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セイネンキ・ゼロ・君は独りじゃない<前編>

2018-12-04 10:42:24 | セイネンキ・ゼロ/君は独りじゃない



人は誰でも宝物を持っている。宝物は人それぞれ違うが大切な物であったり大切な人であったり恋人であったり大切な心であったり。恋は気づかないうちに心の中で感じる。良いタイミングで気づいたり、気づいた時には遅かったり。青少年期、直也という主人公が大切なものを失い心が揺れ動いていく物語です。

直也には大切な妹分の久美子がいた。そして、春樹という同じ年の従兄弟がいた。他に、幼少期に出会った転勤族の真一がいた。
まずは、直也と久美子との関係は・・・久美子は直也の一つ下の妹分であった。直也の家と久美子の家は隣どうし。久美子の大切なものは直也だった。
この頃は、恋をしていたのか気づく事はなかった。久美子はいつも「ドリームキャッチャー」というアクセサリーを作り続けていた。
一般的には、迷信で、魔除けや悪夢を取り除き眠れない子供を眠らせるというものだった。
久美子の口癖は「直兄ちゃん、久美子が守ってあげる」であった。
直也からすれば何を言っているのか意味が解らなかった。でもこの頃の直也は久美子の笑顔に何か救われているような気がしていた。時が過ぎ直也と久美子が中学生になると、久美子は電車事故で神は直也から久美子という存在を奪い去ってしまう。
直也の心中には、どうしても事故とは思えない、自殺とも思えなかった。警察が事故処理したことを信じる事が出来ず、久美子の死によって、直也は苦しんでいく。
直也には仲間が多くいたが、心の中には孤独感が産まれ、痛と苦痛に悩んでいく。中学生の直也は久美子の死によって、久美子への思いを恋だったとして感じていた。久美子は直也に「ドリームキャッチャー」だけを残し天国へ旅立ってしまった。久美子が亡くなった場所には、多くの花束とドリームキャッチャーが飾られていた。
なぜ、ドリームキャッチャーばかりなんだ。携帯もない時代あの頃は考える事もなかった。ただ何かで繋がっていたいという思いだけだった。
真一は父親が転勤するごとに新しい場所に移り住み、直也と出会った頃はライバル的な存在である。彼の転勤と共に直也は友との別れに寂しさを感じていた。

直也は久美子への思いを幼少期の頃から思い出していた頃、直也は縁側に座り庭と空を見ていると空は薄暗くなり雷が鳴った。
プルルルー プルルルー
電話が鳴るが直也には聞こえず、直也の父はそっと傍に寄り添う
「春樹が死んだ?」
直也と春樹は兄弟のように育った。今度は直也から神は従兄弟の春樹を奪い去る。直也は大切な久美子を奪われ従兄弟の春樹を奪われていった。
直也の心は もう爆発寸前だ。でも、直也は苦痛と悲痛に耐える事しかできなかった。どんなに仲間いても二人の死によって孤独感が増していく。
直也と春樹の関係は・・・双子のように育つ二人、幼少期は良く遊び喧嘩もした。 
直也と春樹の共有するものは歴史上の人物であったが、直也は自分だけを信じ前を向いて歩いていくだけで自分からは仲間を作らない。
春樹は自分だけでなく相手も信じ自ら仲間を求め仲間を作っていく。春樹は常に「義」というものを重んじ考えていた。

直也はある事を思い出した。直也の父は直也が物心がついたころから人の器の話をしていた。
幼少期の直也にとっては意味不明の言葉だった。
中学へ入学し大切な友を亡くした心に父の言葉があった。怒りと憎しみに耐えながら、直也は父の言葉の意味にすがり父の言葉によって耐える事が来たのだろう。
そして直也は父の言葉の意味を探し始める事になる。意味不明な言葉とは、その答えを探し始める直也。血まみれの喧嘩によって父の言葉を思い出すことになったのだ。
直也は自らの心の中に持つ怒りと憎しみを抑えるためある行動を起こす。
それは保育園から一緒であった、由子の伯父のもとへ行き、怒りと憎しみから逃れる術を学び始めるのだ。
由子の伯父はボクシングジムの会長で子供会の会長を務める人物だった。
仲間達は直也の思いを感じ取っていたため、いつも一緒にいた直也を探そうともしなかった。中学の教員達も直也の気持ちを知っていた。そして直也がどういう人物かも知っていた。
直也は教員達や仲間達に見守られていた。教員達は直也には、仲間から慕われるだけの器があった事を気づいていたが、教員達は直也に出来る事は見守る事しかできなかった。これからの先に自ら気づけるよう見守る中で対応を考えていく。この対応は中学を卒業し高校への進学時、申し送る内容の一つであった。
直也にとって ボクシングを学ぶ事とは…

この頃には、柔道・剣道・空手教室などがあった。
直也はボクシングを選んだ理由は2つの理由があったのかもしれない。直也と由子の関係とジム経営は、由子の伯父である事だ。由子の気持ちを知っている直也は、この時は誰かにすがりたかったのだと思う。
直也と由子は保育園の頃からの友だ。由子の伯父のボクシングジムへ通う事により由子は必ず直也のもとへ足を運ぶ。
直也と由子の間には言葉はなく、由子の片思いの恋にすがった。直也にとって由子の恋にすがる事は、絶対にあってはいけないと思っていたはず。この時の直也は由子の恋に、どうしてもすがるしかなかったのだ。
ボクシングを学ぶことによって怒りと憎しみをサンドバックに全てをこめる。
無心になりサンドバックを全力で殴りつける事で全てを忘れるのだ。そんな直也のいるベンチには由子が必ず座り由子は直也を見つめている。由子は直也を見つめながら幼き頃の事を思い出していた。
直也がジムに通い始めてスパーリングの相手をする事になる。相手はプロテスト前の人物だ。三ラウンドで直也のマウスピースは宙に飛んだ。
意識を失い横になる直也の横には由子の姿。
「ばか」小さな由子の声。
直也は天井を観ながら自分よりも強い相手とのスパーリングで自分に何かを感じるようになる。
この日から三か月後アマチュアの試合があり直也はその試合に出場する事になる。スパーリングを観た会長とコーチは、直也の素質を見抜いていたのだ。
直也と由子の間には無言の約束があった。由子の思いは直也が優勝すること。直也の思いは、どれだけ冷静に試合に臨む事が出来るか?二人の思いの中で共通するものは直也と由子の自分自身との戦いである。
ボクシングジムでは会長やコーチによって試合に臨む直也の調整に入っていた。
前へ進む為に直也の思いは・・・
そんな直也を見つめる由子の思いは・・・
直也は久美子が作った「どりーむきゃっちゃー」を毎日握りしめていた。どりーむきゃっちゃーを握りしめる直也の姿を見つめる由子は、直也の久美子への深い思いを感じ取っていた。 
直也の仲間達のカバンにはどりーむきゃっちゃーが縛り付けられている。
久美子の作ったどりーむきゃっちゃーが、直也と仲間達を結びつけている事に気づいていた由子である。
由子は直也のどんな行為も許す事が出来たのは、直也の悲痛と苦痛を受け止めていたからだった。

