ロッシー小川ブログ  MY FAVORITE LIFE

女子プロレス、ルチャ・リブレ、レトロなどなど、プロレス人生を謳歌するロッシー小川の仕事や趣味について大公開!!

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女子ガイコク人列伝(第39話)バイオニックJ

2009年01月24日 08時42分53秒 | 女子ガイコク人列伝
1976年11月27日生まれ、米国オハイオ州クリーブランド出身。163cm、75kg。(得意技)ウィプラッシュ、TOK
 本名ジェシカ・ニコル・ソト。幼い頃からプロレス少女であり、95年10月30日に地元のクリーブランドでデビュー。97年11月に私は吉田万里子を連れ、ロスに在住するレジー・ベネットを訪ね、アルシオンUSA結成を依頼、その際に名前が出たのがジェシカ・ソトという名前だった。何でもレジーがコーチしているという。
 アルシオンの旗揚げには新戦力が必須だったため、レジーの妹としてジェシー・ベネットを名乗らせ初来日させたのは、もう11年も前のことだ。その際に住まいのあるサンフランシスコで、週刊ゴング(当時)の大川カメラマンにレジーとの特写をしてもらった。その写真は来日前に、週刊ゴングのグラビアを飾った。体つきもレジーを一回り小さくしたような感じで、WWEのコーチとしても活躍したアル・スノー仕込みの変則パワー殺法は、なかなか迫力があった。
 ところがジェシーは1年足らずで、帰国をすることになったのだ。当時はプロレスを辞めて、ビジネス・スクールに通いたいといっていたが、実際はレジーの奇行?についていけなくなり、レジーから離れるために帰国を余儀なくされたようだ。しかし1年後、「もう1度チャンスをほしい」と連絡があり、ビジュアル・ユニットVIPのメンバーとしてバイオニックJと名乗らせ再来日させた。バイオニックJのバイオニックは、70年代のアメリカの人気TVドラマ「バイオニック・ジェミー」から取ったものだ。
 Jは下田&三田のラスカチョと、大向&府川と合体したVIPの一員として、再びアルシオンのレギュラーとなった。Jは一之江にアパートを借り、悠々自適な生活をしていた。そしてプロレス以上に日本が好きになり、日本語も日常会話程度ならぺらぺら話せるようにもなった。02年にはメリッサ&テイラー・マティーニと、USインベージョン(アメリカからの侵略者)を結成。リーダーとして、豪快なファイトをさらにパワーアップした。
 江本敦子のデビュー戦の相手も務めたが、アルシオン解散と共にプロレスから引退。それから2年ほどは日本に滞在し、お台場のカフェで働いていた。そのJが昨年の7月にひょっこり来日した。私は彼女が慣れ親しんだ瑞江駅で会い、食事をしながらお互いの近況を語った。現在はサンフランシスコから離れ、サンノゼに滞在。住宅関係の会社でカスタマーサービスの統括マネジャーとして働いているとか。以来、定期的にメールのやり取りをしており、アルシオンで日本に来れたことが人生の転機になったと言ってくれた。レスラーとしては大成しなかったが、普通のビジネスウーマンとして、将来は日本で生活することを目標にしているという。



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