大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

小規模少人数高校演劇部用戯曲脚本台本 『二十四の瞳』

2011-12-26 20:24:11 | 戯曲

 二十四の瞳
大橋むつお

喜多方市の高校、新潟の高校などで上演していただきました。上演される場合は下記までご連絡ください。
【作者情報】《作者名》大橋むつお《住所》〒581-0866 大阪府八尾市東山本新町6-5-2
《電話》0729-99-7635《電算通信》oh-kyoko@mercury.sannet.ne.jp



時  現代
所  東京の西郊

登場人物
瞳  松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生


東京、西部郊外の公園。秋の枯葉がチラホラ舞い落ちるベンチの傍らに、由香が、プレゼントの包みを抱えて、所在なげに佇んでいる。ややあって、下手から瞳が、折りたたみ自転車のブレーキの音をきしませながら飛び込んできて、上手の端で、ようやく停まる。

瞳  キャー!(きしむブレーキ音)
由香 うわっ!
瞳 ごめん、待った?
由香 びっくりするじゃないよ! 待つのも待ったけど……。
瞳 ブレーキの効きが悪くって、やっぱ中古のパチもんはだめだわ。ともかく待たせてごめん。今日も明日も忙しいのなんのって……で、それ、あたしのバースデイプレゼント?
由香 うん、一日早いけど。残念ねえ、今日か明日でも空いてりゃ、わたしのおごりでパーティーしてあげるんだけど、お互いスケジュールがあわないから、バースデイパーティーは、恒例の忘年会と兼ねるということで。
瞳 え、ということは、今年の忘年会は、あたしおごってもらえるんだ!
由香 何言ってんのよ。忘年会の会費は平等にって、学生時分から決めてあるでしょ。
瞳 うそ、それって……。
由香 気持ちよ気持ち。
瞳 なるほど、気持ちで済ませようって腹か。
由香 何言ってんのよ、十分も遅刻した上に自転車で轢き殺しかけといて!
瞳 だから、それはごめんて……。
由香 ま、ケーキの一つぐらいは用意させてもらうつもりだから。
瞳 え、イチゴとかデコレーションいっぱいのバースデイケーキ?
由香 そんなの食べたら、忘年会のお料理食べられなくなっちゃうでしょ。プチケーキよプチケーキ。
瞳 プチケーキ……。
由香 なに不満そうな顔してんのよ。だいたい二十五にもなろうって女がさ、女友達から、バースデイパーティーやら、プレゼント期待する方が、みっとも……。
瞳 ん……?
由香 ……(アセアセ)
瞳 いま、「みっともない」って言いかけたよね……それが親友の言葉(泣き崩れる真似)どうせ、あたしなんか、あたしなんか……ヨヨヨ……。
由香 あたしなんか女に明日なんてこないぞ。
瞳 何言ってんのよ。あたしだって、ボーイフレンドの一人や二人目の前にして、バースデイパーティーくらい……。
由香 え、そんな予定あったの……さすが!
瞳 あったらいいなって……。
由香 やっと、学生時代のノリになってきたね。
瞳 じゃあ、そのノリで忘年会の費用ジャンケンで決めよう!
由香 おーし!
瞳 最初はグー、ジャンケンホイ!(瞳チョキ、由香パーで勝負)やりー!
由香 アチャー……しくじった。
瞳 焼きが回ったわね。チョキの法則忘れるなんて。
由香 ああ、チョキの法則!?
瞳 そう、最初はグーで出したら、次はチョキかパーしか無い。チョキを出しておけば、勝つか、あいこ。だから勝つ確率が一番高い。心理学で習ったじゃんよ。
由香 そういうことは覚えがいいのよね。
瞳 なにさ、どうせ採用試験には関係ないわよさ。
由香 ひがまないでよね。でもさ、明日スケジュールが詰まっているって言うのは?
瞳 文化祭の居残り当番。本番二日前、生徒たちもそろそろ熱が入って、完全下校は八時は軽くまわりそうね。
由香 なるほどね。
瞳 彼氏がいたら、たとえ十時でも十二時でも、バースデイパーティーやってもらうわよ。
由香 勝負パンツ穿いて?
瞳 アハハハ……て、ほんとだね。ま、ありがたく頂戴いたします(相撲の力士のように手刀を切る)
由香 それでは、大石瞳の一日早い二十五歳の誕生日を祝って……(クラッカーを取り出す)
瞳 ちょっと待って、写真撮るから(カメラと三脚を取り出す)
由香 え、カメラ用意してんの?
瞳 これ用意するのに時間かかっちゃって。
由香 これ、プロ用のデジカメじゃん。
瞳 理科の先生にマニアがいてね……いくよ。五、四、三、二、チーズ(クラッカーの音とシャッターの音が同時にする。クラッカーの中身といっしょに枯葉がチラホラと舞う。間)
瞳 ……なんだか一抹の淋しさを感じるね。
由香 なにぜいたくなことを言ってるのよ。世の中には誰にも祝ってもらえないで誕生日迎える女が山ほどいるよ。
瞳 わかっておりますわよ、友だちのありがたみは。
由香 それなら、もっとありがたがりなさいよ!
瞳 ヘヘ!……(袋を開ける)うわあ……手編みのセーターじゃん!
由香 たっぷり一ヶ月はかけさせてもらいました。
瞳 いやあ、ありがとう、手間隙かかっちゃったでしょ。いやあ袖とか襟まわりとか難しいんでしょ、よく編めてる(セーターを着る)
由香 でしょ!
瞳 ちょっと複雑な気持ちだなあ……。
由香 え?
瞳 これ、ほんとうは自分のために編んだんじゃない?
由香 え……。
瞳 丈が、微妙に長い……。
由香 今年は、そういう微妙にザクッとしたのが流行なのよ。指先がチョコッとだけ出るようなのが萌えーっちゅう感じで男心をくすぐるんよ!
瞳 いまさら萌えーっちゅう齢でもないでしょ、あたしたち。
由香 なによ嫌だったら返してよ。
瞳 ありがたいと思ってるわよ。ほんとはペアルックで、色違いのを編んで彼にあげようと思って。思うだけであげられなかったせつない女心……その宙に浮いたペアルックの自分の分をあたしに……。
由香 瞳!
瞳 かまわないわよ、たとえ流用にしろ、由香の情熱のこもったセーター。ありがたく着させてもらうわ、この編み目一つ一つに由香の想いを感じながら……。
由香 あのねえ、手芸はわたしの趣味と、仕事のストレスの解消なの!
瞳 それは、それは……じゃ、ついでにあたしの写真撮ってくれる?
由香 え、一人だけで?
瞳 うん、写りがよかったら見合い写真とかにしようかなって、こういう萌え系もいいんじゃない?
由香 なによ、さっきはそういう齢じゃないって言っといて。
