サッカールーの何でもござれ パート2

シドニー在住者のサッカーについてのざれごとです。

ファン・ペルシ

2020-04-21 12:29:48 | 日記

ロビン・ファン・ペルシのインタビューがSBSにアップされている。マンU時代にファン・ハールにいじめられたことについてである。ファン・ペルシは2012/2013シーズンから3シーズンをマンUで過ごした。最初の2シーズンは香川と一緒だ。2012年7月に香川が先に入り、4-4-2の2トップをルーニーと香川で組むはずだった。シーズンも開幕直後にファン・ペルシがアーセナルから移籍してきて、2トップはルーニーとファンペルシーになり、香川は左MFに追いやられた。

 

あの時にもしファン・ペルシが来なければ香川はもっとマンUで成功できていたかも知れない。これはたらればである。それにファーガソンが引退しなければ香川はもっと長くマンUにいただろうし、サラゴサなんぞに都落ちすることもなかっただろう。

 

さてマンUの監督が2014/2015シーズンからファン・ハールになった。2014年のブラジルWCでオランダ代表を指揮したファン・ハールだからWCでのフライング・ダッチと呼ばれた有名なヘッデイングゴール決めたファン・ペルシとは相思相愛の師弟関係だろうと予想した。実際ブラジルWCでは二人の関係は良好に見えた。

 

しかしSBSのインタビューでは2015年のオフに、「you have to go, your time is up」と言われたと告白している。ファン・ペルシはまだ契約が残っているし、家族もイングランドで満足している。この先にどうなるかを見てみようと答えた。するとファン・ハールは「I don't care」と言ったそうだ。マンU時代の終わりにこの二人が不仲になったことは知っていたが、いくら独裁者のファン・ハールでもなんともプロフェッショナルらしくない発言である。

 

この結果ファンペルシは2015年7月にフェネルバフチェに移籍。3シーズン在籍して、2018/2019をフェイエノールトでプレーして引退。マンUからファン・ハールに追い出された選手は多いが、どんなビッグネームでも怪我が多くなると使い物にならなくなる。功績を無視して手のひら返しで追い出すファン・ハールのやり方は実に評判が悪い。

 

ファン・ペルシはキャリアをフェイエノールトで始めたが、2001年から小野伸二とチームメートだったことを覚えている人は少ないかも知れない。2001/2002シーズンにはホーイドンク、トマソンもいて、フェイエノールトはなかなかスーパーなチームだった。今やはるか昔である。