つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

不定期イラスト連載 第百六十弾 ~ 陽気な南国の女たち。

2020年12月12日 19時03分18秒 | 手すさびにて候。
       
日本がバブルの臨界へと駆け上がり始め、浮かれた空気の漂う80年代後半。
僕は、名古屋の盛り場「錦三丁目」のクラブ(※)でバイトをしていた。
(※DJがいて踊る方ではない)

陽が傾きネオン輝き出すころ、街には有象無象が全員集合。
スーツ姿の企業戦士、セカンドバッグ片手の成金風、ヤクザ。
人の溢れる通りに店々の「マネージャー」が繰り出し、情報交換が始まる。
最も重要な話題は「ホステス」の動向。
彼女たちは、ある種の個人事業主 --- 趨勢の鍵を握る「接客のプロ」だ。
高待遇に惹かれ、店(チーム)を移籍すれば、お客(ファン)も付いてくる。
上得意を持つホステスが何人いるかで売り上げが大きく違うのだ。

ボディコンシャスな全身シャネラー。
無重力用か?と疑いたくなる大胆なフレアドレス。
スプレーで固め、盛り上げたアップヘアに和服姿。
品種改良された熱帯魚のように、華美で可憐な御姐さん方の間を駆け回り、
お世話する「ボーイ」が僕の仕事だった。

原価の20~50倍に跳ね上がるつまみを運び、
仕入れ値の150~180%増しのウイスキーボトルを差し出し、
アイス・水・おしぼりの補充、灰皿を替え、後片付け。
単純だが、日に何十回転もするそれらを捌くと、クタクタになった。
そんな忙しい仕事が終わったある日、ロッカールームでチーフから声が掛かる。
「おい、ちょっと付き合え。 でらいいトコ、行こまい。」



「イラッサイマセーッ!」
扉を開けた途端、元気で妙なイントネーションの声に迎えられた。
ルクスの低い間接照明に目が慣れてくると、
赤いサテン地のソファに女たちが並んでいるのが分かった。

皆、胸元ギリギリ、膝上20センチの赤いマイクロミニワンピ。
真っ赤なルージュ、マニキュアも赤。
艶やかに濡れたような黒髪。
瞳は、南洋の黒真珠。
南国生まれだから、汗腺が多いのだろうか? 
押し付けられた腕、重ねてきた掌も、しっとりと吸い付く。
褐色の肌からは、熟れたバナナに似た匂いが立ち昇る。
パフュームと体臭が混ざり合い醸された香りに幻惑された僕の脳裏に、
仄暗い密林の奥に咲く食虫花が浮かんだ。

「アナタァ、ヤサシナ💓」
「コンド、ドーハン、オニガイ💓」
「ダイスキィ~💓」
ソファの高い背もたれの向こうでは、ボックス毎に迎撃戦が展開。
どうやら戦況は一方的。
比女性軍特殊部隊の圧勝のようだ。
もちろん僕もあっさりと白旗を掲げ、以降しばらく散財を重ねたのである。



戦後、日本とフィリピンは、早くから芸能面でのつながりがあった。
1960年代から数多くのフィリピンバンドが出稼ぎに来て、
ディスコやクラブで演奏していた。

1970年代、日本に海外旅行ブームが訪れ、比較的近距離のフィリピンは、
オアフ島やグアム島に並ぶ人気の観光地になった。
特に、歓楽の充実するマニラ市は、男共を魅了した。
だが、マルコス政権が独裁を強め治安が悪化し、
買春ツアーへの非難が高まり、ネオン街から日本人が消えた。

1980年代に入り、今度はフィリピン人女性たちが大挙上陸して来る。
日比間で協定が結ばれ、短期(半年)の興行ビザ入国が可能になり、
フィリピン人エンターテイナーを斡旋する興行師が現れ、
列島の津々浦々に「フィリピンパブ」が乱立していった。

「じゃぱゆき」という言葉を見聞きするようになり、
彼女たちは、発展途上国から出稼ぎに来た非道徳的な存在と揶揄(やゆ)された。
確かに、性的な接触を強要されるなど、労働環境には厳しい面があった。
確かに、受給までの流れには、日比双方の裏社会が絡み問題があった。
売春をサービスした店もあったと聞くが、全てに当て嵌まる訳ではない。

中には、客と懇ろ(ねんごろ)になるケースはあっただろう。
枕営業だってあっただろう。
でも、それはフィリピーナの専売特許ではない。
僕のバイト先でも、似た事例は決して珍しくなかった。
色恋にカネと欲が絡んだ騙し合いは、夜の世界の日常茶飯事。
古今東西、盛り場で繰り返される「業(ごう)」や「性(さが)」だ。
僕が知る限り、彼女たちは搾取されるだけの弱者ではない。
「円」を狩りに南シナ海を渡ってきた、陽気で美しく強か(したたか)な戦士だった。

--- あれから30数年が経った今、
フィリピンパブは絶滅の危機に瀕しているという。
2005年、入管法改定により興行ビザの発給基準が厳格化され、
若年女性タレントが来日する時代は終わった。
そして、新型コロナウイルスである。
かつて一大勢力を誇った灯(ともしび)は、風前で揺らいでいる。
コメント (7)
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