いよいよアマチュアボクシングの試合が近づいてくる。
何故?ボクシングジムの会長やコーチは、直也を中学生市町村のトーナメント試合に出場させようと考えたのか?
人はそれぞれ何かしらの徳分や得意分野、素質というものを産まれつき持っている。
しかしそれは、気づき生きている場合と気づかずに生きている場合がある。
素質とは・・・人それぞれにある天命的なもの。
直也が持つ素質というものは、まれにみる天命的な素質だったが、漠然と感じるだけだ。
会長やコーチは、直也の幼き過去からの人生を由子や教師達から聞いていた。
直也の保育園時期は、とてもやんちゃな子供でもあり繊細さを備えた時期で、直也には好きな女の子がいたが、卒園前に彼女は親の転勤と共に去って行った。
二人は両思い、初恋と失恋、別れがどんなに辛いものかを知った時期でもある。
直也は皆に好かれた存在で小学校へ入学すると、直也の友達の中には特別学級というクラスへ入るものもいた。
特別学級へ入った友を馬鹿にする生徒達、直也とは別の幼稚園や保育園から入学した子供達は「馬鹿なやつら」として差別をし、からかう事からエスカレートしそれは「いじめ」として始まった。
直也にとっては友を馬鹿にされる事で喧嘩を始めるようになる。
直也にとっては信頼ある友ゆえ。
「許せなかった」
小学校の教師達は暴力として直也の行為を観ていた。
このような行為は約二年間続き三年生になると、教師達は直也を部活へ入れる事にした。
体操部と水泳部へ直也を入部させ様子を見るが、直也の行為は止まる事はない。何度も何度も親への連絡が途絶える事はなかった。直也は教師達に呼ばれ注意はされるが、直也は何も話す事も答える事もなかった。
直也の素質が見られ始めたのは水泳の選手になった頃からだ。

水泳は、クロール、平泳ぎ、背泳ぎの三種目。入部したての頃は、クロールの選手で、これがまた学年上の選手でも追いつく事は出来なかった。本来なら直也はクロールの選手として大会に出るところだろう。しかし水泳部では背泳ぎが出来る選手がいなかった。
背泳ぎの選手に手を長く挙げたのが直也だった。
クロールの選手でも追いつく事が出来ないスピード、それも背泳ぎで。
なぜ直也は水泳部に入部させられたのか、それは父と母の希望でもあった。
駆け足が出来る頃には、家族同士で海や川で遊んでいた。そして父のサーフィンボードの上に乗っていた。直也にとって興味津々の景色がそこにあったのだ。直也は自然と海や川での泳ぎ方を学んでいた。
それだけではない、幼いながらに自然の中から浮力というものを漠然と身体で感じていた。
海は川よりも浮力があり、海と川には流れというものがある。しかし流れは海と川では違う。川は普通に流れるが海では海上は海岸に流れるが海の下では、水平線に向かって動いているという事も直也は気づいていたのかもしれない。どうしたら波の中で泳げる事が出来るのか好奇心によって学習していたようだ。
直也素質というものが目覚めたのは、努力をして身につけたものである。努力の末に身につけた力を父や母は認めていた。
本来、素質とは言えないだろうが、創られた素質だったのだろう。

この三種目の選手がいなければ、市町村の水泳大会に参加する事は出来なかったが、この直也が背泳ぎの選手になった事で通う小学校は市町村の大会に参加する事が出来るようになる。
それだけではない、直也の存在は他の選手へも影響を及ぼした。「ライバル」という観点で他の選手もスピードを上げて行く。
市町村小学生水泳大会で、初出場で優勝を果たすのだ。
この時をもって直也の存在感が、教師達の中で見直される事になったばかりでなく、特別学級の生徒へのいじめもなくなり直也は喧嘩をする事が無くなったという。
直也の素質を知ったのは、まず久美子だった。次に両親、由子、真一、仲間達、教師達の順だろう。

直也の周りには常に仲間達がいた。中学へ入学すると他の小学校からの生徒も仲間に入る。
直也は慕われる存在として見られるようになっていくが、中学に入ってから大切なものを失う事が多くあった。
しかしそれに耐える力を持てるようになると、この頃の中学では先輩達からの暴力やかつあげ等、様々な問題があり荒れた時代の中、直也の存在は先輩達から仲間達を守る事。他のクラスの同級生をも守る事が出来ていたのだ。
直也の素質とは何か、それは中学を卒業した時に周囲の人達は知る事になる。
「直也とは何者か」と・・・
ボクシングジムの会長やコーチは、直也の過去を知る事によって直也の持った悲痛や苦痛に怒りや憎しみを知り、直也の心の更生を考えると共に「優勝」というものに賭けてみようとしたのだ。
ボクシングを始めて日は浅い、しかし試合までの間、約三か月間で、どれだけの成長をするのだろうか。
直也は必死に生きていた時期でもあった。中学二年生の直也、直也の成長に欠かせない存在が2人いた。この2人の存在が直也を成長を促すきっかけを作り、直也は自分というものに気づく事になる。
11月下旬、中学生市町村ボクシングトーナメントまで、あと三か月。
直也は孤独となり心にある悲痛と苦痛そして何よりも強い世界全てへの怒りに戦いを挑む。

