりよう。とてもまともに部活やってるようには見えないわ」
「いや、これはやなあ……」
「それに、なによ、これ?」
 千歳の視線はパソコンの画面に移った。
「あ、ああ!」
 
 パソコンの画面では、一部にボカシの入った男女が絡み合ってあえいでいた。千歳が入ってきたときに驚いてクリックしてしまったようだ。

「四の五の言わずに入れてちょうだい。さもないと部室でエロゲやっているって触れ回っちゃうわよ」
「え、あ、はい!」

 演劇部の新しいページがめくられた瞬間であった。
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・11・「コンビニの冷やし中華」

2017-05-21 06:09:23 | 小説・2
 オフステージ(こちら空堀高校演劇部)11
  「コンビニの冷やし中華」
                   



 日本に来る外国人の中でコンビニの弁当が評判である。

 お花畑のように可憐でありながら、安くて美味しい。商品開発は自動車や家電のような情熱が注がれ、品質管理は医薬品のように厳密に行われる。そのクレイジーなまでにクールなコンビニ弁当は、ネットで繰り返し取り上げられ、中にはコンビニ弁当を目的に日本に来る外国人が居るくらいである。

「そんなこと、ずっと前から知っているわ」ミリーは、そう豪語する。
 
 ミリーはコンビニ弁当の中でも冷やし中華が大好きだ。食べ方にもこだわりがあって、買った冷やし中華を小さな特製クーラーボックスに入れてお出かけする。気合いの入った時は京都や奈良、近場では大阪城公園や花博公園、どうかすると近所の公園などで冷やし中華を食べている。
「なんで外で食べるのん?」下宿先の真理子に聞かれる。
「う~ん」と唸る。
「なんでえ……?」
 ミリーが真剣に考えた時はマニッシュに腕を組んで目が斜め上を向く。だから真理子の追及も真剣になる。
「一言でいうと、気持ちがいいからなんだけど。なぜ気持ちがいいかというと、あの美味しいサワーの感覚は青空が合うの。それからね、コンビニ弁当っておいしいけど、包装のパックやフィルムがざんないでしょ(「ざんない」は、ミリーが覚えた数少ない大阪弁。ミリーは来日する前に日本語をマスターしていたので、大阪訛にはならないが、古い大阪弁が好きなのだ)。だから、家の中で食べると、ちょっと凹むけど、外だと気にならないんだよ」
「ふ~ん……」
 真理子は、もうひとつ理解できないが、こういう飛んだところも含めてミリーのことが大好きだ。

 冷やし中華との出会いには、腐れ縁と言っていいエピソードがある。

「冷やし中華食みたいやなあ……」
 中三の夏に、斜め後ろの男子に呟かれた。
 真田山中学に入って日本人に幻滅していたので、クラスメートとはろくに口をきかなかったが、この一言が気になった。単なる冷やかしではなく、無垢な冷やし中華への憧憬を感じたからである。
「ヒヤシチュウカってなに?」
 聞かれた方の男子が驚いた。
「あ、えと……」
 男子は、めずらしく幻滅や蔑みではないミリーの言葉に素直に答えてしまった。
「ラーメンのクールバージョン……ミリーの髪の毛見てたら食べたなってきてん!」
「え、わたしの髪?」

 で、探求心旺盛なミリーは学校の帰りにコンビニで冷やし中華を買って、それ以来ハマってしまった。 そのミリーの斜め後ろで呟いた男子が、野球部でエースと言われた小山内啓介であったのである。

 連休の谷間、きのうの昼休み、ミリーの教室に車いすの一年生女子がやってきた。
「あの、なんか用かしら?」
 一年生女子は、ブロンドのミリーが流ちょうな日本語で聞いてきたので驚いた。
「あ、えと、演劇部の小山内啓介さんはいらっしゃいますか?」
「え、啓介? あなた、ひょっとして演劇部の入部希望者!?」
「は、はい……」

 ミリーと沢村千歳との出会いは冷やし中華とはなんの関係も無かった。
 
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・10・「「あ、あんたは!?」」

2017-05-20 06:45:14 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)10
  「「あ、あんたは!?」」
                   



 副題を(こちら空堀高校演劇部)としながら演劇部のことがほとんど出てこない。

 けして作者がサボっているわけではなく、その理由は、第一に、空堀高校の演劇部は広い部室のわりに活動の実態がないからである。
 第二には、この名ばかり演劇部が、生徒会より「部室の明け渡し」を迫られ、部長であり、たった一人の演劇部員である小山内啓介の悪あがきに影響される生徒たちの青春群像であるからである。

