ろろろ川のおと

ながらへば またこのごろや しのばれむ

都農:潮干狩り、ジョギング (10.5km)

2018年04月30日 19時39分40秒 | ヨット

小雨。

 堤防の裾を湧き水が流れている。水が存分に使えるので、気になっていた錆びさびの出刃と菜切包丁を研ぐことにする。砥石の目が細かくて刃こぼれがなかなか取れない。雨粒が大きくなって、研ぎ屋は早々に店仕舞い。


 堤防の向こうでは、町内会らしき家族連れが潮干狩りをしている。

    「何が採れますか」  「あさりとかミナとか」
    「ミナって?」    「こんな、うーん」
    「巻貝?」      「そう」と、子連れのお母さん。
     ニナ貝かな
 
 昼前、ついに3匹のジジイは浜に降り立った。収穫は夜に持ち越す。
 

 午後、港から都農神社・都農ワイナリーへ往復10km余りをジョギングした。
  
 山上のワイナリーで同年輩の人がパラグライダーを練習していた。山を伐開してパラグライダーの基地を作った40代の頃を懐かしむ。


 帰り道、無人販売所に1パック100円のイチゴがあった。500円玉しかなく5パック買った。


 猫も夕涼み


都農:やっと九州

2018年04月29日 21時46分06秒 | ヨット
1030 都農漁港着
 

 港内が浅いのでM氏が慎重にヨットを進めるのを見守っていた数人が、興味津々近寄って来てヨットを舫うのに手を貸してくれた。その内のマグロ船オーナーが軽トラを貸してくれるという。ヨットの近くでルアーを投げている青年らが笑顔で挨拶してくれる。気持ちが軽くなる漁港だ。


 いつか息子と二人で行った地元のI漁港では、漁師がすっ飛んで来て追い払われた。その時のトラウマで、入港時はいつも緊張する。 
 きのうの冷飯とラ王で昼飯を済ませ、借りた軽トラでM氏と私は買出しに、K氏は税関が来るので居残ることになった。(ヨットはマレーシア船籍)

 夕食はM氏が腕を振るった豚リブの甘辛煮とミミガー、胡瓜の甘酢漬け、水煮ほうれん草。

 雨予報のため何日かここに留まることになりそうだ。オーバーナイトで疲れてはいるが、早寝する必要もないので明日の策を練る。えっとぶり(久しぶり)に走りたい。暑いので百均で買った扇子を使っているとM氏が驚く。見ればダウンを着込んでいる。M氏は歳のせいと言うけれど、シックハウス症候ではないかと思う。
 そろそろ冷えてきた、ちょっと着こんで寝るとしよう。
 

九州へオーバーナイト

2018年04月28日 21時36分27秒 | ヨット
 小さい港、しかも入口近くのためかよく揺れる。
 夜半、舳先に置いた錨が岸壁に当たる音で目が覚め、フェンダーを移した。11日の見事な月に目が冴える、何時だろう。

 父は小さな機帆船で関西へ砂利を運んでいた。都会の大きな港は夜でも曳き波でよく揺れた。船橋の狭い寝床で脚を折り曲げて一緒に寝た父は、39歳で早世した。

 1240 伊佐漁港発
 

 九州までの長丁場、黒潮に阻まれて2ノットしか出ない。
 夕焼け、月齢12の月が上がっている。
 残り旅程と速度をひっきりなしに覗きこむ。

 
 明け方、パルピットに翼を休めていた燕が一声残して飛び立った。礼儀正しい燕だ。



伊佐:四国最南端の港

2018年04月27日 21時13分28秒 | ヨット

0590 佐賀発
 足摺岬を回る。


1000 伊佐着(足摺岬)
 散在する大小の岩礁をすり抜け、足摺岬尖端の伊佐漁港に舫う。
 港内に珊瑚が見える、亀が浮いて来た。四国最南端、心が緩む小さな漁港、嵐の時に再訪してみたい。


 こころ旅;ヨット編


 昼食後、思い立って岬の灯台に向かう。県道を外れ、木立でほの暗い遊歩道を進み、急な坂を下ると、白山洞門到着。いつかテレビで見たハート形のパワースポットをスマホに収め、坂道をとって返し灯台を目指す。室戸岬もそうだったが、灯台は、その重い役割から想像するよりずっと謙虚なたたずまいである。
  

1530 シャワー、水汲み、洗濯。
1730 塩サバ、キャベツ、煮大豆で夕食。
1830 就寝。


佐賀:シイラこわい

2018年04月26日 20時59分18秒 | ヨット
0519 安芸港発
 シイラが釣れた。早速M師匠が捌き、刺身・ムニエル・干物にした。2匹目は小ぶりだったのでリリース。

1447 黒潮町佐賀着
 「鰹の港」と銘打つている佐賀では、夕暮れどきには水揚げのため漁船が次々に帰って来る。マグロも上がるらしい。
 夕食は当然シイラの刺身とムニエル。私は以前シイラで蕁麻疹が出て酷い目にあったので箸は進まない。それがかえって旨さを増すのか、気付けば蕁麻疹には十分過ぎる量を食べていた。
 不安を抱えて床に着く。

 M氏とシイラ