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これのどこが「軍国主義」なの?(その2)

2005年10月11日 00時50分15秒 | 社会と教育
  さて、前回に続いて、教育勅語の話です。

  既に見たように、教育勅語の発想は、決して「お国のために死ね」というものではなく、社会の行動規範として当たり前のことを掲げているものです。
  
  私はいつも思うのですが、なんでもかんでも「軍国主義的だ」「右翼だ」と言う人というのは、ちゃんと中身を見て言っているんでしょうかね?
  つい先日も、中国の外務大臣だか誰だかが、「扶桑社の歴史教科書」(どんなものかは、こちらをご覧ください)を軍国主義の再来だと言った後、町村外務大臣に「じゃあ中身読んだんですか」ときかれて、堂々と「読んでないと」答えた(詳細はここを参照してください)という事件がありました。どうも、教育勅語を非難している人も、同様の傾向があるのではないかと思います。
  そればかりでなく、我々も歴史の授業で教育勅語の存在と、「天皇による思想の押しつけだ」「お国のために死ねという考えを国民に植え付けた」などという日教組が馬鹿の一つ覚えのように繰り返している主張に沿ったコメント以外、何も教えられません。また、どんな内容だったのか学ぼうともしません。
  この国の教育というのは、中身の妥当性を検討することなく、戦前のものは全て悪いという歪んだ価値判断によって運営されているような気がしてなりません。美点も汚点も、全て学んでこそ歴史を学んだと言えるのではありませんか。

  もっとも、現在の憲法は「国民主権」ですから、どうも「臣民」だとか、「天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼」という表現には、違和感を感じてしまうのは否めません。
  しかし、あくまでそれは現在我々が持っている価値観から見て変な感じがするのであって、当時としてはそう表現するのが限界だったということは知っておかなくてはいけません。
  まず、憲法の性質上の問題です。大日本帝国憲法という戦前の憲法は、「欽定憲法」でした。日本は急激に近代化し、欧米の帝国主義勢力に対抗するために、なんでもかんでも上からの改革を進めるほかなかったのです。そんな中で、アジアで初めて憲法を作ったわけです。
  その当時日本の周りにあった国は、欧米諸国にさんざん侵略されながら自分が世界の中心にいると思って全く改革を進めようとしない清王朝や、20世紀になるまで奴隷制を存続させていた李氏朝鮮です。日本は、精一杯努力をしたと言えるでしょう。
  そういう事情に目を向けず、ただ単に「臣民」という言葉を聞いただけでスイッチが入ってしまうおかしな人がよくいるのですが、歴史を今から見て事後法的に切り捨てるというのは、全く理性的ではありません。おそらく、伝統や歴史を階級闘争の視点から全否定するマルクス主義の影響を受けているのでしょうが・・・。

  そうはいっても、要約文のほうの「非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。」というところがひっかかるという人もいるでしょう。私も以前はそうでした。
  しかし、国がピンチのときに国民みんなで頑張りましょうという考えのどこが異常なのでしょうか。国家の危機管理として当然のことを言っているまでです。教育勅語をお嫌いな方々は、中国や韓国が大好きな人が多いようですが、そういう国々で「戦争になっても俺は国家のために働くつもりはない!」と言ったら間違いなく非国民ですよ。アメリカでも、フランスでも、タイでもインドネシアでもそうです。だいいち、韓国に徴兵制があることを、どうやって説明するのでしょうか。理解に苦しみます。
  
  ここまで来ても、みなさんの中で、こう思う人もいるでしょうね。

  教育勅語がまっとうなことを言っているのはよくわかった。表現も当時としては当然だったと認めよう。

  しかし、どうして国や明治天皇が個人の生き方を決めなくてはならないのだ?

  すみません、この話題でもう1回分続きます。(つづく)

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