つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

幻想の越南。~ 回転する熱帯。

2020年04月25日 04時37分51秒 | 手すさびにて候。
手元に一冊の本がある。
「回転する熱帯」 --- 「望月飛鳥(もちづき・あすか)」著。

出版元は、今は無き、日米大手が組んだ「ランダムハウス講談社」。
2007年に刊行されたこの本のこと、この作家のことを、
いったいどれくらいの方がご存知だろうか?
ファンには申し訳ないが、有体に言って「有名ではない」と思う。
また、正直「名作とは呼べない」とも思う。
--- だが僕は、この本が好きだ。

ほんの手すさび手慰み。
不定期イラスト連載、第百三十七弾は「ユンとヒロ」。

舞台は、経済成長に沸くベトナムのホーチミン・シティ。
日本語研修センターの教師、日本人の「ヒロ」。
そこで日本語を学ぶ生徒、ベトナム人「ユン」。
物語の中心人物になる2人の女性は、恋人同士だ。
「回転する熱帯」は、“百合小説”に分類できる。

官能シーンはある。
互いが初めて同性を愛する戸惑いと初々しさと熱情が伝わってきた。
しかし、割かれたページは少ない。
そうした営みよりも、読者は「ヒロ」の一人称視点の語りによって知る。
2人の理性や常識が、熱帯の夜に融け出し、甘い果実のように熟してゆく様子を。

私たちは言葉で繋がっていない。
日本語も英語もベトナム語も介在しない世界が二人の間にある。
それは明確で、疑いようもなくて、それでいて、うそみたいなのだ。

私はユンといると救われる。だからユンとばかりいる。
二人の時間がどろどろに濃縮されて、流れが止まってしまいそうで時々怖くなる。

私は、ユンのおしゃべりな目や、芳ばしい匂いや、滑らかそうな湿っぽい感じの肌や、
首筋に浮いていた汗の粒などを、よく寝しなに思い出していた。

(※赤文字、原典より抜粋引用/原文ママ)

2人の恋愛模様を包み込む、ベトナムの描写もいい。
日本人にとっては、異国情緒に溢れている。
僕は、自分が彼の地で見聞きした景観を思い出した。

あれは「回転する熱帯」が世に出たのと同じ頃。
とある企画でベトナム旅行の引率をした。

小雪舞う北陸を飛び立ち、韓国・仁川経由で数時間。
降り立った真夜中のタンソンニヤット国際空港の気温は、32℃。
あまりの違いに驚いたが、それは、まだ序の口。
ホテルで仮眠を取り、街中へ繰り出すと、
灼熱の太陽の下では、熱気と騒音、活気がない交ぜになっていた。

バイクの大群が、まるで生き物のように流れる道路。
市場の傍、沢山の屋台に、沢山の料理が並んでいた。
湯気を立てる「フォー」(米粉の麺料理)。
仏領時代の名残が生んだ、バゲッドのサンドイッチ。
串焼肉、串焼きエビ、臓物と野菜の煮物。
それらをよく冷えた「333(バーバーバー)」と一緒に流し込んだ。

カスタードアップル、マンゴー、ドリアンなどが発する甘い香り。
香辛料やニョクマム、揚げ油から立ち上る匂い。
搾りたてのサトウキビにライム汁を混ぜた飲み物の、青臭さも忘れられない。

大きな夕陽が沈み、喧騒は妖しさを増す。
闇の中、よく分からない言葉で笑い合う人々。
紙幣をやり取りしながら、賭けカードに興じる男たち。
原付バイクに跨り、誘い水を向けてくるアオザイ姿のホンダガール。
原色のネオンを反射して流れるサイゴン川。
相変わらず走り回っているバイク。
皆、当てがあってアクセルを握っている訳ではない。
熱帯夜に涼を取る為、風を切っているのだ。

日を跨ぐまで、ぐるぐるぐるぐる。
今宵も明日も、ぐるぐるぐるぐる。
僕が見たホーチミンは、確かに回転していた。
コメント
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