上砂理佳のうぐいす日記

「2019年」なんて、SFの世界みたい?今年もよろしくお願いいたします★

スケーターの衣装②★

2019-01-09 | フィギュアこんな話も


お医者さん二回目。隔離室に入れられて待つこと40分。
周りはみ~んな「インフルAです」「アウトです」こればっか。
さて私はどうなんでしょう。一向に治らず熱上昇と咳で腹筋がちぎれそうです(笑)。
鼻水で検査して待つこと10分。
「大丈夫でしたあ!普通の風邪でした」
あ、良かったー。先生に頓服もらって、歩くのがやっと。
本来なら、1月5日からやることいっぱいだったんですが、思わぬ年明けスタートです。

さて、NHK杯記念展、「スケーター衣装」の続きです。
↑は、エフゲニー・プルシェンコ(ロシア)選手の「ワンスアポンナタイム・インアメリカ」。思い出してみたら、初の世界チャンピオンになった頃、2000~2001シーズンのプルシェンコですね。18歳だよ。若いよ。
この時代は、ヤグディン(20歳)・プルシェンコ(18歳)のロシア2強の制圧が長く続き、どちらかが優勝するのはわかりきってたから、試合としては面白くなかったかもしれません。でも、4回転のコンビネーション安定度やトータル技術で、今、動画を見返してもやつぱり二人が突出してたのは間違いないですね。
私はヤグディン派だったので、NHK杯にプルシェンコが来ると自動的にヤグディンは来てくれないことになるので、どんだけプルシェンコを恨んだことでしょうか(知らんがな笑)。
荒川静香さんが「プルシェンコは“上手く見せるのが上手いスケーター”」と発言してて、なんてツボを突いた表現かと拍手してましたが、そうなんです。プルシェンコがやると普通のジャンプやスピンでも、「なんかとてつもなく高度なことやってる」感ビームが、ビシバシ放射される。
だって、4回転トゥ+3回転トゥ+2回転ループのコンビネーションって、今冷静に見たらそんなに究極の難しいジャンプじゃないよ(笑)。でも当時は「驚天動地」「神業」と騒がれてたワケです。
でもなんだか「凄いことをやりますよやりますよ!」感を醸し出すのが上手だったです。彼は。そして必ずやり遂げましたもんね。
2歳若い、超高級ブランドコーチに溺愛される派手なプルシェンコ。
私が愛するヤグディンは、まだ20歳なのに、世界選手権三度優勝して少し燃え尽きかかっていたように見えました。プルシェンコに比べたら地味で「ツウ受け」するのがヤグディンだったと思うんです。
プルシェンコのコーチは、元々ヤグディンのコーチで、つまりヤグディンは見捨てられた形になり、ロシアを出てアメリカに渡りました。そして運良くこれまた超高級ブランドコーチの門下に入ることが出来ましたが。。。
って長すぎるのでヤグ&プル話はここまでにします(笑)。



同じ時代の、本田武史選手の「アランフェス」衣装。
赤黒いバージョンと、この「ばっちい衣装バージョン」と、二種類あったのです。
なぜ「ばっちい」デザイン?傷ついた戦士のイメージでしょうか。
2002年ソルトレイクオリンピックは、日本中が本田選手のフリーに固唾を飲んでいたのですが、あと一歩で表彰台に届かず。
今の採点システムだったら、メダル取れていたかも。でも、今、演技を振り返っても、この頃の武史選手はジャンプも高く表情も引き締まり充実してましたね。
やっばり、18~22、3歳位の男子の充実感は、もう、何物にも代えられないわあ。
お隣は、荒川静香選手の「ロミオ&ジュリエット」衣装です(確か)。
世界選手権優勝した翌シーズン?じゃないかなあ。だとしたら2004-2005年シーズンでしょうか。オリンピック金メダル!の前のシーズンです。
ドルトムントの世界選手権で、伊藤みどり選手に次ぐ二人目の日本人世界チャンピオンになった荒川さんでしたが、もっとも充実した時期でした。
このシーズンは色んな事が噛み合わず成績は良くなかったけど、翌シーズンが五輪で、真央ちゃんや美姫ちゃんが出てきて、奮起して壁を乗り越えていく彼女を見ているのは、とてもドラマチックで感動的なものでした。



大輔さんの「マンボ」です。これは、赤シャツ版、この迷彩版、ピンクに赤模様版、と試合ごとに次々にバージョンが変わっていき、目を楽しませてくれました。
胸がガッと開いた部分は、いわゆるババシャツ(薄い肌色の布)がついてるのですが、展示衣装にはついてません。なぜ?海外男子選手なら、間違いなくババシャツで隠したりせず「どうですか私の胸筋!」アピールするでしょね。日本人はね。シャイなのよね。
この不思議な迷彩柄の布ってどこにあるのか、外国製なのかな?私も当時いろいろ探しましたがわかりませんでした。
なのでその後、何かの試合会場で、この布をそのまま使って巨大な「大輔バナー」に仕立てられたものが貼られているのを発見、感動しました!どうやってあの布を入手したのか?衣装デザイナーさんとお友達なんかな?
バンクーバーシーズンから三年間ぐらいの、この頃の演技や衣装は本当に充実していて、「ザ・ダイスケ」な時代でした。
成績的に見たら、バンクーバー五輪までが(正確にはその前シーズンまでが)、登り坂の時代で、バンクーバー後は下り坂になるんですが、スケートの内容的には円熟味を増していったと思います★
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