瞳 はいはい、チーズ。
由香 もう(シャッターを切る。三脚の脚が一本縮んでカックンとなる)何よこれ!
瞳 ごめん、カメラはいいんだけど脚にまでは、手がまわってないって……ちょっとコツがね、よし、これでいいと思うよ。
由香 じゃ、いくよ。こっちも仕事でストレスたまってんだからね(シャッターを切る)
瞳 仕事のストレスってあるの、山手みたいないい学校で?
由香 あるわよ。そりゃ、担任やってるといろいろと。
瞳 たとえば?
由香 教師同士の人間関係とか、生徒の無気力さとか、縮まらない距離とか……。
瞳 ふうん……。
由香 こんなこと言っちゃあなんだけど、瞳は常勤講師で、担任もないから気楽なもんなんでしょうねえ(シャッターを切る)
瞳 それがねえ……。
由香 なんかあるの?
瞳 あたしが副担やってるクラスの担任、うつ病で倒れちゃって、現実的にはあたしが担任の代行やってんのよ。隣の担任も休みがちで、ほとんど二クラスの担任代行。
由香 ええ! それって、瞳は常勤講師でしょ?
瞳 うん、そうなんだけどね……。
由香 学年主任とかいるんでしょ?
瞳 それが、頼りないオッサンたちで。たてまえは学年主任と主席が代行っていうことになってんだけど、現実は日々の指導から、先月は懇談まで。今も、家庭訪問にいくついでに……。
由香 え、この自動車大好き女が自転車で通勤してんの?
瞳 ううん、ちゃんと自動車で通ってるわよ。これ、セコの折りたたみ。車に積んでんの。
由香 え、自動車通勤ってヤバいんじゃないの?
瞳 三年もやってりゃ開き直り。車は近くの駐車場に預けてあるから。
由香 それじゃ……。
瞳 家庭訪問は自転車。小回りが効くし、駐車する場所気にしなくていいでしょ。それに汗水たらして自転車で行くと、いかにも先生が苦労してますって感じで、演出効果もばっちり。
由香 だけど、そんな担任みたいな仕事、常勤講師なんだから、学校もいつまでもほうっておかないでしょ、常勤講師は常勤講師なんだから。
瞳 そー常勤講師、常勤講師って言わないでよ。
由香 それは……。
瞳 現役一発で通った由香と違って、三回も試験に落ちてる身だよ。好きこのんで常勤でいるわけじゃないもん。
由香 そんなつもりで言ったんじゃないわよ。わたしだって、初めての担任で、クラスは苦しいし、もう二人も退学させてんのよ。そのたんびに親には泣きつかれるし、子供にはすねられるし……。
瞳 あたしなんか二十四の瞳よ。
由香 え?
瞳 もー、洒落が通じないんだから。あたし、大石瞳が二十四歳……今日までだけどね。その瞳と、生徒の瞳が二十四個だって洒落。
由香 え……ということは、二クラスで十二人しかいないの!?
瞳 ううん、四十八人。
由香 ……それじゃ四十八の瞳じゃないの?
瞳 生徒たちの目は、半分学校の外に向いてる。だから二十四個のお目々……わかる?
由香 なるほど。で、最初は何人いたの?
瞳 留年生をいれて七十一人。
由香 二十三人も消えたの!?
瞳 うん、そいつらはお目々が二つとも学校の外に向いていた。それでも無事に退学にもっていくのはなかなかよ。信じられる、二十三人中、二十人まではあたしが始末したんだよ。
由香 瞳の学校ってたいがいなんだね……。
瞳 学年で、卒業までに百人は消える。それが、今年の一年生は一年で百人に迫る勢い……。
由香 ということは……。
瞳 そう、学校の外向いてる瞳が、まだ三つ四つは消えるんだろうね。そのためのアリバイってゆーか、伏線張りにいくための家庭訪問……いわば営業だわね。営業目標は無事な退学……。
由香 だけど、瞳は講師なんだから、そこまで責任持たなくても。それに、来年の試験に受かったら、別の学校に……。
瞳 由香はたまたまいい学校にあたったのよ、山手高校っていう……。
由香 それでも……。
瞳 そう、それでも二人退学、生徒との距離はひらく一方……でしょ。ちょっと写真忘れてるよ。
由香 え、ああいくよ。
瞳 東京の……(ニッコリ、シャッター音)いや、多分日本中の学校が多かれ少なかれ……(ニッコリ、シャッター音)中味のないカラだけの卵になりつつあるんじゃないかと思う(ニッコリ)……。
由香 いくよ(シャッター音)だから色々やろうとしてるんじゃない。特色ある学校づくりとか、総合学習とか……ハイ(ニッコリ、シャッター音)
瞳 それって教育委員会の看板そのものじゃん。そんな新任研修で言われるようなこと本気で信じてるの?
由香 だって(ニッコリ、シャッター音)何か信じることからしか始まらないじゃない。自分の言葉でうまく言えないから、つい都教委の看板持ち出しちゃったけど、ハイ(シャッター音)
瞳 教育ってさ、そのカメラの三脚と同じだと思うんだ。
由香 (ファインダーから目を離して)三脚?
瞳 学校と家庭と社会、その三つがしっかりしていないと教育なんて成り立たないと思うんだ。一本でも欠けたら、カメラも教育もこけちまう……それわかってて学校ばかりいじくって注文つけてくるんだ。学校って立場弱いからさ、文句つけやすいじゃん……学校って卵。人間を人間らしく生むためのね、でももう中味はとっくに無くなったカラだけ、それわかっててポーズとってるだけ……(シャッター音)あ、今のだめ!
由香 ちょっとした憂い顔、よかったよ。
瞳 そう……あたしのアリバイの家庭訪問と五十歩百歩。
由香 だから、だからこそ、カラの中味を埋めていく努力をしなくちゃならないんじゃない。
瞳 由香だって、ついさっきまではグチってたじゃんよう。
由香 グチはグチだよ。現実は前に向かって、カラの卵に白身も黄身も入れるようにしなくちゃならないし、そう信じていこうよ。
瞳 信じられないよそんなこと……そうやって信じて中味をつめこんだ卵って、きっとヒヨコにはかえらない無精卵だと思う。
由香 瞳……たそがれちゃってるぞ。
瞳 ハハ、由香の前だから油断しちゃったな。オーシ、営業用の空元気!
由香 よーし、じゃ、その空元気がでたところでもう一枚!
瞳 ヘーイ!(とびきりのニッコリ、シャッター音)ありがとう、もうそれぐらいでいいや。そろそろ三脚あぶなそうだから。
由香 (カメラのモニターを見ながら)おー、けっこういけてんじゃん。
瞳 ほんとだ、いっそこの写真でどっかのオーディションでも受けに行こうか。歳ごまかして!
由香 案外いけるかもね。
瞳 ビジュアル系のモデルさんみたいね。
由香 お笑い系のモグラさん!
瞳 なに!?
由香 アハハ……。
瞳 この!……あ!?

