ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

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女子ガイコク人列伝(第41話)セーラ・デル・レイ

2009年01月29日 08時51分45秒 | 女子ガイコク人列伝
1980年11月13日生まれ、米国カルフォリニア州マルティネス出身。170cm、75kg。(得意技)パワーボム、ジャーマン・スープレックス・ホールド
 少女時代からの熱狂的なプロレス・ファンだったが、アメリカン・ドラゴン(ブライアン・ダニエルソン)のコーチを受け、サンフランシスコのAPWでプロデビュー。同世代のメリッサとはライバルであり、好敵手として共に台頭。主に男子レスラーと組んだり、闘ったりのミックスマッチに出場し、日本流のスープレックスを得意とした。
 03年8月、私はAtoZの旗揚げ第2弾シリーズにセーラをブッキングし初来日させた。当時、AtoZはアルシオンと全女からの合流組の合併で、15名を越える所帯にもかかわらず、独自の特色を出すため外国人にも着手していた。目新しい外国人を探して日本に招聘するのは、私にとってこの業界におけるライフワークのようなものだった。
 セーラはデスマッチを得意とするルフィストと来日。ルフィストは画鋲や蛍光灯を駆使しての試合スタイルが得意だというが、日本の女子マットでそれは活かされない。結構、我がままだったのが災いし、滞在期間を待たずして帰国を通告された。堀田祐美子が社長で、下田美馬が仕切っていたAtoZは糸も簡単にルフィストを切った。その事態にセーラも余波を受け、帰国を余儀なくされる。日本に来ることを目標としていたセーラにとって、とんだトバッチリを喰ったわけだ。
 帰国後はバイソン・スミスなどがいるプロレスリング・アイアンに所属。それから1年数カ月後、サムライTVで獣神サンダー・ライガーのロス道場における番組を見ていたところ、なんとセーラが居るのではないか! セーラは道場の屋根裏部屋に住み込みながら、ロス道場で日本スタイルを学んでいたのだ。この熱心さがTVを通じて我々に伝わり再度、招聘を決めた。この時、私は猪木寛子さんとセーラの日本行きについて交渉した。
 05年3月、日本に来たセーラは全女のお台場ドリームメーカー大会に出場。私は会場に迎えに行き、道場に連れって行った。AtoZと全女で交互に使うという話もあったが、あくまでもAtoZを優先するようにさせた。道場に住んだセーラはとにかく練習好きだった。早朝から夜まで時間があればトレーニングに没頭した。太る体質をかなり気にしていたらしく、食事はヘルシーに努める。それでも1週間に1回はストレスを解消するため、思いっきり甘い物(チョコレートやアイス)を頬張った。その姿は何日も食事をしていない欠食状態にも見えたほどだ。
 練習の合間には「99円ショップ」で買い物をすることが趣味のようで、日に2~3度は通ったほど。2度目のAtoZでは約5カ月間、練習と試合に明け暮れたが、別名であるアメリカン・エンジェルで道場マッチに出場したこともあった。このマスク・ウーマンはメキシコ北部モンテレーの女子団体LLLに出ていた時のリングネーム。その後「IWGP」なる女子プロレスのイベントに呼ばれた際、このアメリカン・エンジェルで出陣した。
 現在はアメリカ各地のインディー・シーンでは欠かせない存在に成長したが、大きな体ながら、恥ずかしがり屋のセーラは実に日本人っぽいガイコクジンだった。


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