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A級戦犯分祀は、小沢代表にお任せする(^^)

2006年07月20日 15時44分35秒 | ●YAMACHANの雑記帳
やっぱり・・・昭和天皇は、合祀に不快感を持っておられた!!!

≪元宮内庁長官、発言メモ書き残す≫

昭和天皇が昭和63年、靖国神社のA級戦犯合祀(ごうし)に不快感を示す発言をされていたとする当時の
宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)が書き残したメがあることが関係者の話で20日、分かった。昭和天皇は
昭和54年にA級戦犯が合祀されて以降、同神社に参拝されていない。
関係者によると、富田氏は同庁次長時代を含め、昭和天皇との会話を手帳などに書き留めていた。
靖国発言のメモは63年4月28日付。昭和天皇は「私は或(あ)る時に、A級が合祀され、その上、松岡、
白取までもが」「だから私あれ以来参拝していない。それが私の心だ」などと語ったと記されている。
「松岡」「白取」はA級戦犯としてまつられている松岡洋右元外相、白鳥敏夫元駐イタリア大使を指すとみられる。
またメモには「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々(やすやす)と。松平は平和に強い考(え)が
あったと思うのに、親の心子知らずと思っている」などの記述もあった。
「松平」は最後の宮内大臣の松平慶民氏(故人)、その「子」は長男でA級戦犯合祀をした当時の
松平永芳宮司(同)とみられる。(産経07/20/2006 12:18)

戦争へ導き、終戦の時期も誤った戦争主導者は分祀なり霊璽簿から名前を抹消すればいいのであるるる。宗教に介入なんてな問題でない。靖国神社は、国民のものである。僕の名前に国を「靖」らかに「治」めて欲しいとの願いを込めて太平洋戦争突入の月に生誕した僕の名前を附けた両親、祖父の願いは、即ち僕の願いである。(^^)追悼記念館を新築して、ややこしくする必要などないのであるる。

千鳥ケ淵戦没者墓苑 周辺整備は、公園化と一体にして別に反対は、しない。
国有地を変な金の亡者に払い下げするよりましだ。(^^)

富田メモ以後のアンケートを見たいでんな(^^)
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首相の参拝に対する著名人の態度
賛成派
宇野精一、小堀桂一郎、中西輝政、堺屋太一、佐々淳行、宮崎哲弥、中嶋嶺雄、児玉清、諸井虔、西尾幹二、岸田秀、林原健、ひろさちや、俵孝太郎、入江隆則、井沢元彦、吉富勝、水谷研治、竹内宏、加藤寛、岡田英弘、小川和久、平川祐弘、竹内久美子、加瀬英明、篠沢秀夫、岡野雅行、赤塚行雄、佐瀬昌盛、谷沢永一、江森陽弘、橋爪大三郎、日下公人、上坂冬子、石堂淑郎、古森義久、徳岡孝夫、三宅久之、屋山太郎、立川談志、河上和雄、神谷不二、岡崎久彦、渡部昇一、小田晋
反対派
渡邉恒雄、村山富市、中江要介、衛藤瀋吉、矢吹晋、田原総一朗、内田樹、近藤誠、堀田力、森田実、加藤尚武、田口ランディ、斎藤精一郎、金森久雄、大谷昭宏、山内昌之、池部良、保阪正康、小林信彦、森毅、平松守彦、小谷野敦、小林カツ代、山口二郎、上田耕一朗、江坂彰、平野貞夫、川勝平太、大野晋、阿刀田高
文藝春秋2005年7月号掲載アンケートより。 なお、小林よしのりをはじめとした真正保守派の中には、「とにかく参拝さえすればいいというものではない」といった批判も出ている。
+++++++三宅久之ドンなんか、負け惜しみかなんかしらんが、天皇のメモを富田家が、日経に出したことが気に喰わないとか喚いていたが・・・。引っ込みがつかないのであろう。アホが(^^)分祀なり削除してから堂々と参拝しろ!ヤッパリ(合掌

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