ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

女子プロレス、ルチャ・リブレ、レトロなどなど、プロレス人生を謳歌するロッシー小川の仕事や趣味について大公開!!

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女子ガイコク人列伝(第19話)ペギー・リー・レザー

2008年12月16日 12時52分04秒 | 女子ガイコク人列伝
1959年生まれ、米国・ジョージア州メイコン出身。168cm、75㎏ (得意技)シュミット式バックブリーカー、フライング・エルボー・アタック
 18歳の時にアトランタのアムニで観戦中にファビュラス・ムーラになぐりかかり、その度胸が認められプロ入りしたという逸話の持ち主。私は来日前のプロフィール作りで、“ジョージアの女番長”というフレーズを考えたが、これは“ジョージアの番長”ディック・スレーターをぱくったもの。見たこともないレスラーのキャッチコピーを考えるのも仕事のうちだった。
 初来日したペギーは緒戦でいきなりジャガー横田のWWWA世界王座に挑戦。これはジャガーの初防衛戦だっただけに、より注目されたが、ペギーは重量感たっぷりのシュミット流バックブリーカーを公開。ロープのリバウンドを利用してのエルボーアタックは見るべきものがあったと記憶する。同年秋にはウエンディ・リヒターと再来日。この来日中に足首を骨折したが、ウエンディとのコンビはカントリー娘丸出しの遊牧な感じだった。プライベートでもウエンディとは親友らしく、よく飲んでは騒いでいたものだ。
 姉はインディアン・レスラーのチーフ・リトル・ハート(ウイニー・バークレー)だったが…日本ではその後、チャンスはなかったが、ムーラの元を離れてフリーとなってから、90年にマスクウーマンのレディXを名乗り、LPWAのTVテーピングに参戦。スーザン・セクストンを破り第2代LPWA世界王者となった。このLPWAはTV収録の団体で、メドューサや、のちのレジー・ベネットがビッグ・モーの名前で出ていたりもした。同年8月にはジャパン女子プロレスに来日し、イーグル沢井の挑戦を退け王座を防衛した。
 豪快でめちゃくちゃ明るい性格はレスラー仲間から人気があり、人柄も最高だった。現在の消息は不明だが、田舎者の優しさが印象的だった。
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