直也は中学一年の時に、久美子、春樹、真一と三人との別れとなった。別れてからの直也の心は、自分でも抑えきれないものだったと思う。
中学二年になった直也は七月下旬の夏休みに入ると、春樹の事故死現場や久美子の事故死現場に行き、父転勤にて一学期で転校してしまった真一を思いながら、ある思いを胸に置き、八月一日からボクシングジムに通う事になった。
ボクシングを始めて2週間程した頃にプロテスト前の選手とのスパーリングで、たった一発のアッパーカットで意識を失うことがあった。
「負けた・・・」
直也は、負けた事など、どうでも良かった。意識を失った時、直也は無意識に初めて涙を流していたのだ。その涙を見ていたのは由子1人だった。
直也は夢を見ていたのか?それとも友との別れによって、直也の心が泣いていたのか?
この日を境に直也にはある決意というものが心の中に産まれていた。ジムの会長とコーチより、ボクシング試合の事を聞いた時の直也は・・・。何も答える事はなく首を縦に振るだけでボクシングの試合に出場する事を承諾した。
この2週間、直也はサンドバックだけを殴りつけていたが・・・
試合に出場する事が決まってからは、毎朝早朝10kmのマラソンをした後ジムに入り練習。
孤独との戦いが本格的に始まった時だった。
早朝マラソンは2学期が始まってからも続ける事になり、その後は学校。学校が終わると真っ直ぐに学校からジムへ直行する。
ジムでは直也を含め6人が通っていた。直也よりも年上、無口、プロボクサーを目指す学生達だった。
直也の学校からジムへ通うものはいなかった。由子はいつもジムのベンチに座っていたが、仲間達に知られる事はなく直也は練習を続ける。
本格的にボクシングを始めると、毎日のようにリングに上がりコーチとのスパーリングがおこなわれた。
ジムに通い始めて1カ月を過ぎると。
「ジャブ、ジャブ、ジャブ、フック、ボディーーーーー」
コーチの声も大きく、そして早口になっていく。
何という速さだろうか?直也は限界を越えようとしている。
コーチは限界を超えさせまいとしていたのだが直也は自分の限界というよりは心の中で何かを守りたいという思いがあったのかもしれない。
しかし、直也がスパ―リングの時にはサンバのBGMが響く。早朝マラソンではサンバの曲を聴きながらだった。
直也はサンバの音楽のリズムから自分の動き方を学んでいたようだ。
直也にサンバのカセットテープを渡したのは会長であるが、直也が良く座るベンチに置いておいただけである。
直也が自分を見つけられるようさりげなく。そして直也を試していたのかもしれない。会長は直也に言葉をかける事なく自分で見つける事を学ばせた。
ジムに通うプロボクサーを目指す学生達は練習の手足を止めリングを見つめる事もあった。
「こんなの普通の練習じゃない!」ジムの訓練生の誰もが思っただろう。しかし直也の身体力の基礎は出来ていた。水泳部の練習だけではなく、幼き頃から海ではサーフィンを山遊びや川遊びで自然の中で直也の基礎は身につけられていた。これは父や母が同じ体験をしていたからかもしれない。
日に日に直也は限界を越えながら、コーチは直也の思いを受け入れ強い言葉で接していた。
由子はベンチに座る事を忘れリング下で見るようになっていたが、時折、涙を見せるようになる。
由子の涙は、直也が泣く事が出来ない代わりに泣いていたのかもしれない。
九月下旬、ボクシング試合の日時と場所と条件が決められた。

市町村からは、中学生十六名の出場が決まり、条件を満たせなければ出場停止となる事を告げられている。その条件とは。体重は五十五キロから六十キロ以下、身長には条件はなかった。直也には身長には条件が無い事が有利とみられたのだが。
直也の身長は、一メートル七十センチ、体重は六十九キロ。体重を九キロから十キロ減量しなければならなかった。
十月に入ると減量と練習のプランが作られた。ジムの会長は、直也の両親へ会い直也の今後の事を相談した。直也の両親はジムから学校へ通う事を承諾し、ジムの会長の元に預ける事になったのだ。
減量と練習のプランは厳しいものだったが、直也にとっては有りがたい事だった。
「何もかもが忘れられる」
直也は心の刃を隠し、無心の中でプランをこなしていく。ジムへ通う他の学生達は直也を見ながらも声を掛けようとはしない。由子も同じく直也の姿を見ながらベンチに座っているだけだ。
汗を流しながらの減量、リング上へ直也が上がれば由子はリング下で直也を見つめる。
直也はジムの隅で減量の為、汗をかきながら微かな声で何かを口ずさむようになる。
「一試合三ラウンド、試合は四回戦・・・四回戦で優勝・・・」
狂い始めたかのように思えた直也は、優勝すると心の中の決意が自然と口に出ていたのだ。
「頑張って・・・直也!」
由子は優勝と口ずさむ直也に微かな声を掛けていた。
十一月上旬、プラン通りに進み体重五十九キロまで減量は終了した。
毎日毎日、早朝マラソン、学校、ジムの練習が続く。直也は、いつもTシャツを着ていたが減量が終わるとTシャツを脱ぎリングの上でのスパーリング。年上の学生達とのスパーリングが毎日三ラウンドずつ行われた。
そして、会長はモノクロのポスターを直也に見せた。
優勝に近いとされる選手は大きく載せられ、たったの三センチ角に映っていたのが直也だった。コピーで作られたポスターに直也が写っているとは誰も思えないようだった。
「直也!お前は小っちゃいなー」
ジムの会長は、笑いながら直也をからかってるように見えるが直也の心の中の闘争心に火をつけていた。試合に必要なのは、無心の闘争心だけで良かったのだ。
試合まで後三日、直也の眼の色は、これまでの直也の眼ではなくなった。ポスターは公民館に貼られていた。偶然か?そのポスターを見て、直也に気づいたヤツがいた直也にとっては竹馬の友だ。ポスターを見ながら久美子の作った「ドリームキャッチャー」を握りしめていた。
「直兄ちゃんを、守ってあげてね」ヤツは久美子と約束があったのだ。

そして、時は早くも中学生市町村ボクシングトーナメント当日となる。
日時場所は、十一月月二十二日、時間は十時から十一時三十分、場所は○○市体育館、控室は公民館二階、一号室と二号室。中学生市町村ボクシングトーナメントは十六名、控室には八名ずつ。計量時間は、九時からとなり十六名の出場が決まった。
直也は計量が終わるとすぐに控室へ戻る事はなかった。
「少し走って来るから」
会長やコーチ、由子は何も声をかける事もなく直也の言葉にうなずくだけだった。直也以外の選手は控室で軽く運動を始めると同室者は凄い熱気に包まれているように感じる由子だった。
直也は、遮断機のない踏み切りを見つめ、久美子を思い出しドリームキャッチャーを握しめる。