 その群像の要である啓介は、近所のコンビニに入ったところである。

「いらっしゃいませ~」
 コンビニ店員のマニュアル挨拶はシカトして冷蔵食品のコーナーを目指す。
「お、あった、あった!」
 啓介は、連休限定冷やし中華を手に取って、まっすぐレジに向かった。連休限定といっても特別なものではない。平常価格よりも50円安いのである。安いのでレジの順番待ちをしている間に、カウンターのドーナツに目が行ってしまう。
 で、ドーナツの中に新製品があった。ドーナツのくせに穴が開いていない。値段はレギュラーのドーナツと変わりがない……ということは穴が詰まっている分「お得だ!」と思ってしまい、自分の順番が回ってきたときには冷やし中華といっしょに勘定してもらうことになる。
 まんまとコンビニの策略にしてやられたわけだけれども、啓介に自覚は無い。
「いい買い物をした」
 独り言ちて、第二目標の真田山公園を目指す。

 真田山公園はグラウンドが隣接していて、そのグラウンドも公園の一部に見えて都心の公園としては広く感じられる。
 啓介は、そのグラウンドを望むベンチに腰掛けて冷やし中華を取り出した。ベンチの端は植え込みになっていて道路側からの視線を隠してくれるので、絶好の休憩スポットなのだ。
 目の前のグラウンドでは、地元の野球チームが試合の真っ最中である。
――見てるぶんには、野球はおもしろいよなあ――
 中学で肩を痛めて以来、自分でやる野球はご無沙汰だけれど、野球観戦はする。それも身銭を切って野球場に行くようなことはしない。こうやって、ジャンクフードを持ってボンヤリと草野球の空気の中にいるだけでよかった。
 8回の裏、先攻のチームが三者凡退に終わったあと、後攻のチームがツーアウトで満塁になった。

 あの時といっしょや……。

 啓介は、中三の時の自分の試合を思い出した。
 あのとき無理をせずに……という想いが無くは無かったが、その後の萎んでしまった自分の情熱を思えば、これで良かったのだと思いなおす。
 バッターが、思い切りスィングした。カキーンと小気味いい音がして、ボールはホームラン!

 で、フェンスを越えてボールは啓介に向かって飛んできた。だが、元野球少年の勘は、わずかに逸れると判断。判断通り、ボールは真横の植え込み、それも気の幹に当った。当たり所もよかったのだろう、バキッっと音がして植え込みの中心になっていた木が折れてしまった。

「「あ……………」」

 声が重なった。
 折れた木の向こうは、同じようなベンチがあって、ベンチには鏡で映したように同じポーズで女の子が冷やし中華を食べていた。
「「あ、あんたは!?」」
 それはクラスメートのミリーであった……。
コメント

高校ライトノベル・VARIATIONS*さくら*97『さつき今日この頃・4』

2017-05-20 06:40:20 | 小説
VARIATIONS*さくら*97
『さつき今日この頃・4』



 恩華さんは、四ノ宮家でアルバイトすることになった。

 忠八クンが雇うわけではない。以前よりは実家にいるとは言え、彼は冴えない文二の東大生。学校とアルバイト、そして、アパートと実家での二重生活に違いはなかった。お嫁さんの文桜さんのアイデアで、バイト料は忠八クンの親が出す。
 ちなみに忠八クンのバイトも、工事現場のガードマンから、実家である四ノ宮家の蔵書の整理と、PCによる電子管理化をやることになった。
 四ノ宮家には、10万冊余りの史料や書籍があり、その整理をやっていれば、おのずと日本とC国の近現代史が、国家機密のようなものまで分かるようになる。
 孫桜さんは考えた。恩華さんは経済的に安定し、史料・資料を整理している間に、きっと自分の国と日本との関わり方の過去と現在。そして未来が見えるくらいに聡明な女性であると。
 ただ良くも悪くも人のいい忠八クンが恩華さんに気持ちが傾斜しないように注意する。それも二人に気づかれないようにやるという仕事が増えた。

 いちおう目出度し。

 昨日の日曜日、久々にタクミ君から電話があって、神宮外苑の森のビヤガーデンで会うことにした。男性 4000円、女性 3700円で飲み食べ放題。 ビルの屋上ではなく地上にあるビアガーデン。 神宮外苑の落ち着いた雰囲気の中で飲める 文字通り地に足の着いたビアガーデン。大阪のS駐屯地以来の出会いだけども、あんなに毎日顔を突き合わせていたので、都心の緑の中、気楽にビールが飲めるぐらいののりだったが、会ってみると、とても懐かしかった。
「どうかした?」
 ビールの泡を口に付けながらタクミ君が聞いた。