この時、瞳は公園の外を歩く人物に気づき、下手に駆け去る。

由香 瞳……。

瞳、すぐにクラスの生徒、美保を引き連れてもどってくる。

瞳 今日は、どうしたのよ!? 今から美保の家へ行こうと思ってたとこだよ!
美保 ……。  
瞳 この人は先生の友達。山手高校の鈴木先生。美保の家へ行く前にこの公園で立ち話してたとこ。先生の同業者だから気にしなくていい。ごめんね由香(カメラをたたみはじめる)
由香 ううん。    
美保 山手……偉い学校の先生なのね。大石先生より賢いの?
瞳 そうね、あたしと違って本雇いの先生だからね。
美保 ああ、先生って、一年契約の先生だもんね。こっちの先生は一発で通ったの?
瞳 そうよ、あたしが三回もすべった採用試験を一発で……(カメラをたたむ手が一瞬止まる)美保、今あたしを見下した目をしたろう?
美保 いや、そんな……   
瞳 正直に言え! 正直さだけが美保の取り柄なんだからな、口で違うことを言っても表情には正直に出てるよ……正直に言った方が身のためだぞ……。  
美保 いや、あの……うん。
瞳 よし、正直でよろしい。
美保 じゃあ……大石先生って、ほんとうはバカなの?
瞳 そうだよ……って、なんでそうなるんだよ!?
美保 だって正直に言えって……。
瞳 試験だけが教師の値打ちを計る物差しじゃない。こっちの先生とあたしは総合的には甲乙つけがたいくらいにエライんだよ。
美保 そう……でも先生は……。
瞳 何だよ……。
美保 そんな……絡まないで……。
瞳 なんだと……。
美保 くださいよ……。
瞳 バカ……絡むって言うのはな(指の骨を鳴らす)
美保 先生……。
瞳 オリャー!(コブラツイストをかける)
美保 イテー!
由香 瞳! 生徒にプロレスの技かけてどうすんのよ。
瞳 あのう、つっこみはもうちょっと早めにしてもらえる?(美保を解放する)それにもうちょっと気の利いたつっこみしてもらわないと、ボケようがないでしょ。
由香 すみません……て、なんでわたしが謝らなきゃなんないのよ!
美保 ごめんなさい。大石先生とはいつもこうなんです。由香……っていうんですね。あたしの妹と同じ名前。妹もがんばったら山手高校ぐらいいけるかなあ……。
由香 美保ちゃん、あなた、学校で人の優劣を考えちゃだめよ。
美保 だけど、松本高校はバカな学校でしょ?
由香 そ、そんなことないわよ、ねえ瞳。
瞳 いや、ある(二人ズッコケる)由香の言うとおり、うちはバカの集団の学校だよ。
由香 瞳……。
美保 そうだよねえ……。
瞳 だけど、バカなのは勉強のことで、人間のことじゃない。うち卒業したり中退したような子たちでも、立派な大人になってる奴はいっぱいいるからね。
美保 そうなの?
瞳 そうだよ。卒業してもいい。中退してもいい。だけど中途はんぱにブラブラしてる奴は一番ダメだ。それは、うちの学校でも山手高校でも同じことだよ……今日はなんで休んだ?
美保 ……なんとなく。
瞳 なんとなくか……それも正直でよろしい。だけど先生懇談でも言ったろ。なんとなくで休んじゃだめだって……今日で音楽切れちゃったよ。音楽は……。
美保 十三時間でパー。今日で十四時間だもんね。
瞳 日数も厳しいよ……あと十六日でアウト……二度目のダブリはきついぞ。
美保 う、うん。
瞳 十三単位でアウト、わかってるよね? 音楽二単位でアウト決定だから、残り……。
美保 十一単位でおしまい。  
瞳 そうだよ。そのへんは懇談でちゃんと説明したよね?
美保 これから……がんばる。
瞳 信じてやりたいけどなあ……。
美保 今までが、今までだから?
瞳 うん。だけど悪くとっちゃだめだぞ。
美保 うん……。
瞳 四月の最初に先生言っただろ。教育は掛け算だって……先生が十のこと教えて、あんたたちの心が十なら答えは百、一だったら十。そんで、ゼロだったら答えはゼロ。覚えてる?
美保 あたしゼロ?
瞳 限りなくゼロに近いなあ……。
美保 はあ……。
瞳 だけど、美保はマイナスじゃない。マイナスの数字は、どんな正数を掛けても答えはマイナス。そういう奴は、今の美保みたいに素直な話もできない。だから、そういう正直なとこがあんたのプラスのとこだ。さっきも言っただろ。
美保 うん……。
瞳 先生はね、美保が勉強の面でプラスの気持ちを持ってようが、マイナスの気持ち持ってようが。そのことで、美保って子の善し悪しを計ろうなんて思ってない。
美保 ……どういうこと?
瞳 場所を変えたら、美保の気持ちはプラスに変わる。そう思ってるの。
美保 え……。
