大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・セレクト№5『二度目のデート』

2012-09-24 15:43:02 | 小説
ライトノベル・セレクト№5
『二度目のデート』
   


 それから二日。
 テストの前日だったので、学校は午前中でおしまい。
 由香は、未提出の課題があるので、教室に残っている。待っていても、かえって邪魔になるだろうと思い、先に帰ることにした。
 上履きを、下足のローファーに履き替えて、頭を上げると、吉川先輩が立っていた。
「テスト前で悪いんだけどサ、ちょっとつき合ってくれないかなあ」
「ええ……いいですよ」

 と、答えた二十分後。わたしたちは天王寺公園に来ていた。
 正確には、天王寺公園の奥にある市立美術館のさらに裏にある「慶沢園」

「ウワアー……こんなところがあるんだ!」
 広大な回遊式日本庭園であることぐらいは、わたしの知識でも分かった。
 つい二三分前まで、天王寺駅前の、ロータリーや空中回廊のような歩道橋。そこに繋がる、JRや私鉄、地下鉄の出入り口、百貨店、ファーストフードなどから吐き出されてくる群衆と、その喧噪の中にいたとは思えない。
 東京でいえば、渋谷の駅前から、いきなり明治神宮の御苑に来たようなもんだ。

「もう一週間も早ければ、花菖蒲がきれいに咲いていたんだけどサ。今は、クチナシとか睡蓮くらいのもんかな」
「なんで、こんな所があるんですか?」
 直球すぎて、間の抜けた質問。
「ここは、元は住友財閥の本宅があって、この庭園は付属の庭」
「これが付属……」
「昭和になって、住友家から大阪市に寄贈されたんだ」
「へー……」
 間の抜けたまま、ため息をついた。
「オレ、そういう間の抜けた感動するはるかって好きだぜ」
 誉め言葉なんだろうけど、「感動」の前の修飾語は余計だ。

 回遊しながら、慶沢園のあれこれを説明してくれる。ネットで検索した通りなんだろうけど、ここまでさりげなくやると、もう芸の域。
「舟着き石のむこうが、舟形石、海を見立てた……」
 見立てたところで子ども達の一群が駆けてきた。
「キャハハ」
「おっと……」
 先輩が一瞬遅れ、よけそこなって転んでしまった。
「ごめんなさいね」
 かなたで謝りながら、子供たちを追いかける保育士らしきオネエサンの姿。
 先輩のカバンの口が開いて、中味がぶちまけられている。
 こんなシュチエーション、前にもあったなあ……そう思いながら中味を集める。
 ふと、運転免許証が目に入った……!?
 ふんだくるようにしてソレをカバンにしまう先輩。
「行こうか」
 怒ったように、さっさと歩き出した。

 行き着いた先に四阿(あずまや)があった。
 教室二つ分ほどの広さで、先客は、オバチャンのグループが一組、池を向いた窓ぎわに席を占めていた。
 わたしたちは、反対側の窓辺に席をとった。

「免許証見た……?」
「え、あ……ううん」
「見たんだ……」
 わたしのウソはすぐにバレてしまう。
「ゲンチャリじゃなっかた……ですよね」
「堂々たる、普通免許。去年の夏休みにとった。オレって四月生まれだから」
「生年月日……見えてしまいました」
「車は、横浜のばあちゃんとこに置いてある。たまに戻ったときに乗ってる。腕が鈍るからな。オレはだれかさんとちがって走り屋志望じゃない。車は移動の手段。で、その手段は、さらに大きな人生の目標の手段でしかない」
「走るだけが目的じゃダメなんですか!?」
「最初は、それでいい。世界が変わるもんな」
「じゃあ」
「世界が変わったら、次は自分がどう変わるかだ。そう思わない?」
「う、うん……」

 庭の木々が、何かの前触れのように、サワっとそよいだ。

「どこから話そうか……」
「え?」
「オレって人間、説明がちょっとむつかしい……とりあえず年齢からな」
「なにか、病気でも……?」
「だったら説明は早いんだけど。オレ高校は二校目なんだ。最初の高校は半年で辞めちまった」
「イジメですか……?」
「オレ、軽音に入ってたんだ。そこで目立ち過ぎちゃってサ」
「うちの軽音には入ってませんよね?」
「うちの軽音は、ただの仲良しグル-プ。まあ、どこの学校も似たり寄ったりだけどな。オレ、こんなこと勉強してんだ」
 手帳になにやら書き出した。