 タクミ君て、こんな顔、こんな声だったんだろうか? と、不思議な気がした。
「なんだか、とっても久しぶりな感じがして……こんなの初めて」
「ボクは、今日のさつきちゃんが……」
「あたしが?」
「怖くない」
「怖かったの、あたしのこと?」
「うん。いつも心の中を覗かれているようで……さざれ石のお蔭かな?」
「ハハ、かもね。あの石のお蔭で、東京に戻って普通の生活ができるようになったんだもんね。今も……」
 あたしはカットソーの襟をくつろげてペンダントを出した。タクミ君の顔が赤くなった。どうやら胸の谷間が見えてしまったよう……あんないに切れ者なのに、純情なんだと、おかしくなった……そして、おかしくなった。
「ハハ、タクミ君も、こうやって会うと、ただの少年なんだ」
「少年はないだろ。これでも24歳の三等陸曹だぞ」
「そうだね……あれ?」
 ペンダントを開けてみると、中に入れていた「さざれ石」が無くなっていた。
「おかしいなあ……ペンダントの中に入るようにしてもらってから、一度も開けてないのに」
「……実は、ボクも無いんだ。認識票といっしょにパスケースに入れていたんだけど。今日会ってもらったのは、これが確かめたくて。さつきに心が読まれる可能性がある間は、ボクは本来の任務には戻してもらえなかったんだ」
「不思議だけど、これで二人の関係は、渋谷で事故って以来の関係に戻るってことよね」

 安心してるはずなのに、なんだか寂しい。

「うん。でも……」
「……なに?」
「えと……ちょっと歩こうか?」

 二人で外苑の森の中を歩いた。ほとんど喋ることもなかったけど、今までで、いちばんお互いを近く感じた。

 五か月かかって、やっと普通のスタートラインに立てたような気がした……。

コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・9・ああ、やっちゃったー

2017-05-19 06:24:43 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
  ああ、やっちゃったー
                   

 近頃は世界中が日本ブームだ。

 昨年は、日本に来る外国人観光客が2000万人を超えた。
 治安は良いし、食べ物は美味しいし、観光地も穴場もクールだし、カルチャーはホットだし、最近では大地震。
 地震の凄さにもタマゲタけども、日本人が冷静で礼儀正しく静かな忍耐と情熱で対処していることに、17歳の留学生であるミリーは感動している。

 同時に当惑している。

 なぜって……身近にいる日本人には、それほど感動もしなければ尊敬の念も湧かないから。

 中学3年の時に、ミリーは日本にやって来た。
 中学は最悪だった。生徒はいちおう大人しくしているけど、だれも授業をまともには受けていない。勉強ができる子たちでも例外ではなく、ノートだけとってしまうと、あとは塾の勉強をしている。
 先生たちも授業は下手だ。男の先生は、音楽でいうと、ド・レ・ミの3音、女の先生は、ミ・ファ・ソの3音声しか出していない。リズムは大陸横断鉄道のレールの音のように単調。「驚くべきことに」とか「ここ大事だから」と言うのに、先生自身が驚いていないし、大事だと言う気持ちが無い。ただ声が大きいだけ。
 4月には家庭訪問があって、留学生のミリーは下宿している渡辺さんのお婆ちゃんと奥さんに親代わりに会ってもらったんだけど、先生が居たのはたったの5分。先生の目はスミソニアン博物館のはく製の目みたいだった。
 先生がテーブルに置いた手帳にはスケジュールが書かれていたが、驚くべきことには、その日の家庭訪問は11軒もあった。それも、午後1時30分の開始だったから20分ちょっとの時間で移動して話を済ませなければならない。こんな家庭訪問ではアリバイにしかならない。
 先生がいないところで、生徒たちは、いいかげんだ。
 学年はじめの物品販売にやってくる業者のオジサンに平気で「オッサン、はよせえよ!」などとため口をきく。パシリやイジメは日常茶飯。相手が死にたいと思う寸前まで巧妙かつしつこくやっている。
 ミリーも一度、授業中にしつこく髪の毛を引っぱられたことがあった。5回めにはキレてしまって、授業中であるのにもかかわらず、後ろの男子生徒の胸倉をつかみ、英語で罵りながらシバキ倒した。ミリーの剣幕は相当なものだった。なんせ相手がピストルを持っている心配が無い。ナイフとかスタンガンを持っていることも、まずあり得ない。武器さえ持っていなければこわい者なんかない。
 ただ、相手の男子が「自分は悪いことをした」という反省にいたらず「自分は悪い奴に出くわした」としか思わないことが業腹だった。

 グラウンドでボンヤリと野球部の試合を見ていた。

 白熱した試合で延長戦になった。中学野球は7回までで延長戦も8回の表裏をやるだけなんだけど、ピッチャーは1回目から力を入れ過ぎて限界なのがミリーには分かった。
――体も出来ていないのに、あれじゃ肩壊してしまう――
 ピッチャーはクラスメートの男子で、ほとんど口も利いたことがなかったが、野球という日米の共通言語だったので力が入った。
 8回の裏、ツーアウト満塁で最後のボールが投げられた。バッターは空振りし、かろうじてミリーの真田山中学が勝ったが、ピッチャーは肩を押えて蹲ってしまった。
――ああ、やっちゃったー――

 ピッチャーは、わずか14歳で投手生命を失ってしまった。

 そのピッチャーは、それきり野球部を辞めてしまった。それまでミリーにとっては口数の少ないクラスメートに過ぎなかった。
 それがイヤナ奴になった。とくに悪さをするわけではないが、ジトーっと暗くなってしまい、まるでブラックホールのようになってしまったのだ。肩を痛めてしまったことは気の毒だけれども、席の近くでマリアナ海溝のように落ち込まれてはかなわない。
 高校では一緒にならないことだけを祈った。
 そして祈りの甲斐なく、空堀高校で一緒になってしまった。

 それが一人演劇部の小山内啓介であったのだ。
コメント

高校ライトノベル・オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・8・あの時のそれに似ていた……

2017-05-18 06:06:46 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
  あの時のそれに似ていた……
                   


「なんべんもやるもんやないで」

 セーヤンの言葉には頷かざるえなかった。
 高校生の水準をはるかに超えたCGの技術で、浄化槽の上にホログラムのバーチャル演劇部を出した。
 遠目には10人の演劇部員が発声練習をやっているように見えたはずだ。
「そやけど、あんな中庭の奥ではなあ……もっかい広いとこででけへんか?」
「今も言うたやろ、ホログラムは明るいとこでは見えへん。近くで見られたら、すぐにバレてしまう」
「そやけどなあ……」

 簡易型のホログラムなので、ノーマルに比べれば撤収は簡単なはずだったが、さすがに二人では大変だ。

「たとえ完璧なホログラムを人目につくようにやっても、演劇部そのものに魅力が無いから人は集まらんと思うで」
 最後にパソコンの電源を落とすと、独り言のようにセーヤンがトドメを刺した。
「そやけど、車いすの子が見てくれてたで」
「冷めてたで。付き添いのオネエサンは熱心やったみたいやけど……たとえ入ってくれても、車いすの子が演劇部やれるか?」
「そやけどなあ……」
 啓介はベンチに腰掛けたままゴニョゴニョ言う。
「だいたいが、啓介自身が真っ当に演劇部やろいう気持ちがないやろ。おまえは、ただ演劇部の部室手放したないだけやろが」
 図星ではあるが、素直に頷く啓介ではない。
「それは違うぞ」
「どないちゃうねん?」
「そら100%の気持ちがあるとは言わへんけどなあ、オレの中にも何パーセントかは気持ちがあるねん。そこを汲んでもらわんと」
「オレはなあ、部室棟を残したいねん。オレら情報部の活動拠点でもあるさかいなあ」
「部室棟が無くなることはないやろ。今でも演劇部ほり出して、別のクラブ入れようとしてるんやさかいなあ」
「それは考えが浅い」
「なんでや?」
「学校は部室棟そのものを壊したいんや。部室棟は伝統的に文化部しか入ってない。そやけど文化部はどこも低落気味。元気のええ軽音とかダンス部は、もとから部室棟には入ってへんしな。ま、オレらの情報部みたいに元気なのんもあるけどな、それはそれで鬱陶しい存在や。ま、それは置いといて、学校は部活の振興には力を尽くしたけどあかんかった。あかんから部室棟そのものを撤去する。そういうシナリオができてると思うで」
「そんな深慮遠謀があるのんか?」
「部室棟は維持費だけでも年間数百万円かかってる。まあ雰囲気の有る建物やけど、いつまでも雰囲気だけでは残されへんさかいなあ」
「せやけどな、一寸の虫にも五分の魂や、オレかて、一発やったろかいう気持ちはあるねんぞ!」
 啓介は腕をまくって力こぶを作って見せた。
「おお、啓介て意外にマッチョやねんなあ!」

 セーヤンは意外なほど素直に驚いた。その驚きが恥ずかしく、啓介は封印していた投球動作をしてしまった。

「なんや、啓介ほんまもんのピッチャーみたいやんけ」

「あ、ジェスチャージェスチャー、オレって演劇部だからよ!」

 見上げた夕焼けは、あの時のそれに似ていた……。
コメント