瞳 違う学校に行ってみるとか、働いてみるとかしたら……きっと美保にもゼロではない、プラスになれる場所があると思うんだ。
美保 それって……。
瞳 こら、人をそんな詐欺師見るような目で見るんじゃないよ。
美保 だけど、あたし学校にはいたい……先生、あたしのこと辞めさせたいんじゃない?
瞳 バカ、それなら、ちゃんとプラスになって学校に来なよ。学校に来てちゃんと授業うけなよ。な、そうだろ、先生間違ったこと言ってるか(由香に)ね?
由香 え……うん……。
瞳 だろう?
美保 う、うん……。
瞳 これ、今日家まで行って美保に渡そうと思っていたんだ。
美保 これ?
瞳 うち、選択授業が多くって、教室の移動が多いじゃんか。美保、あんまり学校来てないから、自分が受ける授業……教室もよくわかってないだろ、迷子の子猫ちゃん。辞めさせたかったら、こんなサービスしないよ。
美保 ありがとう先生……。
瞳 これでもう「教室わからないんだも~ん」って、言い訳はさせねえからな。数字の上では、明日からちゃんと学校に来てきちんと授業受けたら、かつかつで道はひらけないこともない。そのためには、自分を変えなくっちゃ!
美保 プラスにならなくっちゃだめなんだよね。
瞳 そう。難しいぞ、自分を変えるというのは。
美保 うん。
瞳 できるか?
美保 う、うん。
瞳 ちゃんと先生の顔見て!
美保 ……うん。
瞳 ……万一、だめだった時の覚悟も心の隅の方に置いとくんだぞ。その場しのぎのイイコチャンぶっても、問題先延ばしするだけだからな。
美保 うん。
瞳 ……。
美保 じゃ、もういい……バイトの時間もせまってるから。
瞳 うん。それから……ねえ美保。
美保 うん?
瞳 夜中、バイク乗り回すのは、しばらくやめときな。
美保 ……どうして?
瞳 懇談の時、一人一人に聞いた。美保にも聞いたでしょ?
美保 あたし、免許もバイクも持ってないって!
瞳 反応でね、美保とお母さんの反応で……今みたく、むきになったり、目線が逃げたり……で、こいつは乗ってるなあ……と、あたしの勘。それで警察に問い合わせたの。多摩と府中の警察で、一回ずつ世話になってるわね。
美保 ……。
瞳 ほれほれ、また詐欺師見るような目ぇしちゃって。今さら問題にして、どうこうしようなんて思ってないよ。バイクそのものも悪いとは言わない、あたしも車大好きだから。だけど、今はそのバイクと、そのダチとの付き合いが美保の足をひっぱてるんだ。
美保 それとこれとは関係ないわよ!
瞳 ある! 夜遅くまでバイク乗って、朝学校に来られるわけないだろう……それに、乗ってるだけでは済まないようなことも……。
美保 わかってるよ。
瞳 ……そこまでは詮索しないけどな。今は、そこんとこ手を切らなかったら進級なんかできないよ。
美保 先生、あたしは……。
瞳 まだ、このうえゴチャゴチャと言わせたいの!
美保 ……。
瞳 わかった? とりあえず、せめて進級のメドがつくまでは……いいな……そうでないと、またコブラツイストかけるぞ!
美保 う、うん。がんばるよ……じゃ……先生。
瞳 うん?
美保 何でもない(駆け去る)
瞳 いいか、バイクはやめとくんだぞ!
由香 ……瞳、あんたすごいね……。
瞳 もうちょっと待っててね……(携帯をかける)……ああ美保のお母さんですか? はい、松山の大石です。いま、お家まで行こうと思ったら東多摩公園のとこで美保に出会いまして……ええ、説教しときました。今日で音楽が切れてしまって、残りの日数も十六日です……はい、本人もがんばるって言ってますけど、最悪アウトになる覚悟は……恐縮です。今度落ちたら二度目。二回落ちて卒業した子はいませんから、ええ……それとバイクのこと……ハハハ、申しわけありません、勘で……ええ、ピンときて、警察のほうにも照会させてもらいました……いや、特に問題にして処分しようとは考えてません。ただ、美保の足をひっぱってるのは確実にバイクと、その仲間です……ええ、本人にもメドのたつまでは縁切れって……ええ、本人も飲み込んだ様子ですので……お家の方でも、そのへんよろしく……性根までは腐った子じゃありませんから、まだ信じてやりたいと思います……じゃ、どうぞよろしく(切る)おまたせ、家庭訪問なくなっちゃった。どっか行こうか?
由香 え?
瞳 由香の希望どおり、あたしのバースデイ・イブってことで。もち由香のおごりでね。フランス料理にしようかな……イタメシもいいし……あ、自転車のうしろ乗って。立ち乗りでいいよ。近くの駐車場までだから……いくよ!
由香 あ、ちょ、ちょっと……。

由香が瞳の自転車を追いつつ去る。黒子による明転。BGMがかかって飲み屋。ビール、チューハイ、ウーロン茶とサカナが並んでいる。瞳は先ほどの写真を見ている。

由香 ごめんね、わたしばかり飲んじゃって。
瞳 いいよ、こういう雰囲気じゃないと話せないこともあるし……こうして見ると、どれも今いちだな。
由香 わたしのせいじゃないわよ。
瞳 なにかがハンパなのよ。
由香 え?
瞳 ……やっぱポーズや表情じゃごまかせないか。
由香 え、そんなにブスに写ってるの?
瞳 失礼ね、みんなかわいく写ってるわよ……ただ……。
由香 ただ……?
瞳 どれもこれも空元気……空回りの上に個性が……(ない)
由香 けっこういけてるように思うよカメラマンの腕がよかったから。
瞳 こんなステレオタイプじゃなくって、生きざまが写るようになんなきゃなあ……ほんのかけらでもさ。
由香 わたしのせい?
瞳 違う、あたし自身のことよ、この大石瞳の……もう二十五にもなろうってのに……ね、あとでぶっとばそうよ!
由香 え、あの年代物のミニクーパーで?
瞳 そうだよ。さり気ないけど、見えないとこでギンギンにチューンナップしてあるんだからね、タイヤもエンジンもサスもミッションも……。
由香 あいかわらず走り屋やってんの?
瞳 昔ほどじゃないけどね。合法よ、合法。合法スレスレんところで。高速だって三十キロ以上はオーバーしないようにしてるし、市内なんか、タクシー並の安全運転だったでしょ?
由香 うん、だからとっくに卒業してんのかと思った。
瞳 車は素直だからね。こっちの腕さえしっかりしてたら、手を加えたぶん、きちんと応えてくれる。ところが学校とか生徒とかはね……。
由香 夕方の美保って子の指導なんか立派なもんだったじゃない。あの子も素直に聞いていたし、十年以上やってるベテランの本職に見えたわよ。
瞳 アリバイよアリバイ。生徒の指導も親への連絡も、無事に退学をかちとるためのね。うちで三年もいたら自然に身につくテクニック。 
由香 そう? そばで見ていたら、ちゃんと生徒に愛情持った、いい指導に見えたけどなあ……急にわたしにふったこと以外は。
瞳 百人も辞めていく生徒にいちいち愛情なんかかけてらんないわよ。フリはしてるけどね、愛情持ってるフリは……今日説教した美保も、まあ、十日も効き目があったらいい方だろうね……明日は、まあ来るね。土日挟んで、まあ十日。そのたんびに「よくやった、よく来たな! 明日もがんばれよ!」そして、十日たったら元の木阿弥……期末テストで欠点のオンパレード。できたらそこで引導渡してやりたいけど、美保は性格の弱い子だから、きっと学年末までねばるだろうね。それで学年末で「お世話になりました」の一言も言わせて、シャンシャンシャン。校長も主任も「大石先生ごくろうさん!」それで美保もあたしもお払い箱……だろうね。
由香 常勤講師、一年契約だもんね。
瞳 違う! 長い短いの問題じゃあない……! 自分の一生を掛けた仕事として確かかどうか……たとえば、由香の実らないまま消えていった恋。
由香 なによ急に!?
瞳 山のように編んだセーター。
由香 なによ、夕方の蒸し返し? どうせわたしは夢見る夢子ちゃんよ。
瞳 そんなことないよ! 由香の愛と情熱はいつかはむくわれる。この編み目の一つ一つに、その確かさを感じる。自信持っていいよ!
由香 そうかな……。
瞳 そうだよ、由香の想いはいつかはかなう。いつか必ず由香の良さをわかってくれる男が現れる。その確信が由香の目を輝かせているんだもの!……キラキラキラ……あ、まぶしい!
由香 よしてよ瞳。
瞳 バカ、真剣だよ真剣。
由香 真剣?
瞳 そう、自信持って。ほらほらほら、グッといって、グッと!
由香 そうだよ、そうだよね。わたしだって、いつかはきっと……わたしの魅力に気づかない男共のバカヤロー!
瞳 バカヤロー! そして、いつかは実る由香の恋に乾杯!
由香 そうだよね、わたしにだって、わたしにだって……! ありがとう瞳、もつべきものは親友、自信がわいてきた! 
瞳 なんだったら、セーター返そうか?
由香 いいよ、明日っからもっとスンゴイセーター編んじゃうんだから!
瞳 その意気や良し! その由香の自信にもう一度……。
二人 乾杯!
由香 よし、今度は瞳の採用試験合格を祈って……!
瞳 それはいい。
由香 え?
瞳 あたし、もう辞めようと思ってんの。
由香 ……どういう意味?
瞳 もう、教師になることをやめようと思って……。
由香 なに言ってんのよ、瞳らしくもない。たった三回試験に落ちたぐらいで。たった今わたしを励ましてくれたところじゃないの! 自信を持とうよ、自信を!
瞳 違うの。教師って仕事そのものに、やっぱ魅力を感じてないの。写真見てつくづくそう思った。まあ、もともと車に乗るための金と時間欲しさのデモシカだけどね。見ると聞くとで大違い、三年やって、場違いだってのがよくわかった。夕方美保にも言ったけど、教育は掛け算。ゼロやらマイナスの子たちばかり相手にして、空っぽの卵のカラだけいじくりまわしてると……なにか、自分の持っている数字まで小さくなっていくような気がしてね。
由香 考えすぎだよ、そんなのやってるうちになんとかなるって。
瞳 由香は感覚が違うのよ。学校も、山手みたいな温泉学校にいるから。
由香 瞳だって、試験に受かって正式採用になれば変わるわよ。
瞳 夕方、グチこぼしてたのはだあれ?
由香 グチぐらい誰でもこぼすでしょ。みんなグチこぼして、なけなしの元気を絞り出してやってるんじゃない。
瞳 あたしのはグチじゃあないの。
由香 じゃ、なんなのよ?
瞳 魂の慟哭……。
由香 ドーコク?
瞳 聞こえない? あたしの心臓が血の涙流しながら泣いてんのを!? 
由香 あんた、お酒も飲まないで、よくそんな台詞が出てくるね。
瞳 だから言ったでしょ。由香とあたしは感覚が違うって……ちょっと、このチューハイ半分まで飲んでくれる?
由香 え……うん(半分飲む)これでいい?
瞳 この半分のチューハイを、由香はどう表現する?
由香 え……そうだな、まだ半分残ってる。
瞳 そうだろうね、由香は、のび太君みたいな性格だもんね。
由香 それって? 
瞳 依頼心は強いけど、憎めない楽観主義で、いつも人が助けてくれんの。
由香 それって……。
瞳 誉め言葉のつもりだけど。だって、人柄が良くなきゃ、だれも助けてくれないよ。
由香 じゃ、瞳は?
瞳 もう半分しか残ってない……あたしの心もちょうどこのくらい。その残った半分の心が、もう決めちゃったのよ。
由香 何を?
瞳 あたし、二学期いっぱいで辞めよって決めた。
由香 ええ、辞めて……どうすんの?
瞳 この秋から、姉ちゃんがダンナといっしょに長野でペンション始めたの。あたしもちょこっとだけ出資してんだけど、そこで働こうかと思って。姉ちゃんも、アルバイト使うよりは、身内のほうがよっぽど気楽だろうし。ちょっぴり大きめのペンションだから、人手もけっこう大変なんだ。
由香 だけど……。
瞳 だからさあ、夜の山道ぶっとばそうよ!
由香 ええ、ローリング族とか出るんじゃないの?
瞳 大丈夫よ、週末じゃないし。そんな奴らが走らない道だし、制限速度は三十キロしかオーバーしないから。そのために、あたしウーロン茶しか飲んでないんだよ。ね、山頂からの夜景は絶品だよ!
由香 そう……。
瞳 じゃ、あたし車とってくるから。由香は、お勘定の方よろしくね(伝票を渡して去る)
由香 あ、ちょっと、瞳!

暗転。明かりが入ると、瞳のミニクーパー。キャスター付きの椅子を角材と床板になる板で結びつけたようなものでいい。方向転換や移動は黒子による。BGMが、タイヤのソプラノにかわる。

瞳 ヒヤッホー! 聞いた、今のドリフト! タイヤのソプラノ!……ほら、もういっちょうS字カーブ(右に左にドリフトし、タイヤがキュンキュン、歓喜の声をあげる)たーまらん!
由香 た、頼むから、もうちょっと穏やかに走ってもらえない。わたし、車弱いとこへもってきて、アルコール入ってるから……ウップ。
瞳 仕方ないわねえ。ほらヘド袋、車の中汚さないでよ。
由香 ……大丈夫、飲み込んだから。 
瞳 うわあ、息がヘド臭~い。ほら、ウーロン茶と口臭消し。            由香 ありがと……。                              瞳 大丈夫?
由香 うん、普通の運転になったから大丈夫。
瞳 つまらねえな……。
由香 つまらないのは、こっちだわよ!
瞳 へいへい、安全運転、安全運転……。
由香 ねえ、さっき言ってたペンションの話って、本気?
瞳 あたりき、しゃりきにブリキのバケツよ。
由香 真面目に。
瞳 あたしは、いつも真面目だよ。
由香 それじゃ言うけど、ペンションって御客つくまでが大変だって言うよ。こんなこと言って失礼だけど、軌道に乗るまでは海のものとも山のものとも……。
瞳 山のものってきまってるじゃん。
由香 え?
瞳 だって長野県だもん、山しかないよ。
由香 真面目に。
瞳 だから真面目だって。姉キのペンションは、前のオーナーが歳くって引退するからそのあとを譲り受けての経営。だから、固定客が最初からついてんの。あたしも姉キも元を正せば、その固定客の一組だったんだけどね。
由香 なるほどね、瞳なりの固い計算があった上での話なんだ……。
瞳 あたりまえじゃん、一回ポッキリの人生だもん、いろいろ考えた末の結論よ、ヘラヘラしてるようでも考えるとこは考えてんのよ……ほい着いた(急ブレーキ)
由香 ゲフ……痛いでしょ、急ブレーキかけたら。シートベルトが食い込んじゃったよ。
瞳 見てごらん、この山頂からの東京の夜景……。
由香 うわあ……。
瞳 もうちょっと晴れてたら、都心の方まで見えんだけどね。



瞳 あたし、この夜景見て決心したんだ。
由香 この夜景で?
瞳 うん、この夜景の下にあたしはいない……。
由香 え?
瞳 だって、見てるあたしは、この山の上。
由香 ハハ、そういう意味? でも、そんなの簡単じゃん。山から下りて、家の明かりの一つもつけたら、この素敵な夜景のワン・ノブ・ゼムになれるじゃん。
瞳 千三百万分の一のね……デジカメの画素以下。あたしなんか、いてもいなくてもいっしょ。
由香 タソガレ通り越して、暗闇じゃんよ。
瞳 違う、楽になれたのよ。
由香 え?
瞳 あたし一人が抜けても、この夜景には何の影響もない……だったら、あっさり抜けちゃってもいいんじゃないかって。そしてそれなら、学年末まで義理たてなくても、きりのいい二学期末でおさらばしてもいいんじゃないかって……あたしがいなくても辞めてく奴は辞めてく。多少もめることにはなるかもしれないけど、この千三百万の明かりの、ほんの一つのささやかなエピソード(歌う)ケ・セラ・セラ、なるようになる……と、アララ……。
由香 どうしたの?
瞳 前の景色にばっかり気をとられてたけど左右の景色、よく見てみ~。
由香 え、……ああ車が……五、六、七……もっといる。ここってデートスポットだったんだ。ねえ……車の間隔がほとんど等間隔。
瞳 カップル同士の自然の間隔。お台場のカップルなんかも自然に等間隔になるって言うよ(双眼鏡を出す)夜間の生徒の行動監視用……。
由香 こんなことまでやってんの?
瞳 という名目で、生指部長が持ってたのを預かってんの。
由香 ……とりあげたんだ。
瞳 見てみ~。
由香 ……みんな、よろしくやってる……ちょっと邪魔!(運転席の瞳を押しのける)
瞳 イテ!
由香 ……あの車、揺れてる(生つばを飲み込む)
瞳 その手もとの赤いボタン押すと解像度があがって、よりはっきりくっきりと……。
由香 ……もういい!
瞳 ちょっと刺激的すぎた?
由香 もう、他の場所に行こう!
瞳 いいじゃん、こっちが気にしなかったら何でもないんだから。
由香 だって……。
瞳 いっぺん気にしたら、どうしようもないってか?
由香 もう、瞳!
瞳 何につけ、人間の心ってそういうもんだよね……。
由香 早く車を出して!
瞳 へいへい、じゃ別のスポットに……(バックで車をもどし、本線にもどる)
由香 瞳、平気なの、ああいうの?
瞳 補導で時々見かけるからね、あのカップル達は距離といい、たしなみといい、行儀のいい方だよ……距離って言やあ、昔はもっと離れていたよな……。
由香 何の?
瞳 学校対生徒と親……それぞれのポジションと距離があった、さっきのカップル同士みたいにね。それが、今は違う。ピッタリ距離をつめて、息の仕方から、身のふるまい方まで教えなくちゃならない……三脚の足一本でカメラを支えているようなもの。できるもんかそんなこと! だからやってるフリをする。しつこいほどの家庭訪問、コンビニみたいに品数揃えた総合学習、選択授業。うちの生徒なんか、その移動教室覚える前に辞めてっちまう。そして辞めていくまでカウンセリングに進路指導……できるもんか……。
由香 瞳……。
瞳 今、由香がカップル同士の車の中で耐えられなかったように、今はともかく……将来は必ず耐えられなくなる。うちの正担任の小沢先生みたいに、体か心のどこかがイカレてしまう。知ってる? 教師の寿命って、他の業種よりも短いって……。
由香 ほんと?
瞳 こんなのもあるんだよ、ILOの報告(雑誌を渡す)
由香 ええと、世界……違う、国際労働機関。
瞳 そこの報告によると、教師の現場でのストレスは、戦場における兵士のそれに匹敵するって。
由香 ほんと?
瞳 ほんと……って言っても、辞めるって決心したあたしが言うんだから、アハハ、負け犬の遠吠え、ひかれ者の小唄だけどな……ほい、穴場中の穴場。ちょっと揺れるよ(ガックン、ガックン)どーよ、この景色。気に障るアベックもいないし、いいとこだろ?(車から降りる)
由香 うん、さっきの倍以上いいじゃんか!
瞳 昼間に来るとね、あのへんに湧き水があって、お地蔵さんがあるんだ。なんでも、ナントカ上人が八百何十年か昔に、ここらへんが水飢饉だった時に、杖でポンと突いたら湧き出した水なんだって。昼間はコーヒーやらお茶の水用に汲みに来る人が、ちょくちょくいるよ。
由香 最初から、ここに来ればよかったのに。
瞳 あたしは、さっきのとこで由香の情操教育をしてあげようって思ってさ。
由香 なによ、わたしの情操教育って?
瞳 教師は独身の率が高いからね。
由香 アー、知ってて連れてったってわけ? 余計なお世話!
瞳 アハハ、怒るな怒るな……ほんとうは、ここ、あたしあんまり好きじゃないんだ。
由香 どうして?
瞳 目の下、すぐに学校が見えるでしょ?
由香 え、ああ……校舎の一階、まだ電気がついてるよ。
瞳 ああ、生指の部屋。また何かあったんだろうね。
由香 ほんと、大変なんだねえ。
瞳 由香は、この仕事定年までやってるつもり?
由香 うん……あんまり考えてない。瞳の学校みたいなとこ行ったらもたないかもしれない。でも、その時はその時。さっさと異動希望出して、どこへなと渡り歩いていく。そして、ちょっと小ましなとこに行けたらドンと腰を落ちつけて……。
瞳 オバンになっていくか……。
由香 ハハハ、酒はまだ半分残ってる。チビチビといくわ、わたしは。
瞳 いい性格してるわよ、あんた。
 
