魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

名は体を表す ?

2006年10月08日 | 占いばなし

欧米人、ことにアメリカ人は固有名詞に無頓着だと昔、たしか板坂元が書いていた。
馬が一頭もいない騎兵隊がある・・・。
Cavalryの語源は馬が先か組織が先か解らないが、いずれにせよ、実体が変わっても旧来の呼称を変えようとはしない。

要は現実と実体が重要で、呼称は単なる記号。だから、終戦当時、アメリカ政府は、朝鮮と呼ぶなと強く抗議する韓国人の言うことが理解できなかった。
今日また、東海や独島にこだわる韓国主張は欧米人にとっては、理解不能の問題だろう。世界の関心が薄い問題は、声の大きい方が通るから怖いのだが・・・。

表意漢字で文化を培った東洋には「名は体を表す」という思い込みがある。
何かを新しくつくろうとする時は、まず名前をつける。子供の「命名」は文字どうり重大問題で、その意味も重要だ。

欧米人の名前は、大抵は聖書からで、同じような名前ばかりなのに、好きな女の子の名前をやたら「すばらしい」「美しい響きだ」と連発するのは、まず名前の主に惹かれ、その所有物の名前に惹かれているにすぎない。

だから逆に、初対面の女の子に「素晴らしい名前だ」と最上級のお世辞を言う。
つまり、あなたの実体はそれ以上に魅力的ですと言いたいわけだ。

近頃は日本名も音を重視するようになったが、それでも初めて名前を聞くと、「どんな字」「どんな意味」と聞き返す人が多い。
目の前の人間の実体より、名前の実体の方が気になるわけだ。

ハットリ君の「忍法00!」で術が使えるような錯覚が何ごとにもあって、やたら耳慣れない単語が増える。
その一方で、禁止用語も無制限に増える。呼び名にこだわる形式主義文化ならではの珍現象。
まめなことだ。