なあ久美子お前はどうして消えちまったんだ?と、何度も勝手踏切に向かって心の中で叫んでいた。
もう答えてはもらえないと思いつつも真実を知りたかった直也でもある。
「直兄ちゃん、いつもありがとう、そしてごめんなさい」と、何度も叫んだ事で直也に久美子の声が聞こえていたのかもしれない。
一瞬の時間だったのかもしれないが、その時間は踏切を見つめる直也には時計が止まったようで長い時間であったのかもしれない。
直也は踏み切りの前にある駐輪場で座り久美子の話を聞いているようだった。

「誰よりも先に直兄ちゃんに出会いと別れをしたのは恐らくきっと私でしょうね」
私久美子が生まれた当時、直兄ちゃんは一才、家は隣同士で仕事の都合で隣りに行き来していたそうです。記憶には無いのですが同じ布団に寝かされていた事があったと、直兄ちゃんのお母さんは言っていました。
そんな頃から出会えるとは思いもよりませんでした。久美子は一緒にいる事が当たり前のように思っていました。直兄ちゃんは保育園に行きましたが、久美子は幼稚園に入りました。幼い頃は毎日お隣同士の行き来はありました。
久美子の幼いときの記憶は確か…。
夏場にビニールで作られた空気を入れるプール。直兄ちゃんと一緒に入った写真が残されていました。
とても嬉しかったです。
小学校に入ると低学年でも、子ども会によって強制ではなく任意のはずでしたが男の子は、絶対的に町内のソフトボールチームに参加するのです。学校が終わると直兄ちゃんは毎日のように練習をしていました。久美子は小学校の平行棒に寄りかかりながら、直兄ちゃんをいつも見ていました。
どうしてか久美子にもわかりません。直兄ちゃんとお友達は、いつも駄菓子屋を溜まり場にしていました。久美子の姿をみるとクーコと呼んでくれて、お仲間に入れてくれました。低学年時期いつも一緒にいる時は、直兄ちゃんに守られているような気がして、すごく安心していました。

中学年になると直兄ちゃんの家の裏の木戸から裏口から、縁側にいる直にいちゃんに会いに行くようになりました。
久美子は家族で海へ出かけた時、この先々直兄ちゃんに試練を与えてしまうとは思わず、あるアクセサリーを買ってもらってしまったのです。
眠れぬ子供を眠らせる昔シャーマンが使用していたという、悪魔よけのドリームキャッチャーというものでした。
久美子は、いつもドリームキャッチャーを見ると何故か直兄ちゃんを思い浮かべていました。
クーコは手先が器用だと良く言われたものです。きっと直兄ちゃんも器用だったと思います。
綺麗な手で綺麗な長い指先を見ていて、そう思いました。ドリームキャッチャーをたくさん作って直兄ちゃんのお仲間さんへ渡し、直兄ちゃんを守ってもらおうと思っていました。
ただとにかくたくさん作って守ってもらっていたお返しに、ドリームキャッチャーをお守り代わりに渡していきました。
直兄ちゃんには内緒で秘密だからと一言の言葉を残して、直兄ちゃんの周りには、すごく良い人ばかりが集まっていました。
久美ちゃんは直兄ちゃんが好きなの?と良く友達に聞かれることが多かった。久美子は、そんな気持ちは、いっさいなくて、ただ一緒にいる事が当たり前と思っているだけだった。高学年になると学校へ行くのが楽しかったよ。

でも家には帰りたくなかった。いつの日もお金の話ばかりをして、親戚の叔父叔母が頻繁に東京からやってくるようになり来れない時は電話をかけてくる。幼い頃のことだったから、どういう事だかわからなかったけど、大きい婆ちゃんは久美子を包み込んで両手で耳をふさぎ話を聞こえないようにしてくれました。
でも直にいちゃんと一緒にいるときが、久美子が一番安心できた一時でした。
久美子が小学校の高学年の時、家族で唯一助けてくれた大きい婆ちゃん。遮断機のない二メートル幅の踏み切りで自殺を事故扱いされました。
本当は違う、本当は違うって何度も胸の中で思いました。でも誰にも言えなかった。直にいちゃんにも言えなかった。
直にいちゃんの両肩にドリームキャッチャーに似せた絵柄を入れ墨みたいに油性マジックのマッキーで描きました。マッキーの色が消えてくると直兄ちゃんの家の縁側でまた描いていました。中学に入ると直にいちゃんは、水泳部の顧問の先生から水泳部に入るよう言われたようですが、久美子が描いたものを優先し部活には入部する事はなかった。
久美子が両肩に描かなければ水泳の選手になっていたかもしれません。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」もしかしたら直にいちゃんは水泳部に入部したかったのかもしれません。
直兄ちゃんは、小学校の時には水泳部で背泳の選手で記録を持つ選手でもあったもの。
直兄ちゃんの人生を狂わせてしまったのかもしれない。
「直兄ちゃんごめんなさい、いまさら誤っても許されないよね」

大きい婆ちゃんがなくなると保険のお金が入ってきて、東京にいる叔父夫婦と半分ずつにしたそうです。
「人の命をお金にするなんて・・・」
いつも思うようになっていて夕方は家ではなく直兄ちゃんの家の縁側でドリームキャッチャーを作っていました。
直兄ちゃんの事は好きか嫌いかで言うと、どちらでもなかった。どっちに近いかと聞かれれば「好き」と言ったでしょう。
でも直兄ちゃんに告白する前に久美子は、あの踏み切りで死んでしまい、直兄ちゃん本当にごめんなさい。
久美子は産まれてこなければ良かったって思うこともあったよ。でもこの世に生きていてはいけない人間じゃないよ。ただただ直兄ちゃんに出会えた事だけが久美子の幸せだった。
大きいお婆ちゃんが呼んでくれたのかもしれない。クーコの役割は直兄ちゃんとの幸せだけで終わりって。許されることではないのはわかってた、でも私もお金に返られた。
「久美子は先に旅立ちます。ごめんね直にいちゃん、きっとまた会えるような気がします。またその時まで元気でね、直兄ちゃんと仲間になる人たちと楽しい生き方を見つけてくださいね」
あとね直兄ちゃんと春ちゃんと蛍を見たとき思ったの。とっても綺麗な蛍だわって。今度産まれてくる時は蛍のようになりたいって思ったわ。蛍の寿命が短い事は知ってるよ。光り輝く蛍になって飛び回りたいよ。直兄ちゃんにくっついてね。

