日々遊行

天と地の間のどこかで美と感じたもの、記憶に残したいものを書いています

櫻草 泉鏡花

2016-02-05 | 泉鏡花

橋口五葉がアールデコ調のデザインで描いた表紙は泉鏡花の『櫻草』。
鏡花が30代から40代にかけて執筆した小品集で
エッセイと短編を収めて大正2年(1913年)に発行された。



幼い時に母の墓参りに父と行った思い出の「夫人堂」から始まり、
鏡花文学に欠かせない水にまつわる描写や、
旅に赴いた折りの風景の語りは空想世界へと誘われるように心地よい。

そして巷の人間を個性豊かに描く「廓そだち」「人参」「銭湯」や
今でも営業を続けている金沢と荒川区の老舗菓子店が登場する
「あんころ餅」と「松の葉」など、
その人間模様はユーモラスであり、今も変わらない感情をとらえる鏡花の視線は
さりげない日常をみつめている。

女房の恐怖心と得体の知れない子供二人が不気味な「鰻」、
また、柳田國男の「遠野物語」に触れながら
鏡花が知る地方の怪談を紹介する「遠野の奇聞」や
日本画家・鰭崎英朋と古書店をめぐったエピソードも
「昔の浮世絵と今の美人画」で描いている。

そして「畫の裡(えのうち)」は鏡花の幻想的な異界にのみこまれる作品で
短いながらも、めくるめく展開で一瞬まぼろしを見たような錯覚に。

この『櫻草』は28篇の作品が収められているが
スペースの都合なのか不思議なことに5篇が目次に載っていない。

古書店で購入した古い本なのであまりきれいではなかったが
何度もページをめくったりしながら
本がさらに傷むのではないかと思いながら読み終えた。
中島敦も絶賛した泉鏡花の世界。
その夢幻の果てにたどりつくのはいつなのか。