魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

滅せぬ者の(1)

2009年06月11日 | 占いばなし

「このままでは命がなくなる」と、統一教会系の印鑑屋が、高額印鑑を売りつけて捜査が入った。

「例の」悪徳商法だ。しかし、このニュースだけ聞くと、何が悪いのか解らない。
「このままでは命がなくなる」のは、誰でも100%、その通りだから、別に、嘘をついているわけではない。

だから、何でそんなことで騙されるんだろう?と、疑問の方が先に立つ・・・はずなのだが、
これまた、ニュースを聞く方も、死の当然を忘れて、「またか、けしからん!」となってしまう。

ニュースの様々な仕掛けで、そう思うように出来ている。
統一協会、占い、高額印鑑・・・悪印象の三点セットに、警察の捜査となると、自動的に、「けしからん!」となる。
ニュースを聞いた時。死の事実にうっかり気づかない素直な人は、被害者になる可能性がある。

だんだん、ニュースの詳細が明らかになってきた。
街頭で「姓名判断をしてあげましょう」と声を掛け、
不幸続きの被害者に
「今は運命の曲がり角で、このままでは身内もあなたも命が危ない。これを避けるために、先祖供養と改印をしなければ・・・」と
一本、40万円の印鑑3本売りつけた。(印鑑の相場は1~3万円)

こういう事件が起こるたびに、いつでも感心するのは、いかにも占い師の言いそうな言葉を、うまく活用していることだ。
占いだけではない、医療、健康に絡んだ詐欺やカルトも、素人が聞けば、専門家の言葉と同じに聞こえることを、実に巧みに語る。

それは、このペテン師自身が素人だから、専門家以上に素人を納得させられる、逆説的真理があるからだ。
本当のスペシャリストは、その知識やワザだけに関心を持っているから、その身なり態度は一向に「らしくない」。

ところが、中途半端な専門家や、ペテン師は、いかにもそれらしい身なり態度でいる。他人にそう思ってもらいたいからだ。
他人にそう思って貰うことで、飯を食っていることは共通している。

本物を理解しない人間は、本物の態度や言葉など、表に現れたところだけに着目し、正確に模倣する。あるいは特徴を強調する。
物まね芸人のおもしろさは、「同じ」ではなく、「そっくり」であることだ。本物よりどぎつい方が面白い。

今回の印鑑商法にせよ、占い師なら言わない「先祖供養」や「改印」など、話がエスカレートしている。
どぎつい方が、つまりウソの方が、より信用されやすく、聞く方も、例えウソでも「自分だけ特別な利益」を求めている。
そういう人がダマされる。

運の悪い時は誰でもある。占いが役に立つとすれば、運命を知り、耐えて待つこと、最悪の事態を避けることなど、人生を学び、次のチャンスに羽ばたく用意をすることだ。
占いは、狼狽しないためにあるので、狼狽させるためにあるのではない。