北朝鮮の核開発を非難した記事をブログに書いただけで、
警察が令状無しで家宅捜索に来たら、どうしますか?
韓国籍の、仕事を全くしない従業員を解雇しただけで、
刑事罰を科されたら、どうしますか?
先生として、子供の許すまじき行動を叱っただけで
「心理的外傷を負った」と訴えられたら、どうしますか?
(断っておきますが、韓国映画ファンである筆者は、断じて
人種差別主義者ではありません)
残念ながら、そんな事態が今、日本で進行しているのです。
嘘ではありません。
それが、「人権擁護法案」というものです。
「サルでもわかる?人権擁護法案」
http://blog.livedoor.jp/monster_00/というブログと、
「人権擁護(言論弾圧)法案反対!」
http://blog.livedoor.jp/no_gestapo/というブログを
是非とも覗いてみてください。
一つ目の方は、当ブログのブックマークにも入れてあります。
簡単に言うと、この法案には、以下のような問題点があります。
●正当な批判さえ差別と取られる可能性がある
●テレビやマスコミでほとんど取り上げられてないため、
国民のほとんどが知らない
●差別の基準があいまい、(人権委員会が好き勝手できてしまう)
●新しい権力機関を作ること
●人権委員会の行動を監視、抑制する機関が存在しない
●インターネットを潰す事によるマスコミの情報操作能力の向上。
よってマスコミの曲解報道に一切対抗できなくなる
(マスコミの情報規制ができるので議員の汚職及び犯罪隠蔽が容易になる)
●何が差別と取られるかわからない、使える表現が減る事によるアニメ、
漫画、ゲーム、小説、映画、テレビ、お笑い、音楽、ドラマの衰退
(当たり障りのないものしか作れなくなる)
●特定の人権を過剰に守るという事はそれ以外の人権を踏み躙る事に
繋がります。
この法案のいう「人権」というのが、「誰の」人権なのかは、ジャンプ先を
読めばわかります。
少なくとも、こういったブログを好きなように書き込んでいる人たちでは
ないということは明らかです。
どうです??
郵政民営化だけが、選挙の争点ではないということがよくわかるでしょう?
警察が令状無しで家宅捜索に来たら、どうしますか?
韓国籍の、仕事を全くしない従業員を解雇しただけで、
刑事罰を科されたら、どうしますか?
先生として、子供の許すまじき行動を叱っただけで
「心理的外傷を負った」と訴えられたら、どうしますか?
(断っておきますが、韓国映画ファンである筆者は、断じて
人種差別主義者ではありません)
残念ながら、そんな事態が今、日本で進行しているのです。
嘘ではありません。
それが、「人権擁護法案」というものです。
「サルでもわかる?人権擁護法案」
http://blog.livedoor.jp/monster_00/というブログと、
「人権擁護(言論弾圧)法案反対!」
http://blog.livedoor.jp/no_gestapo/というブログを
是非とも覗いてみてください。
一つ目の方は、当ブログのブックマークにも入れてあります。
簡単に言うと、この法案には、以下のような問題点があります。
●正当な批判さえ差別と取られる可能性がある
●テレビやマスコミでほとんど取り上げられてないため、
国民のほとんどが知らない
●差別の基準があいまい、(人権委員会が好き勝手できてしまう)
●新しい権力機関を作ること
●人権委員会の行動を監視、抑制する機関が存在しない
●インターネットを潰す事によるマスコミの情報操作能力の向上。
よってマスコミの曲解報道に一切対抗できなくなる
(マスコミの情報規制ができるので議員の汚職及び犯罪隠蔽が容易になる)
●何が差別と取られるかわからない、使える表現が減る事によるアニメ、
漫画、ゲーム、小説、映画、テレビ、お笑い、音楽、ドラマの衰退
(当たり障りのないものしか作れなくなる)
●特定の人権を過剰に守るという事はそれ以外の人権を踏み躙る事に
繋がります。
この法案のいう「人権」というのが、「誰の」人権なのかは、ジャンプ先を
読めばわかります。
少なくとも、こういったブログを好きなように書き込んでいる人たちでは
ないということは明らかです。
どうです??
郵政民営化だけが、選挙の争点ではないということがよくわかるでしょう?
旅の途中で雨に降られたとき、私は何度か天気を呪いました。バイクで旅行をしているから、それも当然だと、ずっと思っていました。
しかし、そうなると、自分の思い通りにならないものに、いつも腹を立てなくてはいけない。これでは、疲れます。
そこで、少し考え方を変えました。
四国でも何度か夕立に降られたことがありました。
田舎は遮蔽物が少ないので、これから行く先の空がどうも変だ、というのはすぐ見て分かります。それに、何度か同じ状況に陥って気づいたのですが、なんとなく、空気が湿っぽい感じもしてくるのです。
そういうときは、もうそろそろ来るだろう、と、心の準備をしておく。降り始めたら、2、3分のうちに、雨宿りできる軒下を探す。1時間以上降り続く夕立はありません。その間、コンビニなら立ち読みをしたり、そうでなくても地図を見て予定を立てたり、携帯電話をいじって待つことにしました。
この方法で、夕立はあまり障害だと感じなくなってきたのです。
こういうことは、毎日の生活でもよくあると思うのです。
嫌なことがあるが、本当はそれは大したことではなかった、ということはよくあります。それなのに、嫌で嫌でたまらない、というのは、そもそも嫌になってしまうような「前提条件」を捨てることが出来ないからです。
バイクに乗っていて、雨が降るのが嫌なのはどうしてでしょう。それは、「濡れずに快適なツーリングを楽しみたい」とか「早く目的地に着きたい」といったような、自分の心の中に定められている「前提条件」との間に矛盾が生じるからです。
濡れても、滑って転倒しなければいいし、目的地に着くのは1時間くらい遅れても構わない。そう考えてしまえばいいはずです。
それなのに、我々は、なかなか「前提条件」の方を捨てられません。こうあるべきだ、と決めてしまうと、人間はなかなかそういう望みを捨てられないものなのです。それゆえに、無用の苦しさを抱えてしまうのです。
そうならないためには、開き直ることが必要です。多くなりすぎた前提条件の、全てを捨てられなくても、どうでもいいものが必ずあるはずです。そういうものは、もう思い切って無視してしまうのです。
西日本までバイクで行った私であれば、とにかく「8/19の徳島発のフェリーに五体満足でバイクごと乗船する」ことができれば、あとは何でもよかったのです。そう考えると、ずいぶん気楽になります。
今何かを悩んでいるという方も、それは夕立に過ぎないのだと思うことです。そして、雨宿りする勇気を持つことです。あなたに雨宿りをさせないのは、あなたが心に抱え込んだ「こうあるべき」「こうでなければ」という前提条件なのかもしれませんよ。
なんか、内容がこの方http://blog.goo.ne.jp/hiro4381のパクリと思われてしまいそうですね。(笑)
しかし、そうなると、自分の思い通りにならないものに、いつも腹を立てなくてはいけない。これでは、疲れます。
そこで、少し考え方を変えました。
四国でも何度か夕立に降られたことがありました。
田舎は遮蔽物が少ないので、これから行く先の空がどうも変だ、というのはすぐ見て分かります。それに、何度か同じ状況に陥って気づいたのですが、なんとなく、空気が湿っぽい感じもしてくるのです。
そういうときは、もうそろそろ来るだろう、と、心の準備をしておく。降り始めたら、2、3分のうちに、雨宿りできる軒下を探す。1時間以上降り続く夕立はありません。その間、コンビニなら立ち読みをしたり、そうでなくても地図を見て予定を立てたり、携帯電話をいじって待つことにしました。
この方法で、夕立はあまり障害だと感じなくなってきたのです。
こういうことは、毎日の生活でもよくあると思うのです。
嫌なことがあるが、本当はそれは大したことではなかった、ということはよくあります。それなのに、嫌で嫌でたまらない、というのは、そもそも嫌になってしまうような「前提条件」を捨てることが出来ないからです。
バイクに乗っていて、雨が降るのが嫌なのはどうしてでしょう。それは、「濡れずに快適なツーリングを楽しみたい」とか「早く目的地に着きたい」といったような、自分の心の中に定められている「前提条件」との間に矛盾が生じるからです。
濡れても、滑って転倒しなければいいし、目的地に着くのは1時間くらい遅れても構わない。そう考えてしまえばいいはずです。
それなのに、我々は、なかなか「前提条件」の方を捨てられません。こうあるべきだ、と決めてしまうと、人間はなかなかそういう望みを捨てられないものなのです。それゆえに、無用の苦しさを抱えてしまうのです。
そうならないためには、開き直ることが必要です。多くなりすぎた前提条件の、全てを捨てられなくても、どうでもいいものが必ずあるはずです。そういうものは、もう思い切って無視してしまうのです。
西日本までバイクで行った私であれば、とにかく「8/19の徳島発のフェリーに五体満足でバイクごと乗船する」ことができれば、あとは何でもよかったのです。そう考えると、ずいぶん気楽になります。
今何かを悩んでいるという方も、それは夕立に過ぎないのだと思うことです。そして、雨宿りする勇気を持つことです。あなたに雨宿りをさせないのは、あなたが心に抱え込んだ「こうあるべき」「こうでなければ」という前提条件なのかもしれませんよ。
なんか、内容がこの方http://blog.goo.ne.jp/hiro4381のパクリと思われてしまいそうですね。(笑)
雨って嫌だなぁ・・・と、思う人は多いですね。
しかし、私は四国を旅行して、「雨は有り難い」と改めて思いました。
さて、この写真は一体なんだかお分かりですか?
これ、実は「噴水」なんです。
ちょうど、四国の水がめである「早明浦(さめうら)ダム」の貯水率がひと桁台に入った辺りに撮影したものです。ストーンサークルみたいな「オブジェ」あるので、何かなと思って近づいたら、張り紙があったというわけです。
東京では、取水制限が続くと、讃岐うどんが食べられなくなる!?などという報道もされていたようですが、現地では全くそんな素振りはありませんでした。どうやら、水が少ないという事態には慣れっこになっているようです。しかし、学校のプールは閉鎖されていました。
もっとも、テレビのトップニュースはいつも早明浦ダムの貯水率でした。そういう状況にいると、不思議なもので「雨でも降らないかな」と思い始めます。雨が降らないと、水が飲めなくなってしまうのだから、当然です。それくらい、水は大事なのだということは、どうも東京にいるとわからないものです。
(次回につづく)
しかし、私は四国を旅行して、「雨は有り難い」と改めて思いました。
さて、この写真は一体なんだかお分かりですか?
