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女子ガイコク人列伝(第30話)シンティア・モレノ

2009年01月05日 08時16分14秒 | 女子ガイコク人列伝
シンティア・モレノ
1970年7月23日生まれ、メキシコシティ出身。156cm、56kg。(得意技)プランチャ・スイシーダ、ハムレット固め
 本名フラビア・アントニオ・モレノ・レオン。有名なモレノ4姉妹の三女として、幼い頃からルチャと親しみ、87年にEMLLでデビュー。91年3月に姉のエステルに連れられ全女に初来日し、翌月には三田英津子&下田美馬を破って、姉妹で全日本タッグ王座を獲得した。シンティアは姉のエステルが騒がしい性格のためか、とても大人しく見えたものだ。当時は吉田万里子と仲が良く、一緒に練習したり、行動したりした記憶があるが…吉田が全女時代にルチャを好んで取り入れたのは、モレノ姉妹の影響があるのだ。
 ルチャは姉のエステルと比べるとまだまだ。毎試合のようにエステルが、アドバイスというより叱っていたイメージが強かった。だから、シンティアは全女の新人のようによく泣いていた。翌年に再来日したが、エステルが負傷したため、シンティアは同じく滞在型外国人のデビー・マレンコやテリー・パワーと仲良くやっていた。
 94年にはIWAジャパンに来日。その後は結婚し子供を授かり、一時は休業していたが、二人の姉同様にAAAで復帰。テクニカとして台頭し、04年5月には『ハッスル』の招聘で久しぶりに来日。オカマ、ミニを加えた8人タッグでファビー・アパッチェを相手に奮戦した。私はこの時、横浜アリーナまで足を運びシンティアと再会したが、すっかり落ち着いた雰囲気のミセスに変貌していたから驚いた。
 その後はモレノ一家唯一のルチャドール、弟のオリエンタルとのタッグでAAAミックス・タッグ王者に君臨。ファビー&ビリー・ボーイ、アパッチェ&ティファニーらと王座を争った。どちらかといえば、他の姉妹と比べ、すぐ引退してしまうだろうと思われたシンティアが、この歳まで現役を続けているのも素晴しいことだ。電話でシンティアと話す機会があったが「小川さん、ファミリア・モレノを忘れないでください。私たちは小川さんが日本に呼んでくれたことを忘れません」と訴えてきたのだ。



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