「馬鹿だなクーコ、大馬鹿だよ、蛍なんかどうでもいいんだ」

久美子の直也への想いが彼の心の中で思い出と共に映し出されていた。
そして直也は自分の弱さと決意というものを久美子に伝え、踏み切りの前から突っ走り体育館へ戻る。
直也は自分の決意というものを久美子に伝えに行っていたのだ。由子は、控室で直也の事を考えると久美子が消えた遮断機のない踏み切りに行っているのではないかと感じていた。

控室で暇な由子は、一人でリングのある体育館に足を向け、体育館に入ると応援団らしき観客の熱気で包まれる。
直也の応援団は全くいない、ジムに通うプロテスト前の学生を含め五人は控室で待っている。
直也がフードをかぶり控室に戻って来ると、同室の選手達は不思議そうに直也を見ていた。
フードをかぶったままの直也は椅子に座るとコーチは声もかけず、あうんの呼吸のように直也の肩や首へのマッサージをする。
「勝とう等と思うな、自分を信じて前へ進め」
会長は直也の耳元で囁きかけると、直也はフードをかぶったまま、身動きする事もなく下を向き顔を見せようとはしなかった。
「時間だ直也、信じるものを見つければいい、それだけでいいんだ」
直也は、控室で同室者には決して顔を見せる事がなかった。
こんな直也に、同室者達の目にどう映っていたのだろうか。
思っている事は解らないが推測で言えば、きっと直也に何かしらの疑問符を抱いていたのではないだろうか。
初めての直也は無意識に心理戦をおこなっていたのだろうか。

いよいよだ、トーナメント会場へ控室から十六名の選手達が向かう。
会場へ入るとファイター達に向けて盛大な拍手が湧いていた。
直也以外は中学一年生の時には皆、リング上に立っていた選手達だった。
「頑張ってー頑張れー・・・」
特に盛大な拍手で迎えられたのは、中学一年生の時に一位と二位の選手で優勝候補者だった。
十六名はリングに上がり紹介されるが、直也はフードをかぶったまま自分の顔と身体を見せる事はなかった。
紹介された後はリングから降り、ボクシングトーナメントが始まった。
直也の一回戦は四番目、リング下にいて椅子に座っていたが、フードをかぶったまま。
応援団やサポーターの声は、直也にプレッシャーをかけていたと思うが直也は動じない。。
一試合三ラウンド、試合は四回戦・・・四回戦で優勝と、囁きながら微かな声で直也はプレッシャーに立ち向かっていた。
直也は目の前でボクシングをしている他の選手を見る事もなく時は流れる。
「ジャブ、ジャブ、イケーイケー、今だー」直也の耳に届く事は無くなっていった。

直也が遮断機ない踏み切りの前に立ちドリームキャッチャーを握る姿を見ていたヤツがいた。
「直兄ちゃんを守ってね」
ヤツには久美子の言葉が忘れる事はなかった。ヤツは試合会場の体育館の壁に寄り掛かりボクシングの試合を見つめていた。ビジターの観客で直也を応援していた一人だろう。
一組目終了、二組目終了、三組目終了、優勝者候補者は確実に勝ち進んでいた。そして八組目の紹介が始まり、直也はフードコートを脱ぎジム関係者に見送られリングに上がった。
直也がリングに上がると一瞬だけ周囲は静まり返り、しばらくすると対戦相手の選手の名前だけが飛び交った。直也の噂は市町村では知られている方だったが、この時はまだ直也の顔を知る者はいなかった。
由子は負けまいと、「直也ー直也ー・・・」と大声を出していた。
「大島ー大島ー、直也ー直也ー・・・」
「えっ大島直也?って・・・」
「あの噂の直也って?・・・」
由子が大きな声で叫んでいた事で観客達は直也を見つめながら、え?と口を開けっぱなしの状況になる。
おそらく噂になっている大島直也がリング上にいる事が不思議だったに違いない。水泳大会で優勝に導き喧嘩っ早く強く、仲間達から慕われる存在というのが大島直也の噂だった。
それどころか、リング上に立つ直也の身長の高さや筋肉のつき方が他の選手とは違うと思ったのか。
直也は紹介されるとリング下の周囲を見回していた。
まるで「俺が、大島直也だ!」と言わんばかりに笑う事なく冷静で冷めた目つき、いや睨みつけて観客を黙らせていた。
直也は産まれつき鋭い目つきをしているのを観客達は全く知らない。
試合開始のゴングまで、リング下にいる由子を見つめる直也。由子は直也を見つめていると、直也は由子に何かを伝えているかのようだった。
「タオルは投げるな」と、由子は直也に言われたような気がしていた。
「直也は絶対に勝つよね」と、由子は心の中で直也に沈黙して声を掛ける。
直也は由子の心の声を聴いたかのように、由子だけには笑顔を見せた。
直也が笑顔を見せた時「カーン!」ゴングが鳴った。

一回戦目、直也は動かず相手の姿をじっと見つめたままパンチを出そうとはしなかった。
「直也ー!行けー動けー!」
「ジャブ、ジャブ、ジャブ、ボディ、ボディ、ボディ・・・」
「直也ー!行けー動けー!動けー!」
そのまま動かなければ身長差があるとはいえ相手の思うつぼ、コーチと思ったのだろう。
観客達も応援するのではなく、何が起きているのか解らなかったのかソワソワしながらざわめきだした。
しかし、相手はパンチを出そうとするが直也にパンチは全く当たらない。直也は対戦対手を静かに様子を見て、全てのパンチを除けていた。
一ラウンド二分が過ぎた頃、相手は直也の懐へ入りボディーブローがはいった。
しかし、直也へのボディーブローは直也の必死の策であり、相手にあえて撃たせたのだ。
相手のボディーブローを、直也は後ろに身を引きダメージ最小限に抑えていた。
懐へ入れば相手はボディーを狙うしかない、これが緊張の中で直也の出した答えだった。そして相手の癖などを見切っていたのかもしれない。
その後すぐに直也は近づいてきた相手に軽い右フックから左ジャブ、ジャブ、ジャブ、右ストレート。
相手の選手はリングの中央あたりからロープまで飛ばされ、ダウン!ダウンだ。
前回三位の選手は、よろけながら立ち上がろうとするが立ち上がる事は出来なかった。
予期せぬ事に観客だけでなく、体躯館内の誰もが自分の目を疑ったであろう。
直也は冷静に相手がどう動くのかを冷静に見極めていた。
「え?一ラウンドで?KOだなんて、ありえないよ」
たったボクシングを始めて三カ月の直也は、一ラウンド二分三十秒でKO勝ちだ。
ジムの会長やコーチ共にジムに通う学生達は、直也の運動能力を知った時だった。
観客達は、驚いたような感じで無言で静まり返り、直也は静けさの中リングから降りて行く。
リングを降りると由子の前に立つ直也。「勝ったよ」と小さな声由子にで囁き三十分の休憩で控室へ戻った。

