この前、授業が終わって職員室で机の上を
片づけていたときのことです。
真後ろにいる先生(文系)と、その受け持ちの生徒が
何か話しています。どうやら、今度漢字検定が
あるので、その勉強方法についてのようです。
「他の塾に行ってる子が持ってるプリントがあってー」
その女子生徒が、友達から借りてきたらしいプリントを
取り出して、その先生に見せました。
私が振り返って見ると、なんのことはない、普通の
プリント2枚です。
そして、その女の子が言った言葉が、
「その(プリントを作った他の塾の)先生が、これを
全部暗記すれば絶対合格できるってー」
だから、あんたもそういう教材を作ってくださいよ、
というような趣旨のことを彼女は言ったと思うのですが、
私は、どうも釈然としません。
上の言葉、どう思われますか?
実は、この言葉、かなり問題が多いのです。
私は、他の塾の先生の作った教材そのものに
いちゃもんをつけるわけではありません。
その先生が、添えた言葉が問題なのです。
「○○を完全に暗記すれば、必ず××できる」
というのは、ふたつの「無責任」によって
支えられています。
ひとつは、
「他にあれこれやらせるのも面倒だから、これを
やらせて済ませてしまおう」という、
「供給側の無責任」です。
そして、もう一つは、
「自分でいろいろ工夫するのも面倒だから、これを
覚えるだけで済ませてしまおう」という、
「受け手の無責任」です。
どんなことでもそうですが、これさえやっておけば
100%大丈夫、という教材や講座や方法論
というものは、絶対にありません。
だから、今自分に足りないものは何か、それを
埋めるために何をしたらいいのか、少しずつ軌道修正
しながら、目標に向かっていくしかないのです。
このことと、優先順位をつけて物事を片づけるというのは
まったく次元の異なる話です。
ほとんど白紙のことを勉強するとき、いきなり分厚い
参考書を隅から隅まで読んで理解しようとするでしょうか。
その場合は、まず記憶の幹になるようなものを作るため、
薄く、基本事項を網羅しているような問題集を
やる方がいいのです。
上に出てくる漢字検定のプリントの先生も、
「まず、これをきちんと繰り返しやって覚えてから、
まだ時間に余裕があれば、違うものをやる」
という言い方をすべきなのです。
だって、漢字検定の目的は、それを通じて
漢字を覚えることでしょう??
検定に受かったけれど漢字は知らない、というのでは
何の意味もないんじゃありませんか?
それなのに、何でもかんでも「これを完全に覚えれば
受かる」などと言ってしまい、また、言われた側も
それにすがってしまうのは、
過程はどうでもいいから、結果を出せばいいんだ
という考えが頭の中を支配しているからではないですか?
○○を完全に暗記すれば必ず××できる、というのは
勉強でも何でもありません。
何度も書いているので「しつこいです」と言われてしまい
そうですが、理解力や事務処理能力といった
能力を身につけるためにするのが勉強です。
そういう能力を付けようと思って勉強した方が
絶対に受かりやすいのです。
私が教えている子供でも「それって入試に出ますか」
ということをやたらと訊いてくるのがいたります。
もちろん、そういう事項を教材にしているのですが、
教えられたものがそのまま入試に出てこないと
物を覚える気が起きない、という子供は
将来どんな人間になるのか心配になります。
そういう人間は直に結果が返ってくることしか
やりたがらないので、思い通りの結果が出てこないと
すぐに物事を投げ出してしまう可能性が高いからです。
教える側の人間も、安易な結果主義に走ってはいけません。
結果を出す、というのは、教育の目的ではないのです。
なにかの漫画で、学校の先生が
「はいー、この応用問題チェックー、テストに出るぞー」
と言っているコマがあったのですが、
こんなことを言わなければ知識や学問体系を教えることが
できない人は、教師として失格だと私は思います。
塾の先生も、事の性質上、「○○によく出る」などと
言ってしまいがちですが、本当は少し遠回りになるくらいの
勉強をさせる方が、本人のためにも、合格のためにも
いいことが多いのです。
それどころか、何も考えないで、とにかく、「出るぞ」
と言っている先生も結構多いです。
「よく出る」を連発する塾講師には要注意です(笑)。
業務用に使用されている塩の大半は、塩化ナトリウムが
100%近い、いわゆる精製塩なのだそうです。
海水のミネラルがほどんどないのですから、身体にいいわけが
ありません。それにも関わらず、精製塩が使われるのは、
「塩の味がして、安い」からに他なりません。
結果主義も、これと同じことなのです。
とにかく、覚えておいて点が取れさえすればいい、という
勉強は、精製塩と同じように味気なく、つまらないものでしょう。
よしんば、それで結果が出たとしても、苦労して達成したという
ある種の充実感は伴いません。
結果を出そうとしたことが、かえって中身を伴わないという
馬鹿げた事態が起こってしまうのです。
塩ならまだ洒落で済むところがありますが、
人間の生き方がこれでは困ります。
自然塩も、いろんな混ざり物があって初めて、精製塩にない
味わいというのが生まれるのではありませんか。
「最小限の努力で、無駄なく、スマートに結果を出そう」
などと言うのはもうやめにして、
「結果が出るまでの苦労をとことん味わえ」と
言ってやれるようになりたいものですね。
片づけていたときのことです。
真後ろにいる先生(文系)と、その受け持ちの生徒が
何か話しています。どうやら、今度漢字検定が
あるので、その勉強方法についてのようです。
「他の塾に行ってる子が持ってるプリントがあってー」
その女子生徒が、友達から借りてきたらしいプリントを
取り出して、その先生に見せました。
私が振り返って見ると、なんのことはない、普通の
プリント2枚です。
そして、その女の子が言った言葉が、
「その(プリントを作った他の塾の)先生が、これを
全部暗記すれば絶対合格できるってー」
だから、あんたもそういう教材を作ってくださいよ、
というような趣旨のことを彼女は言ったと思うのですが、
私は、どうも釈然としません。
上の言葉、どう思われますか?
