穴にハマったアリスたち
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衝撃の最終回から1週間。その間、悶々と考えていたことを書き起こしてみる。

【この世界はどうなってるのか】

最終話、2030年のえみるさんはトラウム研究室を訪れ、ルールーと再会します。
しかしこれは非常に異常な行動です。
彼女がここに辿り着くには、色々と厄介な問題をクリアしないといけない。

まず大前提として、この世界が

(1) 未来は変えられる。変えるたびに複数の世界が生まれる。
(2) 未来は変えられる。しかし世界はあくまで一つ。(タイムパラドックスを孕む)
(3) 未来は変えられない。世界も一つ。

のいずれなのか、えみるには分からない。
第三者である我々は、極めて適当に「未来が変わって良かったー」とか「いやパラドクスが起きるから変わるはずがない」とか言えます。
が、当事者である彼女たちにとっては深刻な問題です。

更に厄介なのが、仮に製作者様が「未来は変わる(あるいは変わらない)」と公式に明言してくれたとしても、劇中人物の愛崎えみるには、それを知る術がない。

それを踏まえた上で。

えみるがトラウム研究室でアンドロイドを抱きしめ再会を喜ぶためには、「これがルールーである」と認識する必要があります。
このハードルがかなり高い。

例として、仮に未来ルールーがいる間に、若トラウムを見つけ出して訪問し、「これを作って欲しいのです!」と設計図付きで渡したとします。
そして未来に帰る前にできましたと。「ルールー!会えましたね!」とはならないでしょう、普通。

ではカエル列車が旅立った直後だったら?
涙の別れの余韻冷めやらぬところに若トラウムが現れ、「あー、愛崎えみるとは君かい?実は未来の私に頼まれてね」と新ルールーを引き合わせ、「ルールー!会えましたね!」…?
ないでしょう。

じゃあ1日後なら2日後なら。1年後なら2年後なら。
本質的に同じです。
えみるが「これが正しくルールーである」と確信するには、何らかのきっかけがいるんです。
それがない限り、あくまでルールー2号に過ぎません。

また別の視点でいうと、野乃さんを考えてみるといい。
彼女が11年後に出産した子供のことは、何となく直感的に「はぐたん」だと受け入れやすい面はある。
ですが前段に「女の子を妊娠するように調整した」とか「キュアトゥモロー時代を逆算して割り出し、妊娠タイミングを合わせた」とかがあったら?
途端に胡散臭いものに思えてくるのではないでしょうか。
つまりは「作為」が入ると説得力が薄れ、あくまで「偶然」でないとならないんです。

この事情はルールーの場合も同様でしょう。
したがって、えみるが若トラウムの居所を突き止め、ルールーのことを語りまくってお手伝いをするような展開は考えづらい。
しかも「未来が変わる・変わらない・分岐する」等がえみるは分かりませんから、下手なことをすると永久にルールーに会えなくなる可能性がある。
そうなると、えみるのとる行動としては、「トラウムとの積極的な接触は避ける」になると思われます。接触する動機がなく、避ける動機はあるんだから。

【なんでもなれる】

話がそれますが、「未来は変わらない」としてもテーマとは矛盾しない。

野乃さんが語る「なんでもできる」とは、「アンリ君は怪我をして選手生命を絶たれた。絶望的な未来が確定したように見えるが、そんなことはない。なんでもできる。ここから新しい未来を作れる」の意味であって、「タイムマシンで過去に戻ってケアすれば怪我を防げる。なんでもできる!」の意味ではないはずです。

したがって「2030年-2044年に起きる破綻」は、回避されない方がテーマに沿っているとすら言えます。
「破綻が訪れてもう終わりに思えても、そこから何度でも立ち上がり、なんでもできる」であり、「未来は変わる」とは「一度は破綻しても、2044年に再び立ち上がること」と言えます。
歴代のプリキュアシリーズのテーマとも齟齬がありません。

【あの後、どう生きたか?】

もう少し具体的に考えてみる。

大前提として「ルールーはえみるに対して嘘をつかない(嘘も方便のごまかしもしない)」とします。
アンドロイドというキャラクター特性のほか、年下のえみるを子ども扱いせず対等に接するのが彼女の人柄ですから、ここは信じたい。
「本当は分岐世界に行くので、えみるとの再会は不可能」だと知っていたとしたら、「離れても心はひとつです」といった表現になったはず。
一方えみるも、ルールーの言葉は素直に受け止め、「実は嘘をついたのでは」といった疑心暗鬼にはならないものとします。

この時点で、えみるの認識としては「分岐」説は消える。もしかしたら真実は「分岐」かもしれないが、劇中人物のえみるには正解を知る方法がなく、唯一頼りにできるルールーの言葉は「未来で待つ」。「分岐」説を否定する根拠はあっても、支持する根拠が(えみるにとっては)ない。
よって、えみるの行動は「分岐」説を除外したものになる。

さて「未来で待っている」と言い残して旅立ったルールーを見送った後、えみるの脳内にあるイメージは、素直に考えるなら「ライブを成功させた未来の自分を出迎えるルールー」とか「老いた自分の横に、そっと佇むルールー」とかだと思います。
たぶんこれらが「未来で待っている」と言われたときに思い浮かぶ純朴な光景でしょう。