これ、実は「噴水」なんです。
ちょうど、四国の水がめである「早明浦(さめうら)ダム」の貯水率がひと桁台に入った辺りに撮影したものです。ストーンサークルみたいな「オブジェ」あるので、何かなと思って近づいたら、張り紙があったというわけです。
東京では、取水制限が続くと、讃岐うどんが食べられなくなる!?などという報道もされていたようですが、現地では全くそんな素振りはありませんでした。どうやら、水が少ないという事態には慣れっこになっているようです。しかし、学校のプールは閉鎖されていました。
もっとも、テレビのトップニュースはいつも早明浦ダムの貯水率でした。そういう状況にいると、不思議なもので「雨でも降らないかな」と思い始めます。雨が降らないと、水が飲めなくなってしまうのだから、当然です。それくらい、水は大事なのだということは、どうも東京にいるとわからないものです。
(次回につづく)
最近、私のところに「うちの親が・・・」と泣きついてくる小6の女子生徒がいます。
親御さんとも面談済みで、受験をしたいと言い出したのは生徒本人のようです。理由は、自分の学区内にある中学には絶対に行きたくないから、というものです。
それが、どうも夏休み辺りから、本人が妙なプライドをひけらかすところがある、要するに受験勉強をしているから偉いというような意識を持ち始めた(私には全く思い当たる節がないのですが)らしく、お母さんが「受験はさせない」などと言い始めたのです。
本人はかなりねばり強い性格なので、それでも勉強をやめようとはしません。受験も絶対にすると言っています。
すると、今度はお父さんの方が、「合格するような勉強をとてもではないがしていない」と、毎日本人に文句をつけるようになったのです。
確かに、本人はあまり頭の回転が早いほうではないのですが、反復してきちんと理解することは十分にできる能力があります。試験の偏差値も決して悪くありません。出した課題もサボったことはないのです。
私には、何が不満なのかよくわかりません。
話をいろいろ聞いてみると、どうやら父親の考え方にかなり強烈な「クセ」があるのだということがわかりました。
その父親は、とある大学付属の高校(偏差値が相当高い、いわゆる難関校)に行っていたのですが、学内の推薦で希望の学部に入れないとわかり、わざわざ一般入試を受け直してその学部に合格したそうです。
私立大学の中では1、2を争う難関大学の、最も人気の高い学部です。
また、家の裕福さから見ても、会社で相当いい役職についているのではないか、と思われます。
こういう経緯を聞けば、私はだいたいその父親がどんな人間かわかります。
おそらく、自分が成功したやり方を、そのまま下の立場の人間にやらせようとするタイプです。
こういう人は、何でも自分の「成功体験」から減点法で評価してしまいがちです。失敗する経験を積んでいない(あるいは、それを巧妙に避けている)ので、失敗する人間はみな努力が足りないと思ってしまうのです。
そして、なんと、家族のメンバーは、父親以外みなそのことをちゃんとわかっているのです。
娘である生徒本人も「あの人は何でもできるから・・・」などと言っていましたし、奥さんである母親も、面談のときに似たようなことを洩らしていました。
高度成長期やバブル経済の時代に「成功」した人には、上のような傾向が強いのではないでしょうか。
時代がたまたま敗者復活ルートを沢山用意してくれているときがあります。たとえば、1970年代前半なら、オイルショックが深刻なときでも、大卒で仕事がないということはありませんでした。バブル経済のときも、大学生は「売り手市場」でしたね。
こういう時期には、何をしても「成功体験」になってしまいます。間違ったやり方や相当回り道をしたやり方でも、自他ともに満足のいく結果(たいていは、就職先や結婚相手)にたどり着くことができたからです。
そういう経験しかしてこなかった人は、「敗因」の研究というものをほとんどしていません。だから、自分以外の人間が同じことを(違う能力や状況で)やってつまづいた場合、どうしてそうなるのかわからないのです。
自分の能力を信じ、失敗した人間やうまくいかない者を蔑むのは、ある意味若者特有の行動だと思います。
司法試験のような難しい試験には、10年くらい受験生をやっている人が結構沢山います。
もちろん、ただ単に不真面目なだけなのかもしれません。本当に才能が無い人もいるかもしれません。
しかし、そういう受験生だけが何度も受験しているわけではありません。仕事と両立しながら受けるといった時間的なハンデがあったり、予備校の講座等を受講するだけのお金が無かったり、何らかのハンデを負っている場合や、惜しいところで何度も涙を飲んでいる受験生も、たくさんいるのです。
ところが、受験したての若い受験生は、「何回も受けるなんて、要領が悪いに違いない」と、ほとんどみんなが思ってしまうのです。そして、「自分はそうはならない。さっさと要領よく受かってみせる」と。
私自身の経験からも分かるのですが、そういう思い上がった態度は、ただ単に「子供」なだけなのです。
「子供」というのは、失敗や苦労の経験がなく、他者への共感に乏しい人間、という意味です。また、言い換えれば、「自分だけは何でも出来る」と勘違いしている状態だと思っても良いでしょう。
子供が「子供」なのは当然です。しかし、社会生活で失敗を繰り返していく中で、だんだんと慎重になっていくものです。
そうやって、同じものを目指すとしても、人それぞれいろんな到達方法があるんだ、と思えるようになる。それが、「大人」になるということです。
私も、受験指導については「正しいやり方をすれば必ず受かる」と100%信じていた時代がありました。
しかし、やはり個人の差はあるのです。それは、頭の程度だけではなく、目指そうと思う動機付けの濃淡であったり、その人を取り巻く人間関係だったりします。一見デメリットとしか見えない要素も、その人の個性であることは違いありません。だから、服を着たり脱いだりするように、一朝一夕で変えることはできないのです。
そういう色々な条件を考慮しながら、それでも最良の目標はどこか、そのためにした方がいいことは何か、今では生徒毎に考えて接することができるようになりました。
羨みでも妬みでもなく、上に出てきたようなお父さんは「かわいそうな人」だと思います。
きっと、お父さんには、娘がどうして自分の「有り難い」アドバイスや激励に従わないのか、さっぱり理解できないにちがいありません。
自分のやり方や考え方であれば失敗などするはずはないのに、どうしてこいつは俺の言うことを素直にきけないのだろうか?
娘の要領の悪い(これもまた一つの個性だと思うのですが)勉強のしかたを見ていると、お父さんにはそんな疑問がふつふつと湧いてくるでしょう。そして、思い通りにならないことに苛立って、「受験なんてするな」と言ってしまうのでしょう。
ひどい言い方をするようですが、テレビゲームで思い通りのプレーが出来なくてかんしゃくを起こしている小学生と、考え方は同じです。
うまく行かないと言うのなら、なぜその「本人」のいる場所まで降りていってあげられないのでしょうか。
受験なんてしなくていい、と言えるなら、なぜ要領の悪い勉強法にいちいちケチを付けるのでしょうか。好きなようにやらせて、失敗するのも勉強だと腹を括ればいいだけの話ではないでしょうか。
どうせ勉強するなら、塾にお金を払うなら、きちんと「結果」を出さなければ気が済まないのでしょうね。
自分に対して異常に高い基準を課す人を、私は別に止めようとは思いません。その人が苦しむだけだし、それを克服してしまえるだけのものを与えられているなら、きっと何か大きな仕事でもやってのけるでしょう。
しかし、それを他人に当てはめようとするのは、大反対です。
自分ができたから、おまえもできないわけがないだろう・・・こういう考え方が出来る人は、要するに「幼稚」なのです。
最近よく話題になる「金さえあれば何をやってもいいだろう」と公言している、某IT企業の社長が良い例です。まあ、彼は子供がいないので、主義主張を押しつける相手、すなわち「被害者」が出ていませんが・・・。
もちろん、こういうタイプの人に、「あなたは人の気持ちがわからない幼稚な人ですね」と正面から指摘してもわかるわけがありません。怒ってしまうに決まっています。
だから、できるだけ機嫌を損ねず、おだてるところはおだてて、有利な条件を引き出すようにすればいいのです。
もちろん、そんなのは小6の生徒ひとりでは無理ですから、私が間に入りながら、のらりくらりとやっていくしかないでしょう。こちらが切れてしまったらおしまいです。
私がこう考えられるようになったのも、仕事や試験において、人格がおかしくなりそうな失敗や挫折を何度もしてきたからだと思います。こういう、ある意味袋小路のような状況の生徒対応になると、やはりそういう経験がある方が腹が据わりますね。
失敗や挫折は、した方が絶対にいいです。すればするだけ、自分の方法論を他人に応用するための微調整が利くようになるからです。
ただし、卑屈にならないことです。それだけを守れば、失敗は成功体験よりも役に立ちます。
バブル崩壊以降、どうも日本がぱっとしないのは、結局この国の上層部にいる人間(だいたい「東大法学部卒」が多い)が、マイナス局面での対応をする訓練ができていなかったからです。
逆説的ですが、成功こそ転落への第一歩なのかもしれません。誰も優勝した直後に、その日したミスを振り返ったりしませんから・・・。
親御さんとも面談済みで、受験をしたいと言い出したのは生徒本人のようです。理由は、自分の学区内にある中学には絶対に行きたくないから、というものです。
それが、どうも夏休み辺りから、本人が妙なプライドをひけらかすところがある、要するに受験勉強をしているから偉いというような意識を持ち始めた(私には全く思い当たる節がないのですが)らしく、お母さんが「受験はさせない」などと言い始めたのです。
本人はかなりねばり強い性格なので、それでも勉強をやめようとはしません。受験も絶対にすると言っています。
すると、今度はお父さんの方が、「合格するような勉強をとてもではないがしていない」と、毎日本人に文句をつけるようになったのです。
確かに、本人はあまり頭の回転が早いほうではないのですが、反復してきちんと理解することは十分にできる能力があります。試験の偏差値も決して悪くありません。出した課題もサボったことはないのです。
私には、何が不満なのかよくわかりません。
話をいろいろ聞いてみると、どうやら父親の考え方にかなり強烈な「クセ」があるのだということがわかりました。
その父親は、とある大学付属の高校(偏差値が相当高い、いわゆる難関校)に行っていたのですが、学内の推薦で希望の学部に入れないとわかり、わざわざ一般入試を受け直してその学部に合格したそうです。
私立大学の中では1、2を争う難関大学の、最も人気の高い学部です。
また、家の裕福さから見ても、会社で相当いい役職についているのではないか、と思われます。
こういう経緯を聞けば、私はだいたいその父親がどんな人間かわかります。
おそらく、自分が成功したやり方を、そのまま下の立場の人間にやらせようとするタイプです。
こういう人は、何でも自分の「成功体験」から減点法で評価してしまいがちです。失敗する経験を積んでいない(あるいは、それを巧妙に避けている)ので、失敗する人間はみな努力が足りないと思ってしまうのです。
そして、なんと、家族のメンバーは、父親以外みなそのことをちゃんとわかっているのです。
娘である生徒本人も「あの人は何でもできるから・・・」などと言っていましたし、奥さんである母親も、面談のときに似たようなことを洩らしていました。
高度成長期やバブル経済の時代に「成功」した人には、上のような傾向が強いのではないでしょうか。
時代がたまたま敗者復活ルートを沢山用意してくれているときがあります。たとえば、1970年代前半なら、オイルショックが深刻なときでも、大卒で仕事がないということはありませんでした。バブル経済のときも、大学生は「売り手市場」でしたね。
こういう時期には、何をしても「成功体験」になってしまいます。間違ったやり方や相当回り道をしたやり方でも、自他ともに満足のいく結果(たいていは、就職先や結婚相手)にたどり着くことができたからです。
そういう経験しかしてこなかった人は、「敗因」の研究というものをほとんどしていません。だから、自分以外の人間が同じことを(違う能力や状況で)やってつまづいた場合、どうしてそうなるのかわからないのです。
自分の能力を信じ、失敗した人間やうまくいかない者を蔑むのは、ある意味若者特有の行動だと思います。
司法試験のような難しい試験には、10年くらい受験生をやっている人が結構沢山います。
もちろん、ただ単に不真面目なだけなのかもしれません。本当に才能が無い人もいるかもしれません。
しかし、そういう受験生だけが何度も受験しているわけではありません。仕事と両立しながら受けるといった時間的なハンデがあったり、予備校の講座等を受講するだけのお金が無かったり、何らかのハンデを負っている場合や、惜しいところで何度も涙を飲んでいる受験生も、たくさんいるのです。
ところが、受験したての若い受験生は、「何回も受けるなんて、要領が悪いに違いない」と、ほとんどみんなが思ってしまうのです。そして、「自分はそうはならない。さっさと要領よく受かってみせる」と。
私自身の経験からも分かるのですが、そういう思い上がった態度は、ただ単に「子供」なだけなのです。
「子供」というのは、失敗や苦労の経験がなく、他者への共感に乏しい人間、という意味です。また、言い換えれば、「自分だけは何でも出来る」と勘違いしている状態だと思っても良いでしょう。
子供が「子供」なのは当然です。しかし、社会生活で失敗を繰り返していく中で、だんだんと慎重になっていくものです。
そうやって、同じものを目指すとしても、人それぞれいろんな到達方法があるんだ、と思えるようになる。それが、「大人」になるということです。
私も、受験指導については「正しいやり方をすれば必ず受かる」と100%信じていた時代がありました。
しかし、やはり個人の差はあるのです。それは、頭の程度だけではなく、目指そうと思う動機付けの濃淡であったり、その人を取り巻く人間関係だったりします。一見デメリットとしか見えない要素も、その人の個性であることは違いありません。だから、服を着たり脱いだりするように、一朝一夕で変えることはできないのです。
そういう色々な条件を考慮しながら、それでも最良の目標はどこか、そのためにした方がいいことは何か、今では生徒毎に考えて接することができるようになりました。
羨みでも妬みでもなく、上に出てきたようなお父さんは「かわいそうな人」だと思います。
きっと、お父さんには、娘がどうして自分の「有り難い」アドバイスや激励に従わないのか、さっぱり理解できないにちがいありません。
自分のやり方や考え方であれば失敗などするはずはないのに、どうしてこいつは俺の言うことを素直にきけないのだろうか?
娘の要領の悪い(これもまた一つの個性だと思うのですが)勉強のしかたを見ていると、お父さんにはそんな疑問がふつふつと湧いてくるでしょう。そして、思い通りにならないことに苛立って、「受験なんてするな」と言ってしまうのでしょう。
ひどい言い方をするようですが、テレビゲームで思い通りのプレーが出来なくてかんしゃくを起こしている小学生と、考え方は同じです。
うまく行かないと言うのなら、なぜその「本人」のいる場所まで降りていってあげられないのでしょうか。
受験なんてしなくていい、と言えるなら、なぜ要領の悪い勉強法にいちいちケチを付けるのでしょうか。好きなようにやらせて、失敗するのも勉強だと腹を括ればいいだけの話ではないでしょうか。
どうせ勉強するなら、塾にお金を払うなら、きちんと「結果」を出さなければ気が済まないのでしょうね。
自分に対して異常に高い基準を課す人を、私は別に止めようとは思いません。その人が苦しむだけだし、それを克服してしまえるだけのものを与えられているなら、きっと何か大きな仕事でもやってのけるでしょう。
しかし、それを他人に当てはめようとするのは、大反対です。
自分ができたから、おまえもできないわけがないだろう・・・こういう考え方が出来る人は、要するに「幼稚」なのです。
最近よく話題になる「金さえあれば何をやってもいいだろう」と公言している、某IT企業の社長が良い例です。まあ、彼は子供がいないので、主義主張を押しつける相手、すなわち「被害者」が出ていませんが・・・。
もちろん、こういうタイプの人に、「あなたは人の気持ちがわからない幼稚な人ですね」と正面から指摘してもわかるわけがありません。怒ってしまうに決まっています。
だから、できるだけ機嫌を損ねず、おだてるところはおだてて、有利な条件を引き出すようにすればいいのです。
もちろん、そんなのは小6の生徒ひとりでは無理ですから、私が間に入りながら、のらりくらりとやっていくしかないでしょう。こちらが切れてしまったらおしまいです。
私がこう考えられるようになったのも、仕事や試験において、人格がおかしくなりそうな失敗や挫折を何度もしてきたからだと思います。こういう、ある意味袋小路のような状況の生徒対応になると、やはりそういう経験がある方が腹が据わりますね。
失敗や挫折は、した方が絶対にいいです。すればするだけ、自分の方法論を他人に応用するための微調整が利くようになるからです。
ただし、卑屈にならないことです。それだけを守れば、失敗は成功体験よりも役に立ちます。
バブル崩壊以降、どうも日本がぱっとしないのは、結局この国の上層部にいる人間(だいたい「東大法学部卒」が多い)が、マイナス局面での対応をする訓練ができていなかったからです。
逆説的ですが、成功こそ転落への第一歩なのかもしれません。誰も優勝した直後に、その日したミスを振り返ったりしませんから・・・。
終点の徳島に到着しました。
明日の午前中に出発するフェリーで東京に帰ることになっています。
徳島の名物・・・といえば、阿波踊りですが、「徳島ラーメン」も忘れてはなりません。
写真を見ていただくとすぐおわかりだと思いますが、ここの ラーメンは相当「くどい」です。店の外からして匂ってきます。
しかし、これが実にうまかったのです。毎日いりこだしのうどんばかり食べている反動でしょうか?