実は、この言葉、かなり問題が多いのです。
私は、他の塾の先生の作った教材そのものに
いちゃもんをつけるわけではありません。
その先生が、添えた言葉が問題なのです。
「○○を完全に暗記すれば、必ず××できる」
というのは、ふたつの「無責任」によって
支えられています。
ひとつは、
「他にあれこれやらせるのも面倒だから、これを
やらせて済ませてしまおう」という、
「供給側の無責任」です。
そして、もう一つは、
「自分でいろいろ工夫するのも面倒だから、これを
覚えるだけで済ませてしまおう」という、
「受け手の無責任」です。
どんなことでもそうですが、これさえやっておけば
100%大丈夫、という教材や講座や方法論
というものは、絶対にありません。
だから、今自分に足りないものは何か、それを
埋めるために何をしたらいいのか、少しずつ軌道修正
しながら、目標に向かっていくしかないのです。
このことと、優先順位をつけて物事を片づけるというのは
まったく次元の異なる話です。
ほとんど白紙のことを勉強するとき、いきなり分厚い
参考書を隅から隅まで読んで理解しようとするでしょうか。
その場合は、まず記憶の幹になるようなものを作るため、
薄く、基本事項を網羅しているような問題集を
やる方がいいのです。
上に出てくる漢字検定のプリントの先生も、
「まず、これをきちんと繰り返しやって覚えてから、
まだ時間に余裕があれば、違うものをやる」
という言い方をすべきなのです。
だって、漢字検定の目的は、それを通じて
漢字を覚えることでしょう??
検定に受かったけれど漢字は知らない、というのでは
何の意味もないんじゃありませんか?
それなのに、何でもかんでも「これを完全に覚えれば
受かる」などと言ってしまい、また、言われた側も
それにすがってしまうのは、
過程はどうでもいいから、結果を出せばいいんだ
という考えが頭の中を支配しているからではないですか?
○○を完全に暗記すれば必ず××できる、というのは
勉強でも何でもありません。
何度も書いているので「しつこいです」と言われてしまい
そうですが、理解力や事務処理能力といった
能力を身につけるためにするのが勉強です。
そういう能力を付けようと思って勉強した方が
絶対に受かりやすいのです。
私が教えている子供でも「それって入試に出ますか」
ということをやたらと訊いてくるのがいたります。
もちろん、そういう事項を教材にしているのですが、
教えられたものがそのまま入試に出てこないと
物を覚える気が起きない、という子供は
将来どんな人間になるのか心配になります。
そういう人間は直に結果が返ってくることしか
やりたがらないので、思い通りの結果が出てこないと
すぐに物事を投げ出してしまう可能性が高いからです。
教える側の人間も、安易な結果主義に走ってはいけません。
結果を出す、というのは、教育の目的ではないのです。
なにかの漫画で、学校の先生が
「はいー、この応用問題チェックー、テストに出るぞー」
と言っているコマがあったのですが、
こんなことを言わなければ知識や学問体系を教えることが
できない人は、教師として失格だと私は思います。
塾の先生も、事の性質上、「○○によく出る」などと
言ってしまいがちですが、本当は少し遠回りになるくらいの
勉強をさせる方が、本人のためにも、合格のためにも
いいことが多いのです。
それどころか、何も考えないで、とにかく、「出るぞ」
と言っている先生も結構多いです。
「よく出る」を連発する塾講師には要注意です(笑)。
業務用に使用されている塩の大半は、塩化ナトリウムが
100%近い、いわゆる精製塩なのだそうです。
海水のミネラルがほどんどないのですから、身体にいいわけが
ありません。それにも関わらず、精製塩が使われるのは、
「塩の味がして、安い」からに他なりません。
結果主義も、これと同じことなのです。
とにかく、覚えておいて点が取れさえすればいい、という
勉強は、精製塩と同じように味気なく、つまらないものでしょう。
よしんば、それで結果が出たとしても、苦労して達成したという
ある種の充実感は伴いません。
結果を出そうとしたことが、かえって中身を伴わないという
馬鹿げた事態が起こってしまうのです。
塩ならまだ洒落で済むところがありますが、
人間の生き方がこれでは困ります。
自然塩も、いろんな混ざり物があって初めて、精製塩にない
味わいというのが生まれるのではありませんか。
「最小限の努力で、無駄なく、スマートに結果を出そう」
などと言うのはもうやめにして、
「結果が出るまでの苦労をとことん味わえ」と
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精製塩の例え話、わかりやすいですね。(その前のチャゲアスの例えも良かった。)