次は二回戦目、優勝候補者で前回二位の選手である。
控室に戻る時、一瞬だが集中力に疲れかけた直也は、あの「ヤツ」を見かけたような気がした。
ヤツの姿は幻か?私服でいるヤツじゃないはずだ、と直也は笑みを浮かべ思った。
この幻は、直也に勇気や安心感を与えていた。
「ジャブ、ジャブ、ジャブ、ボディ、ボディ、ボディだ」
試合を振り返りながら控室に戻ると、直也はため息をつき椅子に座ると由子だけに「怖かった」と本心を伝えた。
控室で休む直也は、由子が今までに見てきた直也ではなくなっていたようだ、由子は怖いという言葉はないと見ていたからだ。
コーチは直也に声を掛ける事はなかったが、会長の脳裏に浮かぶ直也の姿があった。
直也は、おそらく自分というものを見つけ始めたのではないか?と、会長は思い直也を見つめていた。
コーチは会長に話しかけるが上の空だったが、会長は直也の前に座り両手で直也の頬に触れ声を掛けた。
「自分を見つけ始めたのなら、自分を信じてみる事も大切な事だ、勝つも負けるもお前しだいだ」
会長は直也に静かな声で言葉を掛けると、直也は会長の眼を見つめていた。
自分を信じる事、そう直也が探し求めていたもの、怒りや憎しみに捉われていた直也の心の中にある、ぽっかり空いた隙間を埋めていく。
一回戦を勝ち抜いたものは八人の選手、控室は一号室だけになると、直也は控室にいる他の七人の様子を見つめ伺い始める。
この時に優勝という言葉が、はっきりとした本当の決意となり直也の心の中に小さな光が芽生えていた。
一回戦を勝ち抜いても中途半端な決意であった事を、直也は自分自身に気づいていく。
この気づきが直也を変える。

試合を振り返る直也は声を出して応援してくれるのは、由子だけである事を知った。
しかし「ジャブ、ジャブ、ジャブ・・・」と、リングサイドで会長やコーチの言葉があった事を直也は思い出していた。
「俺は一人じゃない、孤独でもない、応援してくれる人はいるんだ」
応援をしてくれる人が一人でもいるのなら、その期待に応えたいと直也は思った。
「次の相手は、アイツか」
次の試合相手の動きやその周りにいるサポーターを見ながら勝つ為の直也なりの策を練るようになる。
直也お前なら勝つ為の策を見つけられるはずだ、と念じて、会長やコーチは全て直也に託していた為、何も言わずマッサージを施すだけだった。
一回戦と同じようにいけるのか、しかし一回戦の時は畏怖しながらの策で余裕がなかったんだ。
控室の中で、相手の動きを見つめる中で策を練る事に余裕ができていた。
「そろそろ行くか、直也」と、コーチが直也に声を掛ける。
「はい」と直也は余裕のある言葉で返事を返し控室からリングへ向かう。
「どうしたんだろう、直也が違って見える」
直也の後ろについて歩いていると、直也の背中が違って見える由子であった。
会場内に入ると観客の熱気に包まれたが、直也は特にプレッシャーを感じる事はなく余裕をみせていた。この余裕は対戦相手だけではなく観客達へも心理戦だ。
いよいよ二回戦、次の相手は前回三位の選手だ。身長差十二センチ、直也よりも背が低くフットワークに優れている選手だった。
フットワークに優れている同じタイプの選手。直也はいかに次の対戦を勝ち抜くかを考えていた。
「俺は、独りじゃないんだ!」

試合会場に入ると直也には最初に感じていたものとは違う感じがした。
二回戦目から八名で控室に戻る事はない。
一回戦目は、強度のの緊張がある事から控室で休憩をするが、二回戦目からはリング下で自分の順番が来るまでリング上を見つめる事になる。
強度の緊張は思春期の頃の選手であれば、誰もが持つものだった。
それを配慮したルールだった。
二回戦目から試合が終わったとしても、次の試合までリング下でリング上を見つめる。
「強い、強いぞ」
二回戦目となると、それぞれが自分の体力を考え一回戦目とは違うと思う直也。
直也は、次の相手の選手を見つめていた。
「笑ってやがる」
直也は、前回三位だった次の相手を見ながら思っていた。
直也は、次の相手の笑う姿によって再び緊張が始まった。
「直也、相手の作戦に惑わされるな」
「え?なんで?」
コーチは直也に声を掛け緊張をほぐそうとしていた。
二回戦目からは誰もが緊張がほぐれる。
しかし、互いに戦うもの同士は、相手を気にする。
直也にとっては初めてのトーナメントだ、自分一人で戦う事は出来なかった。
コーチの声掛けで直也の緊張は消えていく。
「これが、ボクシング、相手を思い、心理的な作戦もあるんだ」
コーチの声掛けは、緊張をほぐすだけでなく直也に本当のボクシングを教えていた。
ジムでの練習では、教えられない事を試合の中で教えていくのだ。
一回戦目は八組目、二回戦目は、四組目。
前回一位の選手は一組目、という事は直也が勝ち進めば最終的に前回優勝者との戦いだ。
由子は直也の隣に座り、直也の横顔を見つめている。
コーチは直也の肩や首をマッサージし、由子の反対の隣には同じジムに通うプロテスト前の学生が座っていた。
「直也、次の試合から、俺がリングサイドにつくからな」
「会長じゃないの?」
「お前が面白くなったよ」
「え?」
「三カ月ぐらいで、お前はプロテスト受けてるみたいだ」
スパーリングでアッパーで倒された相手からの言葉は直也を勇気づけた。
「俺、面白いって?なんだよ!」
言葉にはしないが直也は胸の内で思った。
会場の観客やサポーター、次の相手の選手はプロテスト前の彼を知っている。
「まさか、プレッシャーを?」
会長はリング上だけでなく周囲の観客や選手達を見ていた。
そして、直也が選手達にプレッシャーをかけるとすれば、プロテスト前の知られた彼をリングサイドに置く事こそ最善の作戦であったのだ。
プロテスト前の彼は、高校一年生、中学時代トーナメント三回の優勝した選手だった。
彼は、会長に自分がリングサイドにつく事を交渉していた。
彼は、直也の天才的なものがどういうものか、知りたかったのだ。
直也にとっても強い彼がリングサイドにつく事で安心感を感じていた。
そろそろ四組目の試合だ。
「直也、気を付けてね」
由子が直也に声を掛けると直也は笑顔でうなずいてリング上へ向かう。