実は、今日の午前中にフェリーで高松に渡ったので、また讃岐うどんの店に寄ってしまいました。その後に食べる徳島ラーメンは、まったく違う系統の味なので、新鮮に感じるのかもしれませんね。徳島の人も、同じように感じてこのラーメンにたどり着いたのかもしれません(珍説)。
最後に、自分は社会科も教えているので、今の時代を理解するのに役に立ちそうなことでも書いてみたいと思います。
今回は瀬戸内海の周辺地域を回ってみましたが、率直な感想として、地域の違いが感じられて面白かったです。
同じ瀬戸内海沿岸でも、岡山や広島県の東部は大阪・神戸と地続きなので、お店や食べ物がそれほど大都市と変わりません。
他方、四国は、もっとも本州と距離的に近い香川や、明石海峡大橋で本州とつながった徳島でも、かなり本州と違います。一番簡単にわかるのは、
●東京にたくさんあるチェーン店(たとえば牛丼などの「松屋」)の少なさ
●うどん屋の多さ(ラーメン屋の少なさ)
ですね。四国の人はうどんが大好きという話を伝聞で知っていたのですが、今回確信しました。
それだけ本州の「発展」から取り残されているといってしまえばそれまでです。しかし、だからといって高松の駅前に「みなとみらい21」の真似をして変なタワーなんて建ててほしくないです。田舎は田舎くささを逆手にとって、東京とは違った方向で発展してほしいと思います。
何でもほしい物がすぐ買えることだけが、「発展」ではないはずです。シャッター商店街が目に付いた今治にも、たとえば「今治風焼き鳥」という他にはない売り物があります。
これからは、そういう「個性」を前面に押し出すことが、地方が生き延びていく鍵だと私は確信しました。
東京に住んでいても強く感じることがあります。それは、この国が、いまだに高度成長期に作られた常識に縛られてしまっているということです。右肩上がりの成長や高い出生率を前提とした年金制度などが典型でしょう。1960年代から70年代に整備されたいろんな仕組みが、今では時代に合わなくなってきているのです。
それが、地方に行くと、もっとはっきりと現れていることが、今回わかりました。シャッター商店街も、地元にある品揃えの悪い商店街でも物が売れた、言い換えれば車がないのでそこで買うしかなかった時代には、十分通用したのです。しかし、郊外に大型店ができてしまうと、みんな便利だからそこに行ってしまう。これは、考えてみれば当たり前のことです。地方の商店街にしかできないことをするしか、生き延びる方法はないのです。
それにもかかわらず、いまだに地方自治体の多くは土木工事を理由にして中央の官庁から予算を取ってくることばかり考えています。これは、後で述べるように、田中角栄が首相だった時代に常套手段になったので、仮に「1970年代方式」とでも言っておきます。
この方式にも、一定の合理性が認められる時代は、確かにありました。高度成長と円高によって、割安な輸入品を外国から購入できるようになりました。そこで、まず滅びたのが林業です。そして、若者離れが進んでいた農漁業も、だんだんと元気を失っていきました。そういう時期に、あくまで「緊急避難」として、土木工事で雇用を維持することが有効だったのです。
しかし、田中角栄の時代あたりから、土木事業による雇用創出を恒常化してしまったことが、現在までの地方の物乞い体質を形作ってしまったのです。これは、自民党の票取り、官僚の権限拡大などの思惑とも一致していました。そして何より、日本がまだ無条件に成長を続けていたので、上のようなやり方のマイナス面=地方の財政的自立や個性的・自律的な発展の阻害は誰も気にしなかったのです。
あの時代に、社会党や共産党、それに自民党の若い政治家達が、きちんとした未来のビジョンを描いていたら、日本はここまで急激な変化を強いられることはなかったはずです。そして、「痛みを伴う改革」など必要なかったはずなのです。
再び日本が豊かになれば、1970年代方式でもいいのかもしれませんが、これだけグローバルな競争が繰り広げられている世界で、日本だけがのうのうと発展をしていくような未来が訪れる確率は、限りなくゼロに近いでしょう。なにしろ、ものを作って売るだけなら、日本の十分の一の人件費でやってしまう恐ろしい国が近くにいるのですから・・・。
地方もいい加減に1970年代が「死んだ」ことを認めるべきなのです。
田舎に行くと、自民党の議員のポスターでさえ、「地方から日本を変える」などと書いてあります。しかし、多くの地方自治体はいまだに「1970年代方式」にしがみついたままです。財務省が財源の地方移譲に消極的だとか、いろいろ文句はつけられるでしょうが、一番問題なのは、1970年代方式がだめになったことをわかっているにもかかわらず、地方がそれにぶら下がっていることです。これではまるで、自立できないニートや引きこもりと変わりません。
高度成長の時代に膨れ上がってしまった組織や意思決定方式を整理して、身の丈にあった成長をするのが、これからはカッコいいことだと思います。
愛媛県の今治市で、原宿みたいな若者向けの店を作っても全然カッコよくありません。秋葉原にいる「電車男系」の人が、雑誌を見て無理やり「ギャル男」になったみたいで、気持ち悪いです。それが、六本木ヒルズの3番煎じくらいの変なビルだったら、なおさらです。
それより、商店街を半分くらい今治風焼き鳥の店にしてしまう方がいいです。「焼き鳥を食うなら今治だ」と言われるようになれば、四国の他の県からも人がやってきます。しまなみ海道の通行料が500円くらいになれば、広島や岡山からだって来ますよ。個性というのは、そういうものなのです。
そういう地方の「個性化」を可能にするのが、地方自治なのではありませんか。橋や道路を作っているばかりの行政には、住民がきちんと「ノー」の意思表示をしてほしいです。
そうでもしなければ、脅すようですが、何十年も後に移民を受け入れるようになったとき、ある地方都市が外国人にのっとられるような事態にもなりかねません。日本の文化伝統を守るためにも、絶対に地方都市のゴーストタウン化を防がなくてはならないのです。
地方の方もこのブログをご覧になっていたら、ぜひとも自分の町や村の「個性」について、一度考えてみてください。よかったら、コメントでもつけていただけると幸いです。
いくつになっても、旅をするというのは勉強になりますね。机上の空論は、広がりがないと痛感します。開成高校や東大にいるエリートのみなさんや、霞ヶ関の役人も、いろんな地方を一人で旅行をしてほしいものです。
明日の午前中に出発するフェリーで東京に帰ることになっています。
徳島の名物・・・といえば、阿波踊りですが、「徳島ラーメン」も忘れてはなりません。
写真を見ていただくとすぐおわかりだと思いますが、ここの ラーメンは相当「くどい」です。店の外からして匂ってきます。
しかし、これが実にうまかったのです。毎日いりこだしのうどんばかり食べている反動でしょうか?
実は、今日の午前中にフェリーで高松に渡ったので、また讃岐うどんの店に寄ってしまいました。その後に食べる徳島ラーメンは、まったく違う系統の味なので、新鮮に感じるのかもしれませんね。徳島の人も、同じように感じてこのラーメンにたどり着いたのかもしれません(珍説)。
最後に、自分は社会科も教えているので、今の時代を理解するのに役に立ちそうなことでも書いてみたいと思います。
今回は瀬戸内海の周辺地域を回ってみましたが、率直な感想として、地域の違いが感じられて面白かったです。
同じ瀬戸内海沿岸でも、岡山や広島県の東部は大阪・神戸と地続きなので、お店や食べ物がそれほど大都市と変わりません。
他方、四国は、もっとも本州と距離的に近い香川や、明石海峡大橋で本州とつながった徳島でも、かなり本州と違います。一番簡単にわかるのは、
●東京にたくさんあるチェーン店(たとえば牛丼などの「松屋」)の少なさ
●うどん屋の多さ(ラーメン屋の少なさ)
ですね。四国の人はうどんが大好きという話を伝聞で知っていたのですが、今回確信しました。
それだけ本州の「発展」から取り残されているといってしまえばそれまでです。しかし、だからといって高松の駅前に「みなとみらい21」の真似をして変なタワーなんて建ててほしくないです。田舎は田舎くささを逆手にとって、東京とは違った方向で発展してほしいと思います。
何でもほしい物がすぐ買えることだけが、「発展」ではないはずです。シャッター商店街が目に付いた今治にも、たとえば「今治風焼き鳥」という他にはない売り物があります。
これからは、そういう「個性」を前面に押し出すことが、地方が生き延びていく鍵だと私は確信しました。
東京に住んでいても強く感じることがあります。それは、この国が、いまだに高度成長期に作られた常識に縛られてしまっているということです。右肩上がりの成長や高い出生率を前提とした年金制度などが典型でしょう。1960年代から70年代に整備されたいろんな仕組みが、今では時代に合わなくなってきているのです。
それが、地方に行くと、もっとはっきりと現れていることが、今回わかりました。シャッター商店街も、地元にある品揃えの悪い商店街でも物が売れた、言い換えれば車がないのでそこで買うしかなかった時代には、十分通用したのです。しかし、郊外に大型店ができてしまうと、みんな便利だからそこに行ってしまう。これは、考えてみれば当たり前のことです。地方の商店街にしかできないことをするしか、生き延びる方法はないのです。
それにもかかわらず、いまだに地方自治体の多くは土木工事を理由にして中央の官庁から予算を取ってくることばかり考えています。これは、後で述べるように、田中角栄が首相だった時代に常套手段になったので、仮に「1970年代方式」とでも言っておきます。
この方式にも、一定の合理性が認められる時代は、確かにありました。高度成長と円高によって、割安な輸入品を外国から購入できるようになりました。そこで、まず滅びたのが林業です。そして、若者離れが進んでいた農漁業も、だんだんと元気を失っていきました。そういう時期に、あくまで「緊急避難」として、土木工事で雇用を維持することが有効だったのです。
しかし、田中角栄の時代あたりから、土木事業による雇用創出を恒常化してしまったことが、現在までの地方の物乞い体質を形作ってしまったのです。これは、自民党の票取り、官僚の権限拡大などの思惑とも一致していました。そして何より、日本がまだ無条件に成長を続けていたので、上のようなやり方のマイナス面=地方の財政的自立や個性的・自律的な発展の阻害は誰も気にしなかったのです。
あの時代に、社会党や共産党、それに自民党の若い政治家達が、きちんとした未来のビジョンを描いていたら、日本はここまで急激な変化を強いられることはなかったはずです。そして、「痛みを伴う改革」など必要なかったはずなのです。
再び日本が豊かになれば、1970年代方式でもいいのかもしれませんが、これだけグローバルな競争が繰り広げられている世界で、日本だけがのうのうと発展をしていくような未来が訪れる確率は、限りなくゼロに近いでしょう。なにしろ、ものを作って売るだけなら、日本の十分の一の人件費でやってしまう恐ろしい国が近くにいるのですから・・・。
地方もいい加減に1970年代が「死んだ」ことを認めるべきなのです。
田舎に行くと、自民党の議員のポスターでさえ、「地方から日本を変える」などと書いてあります。しかし、多くの地方自治体はいまだに「1970年代方式」にしがみついたままです。財務省が財源の地方移譲に消極的だとか、いろいろ文句はつけられるでしょうが、一番問題なのは、1970年代方式がだめになったことをわかっているにもかかわらず、地方がそれにぶら下がっていることです。これではまるで、自立できないニートや引きこもりと変わりません。
高度成長の時代に膨れ上がってしまった組織や意思決定方式を整理して、身の丈にあった成長をするのが、これからはカッコいいことだと思います。
愛媛県の今治市で、原宿みたいな若者向けの店を作っても全然カッコよくありません。秋葉原にいる「電車男系」の人が、雑誌を見て無理やり「ギャル男」になったみたいで、気持ち悪いです。それが、六本木ヒルズの3番煎じくらいの変なビルだったら、なおさらです。
それより、商店街を半分くらい今治風焼き鳥の店にしてしまう方がいいです。「焼き鳥を食うなら今治だ」と言われるようになれば、四国の他の県からも人がやってきます。しまなみ海道の通行料が500円くらいになれば、広島や岡山からだって来ますよ。個性というのは、そういうものなのです。
そういう地方の「個性化」を可能にするのが、地方自治なのではありませんか。橋や道路を作っているばかりの行政には、住民がきちんと「ノー」の意思表示をしてほしいです。
そうでもしなければ、脅すようですが、何十年も後に移民を受け入れるようになったとき、ある地方都市が外国人にのっとられるような事態にもなりかねません。日本の文化伝統を守るためにも、絶対に地方都市のゴーストタウン化を防がなくてはならないのです。
地方の方もこのブログをご覧になっていたら、ぜひとも自分の町や村の「個性」について、一度考えてみてください。よかったら、コメントでもつけていただけると幸いです。
いくつになっても、旅をするというのは勉強になりますね。机上の空論は、広がりがないと痛感します。開成高校や東大にいるエリートのみなさんや、霞ヶ関の役人も、いろんな地方を一人で旅行をしてほしいものです。
今日は、なぜか倉敷から更新です。
高松を出発した後の目的地をちゃんと決めていませんでした。とりあえず「うどんを食べてから高知にでも行こうか」ということに決めて、いざ出発。
まず、おとといも朝食のうどんを食べた某製麺所に行きました。今度はかき揚を乗せてみたのですが、おとといのたこの天ぷらの方がおいしかったです。
途中、画像にある「満濃池」に寄りました。ここは、弘法大師のひらいた「ため池」です。
讃岐平野に、ため池!
ついに来た、入試に出そうな観光地、という感じですね。4日前の高野山の母子連れ(with覇気のない親父)が頭に浮かんでしまいしました。
しかし、眺め自体も素晴らしかったです。周囲は国営のレジャー施設になっているのですが(小泉改革も、こういうものをまず地方に移管しろ、と言いたい)、子供の遊ぶ施設もたくさんあって、親子連れも楽しめそうでした。特に、トランポリンのような遊具はえらくたのしそうでした。さすがに、私一人で遊んでいると「通報」されかねないので、試すのはやめておきましたが・・・。
その後、徳島県境にある超有名うどん店(実際は「米穀店」だが)へ向かいました。山の中の国道がほんの少しだけ市街地になっている場所があり、そこに突如行列が出現するのです。メニューはうどん1種類、しかも、温かい「だし」(いわゆる「つゆ」のこと)はかかっていません。
しかし、これが本当においしい。葉唐辛子の漬物とねぎを乗せて、しょうゆをかけるだけなのですが、それだけでもおいしい。うどん自体のおいしさがあるからでしょうね。
店内はただでさえ込み合っているのに、「おかわり」が許されているので(私もしました)、滞留客も少なくないのです。それはもう、ラッシュアワーの新宿駅の地下のようです。しかし、休みに観光で来ている人も多いからか、雰囲気はとても和やかでした。
吉野川沿いに池田町(甲子園に優勝した「池田高校」の地元)まで出て、休憩中に、どうしても諦めきれないことが頭をよぎり、進路を愛媛県に変更することにしました。
それは、愛媛県今治市(タオル作りで有名)の「焼き鳥」です。
どうやら、今治の焼き鳥、特に鳥の皮は、鉄板で焼く独特のものだというのです。それをどうしても食べてみたくなり、無理を覚悟で今治へ向かいました。
今治の町に着いたのは4時前でした。ついでなので、町の中をぶらぶらすることにします。中心街などを眺めて、東京と何が違うのか、観察するのが好きです。
県庁所在地の高松では感じなかったことですが、今治のアーケードはシャッターの閉まったままの店舗がかなり多いのです。もういい加減「お盆」と言って済まされる時期ではないと思うのですが・・・。
これが、いわゆる、地方都市の「シャッター商店街」です。これは、車社会の進展とそれに伴うロードサイド型の大型量販店の拡大によるところが大きいといわれています。世の中の変化だから、仕方ない面もありますよ、と。
しかし、実際に「現場」で見てみると、そんな生易しいものではないという風に思えます。なんといっても、活気が全然ない。開いている店でも買い物をしている人が本当に少ない。さびしいを通り越して、無気味になります。ここでギャング集団みたいなのに襲われたら、誰か助けに来てくれるのかと思うほど・・・というのはいくらなんでもオーバーでしょうが、界隈によっては本当にそんな感じなのです。
郊外のジャスコにだけ車と人が馬鹿みたいに集まる、そんなのが健全な都市の姿でしょうか。大いに疑問です。
五時になったので、「世渡」(せと)という焼き鳥屋さんに開店と同時にうかがい、上で触れた「皮焼き」などをいただきました。いや、これ、本当に知らない人は損をしています。鉄板でカリッとするまで焼いた親鳥の皮に、少し甘めのタレを絡める。香ばしくて最高です。
店主に「東京でもはやりますかね」(関西弁が強くて聞き取りづらかく、2回も聞きなおしてしまいました。ご主人、すみません)ときかれたので、「そりゃもう」とだけ答えました。ご主人も喜んでいたようです。
まだ五時だというのに、店内はお客さんが私以外に5人、そのあと予約の電話が続けて入ってきました。繁盛しているようです。
それを見て、私は強く思いました。
シャッター商店街が生まれるのは、出来もしないのに「東京の真似」をしようとしているからなのではないか。
今治の焼き鳥は、一人当たりの消費量全国1位だそうです。焼き鳥屋の件数が多く、競争が激しいからでしょう。今日うかがった「世渡」は相当人気のお店らしいですが、ほかにもそういう店がたくさんあるに違いありません。
今治にも、タオル以外にちゃんと全国で通用するものがあるのです。
これからの地方都市は、田舎らしい個性を売りにしていくべきです。中央省庁から予算を取ってきて、とにかく建物を作ればいい(たとえば、高松駅前のシンボルタワー)というのは、もう終わりにしないとだめです。でかい建物を作って人を呼ぶ、というのは、「恵比寿ガーデンプレイス」や「六本木ヒルズ」の発想です。人口が多い東京のような地域ではそれで何とかなっても、同じことを高松や今治でやっても、どうせ赤字になるに決まっています。
それならば、売り物を絞って生き残りを図ったらどうか。高松の「讃岐うどん」や今治の「焼き鳥」のようなものが、程度の差こそあれ、どこの町にもあるはずです。
シャッター商店街はそういう個性的な売り物を売るために使えばいいですし、そうでなければその町で働きたいという若者のために安く住める住宅にでもすべきです。
そんなこともやらずに、大型店の出店を呪い、頼みの綱は政治家先生と公共事業、そんな町は滅んでもいいのではないでしょうか。「一村一品運動」の平松元大分県知事のような人が、どこの県にもいればいいのですが・・・。
その後、「瀬戸内しまなみ海道」を通ってきました。瀬戸大橋のような一本の橋でなく、島と島を飛び石のようにつないだ本州四国連絡橋です。
行って初めてわかったのですが、しまなみ海道は一本につながっていないんですね。来島海峡大橋、大三島大橋(ややこしい名前です)や因島大橋などが、まだ接続されていない状態なのです。とりあえず島と島の間をつなぐ部分だけ完成させておくか・・・という感じだったのでしょう。
しかし、これ、使う側にはえらい迷惑です。乗ったり降りたりするたびに料金がかかるので、結局3回分、3600円かかってしまいました。まさか、つながったあともこれ以上の高い料金が・・・明石海峡も垂水-鳴門北という一番短い区間で4000円ですから、そんな感じになりそうですね。
どうせ公共事業にお金をかけるなら、こういう利便性の高いところにお金をかけてほしいと本当に思いました。
それでは、今日はこの辺で失礼します。
高松を出発した後の目的地をちゃんと決めていませんでした。とりあえず「うどんを食べてから高知にでも行こうか」ということに決めて、いざ出発。
まず、おとといも朝食のうどんを食べた某製麺所に行きました。今度はかき揚を乗せてみたのですが、おとといのたこの天ぷらの方がおいしかったです。
途中、画像にある「満濃池」に寄りました。ここは、弘法大師のひらいた「ため池」です。
讃岐平野に、ため池!
ついに来た、入試に出そうな観光地、という感じですね。4日前の高野山の母子連れ(with覇気のない親父)が頭に浮かんでしまいしました。
しかし、眺め自体も素晴らしかったです。周囲は国営のレジャー施設になっているのですが(小泉改革も、こういうものをまず地方に移管しろ、と言いたい)、子供の遊ぶ施設もたくさんあって、親子連れも楽しめそうでした。特に、トランポリンのような遊具はえらくたのしそうでした。さすがに、私一人で遊んでいると「通報」されかねないので、試すのはやめておきましたが・・・。
その後、徳島県境にある超有名うどん店(実際は「米穀店」だが)へ向かいました。山の中の国道がほんの少しだけ市街地になっている場所があり、そこに突如行列が出現するのです。メニューはうどん1種類、しかも、温かい「だし」(いわゆる「つゆ」のこと)はかかっていません。
しかし、これが本当においしい。葉唐辛子の漬物とねぎを乗せて、しょうゆをかけるだけなのですが、それだけでもおいしい。うどん自体のおいしさがあるからでしょうね。
店内はただでさえ込み合っているのに、「おかわり」が許されているので(私もしました)、滞留客も少なくないのです。それはもう、ラッシュアワーの新宿駅の地下のようです。しかし、休みに観光で来ている人も多いからか、雰囲気はとても和やかでした。
吉野川沿いに池田町(甲子園に優勝した「池田高校」の地元)まで出て、休憩中に、どうしても諦めきれないことが頭をよぎり、進路を愛媛県に変更することにしました。
それは、愛媛県今治市(タオル作りで有名)の「焼き鳥」です。
どうやら、今治の焼き鳥、特に鳥の皮は、鉄板で焼く独特のものだというのです。それをどうしても食べてみたくなり、無理を覚悟で今治へ向かいました。
今治の町に着いたのは4時前でした。ついでなので、町の中をぶらぶらすることにします。中心街などを眺めて、東京と何が違うのか、観察するのが好きです。
県庁所在地の高松では感じなかったことですが、今治のアーケードはシャッターの閉まったままの店舗がかなり多いのです。もういい加減「お盆」と言って済まされる時期ではないと思うのですが・・・。
これが、いわゆる、地方都市の「シャッター商店街」です。これは、車社会の進展とそれに伴うロードサイド型の大型量販店の拡大によるところが大きいといわれています。世の中の変化だから、仕方ない面もありますよ、と。
しかし、実際に「現場」で見てみると、そんな生易しいものではないという風に思えます。なんといっても、活気が全然ない。開いている店でも買い物をしている人が本当に少ない。さびしいを通り越して、無気味になります。ここでギャング集団みたいなのに襲われたら、誰か助けに来てくれるのかと思うほど・・・というのはいくらなんでもオーバーでしょうが、界隈によっては本当にそんな感じなのです。
郊外のジャスコにだけ車と人が馬鹿みたいに集まる、そんなのが健全な都市の姿でしょうか。大いに疑問です。
五時になったので、「世渡」(せと)という焼き鳥屋さんに開店と同時にうかがい、上で触れた「皮焼き」などをいただきました。いや、これ、本当に知らない人は損をしています。鉄板でカリッとするまで焼いた親鳥の皮に、少し甘めのタレを絡める。香ばしくて最高です。
店主に「東京でもはやりますかね」(関西弁が強くて聞き取りづらかく、2回も聞きなおしてしまいました。ご主人、すみません)ときかれたので、「そりゃもう」とだけ答えました。ご主人も喜んでいたようです。
まだ五時だというのに、店内はお客さんが私以外に5人、そのあと予約の電話が続けて入ってきました。繁盛しているようです。
それを見て、私は強く思いました。
シャッター商店街が生まれるのは、出来もしないのに「東京の真似」をしようとしているからなのではないか。
今治の焼き鳥は、一人当たりの消費量全国1位だそうです。焼き鳥屋の件数が多く、競争が激しいからでしょう。今日うかがった「世渡」は相当人気のお店らしいですが、ほかにもそういう店がたくさんあるに違いありません。
今治にも、タオル以外にちゃんと全国で通用するものがあるのです。
これからの地方都市は、田舎らしい個性を売りにしていくべきです。中央省庁から予算を取ってきて、とにかく建物を作ればいい(たとえば、高松駅前のシンボルタワー)というのは、もう終わりにしないとだめです。でかい建物を作って人を呼ぶ、というのは、「恵比寿ガーデンプレイス」や「六本木ヒルズ」の発想です。人口が多い東京のような地域ではそれで何とかなっても、同じことを高松や今治でやっても、どうせ赤字になるに決まっています。
それならば、売り物を絞って生き残りを図ったらどうか。高松の「讃岐うどん」や今治の「焼き鳥」のようなものが、程度の差こそあれ、どこの町にもあるはずです。
シャッター商店街はそういう個性的な売り物を売るために使えばいいですし、そうでなければその町で働きたいという若者のために安く住める住宅にでもすべきです。
そんなこともやらずに、大型店の出店を呪い、頼みの綱は政治家先生と公共事業、そんな町は滅んでもいいのではないでしょうか。「一村一品運動」の平松元大分県知事のような人が、どこの県にもいればいいのですが・・・。
その後、「瀬戸内しまなみ海道」を通ってきました。瀬戸大橋のような一本の橋でなく、島と島を飛び石のようにつないだ本州四国連絡橋です。
行って初めてわかったのですが、しまなみ海道は一本につながっていないんですね。来島海峡大橋、大三島大橋(ややこしい名前です)や因島大橋などが、まだ接続されていない状態なのです。とりあえず島と島の間をつなぐ部分だけ完成させておくか・・・という感じだったのでしょう。
しかし、これ、使う側にはえらい迷惑です。乗ったり降りたりするたびに料金がかかるので、結局3回分、3600円かかってしまいました。まさか、つながったあともこれ以上の高い料金が・・・明石海峡も垂水-鳴門北という一番短い区間で4000円ですから、そんな感じになりそうですね。
どうせ公共事業にお金をかけるなら、こういう利便性の高いところにお金をかけてほしいと本当に思いました。
それでは、今日はこの辺で失礼します。
おいしそうでしょ?
これ、某製麺所さんで食べさせてもらったうどんですが、たこの天ぷら+うどん1玉で240円です。これだけ安くて、しかも万能ねぎは自分で入れ放題なんです。さすが、うどんのメッカは違いますよね。
味も、東京の普通のうどんを食べるのがばかばかしくなるほどのおいしさでした。
しかし、このうどん、実は私の「自作」です。製麺所でうどんを食べる場合、「セルフ」です。あらかじめ下茹でしてあるうどんを自分でお湯に入れて湯切りし、だしも自分でかけるのです。初めは動きがとろくて困りますが、2、3件続くと慣れてきます。
お盆休みで肩透かしを食らいながら、5件ほど回ってきました。5回連続のうどん攻撃。さすがに、晩御飯はカレーで済ませました(笑)。
香川でうどんが発達したのは、雨が少ない讃岐平野では、小麦の栽培がしやすかったからだそうです。
最近、香川は渇水がひどく、頼みの綱である早明浦(さめうら)ダムの貯水率がついに5%台にまで下がってしまいました。電力用の水の飲料水への転用(こんな手があるのか!?とビックリしました)も行われるそうです。
20日辺りが「Xデー」と思われているようです。自分は19日に四国を離れるので、そこから大雨になってくれると、四国の皆さんにとっても私にとってもいいのですが・・・。
宮城で強い地震があったり、日本は結構自然に悩まされますね。その分恵みも多いということは、愛情の裏返しなのでしょうか・・・。
明日は、愛媛方面に向かいます。それでは失礼。
これ、某製麺所さんで食べさせてもらったうどんですが、たこの天ぷら+うどん1玉で240円です。これだけ安くて、しかも万能ねぎは自分で入れ放題なんです。さすが、うどんのメッカは違いますよね。
味も、東京の普通のうどんを食べるのがばかばかしくなるほどのおいしさでした。
しかし、このうどん、実は私の「自作」です。製麺所でうどんを食べる場合、「セルフ」です。あらかじめ下茹でしてあるうどんを自分でお湯に入れて湯切りし、だしも自分でかけるのです。初めは動きがとろくて困りますが、2、3件続くと慣れてきます。
お盆休みで肩透かしを食らいながら、5件ほど回ってきました。5回連続のうどん攻撃。さすがに、晩御飯はカレーで済ませました(笑)。
香川でうどんが発達したのは、雨が少ない讃岐平野では、小麦の栽培がしやすかったからだそうです。
最近、香川は渇水がひどく、頼みの綱である早明浦(さめうら)ダムの貯水率がついに5%台にまで下がってしまいました。電力用の水の飲料水への転用(こんな手があるのか!?とビックリしました)も行われるそうです。
20日辺りが「Xデー」と思われているようです。自分は19日に四国を離れるので、そこから大雨になってくれると、四国の皆さんにとっても私にとってもいいのですが・・・。
宮城で強い地震があったり、日本は結構自然に悩まされますね。その分恵みも多いということは、愛情の裏返しなのでしょうか・・・。
明日は、愛媛方面に向かいます。それでは失礼。
今日は明石海峡大橋と大鳴門橋を通って四国までたどり着きました。1998年開通で、本州四国連絡橋の中では最も新しいんですね。
実際通ってみると、明石海峡の方はかなりの長さなのですが、大鳴門橋は「は、もう終わりですか」という短さでした。短時間でしたが、「鳴門の渦潮」も見ることができました。すぐ近くまで船が行っているので、はらはらしました。
どうも行く先行く先天気が芳しくないです。一日目の静岡県、おとといの名阪国道、昨日の奈良・和歌山に続いて、今日は兵庫県内も雨です。しかも、空が明るいのに雨粒が大きいという、はっきりしない天気でした。
行く先行く先でグズグズしているなんて、自分の人生みたいで嫌だな、と思いました。せめて、旅行のときくらい何もかもうまく行ってほしいものです。
そうそう、昨日高野山の金剛峰寺で、仕事のことを思い出して、いや、それ以上に嫌なものを感じて、かなり精神的に疲労しました。このブログの本筋に近いことだと思うので、書いておきたいと思います。
金剛峰寺の中を見て回った帰り道、石段を下っていたときのことです。
カメラで門を収めようとしていたら、近くに親子連れが現れました。お母さんが「ぽっちゃり」していて、息子(小学6年生くらいか?)はそれを0.5回りくらい小さくした体形、お父さんはちょっと影の薄いタイプです。
あれ、どっかで見たことあるような・・・と思ったその瞬間でした。
お母さんが、息子に向かって「ここが真言宗の総本山、高野山金剛峰寺よ」などと言っています。
へえ、こんなしっかりしたこといえるお母さんもいるんだ、と思いましたが、その後私は思わず凍り付いてしまいました。
「いい?○○ちゃん、空海は弘法大師、最澄は伝教大師よ!」
お母さんが、まるで入試の知識を確認するような口調で息子に言うのです。
息子は現代っ子にありがちなバイタリティのまるで感じられない顔を全く変化させずに、「うん」と言いました。
多分、中学受験を控えた親子だと思うのですが、物見遊山できているのに、それはないだろうと思いました。
私が不愉快になったからこんな事を言うのではありません。高野山に来たのはあくまで観光のはずです。そういうときは、勉強のことを忘れて楽しく過ごすべきです。オンとオフの切り替えがきちんとできないと、疲れがたまるだけです。
息子が自分で知識を披瀝するならまだしも、なぜわざわざ母親が・・・とあきれてしまいました。
こういうとき、親父が「おいおい、おまえらここは塾じゃねえんだぞ」などと冗談めかしてくれたら救われるのですが、そのお父さんといったら、息子以上に覇気のない面構えでボーっとしているだけ。
こういう親子って、結構多いんでしょうね。お母さんがいろいろ抱え込んで、頭がおかしくなってしまわないか心配です。
さて、私は今夜は高松に泊まります。明日は、やはり香川名物を食べに行かなければ・・・。それではまた。
実際通ってみると、明石海峡の方はかなりの長さなのですが、大鳴門橋は「は、もう終わりですか」という短さでした。短時間でしたが、「鳴門の渦潮」も見ることができました。すぐ近くまで船が行っているので、はらはらしました。
どうも行く先行く先天気が芳しくないです。一日目の静岡県、おとといの名阪国道、昨日の奈良・和歌山に続いて、今日は兵庫県内も雨です。しかも、空が明るいのに雨粒が大きいという、はっきりしない天気でした。
行く先行く先でグズグズしているなんて、自分の人生みたいで嫌だな、と思いました。せめて、旅行のときくらい何もかもうまく行ってほしいものです。
そうそう、昨日高野山の金剛峰寺で、仕事のことを思い出して、いや、それ以上に嫌なものを感じて、かなり精神的に疲労しました。このブログの本筋に近いことだと思うので、書いておきたいと思います。
金剛峰寺の中を見て回った帰り道、石段を下っていたときのことです。
カメラで門を収めようとしていたら、近くに親子連れが現れました。お母さんが「ぽっちゃり」していて、息子(小学6年生くらいか?)はそれを0.5回りくらい小さくした体形、お父さんはちょっと影の薄いタイプです。
あれ、どっかで見たことあるような・・・と思ったその瞬間でした。
お母さんが、息子に向かって「ここが真言宗の総本山、高野山金剛峰寺よ」などと言っています。
へえ、こんなしっかりしたこといえるお母さんもいるんだ、と思いましたが、その後私は思わず凍り付いてしまいました。
「いい?○○ちゃん、空海は弘法大師、最澄は伝教大師よ!」
お母さんが、まるで入試の知識を確認するような口調で息子に言うのです。
息子は現代っ子にありがちなバイタリティのまるで感じられない顔を全く変化させずに、「うん」と言いました。
多分、中学受験を控えた親子だと思うのですが、物見遊山できているのに、それはないだろうと思いました。
私が不愉快になったからこんな事を言うのではありません。高野山に来たのはあくまで観光のはずです。そういうときは、勉強のことを忘れて楽しく過ごすべきです。オンとオフの切り替えがきちんとできないと、疲れがたまるだけです。
息子が自分で知識を披瀝するならまだしも、なぜわざわざ母親が・・・とあきれてしまいました。
こういうとき、親父が「おいおい、おまえらここは塾じゃねえんだぞ」などと冗談めかしてくれたら救われるのですが、そのお父さんといったら、息子以上に覇気のない面構えでボーっとしているだけ。
こういう親子って、結構多いんでしょうね。お母さんがいろいろ抱え込んで、頭がおかしくなってしまわないか心配です。
さて、私は今夜は高松に泊まります。明日は、やはり香川名物を食べに行かなければ・・・。それではまた。
奈良を出て、高野山へ向かいました。本日は曇ったり雨が降ったりというあいにくの天気でしたが、時間を惜しんでバイクで出陣です。
高野山金剛峰寺は文字通り山の上にある寺です。上に登るのはノーギアの250ccスクーターには結構つらいです。慎重に、ずり下がることだけはないように上っていきました。
山頂付近の靄(もや)がすごかったです。視界が不完全になりました。その上、路面も滑るので、かなり神経を使います。途中の茶屋の付近まで上ったあと、疲れてしまって一度休憩をとってしまいました。
画像にあるのは、山頂にある大門です。ここから少し奥に下ると、真言宗総本山の金剛峰寺があります。世界遺産とはいうものの、それほど仰々しい建物ではありませんでした。京都・奈良的なものを期待していくとがっかりするでしょうね。もちろん、それだからといって、この地に今も息づく真言密教の伝統が損なわれるわけではありませんが・・・。
本当はここからさらに南下して、新宮まで行きたかったのですが、やはり天候が気になります。そこで、なるべく早く目的地の四国へ渡ろうと和歌山へ。ここから、徳島までフェリーが出ています。
ここで、少し計算が狂いました。徳島のホテルに電話で予約を入れようとすると、どこも満室なのです。
8月15日まで「阿波踊り」なんですね。気づきませんでした・・・。
そこで、進路変更して大阪へ。
結局、今日も食べてばかりでした。朝は旅館(この旅館のことはいずれ別に機会を設けて詳しく述べたいと思います)でパンとゆで卵を食べ、少し早い昼食は五條(奈良県)のバーミヤンでとりました。
普通なのはここまでです。旅行先でその土地のものを食べることに執念を燃やす私は、ここからが本領発揮です。
まず、和歌山で、もっとも有名な和歌山ラーメンの店である「井出商店」で20分以上列にならび、特製中華そば(600円)を食べました。ラーメンそのものの味もさることながら、チャーシューが最高!!和歌山に行ったら、ぜひ並んでも食べてみてください。
次に、大阪の難波にある「金龍ラーメン」でラーメン(600円)。白菜とニラのキムチが入れ放題というサービスつきです。大阪では、ほかの店でもあるみたいですね。
またラーメンかよ、と思いますよね・・・しかし、ここは、私が初めて一人で旅行をした高校2年生の夏休みに、母に教えられて食べにいった店なのです。その後、修学旅行で訪れたときには、友人たちと連れ立って行きました。
友人たちが、無料だからといってキムチをアホみたいに入れて、「辛い」という感想しかなかったのですが、それを食べながら懐かしく思い出しました。
さて、大幅にルート変更を余儀なくされてしまったようです。しかたがないので、明日は瀬戸内海にかかる連絡橋のどれかを渡って、四国に向かうことにします・・・さて、どれでしょうね?
高野山金剛峰寺は文字通り山の上にある寺です。上に登るのはノーギアの250ccスクーターには結構つらいです。慎重に、ずり下がることだけはないように上っていきました。
山頂付近の靄(もや)がすごかったです。視界が不完全になりました。その上、路面も滑るので、かなり神経を使います。途中の茶屋の付近まで上ったあと、疲れてしまって一度休憩をとってしまいました。
画像にあるのは、山頂にある大門です。ここから少し奥に下ると、真言宗総本山の金剛峰寺があります。世界遺産とはいうものの、それほど仰々しい建物ではありませんでした。京都・奈良的なものを期待していくとがっかりするでしょうね。もちろん、それだからといって、この地に今も息づく真言密教の伝統が損なわれるわけではありませんが・・・。
本当はここからさらに南下して、新宮まで行きたかったのですが、やはり天候が気になります。そこで、なるべく早く目的地の四国へ渡ろうと和歌山へ。ここから、徳島までフェリーが出ています。
ここで、少し計算が狂いました。徳島のホテルに電話で予約を入れようとすると、どこも満室なのです。
8月15日まで「阿波踊り」なんですね。気づきませんでした・・・。
そこで、進路変更して大阪へ。
結局、今日も食べてばかりでした。朝は旅館(この旅館のことはいずれ別に機会を設けて詳しく述べたいと思います)でパンとゆで卵を食べ、少し早い昼食は五條(奈良県)のバーミヤンでとりました。
普通なのはここまでです。旅行先でその土地のものを食べることに執念を燃やす私は、ここからが本領発揮です。
まず、和歌山で、もっとも有名な和歌山ラーメンの店である「井出商店」で20分以上列にならび、特製中華そば(600円)を食べました。ラーメンそのものの味もさることながら、チャーシューが最高!!和歌山に行ったら、ぜひ並んでも食べてみてください。
次に、大阪の難波にある「金龍ラーメン」でラーメン(600円)。白菜とニラのキムチが入れ放題というサービスつきです。大阪では、ほかの店でもあるみたいですね。
またラーメンかよ、と思いますよね・・・しかし、ここは、私が初めて一人で旅行をした高校2年生の夏休みに、母に教えられて食べにいった店なのです。その後、修学旅行で訪れたときには、友人たちと連れ立って行きました。
友人たちが、無料だからといってキムチをアホみたいに入れて、「辛い」という感想しかなかったのですが、それを食べながら懐かしく思い出しました。
さて、大幅にルート変更を余儀なくされてしまったようです。しかたがないので、明日は瀬戸内海にかかる連絡橋のどれかを渡って、四国に向かうことにします・・・さて、どれでしょうね?
どうも、ろろです。
今、奈良のインターネットカフェから更新しております。
昨晩は浜松に泊まり、本来は渥美半島の先から三重に渡るつもりでした。
ところが、携帯電話の充電器を忘れていたことに気づきました。自分の予定しているルートだと、浜松を過ぎたら「都会」と呼べる場所がありません。そうなると、手軽に充電器を買うというわけにもいかないし、旅行中に汎用の充電器を求めてコンビニをしらみつぶしにあたる、というのも鬱陶しい。
そこで、ルートを名古屋経由に変更しました。人口200万人の大都会だから、東京のビックカメラに相当するものがあるだろうと思ったわけです。
しかし、結果的にはよかったです。中心街の栄で無事充電器を手に入れた後、立ち寄った広小路通りの「ユウゼン」というお店で、名古屋名物の「あんかけスパゲッティ」(写真は「激からスパ」)を食べられました。
もう、これは最高でした。こういう格好をつけない食べ物は、東京ではなかなか見かけませんね。
そのあと、四日市を通って名阪国道で天理まで行き、そこから奈良へ。生まれて初めて奈良公園の鹿に餌をやってきました。鹿せんべいをみると、追いかけてくるんです。何回か囲まれました(笑)。
奈良も、さすが世界遺産になっただけあり、興福寺や奈良公園の周辺は落ち着いたたたずまいですね。
明日は、もうひとつ世界遺産の地を回ってみたいと思います。さて、北でしょうか?南でしょうか?
今、奈良のインターネットカフェから更新しております。
昨晩は浜松に泊まり、本来は渥美半島の先から三重に渡るつもりでした。
ところが、携帯電話の充電器を忘れていたことに気づきました。自分の予定しているルートだと、浜松を過ぎたら「都会」と呼べる場所がありません。そうなると、手軽に充電器を買うというわけにもいかないし、旅行中に汎用の充電器を求めてコンビニをしらみつぶしにあたる、というのも鬱陶しい。
そこで、ルートを名古屋経由に変更しました。人口200万人の大都会だから、東京のビックカメラに相当するものがあるだろうと思ったわけです。
しかし、結果的にはよかったです。中心街の栄で無事充電器を手に入れた後、立ち寄った広小路通りの「ユウゼン」というお店で、名古屋名物の「あんかけスパゲッティ」(写真は「激からスパ」)を食べられました。
もう、これは最高でした。こういう格好をつけない食べ物は、東京ではなかなか見かけませんね。
そのあと、四日市を通って名阪国道で天理まで行き、そこから奈良へ。生まれて初めて奈良公園の鹿に餌をやってきました。鹿せんべいをみると、追いかけてくるんです。何回か囲まれました(笑)。
奈良も、さすが世界遺産になっただけあり、興福寺や奈良公園の周辺は落ち着いたたたずまいですね。
明日は、もうひとつ世界遺産の地を回ってみたいと思います。さて、北でしょうか?南でしょうか?
やっと夏期講習が中断期間に入りました。
受験生たちに勉強しろと、死ぬほど課題を出しておいて、
自分は明日から旅行に行く予定です。
同僚の先生が、「君たちの分まで遊んできてやるからな」
と授業の締めくくりに発言して、大ブーイングを食らった
ようです。あたりまえか(笑)
旅行先は・・・今言ってしまうと面白くないので、
旅先から更新することにしました。
本当であれば、試験と夏期講習でさんざん鞭打った身体を
休めるのが目的とすべきところですが、
どうも旅行=話のネタ作りというところが、無意識のうちに
あるようです。
社会の入試問題に出そうなところを目的地にしてしまうのは
悲しい性なのでしょうか・・・。
しばらく、「日々是勉強」を離れ、物見遊山に没頭したいと
思います。
みなさんも、よい休みをお過ごしください。
受験生たちに勉強しろと、死ぬほど課題を出しておいて、
自分は明日から旅行に行く予定です。
同僚の先生が、「君たちの分まで遊んできてやるからな」
と授業の締めくくりに発言して、大ブーイングを食らった
ようです。あたりまえか(笑)
旅行先は・・・今言ってしまうと面白くないので、
旅先から更新することにしました。
本当であれば、試験と夏期講習でさんざん鞭打った身体を
休めるのが目的とすべきところですが、
どうも旅行=話のネタ作りというところが、無意識のうちに
あるようです。
社会の入試問題に出そうなところを目的地にしてしまうのは
悲しい性なのでしょうか・・・。
しばらく、「日々是勉強」を離れ、物見遊山に没頭したいと
思います。
みなさんも、よい休みをお過ごしください。
今日、吉祥寺で友人と会いました。
付き合いの長い男なので、忌憚なくお互いの悩みを
相談し合いました。
一人で悩むと、どうも自分の世界だけが絶対だと思って
しまって、いけませんね。
友人のように、同性中の彼女とうまくいかない悩みや、
僕と異なる「まっとうな」業界で働く苦労など、
いろいろわかりました。
悩みを相談するというのは、解決を目的としているわけでは
必ずしもないと思います。
今日の私のように、「自分だけが苦しんでいるのではない」と
自分の置かれた状況を「相対化」するという効果もあるのです。
「相対化」というのは、他に比べるものを置くことで、
自分の立場を改めて捉え直すこと、という意味です。
そういえば、「相談」というのは、「相対化」と、
「相」という字が共通ですね。
ただ、やはり悩みを解消したいと思うのが普通でしょう。
そこで、悩みというものを簡単に捉える方法を
今日はお伝えしたいと思います。
あくまで、私の私見ですので、軽く参考にする程度で
構いませんが・・・。
悩みというのは、大きく分けると三つしかありません。
まずは、「物理的な悩み」です。
家が狭いとか、クーラーが無くて暑いとか、お金がないとか、
そういう人間の心理とは関係ない悩みです。
「物理的な悩み」の解決方法は、二つだけです。
一つは、その状況を我慢することです。
お金がないなら、お金を使わなければいいだけです。
家が狭くても、死にはしません。クーラーも同じです。
だいたい、これで済んでしまいます。
もう一つの方法は、物理的な原因を取り除くことです。
クーラーがないなら、買うか、クーラーのある場所
(図書館や喫茶店)に逃げ込めばいいのです。
お金がないなら、借りるか、稼ぐかすればよいのです。
次の悩みは、「自分に対する悩み」です。
例えば、第1志望の大学に落ちてしまったが、浪人すべきか
それとも第2志望の学校に行くか、という悩みです。
だいたいは、自分が本来そうありたいと思う理想と、
現実の間に開きがあることが原因です。
この悩みは、複雑なようでいて、答えは二つしかありません。
一つは、諦めてしまうことです。
先ほどの例なら、第2志望の学校に行けばいいだけです。
それを他人がどうこう非難する資格はありません。
親御さんであっても、難癖をつけるのは間違いです。
第2志望の学校に行ってほしくないなら、受けさせなければ
いいのです。
ここで肝心なのは、決めてしまってからああでもない、
こうでもない、と、文句をつけないことです。
自分から子供に次善校を受けてもいい、と意思表示した以上は、
後から「こんなはずでは」などと言うのはおかしいのです。
次善の道を行くというのは、決して恥ずかしいことではありません。
そして、もう一つの解決方法は、
あきらめずチャレンジすることです。
そのチャンスが完全に途絶えてしまったなら、
もう諦めるしかないでしょうが、そうではないなら、
もう一度やってみればいいのです。
ただ、一度自分が拒絶されたのは確かな事実です。
同じ失敗を二度と繰り返さないよう、最善の策を
講じるべきです。
もちろん、再チャレンジを選んだ以上、やっぱりやめて
おけばよかった、というのは無しです。
それは、単なる甘えです。
「自分に対する悩み」で、一番ダメな対応は、
いつまで経っても自分でどうするかを決めないことです。
自分の問題は、自分で決めるしかありません。
人に決めてもらいたい人は、そうすればいいでしょう。
ただし、それにあれこれ文句をつけないことです。
これは、絶対に守らなくてはならない。
守れないなら、やはり自分で決めるべきでしょうね。
そして、最後の悩みは、「他人に対する悩み」です。
恋人とうまく行かない、というのが典型でしょうか。
これが一番厄介ですが、シンプルに考えることはできます。
人間関係のうまく行かない原因は、以下に挙げること
ぐらいしかありません。
①相手の言動が間違っている・自分にとって不利益
②自分の言動が間違っている・相手に不利益を与えている
③相手の言動が間違っていないとわかってはいるが、
素直に納得することが出来ない
④以上の①~③に当てはまらない、よく分からない
①は、二つの方法で解決できます。
一つは、相手の言動が間違っていること、自分にとって
迷惑なことを、伝えることです。
もちろん、言い方は気を付けてくださいよ。
初めから喧嘩腰では、結論が決まっているようなものです。
そして、それができないというなら、我慢するか、相手と
なるべく接触しないような状況に自分を持っていくしか
ありません。
②は、自分の言動を変えるしかありません。
どうしても変えられない、というなら、悩むのは
やめてください。悩んでも解決しないのですから、
悩む必要はないのです。
③は、多くの場合、「言葉に出来ない本音」が
邪魔をして、心が素直でなくなっている可能性が
あります。
たとえば、ある特定の部下にきつく当たってしまうのは、
その部下に対して、学歴や容姿などのコンプレックスを
持っているのかも知れません。
そういう、言葉に出来ない本音を、捨てることができないか、
捨てられないとしても、表面化しないよう努力するか、
やりやすい方法を考えてみてください。
④は、自分の心に嘘をついている可能性があります。
①から③のどれかに当たらないか、よく考えてください。
そうでないなら、悩む必要はありません。
人間の心はそんなに単純ではない、ということを
思われる方もいるでしょう。
しかし、上に挙げた方法は、「解決するための」方法です。
人間の心理を事細かに探り当てることが目的では
ありません。
だいいち、心という実体のないものについて、
客観的に言葉で言い当てて、どうしようと言うのですか?
悩みを解決するには、具体的に考えるしかないのです。
そのとき、なるべく分岐点を単純にすることが、
行動を起こしやすくする鍵です。
一番最悪な対応方法を言っておきましょうか。
それは、
「自分で考えず、他のものに悩みを転嫁する」
ことです。
悩みが高じてストレスで一杯になり、
子供や動物を虐待しているような人間は、考えることを
放棄しているのです。
自分と向き合っていないという点で、最低の人間です。
虐待や、あるいは他の方法(麻薬やらセックスやら)で
いっとき悩みを忘れることはできるでしょう。
しかし、悩みが生じた根っこの部分を取り除かなければ、
絶対にまた同じことを繰り返します。
いきなり解決が無理、という人は、信頼できる人に
相談してみるといいでしょう。
そうすれば、悩みを相対化して、悩み事の解決に
向けて、素直に頭を使うことができるかもしれません。
例えば、カウンセラーの方に相談するのも一つの手です。
私のブログのブックマークに登録されているような、
現役のカウンセラーさんに相談してみてはどうでしょう。
悩んで立ち止まっている自分に酔ってしまわないうちに、
とにかく、何かをしましょう、前に向かって。
付き合いの長い男なので、忌憚なくお互いの悩みを
相談し合いました。
一人で悩むと、どうも自分の世界だけが絶対だと思って
しまって、いけませんね。
友人のように、同性中の彼女とうまくいかない悩みや、
僕と異なる「まっとうな」業界で働く苦労など、
いろいろわかりました。
悩みを相談するというのは、解決を目的としているわけでは
必ずしもないと思います。
今日の私のように、「自分だけが苦しんでいるのではない」と
自分の置かれた状況を「相対化」するという効果もあるのです。
「相対化」というのは、他に比べるものを置くことで、
自分の立場を改めて捉え直すこと、という意味です。
そういえば、「相談」というのは、「相対化」と、
「相」という字が共通ですね。
ただ、やはり悩みを解消したいと思うのが普通でしょう。
そこで、悩みというものを簡単に捉える方法を
今日はお伝えしたいと思います。
あくまで、私の私見ですので、軽く参考にする程度で
構いませんが・・・。
悩みというのは、大きく分けると三つしかありません。
まずは、「物理的な悩み」です。
家が狭いとか、クーラーが無くて暑いとか、お金がないとか、
そういう人間の心理とは関係ない悩みです。
「物理的な悩み」の解決方法は、二つだけです。
一つは、その状況を我慢することです。
お金がないなら、お金を使わなければいいだけです。
家が狭くても、死にはしません。クーラーも同じです。
だいたい、これで済んでしまいます。
もう一つの方法は、物理的な原因を取り除くことです。
クーラーがないなら、買うか、クーラーのある場所
(図書館や喫茶店)に逃げ込めばいいのです。
お金がないなら、借りるか、稼ぐかすればよいのです。
次の悩みは、「自分に対する悩み」です。
例えば、第1志望の大学に落ちてしまったが、浪人すべきか
それとも第2志望の学校に行くか、という悩みです。
だいたいは、自分が本来そうありたいと思う理想と、
現実の間に開きがあることが原因です。
この悩みは、複雑なようでいて、答えは二つしかありません。
一つは、諦めてしまうことです。
先ほどの例なら、第2志望の学校に行けばいいだけです。
それを他人がどうこう非難する資格はありません。
親御さんであっても、難癖をつけるのは間違いです。
第2志望の学校に行ってほしくないなら、受けさせなければ
いいのです。
ここで肝心なのは、決めてしまってからああでもない、
こうでもない、と、文句をつけないことです。
自分から子供に次善校を受けてもいい、と意思表示した以上は、
後から「こんなはずでは」などと言うのはおかしいのです。
次善の道を行くというのは、決して恥ずかしいことではありません。
そして、もう一つの解決方法は、
あきらめずチャレンジすることです。
そのチャンスが完全に途絶えてしまったなら、
もう諦めるしかないでしょうが、そうではないなら、
もう一度やってみればいいのです。
ただ、一度自分が拒絶されたのは確かな事実です。
同じ失敗を二度と繰り返さないよう、最善の策を
講じるべきです。
もちろん、再チャレンジを選んだ以上、やっぱりやめて
おけばよかった、というのは無しです。
それは、単なる甘えです。
「自分に対する悩み」で、一番ダメな対応は、
いつまで経っても自分でどうするかを決めないことです。
自分の問題は、自分で決めるしかありません。
人に決めてもらいたい人は、そうすればいいでしょう。
ただし、それにあれこれ文句をつけないことです。
これは、絶対に守らなくてはならない。
守れないなら、やはり自分で決めるべきでしょうね。
そして、最後の悩みは、「他人に対する悩み」です。
恋人とうまく行かない、というのが典型でしょうか。
これが一番厄介ですが、シンプルに考えることはできます。
人間関係のうまく行かない原因は、以下に挙げること
ぐらいしかありません。
①相手の言動が間違っている・自分にとって不利益
②自分の言動が間違っている・相手に不利益を与えている
③相手の言動が間違っていないとわかってはいるが、
素直に納得することが出来ない
④以上の①~③に当てはまらない、よく分からない
①は、二つの方法で解決できます。
一つは、相手の言動が間違っていること、自分にとって
迷惑なことを、伝えることです。
もちろん、言い方は気を付けてくださいよ。
初めから喧嘩腰では、結論が決まっているようなものです。
そして、それができないというなら、我慢するか、相手と
なるべく接触しないような状況に自分を持っていくしか
ありません。
②は、自分の言動を変えるしかありません。
どうしても変えられない、というなら、悩むのは
やめてください。悩んでも解決しないのですから、
悩む必要はないのです。
③は、多くの場合、「言葉に出来ない本音」が
邪魔をして、心が素直でなくなっている可能性が
あります。
たとえば、ある特定の部下にきつく当たってしまうのは、
その部下に対して、学歴や容姿などのコンプレックスを
持っているのかも知れません。
そういう、言葉に出来ない本音を、捨てることができないか、
捨てられないとしても、表面化しないよう努力するか、
やりやすい方法を考えてみてください。
④は、自分の心に嘘をついている可能性があります。
①から③のどれかに当たらないか、よく考えてください。
そうでないなら、悩む必要はありません。
人間の心はそんなに単純ではない、ということを
思われる方もいるでしょう。
しかし、上に挙げた方法は、「解決するための」方法です。
人間の心理を事細かに探り当てることが目的では
ありません。
だいいち、心という実体のないものについて、
客観的に言葉で言い当てて、どうしようと言うのですか?
悩みを解決するには、具体的に考えるしかないのです。
そのとき、なるべく分岐点を単純にすることが、
行動を起こしやすくする鍵です。
一番最悪な対応方法を言っておきましょうか。
それは、
「自分で考えず、他のものに悩みを転嫁する」
ことです。
悩みが高じてストレスで一杯になり、
子供や動物を虐待しているような人間は、考えることを
放棄しているのです。
自分と向き合っていないという点で、最低の人間です。
虐待や、あるいは他の方法(麻薬やらセックスやら)で
いっとき悩みを忘れることはできるでしょう。
しかし、悩みが生じた根っこの部分を取り除かなければ、
絶対にまた同じことを繰り返します。
いきなり解決が無理、という人は、信頼できる人に
相談してみるといいでしょう。
そうすれば、悩みを相対化して、悩み事の解決に
向けて、素直に頭を使うことができるかもしれません。
例えば、カウンセラーの方に相談するのも一つの手です。
私のブログのブックマークに登録されているような、
現役のカウンセラーさんに相談してみてはどうでしょう。
悩んで立ち止まっている自分に酔ってしまわないうちに、
とにかく、何かをしましょう、前に向かって。
広島に原子爆弾が投下された日から、今日でちょうど60年です。
原爆の悲惨さ、被爆者の方の辛さ、平和の大切さ、
そういうものは他の方々がさんざんおっしゃっていることだと
思うので、私は敢えて、少し違う角度の問題提起をしたいと
思います。
歴史の教科書を読んでいて、いつも思うのですが、
原爆のところで、たくさんの人が「亡くなった」と書くことは
間違っています。
「殺された」と書くのが、正しいのです。
例えば、みなさんが通り魔に身内を殺されたとしましょう。
新聞が、そのことを
「通り魔のせいで、○○さん(○才)が亡くなられた」
と書かれたらどう感じますか?
ふざけるな、加害者がいるのにこんな書き方をしやがって、
と思うに決まっています。
原爆の記述も、これと同じなのです。
あれは、アメリカ軍に何十万の日本人が「殺された」ので
あって、天災や自殺によって死んでしまったのでは
ないはずです。
それをわざわざ「亡くなった」という言い回しをして、
一体誰に遠慮しているのでしょうか。
まさか、皆さんはアメリカの弁明である
「原爆のおかげで戦争終結が早まった」というくだりを
本気で信じているのでしょうか?
そうかもしれない、と少しでも感じた方に、是が非でも
申し上げたい。
自分たちと同じ国に住んでいた人たちが、
何十万人殺されて、よくそんな他人事のような顔が
できますね?
原爆による虐殺を「亡くなった」という言い回しにしても、
国際社会では誰もそんなことを評価しません。
日本人のもってまわった表現など、世界のどこでも
通用しません。
外国人に対しては、外国人のわかるように、はっきりと
言ってやらなくてはだめです。
自分は、アパートの隣りに住んでいた中国人がうるさくて
困ったことがあります。
不動産屋経由で伝えても、仲間と一緒のどんちゃん騒ぎを
全くやめません。
私もついに堪忍袋の緒が切れました。
元来こわがりの性格なのですが、頭に血が昇ったのを
止められず、窓を開けて騒いでいる中国人の部屋に向かって
「静かにしろ!何時だと思ってるんだ!」
と怒鳴りつけました。
それからどうなったと思いますか?
私が中国人に「逆切れ」されて、殴られた・・・
ということは、全くありません。
騒ぎは、それ以降ほとんどなくなりました。
私が日本人らしく「我慢強い」人間でないとわかったからか
どうかはわかりませんが、隣の中国人夫婦は、
少ししたら引っ越していってしまいました。
このことから私がはっきりと得た教訓は、
「外国人には、明確な意志表示をしなくては伝わらない」
ということです。
原爆による虐殺を「亡くなった」というふうに
トーンを弱めて書く必要などないのです。
アメリカ人に対しても、
「あなた方は何十万人の日本人を核兵器で殺しましたね」
と、はっきり言ってやればいいのです。
日本だって硫黄島で米兵を沢山殺した、とか、
米軍に守ってもらっているくせに偉そうに、と反論されたら、
「それとこれとは話が別だ」
とはっきり言えばいいのです。
自分さえ控えめにしていれば、相手は必ずわかってくれる、
そういう日本人流の美徳は、アメリカ人や中国人のような
民族には、いや、世界のほとんどの国には通用しません。
貧しい人を助けたりする国際交流では、
大いに日本人らしさを発揮すればよいでしょう。
自衛隊がPKOで外国に行っても、トラブルを起こした
ことがほとんどないそうです。それだけ、相手の国に
気を遣っているからでしょう。
(アメリカ軍が、行く先々で少女を強姦したり、
人家に侵入したり物を盗んだりして現地の人間の反感を
買っていることと、えらい違いです)
しかし、喧嘩や議論では、謙虚さや婉曲な表現は
通じません。黙っているとみなされ、相手が
つけあがることは目に見えています。
原爆ドームが世界遺産の指定を受けることに対して、
アメリカは最後まで猛反対したそうです。
そういうときに、日本政府やマスコミは、
「アメリカは核兵器の使用を正当化しようとしている」
と、どんどん外国に宣伝すべきだったのです。
それこそが、平和憲法を持つ国の、世界に対する
責任だと私は思います。
だから、石原慎太郎だとか、そこらへんの右翼と
私を一緒にしないでくださいね(笑)
広島の犠牲者に対して黙祷して、
「もう戦争は繰り返さない」と仲間内で言ってばかり
いても、何も変わらないでしょう。
それどころか、「こいつは蹴っ飛ばしやすい椅子だ」と
教科書の内容にまであれこれ口を挟むような
増長した国がいくつも出てきてしまいます。
まず、原爆によって広島の人が「殺された」と、
正しく表現することから始めてみてはいかがでしょうか。
戦争に対する怒りが湧いてくるのではありませんか?
妙に醒めた第三者的な捉え方をしないことが、
本当に平和を大事にすることにつながると、
私は確信しています。
原爆の悲惨さ、被爆者の方の辛さ、平和の大切さ、
そういうものは他の方々がさんざんおっしゃっていることだと
思うので、私は敢えて、少し違う角度の問題提起をしたいと
思います。
歴史の教科書を読んでいて、いつも思うのですが、
原爆のところで、たくさんの人が「亡くなった」と書くことは
間違っています。
「殺された」と書くのが、正しいのです。
例えば、みなさんが通り魔に身内を殺されたとしましょう。
新聞が、そのことを
「通り魔のせいで、○○さん(○才)が亡くなられた」
と書かれたらどう感じますか?
ふざけるな、加害者がいるのにこんな書き方をしやがって、
と思うに決まっています。
原爆の記述も、これと同じなのです。
あれは、アメリカ軍に何十万の日本人が「殺された」ので
あって、天災や自殺によって死んでしまったのでは
ないはずです。
それをわざわざ「亡くなった」という言い回しをして、
一体誰に遠慮しているのでしょうか。
まさか、皆さんはアメリカの弁明である
「原爆のおかげで戦争終結が早まった」というくだりを
本気で信じているのでしょうか?
そうかもしれない、と少しでも感じた方に、是が非でも
申し上げたい。
自分たちと同じ国に住んでいた人たちが、
何十万人殺されて、よくそんな他人事のような顔が
できますね?
原爆による虐殺を「亡くなった」という言い回しにしても、
国際社会では誰もそんなことを評価しません。
日本人のもってまわった表現など、世界のどこでも
通用しません。
外国人に対しては、外国人のわかるように、はっきりと
言ってやらなくてはだめです。
自分は、アパートの隣りに住んでいた中国人がうるさくて
困ったことがあります。
不動産屋経由で伝えても、仲間と一緒のどんちゃん騒ぎを
全くやめません。
私もついに堪忍袋の緒が切れました。
元来こわがりの性格なのですが、頭に血が昇ったのを
止められず、窓を開けて騒いでいる中国人の部屋に向かって
「静かにしろ!何時だと思ってるんだ!」
と怒鳴りつけました。
それからどうなったと思いますか?
私が中国人に「逆切れ」されて、殴られた・・・
ということは、全くありません。
騒ぎは、それ以降ほとんどなくなりました。
私が日本人らしく「我慢強い」人間でないとわかったからか
どうかはわかりませんが、隣の中国人夫婦は、
少ししたら引っ越していってしまいました。
このことから私がはっきりと得た教訓は、
「外国人には、明確な意志表示をしなくては伝わらない」
ということです。
原爆による虐殺を「亡くなった」というふうに
トーンを弱めて書く必要などないのです。
アメリカ人に対しても、
「あなた方は何十万人の日本人を核兵器で殺しましたね」
と、はっきり言ってやればいいのです。
日本だって硫黄島で米兵を沢山殺した、とか、
米軍に守ってもらっているくせに偉そうに、と反論されたら、
「それとこれとは話が別だ」
とはっきり言えばいいのです。
自分さえ控えめにしていれば、相手は必ずわかってくれる、
そういう日本人流の美徳は、アメリカ人や中国人のような
民族には、いや、世界のほとんどの国には通用しません。
貧しい人を助けたりする国際交流では、
大いに日本人らしさを発揮すればよいでしょう。
自衛隊がPKOで外国に行っても、トラブルを起こした
ことがほとんどないそうです。それだけ、相手の国に
気を遣っているからでしょう。
(アメリカ軍が、行く先々で少女を強姦したり、
人家に侵入したり物を盗んだりして現地の人間の反感を
買っていることと、えらい違いです)
しかし、喧嘩や議論では、謙虚さや婉曲な表現は
通じません。黙っているとみなされ、相手が
つけあがることは目に見えています。
原爆ドームが世界遺産の指定を受けることに対して、
アメリカは最後まで猛反対したそうです。
そういうときに、日本政府やマスコミは、
「アメリカは核兵器の使用を正当化しようとしている」
と、どんどん外国に宣伝すべきだったのです。
それこそが、平和憲法を持つ国の、世界に対する
責任だと私は思います。
だから、石原慎太郎だとか、そこらへんの右翼と
私を一緒にしないでくださいね(笑)
広島の犠牲者に対して黙祷して、
「もう戦争は繰り返さない」と仲間内で言ってばかり
いても、何も変わらないでしょう。
それどころか、「こいつは蹴っ飛ばしやすい椅子だ」と
教科書の内容にまであれこれ口を挟むような
増長した国がいくつも出てきてしまいます。
まず、原爆によって広島の人が「殺された」と、
正しく表現することから始めてみてはいかがでしょうか。
戦争に対する怒りが湧いてくるのではありませんか?
