ONE DAY: RYOKAN's Diary III
誰にだって訪れるさ どうしたって悪い日は 地雷と番犬と腰に機関銃 ドイツ製でもダメでしょう
 



…という感慨など全く起きる暇もないほど忙殺中。
 荷物も手続関係も片付いていないが、午前中に新居の鍵を受け取りに伊丹へ。部屋に入ってみるとまだ業者による掃除が終了前だった(^^;) 今夜には終わるそうだけど。(終わらなきゃ困る)

そのあとJR伊丹駅東隣のイオンモール伊丹テラスへ。…でかっ。
 以前は三菱系の「ダイヤモンドシティ」だったショッピングモールで、ダイヤモンドシティ各店舗がイオングループに統合された後も地名の後ろに変な名前が残っているのですぐに出自が分かる。
 しかしまぁデカいわ。つかしん(尼崎)を一時は壊滅状態に追い込んだそうだが。

イオンモール内をうろうろ見て回っているとそれだけで時間を食ってしまうので、とにかく部屋に取りつける蛍光灯だけ買ってお持ち帰り。いったん新居に戻って蛍光灯を取り付け、京都に帰投。

 さて、これから最後の片付けだ…。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




住民票の写しの取得と転出届をまとめて済ませてきた。
 別に婚姻届とか離婚届とか出生届とか改姓届とか外国人登録とか、そういうのは俺にはとりあえず今のところ無関係です。年金や健康保険の手続きは4月に入ってからになるし。
 今の住所による住民票の写しを貰った直後に転出届を出して転出証明書を貰う、というのはなんだか妙な気もしたが。

しかし長い間この手の手続きをしたことがなかったけど、今はデータの電子化が進んだせいで窓口で受け付けた後の証明書発行がものすごく早いのね。ほとんど待たずに貰えてびっくりした。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




最初に耳にしたのは1993年の正月(1月2日)だった。
 その年はテレ朝の正月番組に「タモリの音楽ステーション」という5時間も一気に放送する番組があった。ちょっと今では考えにくい編成だろうなぁ。
 もちろん「ミュージックステーション」と違って生放送ではなく、何回分かの収録を繋ぎ合わせた構成の番組だった。こんな順番と組み合わせ。

 #1:槇原敬之・森口博子
 #2:Princess Princess・森高千里
 #3:江口洋介・福山雅治
 #4:NO TAX (前田宣輝・坂崎幸之助・TOSHI)
 #5:小室哲哉・観月ありさ
 #6:玉置浩二・CHAGE・ribbon・笑福亭鶴瓶
 #7:米米CLUB
 #8:YOSHIKI・松任谷由実

 今見てもなかなか凄い顔触れと組み合わせである。番組通しての企画として、各パート(#8除く)ごとにリレー形式で作詞・作曲して「お正月の歌」を作るというのもあった(つまり各パート毎にどんどんテンポも調も変わりまくる)。
 福山雅治はドラマ「ホームワーク」で人気が出た直後で、当時は江口洋介の方がミュージシャンとしても遙かに知名度が高かった筈。この番組が2人の初共演で、いきなりエロトーク全開だった(^_^;) そして僅か数ヶ月後、今度はドラマで共演することになる。(もちろん「ひとつ屋根の下」)

 NO TAXというのは坂崎さんがソロ活動でフォークソングばかり歌うライブをやる時に若手と組んでやりたいということで声をかけた2人と結成した「同好会活動」で、坂崎さん曰く「"T"UBEでも"A"LFEEでも"X"でもない、しかも所属レコード会社の壁でCDを出せないから印税も取れない」からNO TAXなんだそうで(^_^;)
 この3人がアコギ3本で演った「待つわ」や、「さよならをするために」(ビリー・バンバン)が途中から何故か「日生のおばちゃんの歌」(正しくはデュークエイセス「モクセイの花」)になったりとか、もの凄かったなぁ(^_^;)
 トークの合間に別撮りの楽曲が入る形式で、そこではC&A・MULTIMAX・X Japan(当時まだ改名前だが)・THE ALFEEの曲も放送された。