この時、一台のオートバイが近くに停車する音がする。

由香 やだわ、こんなとこに族?
瞳 一人みたいね……他にいるかも……。
由香 ポリタンに水汲んでる……普通の人かなあ?
瞳 いや、あの排気音に、あのバイク。族か、そのジュニア……。
由香 あんまりジロジロ見るんじゃないわよ、インネンつけられるよ。
瞳 あの体つき、女の子ね。首まわして、肩揉みほぐしてる。
由香 メット脱いだ……。
瞳 あ、あいつ!(下手に駆け込む)
由香 あ、瞳!

瞳が美保を引き連れてもどってくる。

瞳 どういうつもりだ、夕方話したばっかりじゃないか!
美保 ……。
瞳 先生、十日はもつかと思ったよ、それが半日ももたないか! 夕方の美保はまだゼロだった。いや、まだ素直に話聞いてたから、〇・五くらいはあった。それがどうよ、半日もたたないうちに多摩丘陵をバイクで走りまわるか!? 開いた口が塞がらないよ!
美保 先生、あたし……あたしね……。
瞳 腐った言い訳なんかすんじゃねえよ、この……!(思わず手をあげる)
由香 だめ! 生徒に手をあげちゃ!(瞳を羽がいじめにする)
瞳 放せ、由香! 一発くらわしておかないとこいつの性根は……。
由香 瞳、教師が感情に走っちゃだめなんだって!
瞳 ここで感情に走らなきゃ、どこで走るのよ!
由香 それは……首都高とか……山手線とか……グルグルっと……。
瞳 くっ……。
由香 ……もう、大丈夫?
瞳 大丈夫、由香の下手な洒落で落ち……(由香の羽がいがとける)
由香 落ち着いた?
瞳 落ち込んだ……これがあたしのだめなとこ……十分わかってたはずなのに……明日退学届送ってやるから、サインしてハンコついて持っといで……さ、由香行こうか(車に乗り込む)由香、さっさと……。
美保 ……(物言いたげに瞳を見ている)
由香 瞳、話だけでも……。
瞳 必要なし! あたしにだって限界ってものがある。せっかくのバースデイイブが台なしだ、さっさと乗って! 行くよ!(アクセルを踏む)
美保 あたし、先生のために水汲みに来たんだ!
瞳 !(ブレーキをいっぱいに踏む)
由香 イテッ!
瞳 (車から降りて)今、なんて言った?
美保 ……。
瞳 なんて言ったって聞いてんのよ?
美保 もういい、どうせ学校辞めるんだから!(駆け去ろうとする)
瞳 美保!
由香 先生のために水汲みに来たんだって……言ったんだよね?
瞳 どういうことよ……。
美保 あたし、バイトしながら考えたの……バイトは休んだことない。バイトだったらがんばれる……ゼロじゃない、十にも二十にもなれる……なれるんです。だけど学校ではゼロ。なぜだろうって……給料もらえるから? 友達がいるから? 仕事が楽しいから?……全部答えのような気がして、だけど全部答えじゃないような気もして……けっきょく一言で言えるような答えは出てこなかった。だけど学校ではゼロ。あたし気が弱いから学校続けるって言ったけど……ゼロの場所にいても仕方がない。「がんばります」って言うたびに空しい、自分がカラッポになってくばかりで……自分にも先生にも嘘ついてるばっかりで……そんなことばっか思ってたら、久々にバイトで失敗して……トレーごと片づけてた食器ひっくりかえしちゃって(傷ついた手を隠す)店長に「どうしたんだ?」って言われて、心がそこにない自分に気がついて……(涙が頬を伝う)
由香 それがどうして、水汲むことにつながっちゃったの?
美保 学校辞めようって、その時思った……そのことを、この気持ち大石先生に伝えたいって思って。そうしたら、店長が手当をしてくれながら「それじゃ、この紅茶持ってって、先生と飲みながら話してこいよ。誤魔化さず、素直にな」って。そうしたら、水は、ここの水が一番合うから汲んでこいって……教えてもらった……もらったんです。
瞳 ……誤魔化さず、素直に。
美保 お母さんに電話で話したら、それがいいって言ってくれて……先生、家にも電話したんだね?
瞳 ……うん。
美保 ちょっと前か、他の先生だったら、ただチクられたって頭にくるだけだっただろうけど。夕方先生と話したら……ああ、上手に言えない。
由香 ストレートでいいわよ。
美保 うん……何もかも、ストンと心の中に落ちた。で、先生に会いたかった!
瞳 美保……。
美保 あたし、こう見えても、紅茶の出し方店で一番うまいの……いっしょに飲んでください。
瞳 うん。じゃ、あたしも素直に言うね……あたしもね、あたしも二学期いっぱいで学校辞めようと思って……。
美保 先生……。
由香 ……。
瞳 姉ちゃんがダンナといっしょに長野でペンション始めるから、そこで働こうと思って……。
美保 そんな……先生は先生でいて欲しい……大石先生はやっぱ先生だよ。先生は……先生だけでも、先生でいてほしいよ。辞めるあたしが言うのも変だけど……。
瞳 話は最後まで聞いてくれる。
二人 え?
瞳 今の美保の話聞いて、三学期いっぱいいっぱい居ようと思ってきた。
美保 先生!
瞳 でも三学期までね、契約だから。
美保 本雇いになる夢は?
瞳 もう三回も試験に落ちたし、あたしまだ二十四歳だし……。
由香 今夜限りだけどね。
美保 先生、明日誕生日だったの?
瞳 そうよ、その記念すべき日の退学生があんた。二十四の瞳も今夜限りよ……。
