ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

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女子ガイコク人列伝(第45話)アマポーラ

2009年02月08日 11時48分33秒 | 女子ガイコク人列伝
1974年9月9日生まれ、メキシコシティ出身。160cm、58kg。(得意技)ムーンサルト・プレス、パワーボム
 サタニコやコロンボのルチャのプロコースを経て、CMLL一筋でルチャドーラ生活を続ける。新人時代はマルセラと共に大日本プロレスに参戦し、日本スタイルを学んだことがあった。
 藤田愛がメキシコでデビューした時の対戦相手を務めたが、私がアルシオンに呼んだのは02年1月。名前をレディ・ペンタゴンとし、ペンタゴン・ブラックの女版に変身させたのだ。なぜ、アマポーラの名前で呼ばなかったといえば、そのリングネームでは知名度がなく、新たな刺客としてはインパクトがなかったからだ。
 02年5月、有明コロシアムで開催されたアルシオンのビッグマッチで、レディ・ペンタゴンはbaby・Aと“マスカラ・コントラ・マスカラ”、つまり敗者マスク剥ぎマッチを敢行した。この試合はbabyが勝ち、ペンタゴンはマスクを脱ぐ羽目になったが、顔をチラッと見せただけで、タオルを被り控え室に逃げ帰った。試合前に、「もし、マスクを取られたら素顔を出さなきゃならないから、その時はギャラをアップしてほしい」と勝手なことを要求してきた。だが、まともに素顔を見せなかったため、そんな話は無効だ。残る巡業は持参したアマポーラのマスク&コスチュームで通していた。
 帰国後にはCMLLで細々と活動したが、05年8月に女子部が再開すると、ようやくチャンスが回ってきた。まず新間氏のIWGP女子王者になり、ルーダの好位置につけてきた。06年に入るとダーク・エンジェルと抗争を展開。3月にはアレナ・メヒコで行なわれた“マスカラ・コントラ・カベジェラ”に敗れ、ついにマスクを脱ぐことになった。CMLLの厳格ルールで、素顔をしっかりさらさないとならないが、ここでも観客にはチラリと見せただけ。往生際の悪さを見せたものの、素顔のルーダはどんどん頭角を現した。
 マッチメーカーに媚を売るため、日本からやってきた下田美馬とは、ポジションを巡りひと悶着あったようだ。だからHIKORAも下田もアマポーラを良くは言わない。そんな問題児も07年夏には、レディ・アパッチェを破り、ついに念願の第11代CMLL世界王座を獲得した。ムーンサルトを器用にこなし、パワーもあるルーダとして、CMLLの頂点に到達した。


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