「S○X」
 差し出されたページにはそう書いてあった。
「さあ、SとXの間には何が入るでしょう」
 一瞬、口縄坂のことが頭をよぎり、赤くなる。
「バカ、アルファベットの一番目」
「一番目って、A……SAX……サックス?」
「アルトサックス。目標はナベサダ」
「阿部定!?」
 ハンパな文学少女は、似て非なる者を連想し、少し引いてしまった。運良く先輩は、単なる驚きと受け止めてくれたようだ。
「伯父さん、ボストンで、日本料理屋やってんだ。元はNOZOMIプロってとこでプロデューサーやってたんだけどね。趣味が高じて、料理屋。そこで働いて、バークリー音楽大学に入れたらなあって……本気で考えてんだぜ」
 よくは分からないけど、なんだかすごいことを考えていることだけは分かった。
「この免許も、向こうへ行って仕事するためなんだ」
「え、日本の免許証でいけるの?」
「んなわけないだろ。最初は国際免許。でも、それだと一年で切れてしまうから、むこうで、免許取り直す」
「すごいんだ……」
「ほら、あそこに竜の頭の形した石があるだろ」
「え、どこ?」
「ほら、あそこ」
 頭をねじ曲げられた。
「あ、ほんとだ。フフ、受け口の竜だ」
「あれ、竜頭石っていうんだ。で、その奥が竜尾石。その間のサツキの群れが胴体になってる。雲を飲み込んで空に舞い上がろうとしてるみたいだろう」
「なるほど……」
「案外だれも気がつかないんだ。オレのお気に入り」
 これもネット検索……?

「オレは、ああいう人目につかない竜でいたい」
「竜……(ちょっとキザ)」
「なんてね……」

「やあ、オニイチャン、今日はアベックか?」
 オバチャンの集団の一人が、陽気に声をかけてきた。
「あ、どうも。こんにちは……」
「あんた、若い人のジャマしたらあかんがな」
 もう一人のオバチャンがたしなめる。いっせいに全員のオバチャンがこちらにニンマリとごあいさつ。
「……行こうか」

 大池の前までもどった。
「ここには、何度もきてるんですね」
「ああ、サックスのレッスンに行く前とかね」
 にわか勉強のネット検索ではないようだ。
 先輩が、豆粒ほどの小石を池に投げ込んだ。
 小さな波紋が大きく広がっていく。
 アマガエルが驚いて、池に飛び込んだ

「ねねちゃん……クラブには戻らないぜ」
「話してくれたんですね」
「ねねちゃんは、仲良しクラブがいいんだ」
「え?」
「あんな専門的にやられちゃうと、引いちゃうんだって。分かるよ、そういう気持ちは。しょせんクラブなんて、そんなもんだ」
「そんなもん?」
「そうだよ、放課後の二時間足らずで、なにができるってもんじゃない。しょせんは演劇ごっこ。あ、悪い意味じゃないぜ。学校のクラブってそれでいいんだと思う。前の学校じゃ、それ誤解して失敗したからな。で、分かったんだ。クラブは楽しむところだって。もし、本気でやりたかったら、外で専門的なレッスン受けた方がいい。だから、オレは外で専門にやっている。はるかだって本気じゃないんだろ?」
「え?」
「だって、まだ入部届も出してないんだろ」
「それはね、説明できないけど、いろいろあるんです」
「はるかはさ、芝居よりも文学に向いてんじゃない?」
「文学に?」
「うん、A書房のエッセー募集にノミネートされるんだもん。あれ、三千六百人が応募してたんだろ」
「三千六百人!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「うん……」
「十人しかノミネートされてないから、三百六十分の一。これって才能だよ」
 言われて悪い気はしなかったけど、作品も読まずに、ただ数字だけで評価されるのは、違和感があった。
「作品読ませてくれよ」
「うん……賞がとれたら」
 タマちゃん先輩のときと同じ返事をした。
「オレ、大橋サンて人には、少し眉唾なとこを感じる」
「どうして?」
「検索したら、いろんなことが出てきたけど。売れない本と、中高生の上演記録がほとんど。受賞歴も見たとこ無いみたい。専門的な劇団とか、養成所出た形跡もないし、高校も早期退職。劇作家としても二線……三線級ってとこ」
「でも、熱心な先生ですよ」
「そこが曲者。オレは、教師時代の見果てぬちっぽけな夢を、はるかたちを手足に使って実現しようとしているだけに見える」
「見果てぬ夢?」
「見果てぬちっぽけな夢」
「それって……」
「あの人、現役時代に近畿大会の二位までいってるんだ」
「へえ、そうなんだ!」
「おいおい、感心なんかすんなよ。言っちゃなんだけど、たかが高校演劇。その中で勝ったって……それも近畿で二位程度じゃな。それであの人は、真田山の演劇部を使って、あわよくば全国大会に出したい。ま、その程度のオタクだと思う」
「……オタク」
 頭の中が、スクランブルになってきた。

「オレたち、つき合わないか……」

「え……」
「お互い、東京と横浜から、大阪くんだりまでオチてきた身。なんか、支え合えるような気がしてサ」
 池の面をさざ波立てて、ザワっと風が吹いた。

 思いもかけず冷たいと感じた。

「わたし、東京のことはみんな捨ててきたから……」
「え?」
 わたしの心は、そのときの空模様のように曇り始めた。にわか雨の予感。
「ごめんなさい、わたし帰る。テスト前だし」
「おい……つきあってくれるんだろ?」
「お付き合いは……ワンノブゼムってことで」
「ああ、もちろんそれで……」
 あとの言葉は、降り出した雨音と、早足で歩いた距離のために聞こえなかった。
 背後で、折りたたみ傘を広げて追いかけてくる先輩の気配がしたが、雨宿りのために出口に殺到した子供たち(さっきの)のためにさえぎられたようで、すぐに消えてしまった。


『はるか 真田山学院高校演劇部物語・第10章』より
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする