大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校演劇・戯曲の書き方を教えてくれた人・藤本義一さん死去

2012-10-31 07:57:26 | エッセー
戯曲の書き方を教えてくれた人
藤本義一さん死去



 今朝、10月31日、ショックなニュースが流れてきました。

 作家、藤本義一さんの死去です。享年79歳、肺炎であったようです。

 藤本義一さんは、前世紀の70年代、東の井上ひさし、西の藤本義一と言われ、故司馬遼太郎さんと並び、関西に最後まで活動の拠点を持った。希な作家でした。今東光師が亡くなったときも、追悼公演の『お吟さま』の本を執筆されました。

☆大人の世界を見せてくれた人
 1965年から始まった11・PM(イレブンピーエム)の司会を、大橋巨泉と共に務め、親や学校が教えてくれない大人の世界を、当時中学生、高校生であった、ぼく達に教えてくれました。ギャラは、大橋巨泉の1/7しかないことが、分かっても、とりたてて文句をいうこともなく、やってこられました。ぼく達は、この11・PMからいろんなことを学びました。
 また、橋下徹氏が府知事になったとき、彼の文化政策にいち早く反対の立場を表明され、けして、橋下ブームに便乗することなく、文楽を始め、大阪の文化の大事さを訴え続けてこられました。
 昨年は、学生時代に書いた戯曲『虫』が、劇団往来によって上演されたことを喜こばれ、会場まで足を運ばれました。『虫』は、戦後顧みられなくなった上方落語に目を向け、主人公の落語家の芸人としての意地と、おかしみを通して、上方落語の魅力。戦後の興行界の変化、大阪下町の人情などを、とても学生とは思えない筆遣いで書いておられました。

☆戯曲の書き方を教えてくれた人
 これは、記憶が正しければ、11・PMでおっしゃっていたことだと思うのですが、本来小説家である藤本さんのところに戯曲執筆の話が舞い込んできました。おそらく『虫』ではなかったかと思うのですが、その時、藤本さんは、依頼に、こう答えました。
「書かせてもらいますけど、ちょっと待ってくださいね、ボク戯曲て、よう分からんさかい」
 そう言って、藤本さんは100本の戯曲を読んで、そして、ようやく、依頼された戯曲を書き始めたそうです。
 今の高校演劇に一番欠けている「人の本を読む」ということの、当たり前の大切さを教えてくれた人でもありました。
 今東光、司馬遼太郎と並んで、その死がこたえた作家でありました。先日の桑名正博に続きこたえました。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 高校ライトノベル・TSREDURE... | トップ | 高校ライトノベル・志忠屋繁... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

エッセー」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事