しかし、よくよく具体的に考えていくとおかしいと気づくはずです。
ルールーにとってはカエル列車を降りたら、そこはいきなり未来なわけで、主観時間はほとんど一瞬です。
イメージ的には「先に未来にいったルールーが、長い長い時間をかけて歩んでいく えみるを待っている」ですが、実際には「さて着きました。えみるはどこでしょう?検索します」で終わりです。この場合、「未来で待っている」のはルールーじゃない。えみるだ。

「ルールーは正確に情報を伝える」「えみるは疑わない」のなら、そこに思い当たった時点で、「ルールーは何を言いたかったのか」をかなり悩むはず。
「未来で待つ」と表現される状況として思いつくのは、到着点で動けなくなっているとかです。
では「ルールーは未来に辿り着いた後、えみるが見つけてくれるのを待っている」と予想される。それなら、えみるは何らかの手段でカエル列車の到着地や日時を割り出さねばならない。

えみるにはルールーと再会したい強い動機がある上、ルールーが助けを求めている可能性すら考えられますから、この辺りは真剣に悩むはず。
元々えみるは「未来を考えすぎる」キャラクターでもあるので、(デメリット能力扱いで、そこから成長したとはいえ)おそらく必死に考えるし、動く。
そして適切に情報交換をしていれば、ダンカンの出現によって、ルールーが帰ったのが2044年(の付近)だと当りはつけられるはず。

この時点でえみるの脳裏にある「ルールーとの再会」イメージは、「2044年のどこかでカエル列車から降りてくるルールーを待ち構える」になるはず。
正確な日時やポイントは分からないし、ルールーの発した「未来で待つ」から想像される「何らかのイレギュラー」は分からなくても、彼女のターゲットは「2044年」と認識されると思われます。

【彼女は何を確信したのか】

しかし、実際には2030年の時点でトラウム研究室を訪れ、ルールーとの再会に涙しています。何があった。

まず、えみるがどうやってトラウムと知り合えたのか。
先ほど書いたように、えみるから積極的に接触し、情報開示するとは考えづらい。
もしかしたら「えみるが若トラウムに情報提供したことが、ルールー誕生の歴史の一端になっている」可能性もありますが、確信が持てない以上は2044年まで待つはずです。
ルールー誕生の想定時期になっても制作されなければ動き出すかもしれませんが、2030年の時点で踏み込む動機はなさそうに思える。
やるとしたら精々、トラウム研究室に(実情を明かさず)資金援助するとかでしょう。
「最終話のあれは強力なスポンサーにお披露目しただけで、若トラウムは事情を知らない」としても、描かれていることと齟齬はない。

あるいは「ルールーが約束したポイントは2044年ではない」と確信できる何かがあるのでもよい。
単純なところだと、余命を宣告されており、とてもではないが2044年までは生存できないようなケース。
ルールーの言葉が嘘ではなく、再会が可能だとするなら、「カエル列車から降りてくるルールーを待つ」のではなく(えみるの)主観時間ではもっと早く、例えば2030年に出会える可能性が出てきます。

逆に、若トラウム側からコンタクトをとれるか?
例えば未来トラウムやルールーから事前に接触されており、「2030年になったら愛崎えみるを呼べ」と言われていた可能性はあります。
若トラウムにはそれを無視する選択肢もありますが、歴史に逆らった場合に何が起きるか分かりませんので、(科学者として強烈な好奇心はあったにしても)あえて逆らいはしないでしょう。「未来のトラウムから託された」の一言があれば、確かにえみるは確信をもって研究室に行くことが出来る。

ですがこの場合、未来トラウムは「2030年にえみるとルールーが会っている」と知っていることになる。
まぁもっと単純に「ルールーが完成したら、えみるを呼べ」ぐらいのざっくりとした指示で、未来トラウムの予想以上のスピードでルールーが完成してしまった、という可能性も考えられはしますが。

若トラウムが自力で真相に近づいた可能性もなくはない。
相応の調査力があれば、異変が起きたあの近辺で、ほぼ同時期に「ルールー・アムール」なる不可思議な人物が出現・失踪したことは分かるはず。
何せ彼女はツインラブとしてメディアにも露出していますし。
そして普通の発想力があれば、それとキュアアムールを結び付けることは可能でしょうし、パートナーの愛崎えみるにも辿り着けはするはず。

では、そこから「あのルールーは未来の自分が作った」と考えるか?
若トラウムが既にアンドロイドのラフスケッチを持っているとかなら、まぁありえるでしょう。
しかし「えみるに接触する」とまでいくと踏み出せないはず。何が正解かを若トラウムには知る手段がないので、「ねぇねぇこれキミのパートナーと同じでしょ?」と気軽にコンタクトは取れないんです。

他にも「2030年のあのシーンはルールー初起動ではない。2024年ごろにルールーは完成し、年月に従って成長。6歳ごろ(?)になったときに、何らかのきっかけでえみるがやってきた」等も考えられます。が、基本的な考え方は同じでしょう。