で、CHAGEさんが出演したパートは玉置さんのハイテンションにほとんど全体を持って行かれてしまったのだけど(^_^;)
 即興で玉置さんがタモリさんと「おばあちゃんの歌」を作って歌い、それに対抗してCHAGEさんが「おじいちゃんの歌を作りましょう」と鶴瓶師匠にけしかけたら無茶苦茶な歌ができたり、そんなぐちゃぐちゃな状態では当然ribbonにはほとんど出番がなかった…可哀想に(笑/当時はナガサクさんもアイドル然としていてけっこう大人しかったしなぁ)。
 そんな中で「今ASKAは何してるの?」という問いにCHAGEさんが「ロンドンです。ちゃんとタモさんにメッセージ用意してますんで」ということでビデオが流れた。
 ASKAさんの挨拶のあと、ロンドンの借家の周囲の景色、玄関、そして中をカメラが移動して2階(?)のプリプロルームへ。簡単に機材の説明、そして「今シングルを作っているんですけど…」と言ってMac(当時はまだ白黒画面)をクリックすると、流れてきたのがあの衝撃的なイントロのプリプロだった。

 その頃、チャゲアスのシングルはしばらくバラードが続いていた(アルバムからの後カットは除く)中で、アップテンポのあのイントロはまた何かが爆発的に始まる予感と期待をたっぷり持たせてくれるものだった。
「うぉぉカッコええー!!! これが次の新曲かー!!!」と大興奮も冷めやらぬ11日後(1/13)、その曲の完成版をドラマ「振り返れば奴がいる」冒頭で聴くことになる。そこで初めてサビを耳にしたわけだけど、これがまた衝撃的だったなぁ。
 その後3月3日にシングル発売、大ヒット、200万枚突破…、あとはもう御存知の通り。
 この曲に何度も勇気づけられながら、僕等は逆風のなか拳を振り上げここまで駆け抜けてきたような気がする。
 そして今年、発泡酒(だっけ?)のCM曲として再びテレビから流れてくるのを頻繁に耳にすることになった。

あれからもう16年が過ぎたけど、あの正月番組でプリプロの「YAH YAH YAH」イントロを初めて耳にした時の衝撃は今も残っている。
 当然、ライブでも毎回耳にしているけど、やはり印象に残っているのは初めて生で聴いた「史上最大の作戦」の時、そして全く予想外のアレンジでびっくりさせられた一昨年末の「alive in live」の時だな。
 いつかまた二人そろって歌うのを生で聴く機会を楽しみに待ちつつ、当面は二人のソロ活動を存分に楽しみたいと思っている。ASKAさんの言う「お互いソロ活動しながらも何かしらハメあいたい、落とし穴はお互い掘っておきたい」というのがどういう形に出るのかな。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




というわけで昨日は朝から母親がやってきて片付け。衣類や布団の整理・片付けだけでも夕方までかかった。
 古くなったり俺自身の大型化(^^;)でもう着ない(着られない)衣類の処分、まだ使えそうなもの・家へ送って保管するものの分別、引っ越し先にも持っていく羽毛布団を圧縮袋で超圧縮、など。衣類を分別して段ボール箱に詰めていく様子を見ていると小須田部長の気分になってきた(笑) いや別に無茶な赴任先に飛ばされるわけじゃないけど。
 布団カバーも長年の経年によりいいかげん古くなっていたものを新品に替えたので、ベッドまわりはいきなり新しい雰囲気になった。なんだか今からこの部屋で新しい生活が始まる気分(違うだろ)

で結局、市指定の一般ゴミ袋で最大サイズの45リットル容量に4袋分いっぱいのゴミが出た…。ほとんど衣類など布類。
 プラスチック/ビニールごみが一般ゴミと分けて回収されるようになって以降、一人暮らしで週2回の回収なら一般ゴミ用の袋なんて10リットルや20リットルのもので十分(京都市の一般ゴミ袋は1円/リットルの価格で5・10・20・30・45リットルが販売されている。なお京都市の一般ゴミは可燃・不燃の区別はない)だし、45リットルのゴミ袋なんて初めて買った。
 廃棄書類・書籍は古紙リサイクルになるだろうし機械類はとりあえず全部持って行く(不要な機材は既に処分済み)ので、このあとは一般ゴミはそれほど出ないだろうと思いつつ、まだまだ何か出てきそうで片付けの度に怯える(笑)日々は続く。
 朝9:10過ぎにやってきた母親は衣類の処分のあと水回りの掃除をしてくれて、折角の京都なのに一切の観光もできず(そら無理やな)17:30に作業を切り上げて、京都駅で一緒に食事したあと、土産だけはけっこう買い込んで19:40発「のぞみ」で名古屋へ帰っていった。来月は妹夫婦の引っ越しにも手伝いに行くそうな…。

一般ゴミの回収は明日なので、いっぱいになった180リットル分のゴミ袋を(スペース的な問題で)部屋の中に置いておくわけにもいかず、ベランダへ。おかげでベランダが半分くらい黄色い物体で埋まってます(笑)


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )