大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

秋野七草 その四『ここで遭ったが百年目』

2019-10-23 06:38:06 | ボクの妹
秋野七草 その四
『ここで遭ったが百年目』       


 
『百年目』という落語がある。

 謹厳実直な番頭が、店の丁稚や若い者に細かな苦言を呈したあと「得意先回り」をすると言って店を出る。かつてから、こういう時のために借りている駄菓子屋の二階で、粋な着物に着替え、太鼓持ちや芸者衆を連れ、大川に浮かべた船で花見に出かける。店では謹厳実直な男なのだが、いやいや、外ではなかなかの遊び人だったのだ。
 最初は、人目にたたぬよう大人しく遊んでいたが、酒が入るに従って調子に乗り、桜の名所で、陸に上がって目隠し鬼ごっこをする。そして、馴染みの芸者と思って抱きつくと、なんとそれは、たまたま通りかかった店の旦那であった。
 で、明くる日旦那に呼び出された番頭が、「番頭さん、あの時は、どんな気分だった?」「はい、ここで会ったが百年目と思いました」

 この「会う」を「遭う」にしたような事件が妹の七草(ナナ)と後輩の山路におきた。
 
「やあ、ナナちゃんじゃないか!」
 
 そう声を掛けたときの、ナナは突然の出会いにナナらしい驚愕と面白さに、一瞬で生気に溢れた顔つきになったらしい。
 あとで、ナナ本人に聞くと、一瞬ナナセに化けようと思ったらしいが(といっても、ナナセが本来のナナの姿ではあるが)一昨日切ったはずの指を怪我していないので……ナナセはナナの出任せで、指を怪我したことになっている。で、山路も、それを確認した上で、ヤンチャなナナと確信して声を掛けたのである。

「なんかテレビドラマみたいな出会いだな!?」
「なんで、山路が、こんなとこにいるのよ!」

 この二言で、ナナといっしょに昼食に出た同僚たちは勘違い。

「じゃ、秋野さん、わたしたちはお先に……」
「すみません。変なのに出会っちゃって……!」
 同僚達は、なにやら勘違いした。
「わたしたちは、いつものとこだから、そっちはごゆっくり!」
 そして、桃色の笑い声を残して行ってしまった。

「おまえ、職場だと、かなりネコ被ってんのな」

「あたりまえでしょ。総務の内勤とは言え、この制服よ。会社の看板しょってるようなもんだもん。何十枚も被ってるわよ。でも、A工業の設計部が、なんで昼日中に、こんなとこに居るわけさ?」
「ああ、今日は防衛省からの帰りなんだ。飛行機一機作るのは、ロミオとジュリエットを無事に結婚させるより難しいんだ」
「プ、山男が言うと大げさで陳腐だね」
「大げさなもんか。じゃ、知ってるだけの日本製の飛行機言ってみろよ」
「退役したけど、F1支援戦闘機、PI対潜哨戒機、C1輸送機、新明和の飛行艇、輸送機CX……」
「そんなもんだろ。あと大昔のYS11とか、ホンダの中型ジェットぐらい」
「そりゃ、アメリカが作らせてくれないんだもん」
「いいとこついてるね。F2は、アメさんの横やりで作れなくなったし、ま、そのへん含めて大変なのさ。ところで、一昨日の延長戦やろうか!?」
「よしてよ、こんなナリで、木登りなんかできないわよ」
「昼飯の早食い。これならできるだろ?」
「う~ん、ちょっと待ってて」

 ナナは、近くの喫茶店に行き、カーディガンを借りてきた。オマケにパソコン用だがメガネも。

「よーし、天丼特盛り、一本勝負!」
 近所の天ぷら屋の座敷を借りて、この界隈最大のランチを出す「化け天」で、フタも閉まらないほどの洗面器のようなドンブリに入った特盛りで勝負することになった。ご飯は並の倍。天ぷらは二倍半という化け物である。むろん代金は負けた方が払う。
「ヨーイ、スタート!」
 と、亭主がかけ声をかけて、厨房へ。ランチタイム、早食いとは言え、終わりまでは付き合っていられない。三分後に見に来てくれるように言ってある。
 座敷といっても、客席からは丸見えで、一分もすると、その迫力に人だかりがした。

「「ご馳走様!!」」

「三分十一秒……こりゃおあいこだね」
 亭主の判定と、お客さん達の拍手をうけて、割り勘で店をあとにする二人であった。

 地下鉄の入り口で別れようとしたときに、山路のスマホが鳴った。

「出なくていいの?」
「ああ、これはメールだからな」
「そう、じゃ」
「またな」

 またがあってたまるか。そう思って、いつものナナ=ナナセに戻って歩き出すと、後ろから山路の遠慮無い気配。

「やったぞ、ナナ。チョモランマの最終候補に残った!」

 それだけ言うと、山路は、直ぐに地下鉄の入り口に消えた。

 七草は、ナナともナナセともつかぬ顔で見送った……。
 
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