【辿り着くところ】

まとめると「(2044年ではなく)2030年にトラウム研究室を訪れる」には、「えみるは死期を悟った」「未来トラウムから教えられている」といった条件が予想されます。
時系列としては、

2019年 えみるとルールーでふたりはプリキュアする
2030年 えみる、ルールー起動の瞬間に立ち会う。えみるにとっては再会。ルールーにとっては初めての出会い。
2038年ごろ ルールー停止。記憶消去(※)
2044年 ルールー再起動。クライアス社で働きながら、2019年のえみるに出会う

※「ルールーは成長する」「2030年のルールーは6歳付近に見える」「2044年時点でルールーは14歳(とは明言されていないし20歳ごろと言われても納得はできますが)」ことから、2030年から2044年までの間、6年ほど停止していることが予想される。「2031年に停止し、2037年から稼働」等、組み合わせは色々と考えられますが。

時間ものとしては王道です。
ルールーの言う「未来で待つ」とは「2030年の起動の瞬間に待つ」こと。これなら確かに「ルールーが」待っている。
えみるにとっては約束通りの再会。でもルールーにとっては過去の出来事であり、2044年の未来にえみるはいない。
「これから苦難の未来が待っている幼ルールーを抱きしめながら、真相に辿り着いたえみるが2044年のルールーの心情を思い、涙を流していた」と解釈するなら、最後のあのシーンの重みは増す。

「ルールーは嘘をつかない」「野乃さんは(厳密には)別人である赤ちゃんに、はぐたんの幻影を重ねたりはしない」を信じたいあまりの結論先行の理屈付けですが、個人的にはこれが真相だったんじゃないかと思いたいです。

【蛇足1】

派生していくつか推察できる。

「オールスターズメモリーズ」で思い出を奪われたルールーがボルトではなく子供に戻ったことの説明が付きます。
更に「ルールーだけ、はぐたんの世話を続けた」「野乃さんを警戒しなかった」ことも。

ルールーには確かに子供の頃があり、「(2030年付近で)はぐたんや野乃社長に会っていた」ので、すんなり受け入れたんでしょう。
「はな社長が若作りしてます…」とか思ってたのかもしれない。
(なお「未来は分岐する」説を採用するなら、「ボルトと子供が転がっていた」ことを「分岐の象徴」としてこじつけることも可能な気はする)

2030年ルールーの姿はかなり奇妙で、対比で考えるなら「2019年えみると同い年」ぐらいに設定する方が綺麗です。
キャラクターの年齢は確信しづらいですが、あのルールーはもっと幼く見える。
わざわざそんな設定を採用したからには理由があるはずで、こじつけの材料にはなるように思います。

【蛇足2】

トゥモローさん主役のシリーズの想定年は2044年。
プリキュア40周年のタイミングです。

「ハピネス」で「初代を見ていた子がプリキュア年齢になり、現実はアニメと違うことを知る」、「ハグプリ」で「初代を見ていた子が成人になり、いよいよ社会に乗り出す」を踏まえていたことを思うと、40周年番組は「初代を見ていた子が45歳ごろ」を想定したストーリーになりそうです。
45歳で何があるかと言えば、「子供がプリキュア適齢期(8歳~17歳)」でしょう。反抗期を迎えた子供に対し「アニメのプリキュアはあんなに良い子なのに」といった葛藤、あとは更年期や社会人の節目等々を絡めた話。

トゥモローさんはああ見えて反抗的で生意気な性格をなさっており、母・野乃はなとは対立が絶えない。が、敵との戦いに敗れ、ハリーと共に2019年へ。そこで赤ちゃん時代を再体験し、母の愛を知る。それを携えて未来に戻り、黒幕(この流れだと闇化した野乃さんでしょう)を救う。一方の野乃さんももう一度子育てを体験することでかつての気持ちを取り戻し、トゥモローさんの旅立ちを見送る。そんな親離れ・子離れのシリーズ。

「籠に閉じ込められたトゥモロー」とか「異性と手を取り合って逃げる」とか、先入観を持って見ると「いかにも」な展開です。

(野乃さんが闇化した理由は「はぐたんが、あのはぐたんであると確信するために、未来を変えるわけにいかなかった」「そのため、自らクライアス社を作り上げた」等。子供への愛を貫くために狂気に陥った様は、ジョージの語る絶望とも沿っています)

【蛇足3】

春映画には「過去に戻り未来を変えた」要素があり、上記の考えとは矛盾してしまう。
が、結論に拘って理屈をこじつけるなら、「野乃さんは過去に戻ったつもりだったが、実際はウソバーッカの心の中に入り、心象風景から救い出していた」とか「確かに過去に戻ってクローバーを連れ出したのだが、彼の恨みの心的なものが残留しており、それがウソバーッカになった」等、抜け道はあります。
それに本当に素直に過去に戻れるなら、「約束を破った後に謝る」のではなく「約束を破る前に遊びに行く」方が健全です。(野乃さんが思いつかなかった可能性はありますが…。「六角形の館」の元ネタが分かれば、もう少し掘り下げられそう)

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