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女子ガイコク人列伝(第32話)ラ・ディアボリカ

2009年01月09日 08時23分51秒 | 女子ガイコク人列伝
1965年9月28日生まれ、メキシコシティ出身。155cm、60kg。(得意技)トペ・コンヒーロ、こうもり吊り
 本名マリア・テレサ・サンチェス・ペレス。86年6月にベラクルスでパンテラ・スレーニャ&イルマ・アギラール戦(パートナーはマルタ・ビジャロボス)でデビューした。映画「ディアボリカ」から名前を拝借し、根っからのルーダとしてスタート。ディアボリカとはスペイン語で、悪魔を意味する。
 けっして大型ではないが、筋肉質の体から鋭いテクニックはピカ一で、90年にはピスタ・レボルシオンでシレニータを破り、メキシコ州王座を獲得。90年7月にエステル・モレノと一緒に、全女に初来日を果たした。エステルの空中殺法とは絶妙に合い、好勝負を常に展開。エステルがわざわざ起用した通り、上手いルーダだったわけだ。素顔は物静かな女性だったが、覆面を脱ぐと顔中に出来た吹き出物が印象的で、地味な雰囲気をかもし出した。
 CMLL在中はレディ・アパッチェとライバル関係で売り出し、93年10月10日にはピスタで\ソ\チ浜田からCMLL世界王座を奪取。翌94年7月30日にプエブラでレイナ・フブキ(北斗の化身)に明け渡したが、第3代目王者として、歴史にその名を刻んだ。
 日本にはユニーバーサル、WARとアパッチェとのセットで再来日。私も95年3月にフェリーノの女版フェリーナというキャラクターを与え、アパッチェとタッグを組ませ、第100代目争奪WWWA世界タッグ・トーナメントにエントリーさせた。この時はメキシコ在住の北斗から頼まれてのブッキングであった。95年には何と素顔で当時のWWFにスポット参戦。メキシコを主戦場にしていた、バーサ・フェイ(モンスター・リッパー)の王座に挑戦したりもした。
 96年11月にはレイナ・フブキが返上したCMML王座決定トーナメントの1回戦で、日本からやってきたチャパリータASARIと対戦。ASARIを翻弄したが、逆転負けを喫した。その際、ASARIはディアボリカが放ったコーナー対角線からの正面式ヒップ・アタックで肩を負傷。この場面を見た瞬間、「ASARIはやられた!」と思ったものだ。それほどディアボリカは気が強く、厳しい攻めで定評があった。若手のASARIとの対戦がプライドを傷つけたのだろう。
 長らくパンテラ・スレーニャ、エステラ・モリーナと共同生活をしていたが、それも解消。一時はレイ・ブカネロと結婚したがAAAに転出し、アパッチェと再びライバル関係を復活させた。現在もAAAの所属として活動中。矢のように素早いトペ・コンヒーロは、ディボリカの十八番だった。

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