美保 二十四の瞳……。
瞳 ハハ、……いろんな意味でね。
美保 あたしと七つしかかわらないんだ。
瞳 それが、どうかした?
美保 あたし決めたの……いえ、決めたんです。二十五ぐらいまでは、自分探すためにいろいろやってもいいって。お母さんも、今の仕事で身をたてるって決心したのは二十五の時。だから、お母さんも二十五ぐらいまでにって……だから先生も二十四だったら、まだ色々自分の道をさぐっていてもあたりまえじゃない。お互いしっかりがんばろうよ!
瞳 はあ……って、なんであたしがなぐさめられんだよ!
三人 アハハハ……
瞳 そうだ! ねえ美保、三学期まで今のバイト続けて、その後いっしょにペンションで働かない?
二人 え!?
瞳 ささやかなペンションだけど、一応株式会社、あたしもちょびっと出資してるから取締役の一人なんだ。だから従業員一人決める権限くらいはある。そうしよう、お父さんお母さんには、あたしから話したげるから! そこで、お互い次の道をさぐればいい。そうしよう!
美保 だけど……。
瞳 だけど?
美保 わたしの人生なんだから、わたしが自分で見つけなきゃ。
由香 あなた……。
美保 そうさせてください……。
瞳 美保……。
美保 先生……!
瞳 よく決心した。
美保 うん。
由香 よかった!(拍手。感動的なBGMが入ってもいい)
瞳 って……ドラマだったら、美しく終わるんだろうけど、そうはさせないわよ。
二人 え……?
瞳 あたしのこと、一発シバキな。
二人 え……?
瞳 いいから、そうしないと幕が下りない……いいから、こうやって(美保の手を取る)
美保 いいよ……先生。わたしの中じゃ、帳尻あってっから。
瞳 あたしの中で帳尻があわないんだわよ……あたしは、あたしは……美保のことを……。
美保 辞めさせるための、アリバイ指導……だったから?
瞳 ……分かってたの?
由香 あなた……。
美保 優斗も拓也も香弥奈も、辞めてった。みんな知ってるよ。わたしたち、そのへんはバカじゃないから……ううんバカだから、ちゃんと、わたしたちのこと見てくれてるかは分かるんだ。
瞳 美保……。
美保 そんな顔してたんじゃ、生徒は寄ってきてもオトコは寄ってないって……みんな本気で心配してたんだよ。
由香 プフ……。
瞳 笑うな、由香!
美保 だから、だから……あたしは一人でやっていくから。
瞳 あたしのオトコの心配なんて百年早いわよさ。
由香 でもこの子の指摘は確かだよ。
瞳 でも、今の美保の決心なんて、朝になっちゃえば忘れっちまう。そんな無責任な幕は下ろさせないからね。美保は、わたしといっしょにペンションに行く。いいな!
美保 でも……。
瞳 でも……?
美保 そこまで先生に頼りたくない。
瞳 頼りたくなくても、頼りないぞ。ヘタレだぞ、美保は。
美保 ヘタレにもヘタレの意地があるから……。
瞳 美保……。
由香 じゃ、ジャンケンで決めたら!
二人 ジャンケン……?
由香 恨みっこ無しのジャンケン。
二人 よし!
由香 三本勝負……いくよ。
二人 おお!
由香 最初はグー……。
二人 ジャンケンホイ! 
瞳 勝った!
美保 もう一本!
瞳 おーし!
由香 最初はグー!
二人 ジャンケンホイ! ホイ! ホイ!
瞳 勝った!
美保 先生、強いなあ……!
由香 さすがチョキの……。
瞳 オホン。教え子を思う教師の真情よ、真情……最後のね。
美保 先生……でも……。
瞳 この期に及んで、まだ「でも」かよ。
美保 でも、その……ペンションが気にいってしまったら……。
瞳 ハハ、そうしたらずっとそこにいたらいいじゃん……そして……そして何か開けたら、その時はその時。素直にさ……美保の紅茶、ペンションの名物になるかもしれないよ!
美保 先生……。
瞳 なんか文句ある?
美保 あ、ありません!
由香 わあ……見てごらん、むこうの雲が晴れて都心の方まで見わたせる。千三百万人分の明かりだ……。
二人 うわあ、きれい……。
由香 千三百万分の二のエピソードの……新しい始まりだね……。
美保 胸の内さらけだしちゃった。
由香 だね。
瞳 まだまだ、ここは一発叫ぼうよ、胸の内をひっくり返してさ。
美保 はい。
瞳 いくぞ……。
由香 わたしも入れて!
瞳 もちの、論!
美保 じゃあ……一、二、三!
三人 うわー!!
瞳 そうだ、記念写真撮ろう、三人揃って!(デジカメをとり出し、三脚にすえる)
美保 写真撮るんだったら、もうちょっとましなナリしてくるんだったな。
瞳 それで十分。あるがままの自分でいいよ。
由香 今度は三脚大丈夫でしょうね?
瞳 バッチリ……だと思う。いくよ!

タイマーがかかりカシャリとシャッターが切れる。この少し前からエンディングテーマFI、三人無邪気に写真を撮りあう。ここで急速にFUしつつ幕。


作者の言葉
厳しい現実を、サラっとひとすくいのエピソ-ドとして書いてみました。最後のところで人間同士の信頼感を残しました。ドヨ-ンと落ち込んだ芝居ではなく、カラっと演じてもらったほうが伝わると思います。

【作者情報】《作者名》大橋むつお
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