妙に醒めた第三者的な捉え方をしないことが、
本当に平和を大事にすることにつながると、
私は確信しています。
勉強のプロというのは、物事を理解しやすく伝授するだけではまだまだだと思います。どうすれば覚えられるか、という勉強のやり方までカバーできて、初めて一人前といえるのではないでしょうか。
今日は、勉強法の中でも、ノートの徹底活用法を述べてみたいと思います。
非常に嫌な言い方ですが、「この子は多分成績は伸びないな」という生徒は、私にはすぐにわかります。
一つは、「話を聞いていない生徒」ですが、もう一つは、話題が変わっているのにまだ前のことのノートを取っている生徒です。
その生徒が鈍い、ということではありません。そういう生徒は、字も綺麗なことが多いです。それに、取ったノートが結構きちんと整理されていて、見やすかったりします。
しかし、実は、それが落とし穴だったりするのです。
授業中にノートを一生懸命取っている生徒がよくないのは、「データ抽出」と「データ整理」を、いっぺんに実行してしまっているからです。
「データ抽出」というのは、自分が知らない知識や、誤解しているポイントを認識し、理解することです。
また、「データ整理」というのは、抽出したものを後で使えるように加工し、集約することです。
この二つの作業は、似ているようで全く違います。
「データ抽出」はどちらかというと、何かを見たり聴いたりする必要があるのに対して、「データ整理」は、そういうものを取捨選択していく作業です。これをいっぺんにやろうとすると、どういうことになるか。
答は簡単です。どちらも中途半端に終わってしまうのです。
私も一応、「受験生」なので(※2007年で廃業(笑)しました)、これは自分の所行を振り返って大いに反省すべき点があります。
問題集を解いて、知らないことを見つけたり、あやふやだったり誤解していたりする知識を再認識する。それ自体は必ず必要な作業です。
そして、その後にすぐ、わかったことをカードにまとめるようにしていました。実は、これがいけなかったのです。
後から振り返って見ると、あまり重要でないものと、そうでないものを、一緒くたにしてカードに記録してしまっていたのです。そうなると、後で見直すときに「これはどれが大事なんだ?」と首をひねることが何度もありました。
つまり、「データ整理」が機能していないことがよくあったのです。
しかも、それが「データ抽出」の方にまで悪影響を及ぼしてきました。とにかく問題を沢山解くべきときに、出てきたものを理解しようと必死になってしまうため、たくさんの問題に当たることができなくなってしまったのです。
そうなると、試験本番を穴が出来た状態で迎えてしまう。その焦りたるや、もうここでは形容しがたいものがあります。
面白いことに、そういう穴の開いたところが一番出題されるものなのです。先日の試験も、「これ、見たことあるんだけど」という問題が多いのにも関わらず、その内容や構成をいちいち考えてしまい、すらすら書くことがほとんどできませんでした。
このような失敗体験から言えることは何でしょうか。
もう決まりでしょう。
データ整理と、データ抽出は
必ず分けてやれ
ということです。
問題を解いて解説を聞く。これはデータ抽出の時間です。だから、解いて、話を聞いて理解することに全力を集中すべき
です。
ここに、綺麗なノートを取るという「データ整理」が入り込んでしまうと、たちまち問題点の理解というデータ抽出の効率が落ちてしまいます。そうなると、せっかくきちんと取ったノートも、後で見たら「なんだっけこれ?」ということになり、無駄な努力に終わってしまうのです。
これを防ぐには、「データ抽出」と「データ整理」の時間を、可能な限り分ける
しかありません。
全くノートを取らない、ということは無茶です。だから、ノートを取るのはなるべく単純な作業に絞るのです。
具体的に言うと、
●色は一色だけ
●字は綺麗に書かない
●色分け、飾りなど言語道断
●何かわかったことや聞き取れたことは全て書く
という3点を必ず守ってください。
特に、中学生のみなさんは、国語の授業では、先生が喋っていることは全て書き取るくらいのつもりでいてください。
国語の授業ではここは、こういう意味なんだよというようなことを、先生がよく口にします。そして、それがよくテストにも出るのです。そういうことを聞き漏らさないためにノートというのは取るのです。
後から馬鹿の一つ覚えのようにワークブックをやっていても点数は上がりません。ぜひ、先生のちょっとした話を書き取るようにしてください。
そうしておいて、後からそのノートを整理します。
たくさん取ったノートの中には、無駄な記述もあります。また、すでに頭に入っているものもあるし、重要度も違うでしょう。それを整理し直すだけでも、立派な復習になるじゃありませんか。
そこに来て、先生が授業で言ったことを思い出せれば、完璧です。
さらに、詰めとして、そのノートを試験前に何回か見直すようにすれば、間違いなく成績は上がります。
試験前だけ勉強している「フツーの生徒」は、だいたいが「データ抽出」と「データ整理」をいっぺんにやろうとして、どんどん自分の首を絞めてしまいます。例えば、冬休みが終わってから慌てて過去問をやったり、社会の年号を丸暗記しているような生徒は、だいたい落ちます。
これに対して、普段から、抽出したデータを整理しておくクセのついている受験生は、それを見直すだけでいいのです。脳味噌の良し悪しが同じだとしたら、どちらの方が成果が出やすいか、言うまでもありません。
こういうことを言うと、必ずこういう反論が出てきます。
それは、「成績のいい○○ちゃんは、授業中にきちんとノートをとっている。自分もそれを真似しているだけだ」というものです。
そういう人には、逆に私から以下のような質問をしたいです。
○○ちゃんとあなたは、頭の作りや性格が全く同じなのか?
○○ちゃんと同じやり方をして、成績が上がったのか?
頭のいい人の真似をしてはいけません。もともとの記憶力や理解力がずば抜けていれば、多少無駄なことをやっていてもいい成績が取れたりします。覚えるべき事柄と比べて、脳味噌の出来が圧倒的に有利だからです。そういう場合は、「データ抽出」と「データ整理」をいっぺんにやっても破綻しないのです。
しかし、そういう人に限って、大学入試や、国家Ⅰ種公務員・司法試験といった難しい試験で失敗します。高校入試などと比べて、処理すべき情報量が圧倒的だからです。
逆に言えば、大学入試くらいなら、上に書いたようなノートの取り方など、地味ですが確実に結果を出せるやり方を貫けば合格できます。
漫画の「ドラゴン桜」は、決して誇張や嘘ではないということです。
頭がいい「だけ」の人の真似をして一緒に転落するか、自分のやり方をしっかり反省し、頭のいい人との差を認めてコツコツやっていくか。
まずは、ノートの活用法から変えてみませんか?
今日は、勉強法の中でも、ノートの徹底活用法を述べてみたいと思います。
非常に嫌な言い方ですが、「この子は多分成績は伸びないな」という生徒は、私にはすぐにわかります。
一つは、「話を聞いていない生徒」ですが、もう一つは、話題が変わっているのにまだ前のことのノートを取っている生徒です。
その生徒が鈍い、ということではありません。そういう生徒は、字も綺麗なことが多いです。それに、取ったノートが結構きちんと整理されていて、見やすかったりします。
しかし、実は、それが落とし穴だったりするのです。
授業中にノートを一生懸命取っている生徒がよくないのは、「データ抽出」と「データ整理」を、いっぺんに実行してしまっているからです。
「データ抽出」というのは、自分が知らない知識や、誤解しているポイントを認識し、理解することです。
また、「データ整理」というのは、抽出したものを後で使えるように加工し、集約することです。
この二つの作業は、似ているようで全く違います。
「データ抽出」はどちらかというと、何かを見たり聴いたりする必要があるのに対して、「データ整理」は、そういうものを取捨選択していく作業です。これをいっぺんにやろうとすると、どういうことになるか。
答は簡単です。どちらも中途半端に終わってしまうのです。
私も一応、「受験生」なので(※2007年で廃業(笑)しました)、これは自分の所行を振り返って大いに反省すべき点があります。
問題集を解いて、知らないことを見つけたり、あやふやだったり誤解していたりする知識を再認識する。それ自体は必ず必要な作業です。
そして、その後にすぐ、わかったことをカードにまとめるようにしていました。実は、これがいけなかったのです。
後から振り返って見ると、あまり重要でないものと、そうでないものを、一緒くたにしてカードに記録してしまっていたのです。そうなると、後で見直すときに「これはどれが大事なんだ?」と首をひねることが何度もありました。
つまり、「データ整理」が機能していないことがよくあったのです。
しかも、それが「データ抽出」の方にまで悪影響を及ぼしてきました。とにかく問題を沢山解くべきときに、出てきたものを理解しようと必死になってしまうため、たくさんの問題に当たることができなくなってしまったのです。
そうなると、試験本番を穴が出来た状態で迎えてしまう。その焦りたるや、もうここでは形容しがたいものがあります。
面白いことに、そういう穴の開いたところが一番出題されるものなのです。先日の試験も、「これ、見たことあるんだけど」という問題が多いのにも関わらず、その内容や構成をいちいち考えてしまい、すらすら書くことがほとんどできませんでした。
このような失敗体験から言えることは何でしょうか。
もう決まりでしょう。
データ整理と、データ抽出は
必ず分けてやれ
ということです。
問題を解いて解説を聞く。これはデータ抽出の時間です。だから、解いて、話を聞いて理解することに全力を集中すべき
です。
ここに、綺麗なノートを取るという「データ整理」が入り込んでしまうと、たちまち問題点の理解というデータ抽出の効率が落ちてしまいます。そうなると、せっかくきちんと取ったノートも、後で見たら「なんだっけこれ?」ということになり、無駄な努力に終わってしまうのです。
これを防ぐには、「データ抽出」と「データ整理」の時間を、可能な限り分ける
しかありません。
全くノートを取らない、ということは無茶です。だから、ノートを取るのはなるべく単純な作業に絞るのです。
具体的に言うと、
●色は一色だけ
●字は綺麗に書かない
●色分け、飾りなど言語道断
●何かわかったことや聞き取れたことは全て書く
という3点を必ず守ってください。
特に、中学生のみなさんは、国語の授業では、先生が喋っていることは全て書き取るくらいのつもりでいてください。
国語の授業ではここは、こういう意味なんだよというようなことを、先生がよく口にします。そして、それがよくテストにも出るのです。そういうことを聞き漏らさないためにノートというのは取るのです。
後から馬鹿の一つ覚えのようにワークブックをやっていても点数は上がりません。ぜひ、先生のちょっとした話を書き取るようにしてください。
そうしておいて、後からそのノートを整理します。
たくさん取ったノートの中には、無駄な記述もあります。また、すでに頭に入っているものもあるし、重要度も違うでしょう。それを整理し直すだけでも、立派な復習になるじゃありませんか。
そこに来て、先生が授業で言ったことを思い出せれば、完璧です。
さらに、詰めとして、そのノートを試験前に何回か見直すようにすれば、間違いなく成績は上がります。
試験前だけ勉強している「フツーの生徒」は、だいたいが「データ抽出」と「データ整理」をいっぺんにやろうとして、どんどん自分の首を絞めてしまいます。例えば、冬休みが終わってから慌てて過去問をやったり、社会の年号を丸暗記しているような生徒は、だいたい落ちます。
これに対して、普段から、抽出したデータを整理しておくクセのついている受験生は、それを見直すだけでいいのです。脳味噌の良し悪しが同じだとしたら、どちらの方が成果が出やすいか、言うまでもありません。
こういうことを言うと、必ずこういう反論が出てきます。
それは、「成績のいい○○ちゃんは、授業中にきちんとノートをとっている。自分もそれを真似しているだけだ」というものです。
そういう人には、逆に私から以下のような質問をしたいです。
○○ちゃんとあなたは、頭の作りや性格が全く同じなのか?
○○ちゃんと同じやり方をして、成績が上がったのか?
頭のいい人の真似をしてはいけません。もともとの記憶力や理解力がずば抜けていれば、多少無駄なことをやっていてもいい成績が取れたりします。覚えるべき事柄と比べて、脳味噌の出来が圧倒的に有利だからです。そういう場合は、「データ抽出」と「データ整理」をいっぺんにやっても破綻しないのです。
しかし、そういう人に限って、大学入試や、国家Ⅰ種公務員・司法試験といった難しい試験で失敗します。高校入試などと比べて、処理すべき情報量が圧倒的だからです。
逆に言えば、大学入試くらいなら、上に書いたようなノートの取り方など、地味ですが確実に結果を出せるやり方を貫けば合格できます。
漫画の「ドラゴン桜」は、決して誇張や嘘ではないということです。
頭がいい「だけ」の人の真似をして一緒に転落するか、自分のやり方をしっかり反省し、頭のいい人との差を認めてコツコツやっていくか。
まずは、ノートの活用法から変えてみませんか?
真実を伝えるのも、教育に携わる者の責務だと思います。
ちょっとオーバーですが、毎日口に入れるものが、
こんなところから来るとしたら、皆さんはどう思いますか?
他社のブログですが、素晴らしい仕事だと思うので、
みなさんもぜひご覧になってください
日本が食料品をたくさん輸入している相手国の実情
http://blog.livedoor.jp/safe_food_of_asia/archives/50010839.html
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他社のブログですが、素晴らしい仕事だと思うので、
みなさんもぜひご覧になってください
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