森保監督の「戦術は三苫」発言に違和感を覚えた人は多いだろう。これまでは戦術は伊東だった。伊東の高速ドリブルからクロスが上がり、それに合わせてゴールまたは伊東が自身でカットインというパターンが日本の生命線というか、それしかなかった。だからこその戦術は伊東である。
戦術は三苫ならば結果が伴わなければいけない。三苫と伊東のドリブルは全く違う。伊東は右サイドをカウンターで崩す。だから伊東のクロスには相手のDFは1枚かせいぜい2枚しか対応していない。つまり相手の真ん中はほぼがら空きである。
ところが三苫の場合は、相手のDFが3,4枚いるのに、スペースのないところ、つまりゼロから自分で始めてこじ開けていく。百発百中でドリブルで抜けるわけではないから、相手が待ち構えていれば簡単にブロックされてしまう。かなり自己満足的なドリブルである。味方のサポートがあり、三苫がこのコースをこじ開けていくので、他の選手がどこそこで待ち受ける、マイナスのパスであればこのコースと約束事があればうまくいくのだろうが、三苫の発言を聞いているとそれは皆無のようだ。
実際に森保監督の発言でも「チュニジア戦で(伊藤)洋輝に『すべてオーバーラップを仕掛けろ』と言っていれば状況は変わったと思う。しかし、最初からサポートを受けるのではなく、さらに独力で行ける選手になってほしい、という思いがある。そういうところも見ながら、試合の流れを感じながら指揮を執らせてもらっている」とある。
つまりサポートなしに三苫に一人でやれと言っているわけだ。三苫はムバッペではないので、ここまで要求するのは無理がある。それに三苫が怪我などでいないこともある。その時は他の選手に同じことをやらせるのだろうか。
三苫は3月24日のオーストラリア戦で2ゴールにより、戦術は三苫を確立させた。この成功体験により、森保監督は三苫に過度な期待を持つことになった。オーストラリア戦での三苫の2点目はこちらのニュースでもさんざん流れたが、コメンテーターが「このゴールはインタナショナルレベルだ」と感心していたほどすばらしいドリブルだった。
これが成功体験効果過ぎたのだ。どの選手でもワンプレーでその選手の価値を高めるプレーがある。例えば南野であればザルツブルク時代のCLのリバプール戦でのボレーゴールである。あれがなければリバプール移籍はなかったし、もっと堅実な身の丈にあった移籍ができていたはず。
三苫が間違った過度の成功体験を日本に植え付けてしまったゴールは、すべてオーストラリアのDFの不甲斐ないざる守備から起きた。ああも簡単にドリブルからゴールしてくれるんだから、サポートなんか要らないよねと誰もが思ってしまっている。
三苫への過度な期待はやめよう。
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