住民の歴史:津高半田山緑道・町内会

町内会結成の頃(1971年~1976年)
緑道を求めた住民運動の記録(1986年~1987年)

ようこそ!

2022-04-22 01:00:00 | 住民運動

半田山ハイツ第3公園、2022年5月。

半田山ハイツ第3公園のヒューム管。

緑道の下に埋められて、半田山ハイツを通過する雨水を流しているのと同じもので、

津高台団地造成の際、工事で使えなかった(余ったか、何かの不都合で)ものでしょう。

「子どもはトンネルに入るのが好きだから」と考えた当時の町内会長が、

団地内3か所の公園へ置いてもらったと、記憶しています。

半田山ハイツ第1公園、2017年1月。

(第一公園のヒューム管は撤去しており、現在はありません)

緑道が出来てから30年以上経ちました。

当時を振り返って「津高半田山緑道が出来るまで」の記録を書きとめます。

運動にかかわった地域住民が、保存していた公文書・町内配布チラシなどです。

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緑道は津高台団地の開発に伴ってできたものです。

当初の「開発計画案」は

「法面は、開発地域として業者に売却し、宅地にする」でした。

 

周辺住民は、「市の土地が宅地に変わるのは認められない」

と住民運動を起こし、市有地は売却されずに残りました。

 

次の段階、「法面を埋めた土地の姿」については

「底地の形を変えずに、公園か緑地に」を要望して市と交渉し

ようやく「津高半田山緑道」が出来ることになりました。

その、住民運動の記録です。

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  もくじ


はじめに_1 津高半田山緑道について

2022-04-21 01:00:00 | 住民運動

国土地理院の「地図・空中写真閲覧サービス」の画像をスクリーンショットしました。

緑道は、赤でマークした部分です。

当初、「やっちもない…、もっとマシなモンに…」の声もあったのですが、

周辺住民は、この形を望んで、実現しました。

その経緯を書きとめます。

 

場所はこちら  googlemap

 

開発によって変わってきた地形、空中写真でよく分かりますので、何枚か載せます。

画面中央下にある、三味線のバチみたいな形の「宮下池」は、どれも同じなので、目印になります。

(国土地理院「地図・空中写真閲覧サービス」のページが元ですので、そちらをご覧ください)

<2007年6月16日、撮影>

<1975年2月24日、撮影>

1961年6月6日、撮影(部分を切り取りました)

 

ーーこのブログについてーー

・コピーした資料は画像(jpeg)にしました。

 昨今の世情から個人名は消しましたが、消し忘れがある場合はご容赦を。

・ご意見・ご質問も歓迎します。個人情報については配慮したいと考えます。


はじめに_2 桜を植えた市道の法面

2022-04-20 01:00:00 | 住民運動

 

この場所は、津高台団地が造成される前は、半田山ハイツ南側の市道法面でした。

当時の町内大掃除は

雑草が茂る法面では、距離をとって何人もが草刈り機をうならせ、

下の水路では、デッキブラシ隊が並んで川底の苔をでこすり取っていく

という大掛かりなもの。

終わるころには、みなさん大汗をかいて日焼けし、

茹でタコのようになってたものです。

 

当時、新興住宅地だった半田山ハイツ。

「町内会ができて10年目」という1983年に、

その法面に記念植樹をしました。

桜とカエデを200本植え、憩いの場所になるのを楽しみにしていました。

 

地方新聞に載りました  山陽新聞:1983(昭和58)年2月13日

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「新しい古里をサクラの園に:半田山ハイツで植樹

 団地斜面に200本 子供たちも参加 苗木に名札付ける


1.住民運動のきっかけ

2022-04-19 01:00:00 | 住民運動

1986年、今から35年前の9月。

「半田山ハイツ」の住民は、うわさに聞いていた「隣接して開発される新団地」の計画を、正式に知らされました。

開発業者が、町内会議の場所に、図面をもって説明に来たのです。

 

開発の図面を目の当たりにした住民は、驚きました。

サクラを植え、草刈り機を振り回してきた法面と、デッキブラシでしごいた川底が、

開発業者に売り渡されて、宅地になる!

 

説明会当日、傍聴した住民のメモ書き。

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1986年9月25日

町内会議にて、開発業者・熊谷組からの説明あり。

(役員の他、傍聴人も出席)

熊谷組の説明によると

1. 津高住宅団地造成は6年前から計画し、1986年から地権者(地主)と交渉を始めた。

2. 県と市には開発の許可申請をだした。

3. 32町歩の土地に16町歩の宅地を計画、1区画60坪で840戸を予定している。

4. 半田山ハイツの生活排水は、南端の市道横に水路(ボックスカルバート)を埋めて送り、その上に3m程度の緑地帯を設ける。

5. 市道の法面は開発地域とし、その部分は40戸ほどの宅地とする。

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説明を聞いてイメージしたのは下図。

桜並木だった道路の南側に、一面の住宅が並ぶ⁈

のり面の桜はどうなるんだろう⁇

とても納得は出来ないと、自然発生的に住民が集まりました。

 


2.「法面は現状のまま残し、業者に売却しないで」と市に要望

2022-04-18 01:00:00 | 住民運動

新団地の開発は、すでに軌道に乗っている段階とのこと。

開発申請には何の権限も及ばない近隣住民だけど、

「法面が宅地になるのは反対!」は譲れない信念です。

その意見を町内会で出しても、

「団地の開発反対」になるから無理、と汲み上げられませんでした。

 

しかし、「自分たちのもの」と思っていた桜ののり面が業者の手に渡り、

住宅に変わってしまうのは我慢できない!

 

町内会が「無理だ」と言うんなら、沿線住民が中心になって『緑を守る会』を作り、

「住民団体」として「市長」に、「業者に売らないで」と請願しよう、ということになりました。

 

いろんな職業(または退職後)の人が、知恵を出し合って『要望書』を作り、

賛同人の署名を集めました。

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要望書

<要旨>

法面は現状のまま残し、開発業者に売却しないこと

<理由>

現在520戸の住民が暮らす団地に隣接して840戸の新団地ができる計画がある。

将来は1500戸の大団地になるのに、接続地点には幅3メートルの水路上の緑地が残るのみで、

法面にまで宅地が計画されている。

法面の部分は宅地にすることなく、現状のまま残して欲しい。

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市長あての「要望書の賛同人」に、町内で918名の署名が集まりました。

添付資料に、「法面の地図」と、前述の「山陽新聞の記事コピー」を添えて、

10月18日、津高支所に提出しました。