リングの上に立つ直也は、何かを祈るかのように深呼吸をしている。プロテスト前の彼は、直也に言葉を掛けずに直也の姿を見つめるだけだ。リングサイドについたコーチと彼に、直也は首を縦に振り笑顔を見せる。
「え?直也が笑った?どうして」
由子は、直也は誰にも心を開く事がなかったのにと胸の内で思った。一時的なものだがルールのある戦いの中からから直也の成長が始まったのだ。
「カーン!」と、ゴングが鳴ると直也の眼つきは変わった。
眼(ガンツケ)を飛ばす眼ではなく、冷静な覚めた目つきでリングの中央に向かう。
ジム関係者によって勝利への策は作られる。あとは、直也がどう動いていくか試合をどう進めていくかである。
さすがに二年目の選手、フットワークで直也の動きを崩そうとする。しかし、直也は何かに取りつかれたように相手の動きに冷静についていく。相手の選手は、自分のフットワークについてこられる事に直也に対しイライラしているようだった。直也のフットワークは相手の選手の動きに楽について行ける。直也は何かに気づいたようで距離を測り始めた。
相手の選手は、よほどイライラしていたのだろう。
先にジャブ(パンチ)を出して来たのは相手の方だった。
「いける、いけるぞ、誘いにのった」と、直也の中で何かが動き始めていた。
直也のフットワークは相手をうわまり、瞬時に相手のパンチに反応する。直也は軽く手を伸ばすだけで自分の体力を考えていたに違いない。
「カーン」一ラウンド終了のゴングが鳴る。
コーナーの椅子に座り、直也は笑っていた。
「直也!いけるか?」
「当り前のこと聞かないで下さいよ」
「・・・」
リングサイドからの声に直也が答えると、誰も何も言う事が出来なかった。
二ラウンド目のゴングが鳴ると直也は一気に走リ抜く。
身長差があるというのに不利な事を知りながら、相手の懐に入り腰を低くしボディ、ボディ、ボディと直也のボディに相手は苦しかったのか顔色を変えガードが下がったところでジャブ、ジャブの連打。
相手がガードを上げたところで再びボディ、ボディ、ボディの三連打。
相手の選手は膝をつきダウン、そしてカウントが始まり直也は両手を挙げコーナーへ戻る。
「もう終わったよ、ふー」
深い深呼吸をし、この二回戦目は二ラウンド目では、約一分で終わった。この二回戦で観客の応援の声の中に由子が叫ぶように。
「大島!直也ー!大島!直也ー!・・・」
直也への声援が、増えていった。
「・・・・・」
「やあ、ん」
直也はコーナーに座ると、思惑通りいかなかった相手へ握手を求めていた。

リングから降りた直也が見つめる先にいるのは前回優勝選手で今回の試合で1番の期待された有力者の姿。
「直也、お前、優勝狙ってるのか?」
「俺は、勝つ為に、リングに立ってるんでしょ」
直也は会長の声掛けに答えた。
ボクシングを始めて、まだ三カ月という直也。直也のボクサーとしての成長は直也の心の成長となるよう、会長は願っていた。直也が何故ボクシングジムに通う事になったのかを良く知っていたからだ。
「なら絶対に勝て、直也、優勝は目の前だからな」
「はい」
直也はボクシングトーナメントで言葉では表せない何か見つけていた。
次は三回戦目、しかし、直也は集中力と緊張感で息を荒くしていた。直也の頭の中にあるのは、もう優勝しか考える事はなかったが、それが直也の緊張の元になる。
由子は、直也が久美子や春樹、真一との別れから怒りと憎しみを持ち囚われた身の思いから「逃れたい」と思っている事も知っている。そしてそっと直也の傍に寄り添い水とタオルを渡した。そんな由子の顔を見て、直也は頭をかきながら笑っていた。由子も直也と同じように笑うと、まるで恋人同士のようだ。
直也の通うジムの会長やコーチ、他の通う学生達、きっと周囲で二人を見ていた人達は、彼氏と彼女、恋人同士と思っていただろう。
近くで見ていた観客の中で、由子に声を掛けてくる人達がいたが由子は悲しそうな顔をしながら。
「話しかけないでください!」と、由子は何故か涙目で言葉を返した。
「お前、そんな事言うな」
「ごめんなさい、でもね、直也の為に言ったの」
「どうして?」
「優勝するんでしょ、邪魔な言葉は、私が許さない」
直也は、由子の思いも気持ちも知っていた。
「まるで、久美子みたいだな」
「え?、今なんて言った?」
「なんでもないよ、お前は馬鹿だ、昔から大馬鹿だよ」
「馬鹿でけっこう、直也の為になるなら、どんな事でもするから」
二人の関係は由子の片思いかもしれないが、直也の心は由子の思いに揺れ動いていたように感じるが、今は心が動くとは思う事もなかった直也はリング上のボクシングだけに目を向けた。
三回戦目となると更なる強い選手同士の戦いだった。
「強いなー、それでも俺は勝つしかないんだな由子」と、直也は由子に声を掛ける。、
「絶対に勝ってよね、直也がどんな人間なのか、思い知らせてよね」
由子は、まるで自分がボクシングをしている気持ちで直也に答えていた。

いよいよ直也の三回戦目が始まろうとしていた。直也は軽く体を動かしリング上の勝者を見つめている。まだ勝者が決まっていないというのに直也は勝者を決めていた。
あいつが勝つ、前回優勝者、あいつだ、この三回戦、絶対勝つ!と、直也は言葉にはせず胸の内で叫んでいた。
三回戦目の前回優勝者は三ラウンドまで行われ判定によって勝者になった。
いよいよ直也の番だ。
この試合を勝ち抜けば、あとは前回優勝者との戦いになる。直也は前回優勝者との戦いばかりを考えるようになっていた。優勝は目の前だ、直也には再び緊張感がうまれていた。
「さてと、どうするか?アイツには隙がなさすぎる、どうする俺」
緊張感の中、直也には戦うに当たり最善の策という作戦というものは無くなった。
その姿をコーチたちは気づいていたのか?わからない。
「直也、やれるだけやればいいからな」
「きっとお前なら勝てるよ、この三回戦」
このコーチ達の言葉で、ふと直也から緊張感が消える。重要なのは一試合ずつ勝って行く事だった。直也は、その事を忘れ自分自身が緊張感を掛けていた事に気づかされた。
直也は、天井を見てスパーリング中のアッパーで気を失った事を思い出した。
リング上では前回優勝者の手が挙げられた時、三回戦目の相手の姿を見つめていると相手も直也を見つめていた。まるで、闘争心というオーラというものを直也も相手も感じているかのようだ。
直也が見つめる先にいる選手は、直也にはない何かを持っているかのような選手だった。三回戦目の相手選手は身長差はほとんどなくパンチ力のある選手だ。
リング下に試合を終えた選手と交代で直也はリングに上がっていく。
「直也ー!直也ー!直也ー!・・・」
直也の声援が多くなっている、由子の声援も聞こえないくらいに。リングコーナーではプロテスト前の彼もコーチも、直也に声を掛ける事はない。ただ直也の顔を見つめているだけだ。

「カーン!」三回戦目のゴングが鳴った。
相手選手のフットワークの速さは直也とほぼ同じ、今までの選手の眼つきとは違った。
直也はとにかく勝つ事、自分を信じて相手の動きにあわせる。
「なんだコイツ、コイツ強いぞ」
直也は距離を計りながら心の中で少し焦りを感じながら思った。
「どうする、どうする、俺、大島直也」
直也は、自分をコントロールし焦る事はないと思い込みを作り、冷静さを保ちながら身体を揺さぶっていく。
直也は、相手の隙を伺いながら相手よりも先に、ジャブ!
「入った!これならいける」
直也は身体で感じるものがあった。見た目ばかりを見ていた直也は、軽いジャブが入る事に相手の懐へ入るとジャブ!そしてすぐに後ろに下がる。
この繰り返しが1ラウンド続けられ相手は嫌な顔を見せていた。
「チャンスが来た!」と思った時だった。
「カーン!」
三回戦目、1ラウンドの終了のゴングが鳴った。
「くそっ!」
手ごたえを感じた直也はコーナーの椅子に座ると相手を見ながら笑っている。会長やコーチが教えていない事をトーナメントの試合で直也は自分自身で学んでいた。同じジムに通う学生達は、首を振りながら信じられないと思っていたのだろう。
これが直也の持つ強さでもあり弱さでもあったのだ。見た目は強く感じるが、落胆した時、直也のもろい刃の様な心は立ち直る事に時間がかかる。
人間はある程度に強さと弱さを持っているが、直也の場合は完璧さを求めるため、ある程度では済ます事が出来ないのだ。やり遂げるためには、どんな事を考え、どういう行動を起こせばいいのか。
直也は、自然と身についている産まれつきの素質の一つだったが、会長とコーチだけは、その素質は強いものでもあり直也自身を自分を壊してしまう事もある素質でもある事に気づいていた。
プライドを持つ事は良いが、直也のプライドの使い方によっては、人を傷つけ自分をも傷つけてしまう事もあるのだ。
直也が持つプライドを直也は本当にコントロール出来るのだろうか?
直也優先に動いているが、この三回戦は厳しい戦いになると会長やコーチは思っていた。
直也に声を掛けようか迷う会長とコーチだったが迷ったまま、しかしプロテスト前の彼はリングサイドで直也に耳打ちしていた。
何を伝えているのかは直也と彼にしかわからない。
何を伝えたのか、それは二ラウンドの結果に出てくるのだ。
「直也!思い通りにやって来い!」
「はい、先輩」
ジムでは敬遠の中であったプロテスト前の彼は、直也の何かに気づいたようで直也と顔を合わせ笑っていた。

この数十秒の間、由子は自分の心と葛藤し思いの先に変化があった。
直也が呟いた1つの言葉を聞いたのは由子だけだった。
あの呟いた言葉の意味はなんだったんだろう、と由子は直也の姿を見つめて思っていた。
なぜ由子が直也の一言を気にしていたのは、幼き頃からの直也の強い姿だけを思い出していたからだ。
試合が上手くいかない、相手への不満の言葉、弱さや迷い、直也は何を考えていたのだろう。
直也は今まで暗くあんな顔、あんな一言を呟いたのを初めて見た由子だった。冷静な目つきで強さがある直也の姿だけだった。
成長と共に直也には失ったものは大きな荷物だ、私は直也を支える事ができるだろうか。
なぜ直也の父と母は試合を観に来ていないのか。親子仲良しで愛情に包まれいたのに、と由子は思っていた。
直也が失った荷物の重さは由子には想像もつかないものになっていたのかもしれない。

一瞬だったが、貴方は人の心をもて遊ぶただの人間なの?直也の馬鹿。由子は直也が離れてしまうように受け取った。
直也を見ながら独りよがりで自己中心的な子供のような弱い心に由子はなってしまった。
なぜか大島直也の成長は早く、由子自身は成長していないと実感させられた時だった。
そんな時に由子が、ふと顔を上げると会長は直也の耳のそばで声をかけていた。
由子には聞こえなかったが会長の顔を見て直也は笑っている。何が起きているんだろう、と由子は思った。

直也を信じて好きだ、由子の「好きだ」という思いに心は揺らぐ事はなかったが、この時の直也の姿を見て信じる事への思いは少しだけ揺らいでいた。
どういう事なの?と、由子は何度も胸の内で繰り返していた。そして由子は直也に伝えた自分の言葉を思い出す。
私はどうして馬鹿な事を言ったんだろう、ごめんね直也。
「なあ、俺より君の方が直也を知ってるよな、違うのか?」と、寂しさの中で下を向いたままの由子にプロテスト前の彼は声をかけてきた。
「えっ?」と由子は思った。直也が呟いた言葉を彼も耳にしていたの。そんなわけない。そんなわけないと胸の奥で繰り返す由子だった。
「本当に苦しい時の直也って弱いよな、泣いちゃうしさ」
「ジムでの事、知ってるの?」
「知ってるよ、君は寄り添ってたじゃんか、たまたま見ちゃったんだよな」と、彼は直也が呟いた事には触れなかった。
「うん」
「もう一度だけ聞くけど、俺よりも知ってるよな」と言う彼は由子の頭の上に手を当てた。
「うん、ありがとう」小さな小さな声で涙目で由子は彼に言った。
彼からの問いかけに由子は記憶の中で、忘れかけていた思い出の1ページに気づき、泣き虫直也は何も変わってはいないと思う由子だった。

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