(新)緑陰漫筆

ゆらぎの読書日記
 ーリタイアーした熟年ビジネスマンの日々
  旅と読書と、ニコン手に。

俳句/読書 『句会で遊ぼう』

2013-01-09 | 時評
俳句/読書 『句会で遊ぼう』(小高賢 幻冬舎新書)

 ”俳句でもやろうか”と言ってしまった顛末(てんまつ)記。いやはやまったく愉快な本です。句会の実況中継というカテゴリーに属する本といえば、小林恭二さんの『俳句という遊び』それに『俳句という愉しみ』がまず頭に浮かんできます。かなり衝撃的な本でした。(詳しいことは、2007年7月に、このブログに書きましたので、ご覧ください。 俳句仲間からかなりの反響を集めました。)



ただこれはプロの俳人たちが集まった句会でした。俳句の素人が集まり、酒を酌み交わし、うまいものを食べながらやるとどうなるか、その様子を紹介したものが本書です。といっても並の句会ではありません。そのメンバーの名前を見るだけも楽しいのです。宗匠小高賢(こだかけん)は歌集『本所両国』で若山牧水賞を受賞、また講談社では本名鷲尾賢也で編集者として活躍。文章も楽しく、うまい。彼の文は次々に読んでみようという気にさせる。そして何よりもこの句会が始まった発端は、東京農大名誉教授にして食のエッセイスト、小泉武夫です。本当に彼の文章は秀逸ですね。ピュルピュル、チュルチュル、コクリンコなどなど擬声語がふんだんに溢れる<食あれば楽あり>などを読んでいると、ついその料理を作って食べたくなってしまうのであります。

その小泉先生を囲んで、3~4ヶ月に一度うまいものを食いつつ酒を呑む会がある。気のおけない編集者、新聞記者あるいは食品業界の小泉ファンなどなど。最近は、数人の女性陣も参加してワイワイガヤガヤ。それが、そのままのスタイルで句会をやることになった。”たしかに清遊というスタイルもあるだろう。しかし、飲みながら、食べながらの合評は得がたい時間である”


「俳句と短歌は似たようなものではないか」という乱暴な意見から、小高賢が宗匠役。といっても、もしドラの高校野球部の女子マネージャーの様なもの。中心となる指導者がいる訳でもない。まったくのアマチュアが、俳句でもと悪戦苦闘した句会の実況中継である。句会は、宗匠がその場で席題を出し、ひとり5句を即吟するスタイル。その中からいいと思う句を3句、ひどいと思う句(X印)を1句選ぶことになった。

すこし長くなった。早速句を見てみよう。
両国のうなぎや「両国」で開かれた第一回の句会。白焼きに山葵などをからめそれを肴に酒を呑みたい面々。そこでX印を披講された句、

 ”燗酒を干して気がつくひながかな”
 ”八重桜年増おんなのうとましさ”

”1句目は、昼間から酒を呑んでいる。まだ陽が落ちていない。長時間呑んでいることになる。これは小泉さん以外にないだろうと、作者がすぐに分かってしまう。にもかかわらず小泉さんに同情はなく、事実を平たく述べられているだけで、これが俳句とは思えないとの酷評が出る” 実況中継ができない程の激しさ。口から先に生まれ出たようなメンバーばかりなので、”大量の塩と辛子が塗りこまれる。にもかかわらず”またやりましょう”との小泉さんの声。これが泥沼の始まりだ。

 ”コミュニケーションの潤滑油としての俳句。そういう側面を私たちの世代はもっと重要視してもいいのではないか” ”終わったら酒が飲める。みんなと話ができる。そういう楽しみがあると、句会はつづく。そのうち「俳句でも」から「でも」がなくなり、俳句が手放せなくなる。


 ”出勤をやめろやめろと百日紅”

句会がつづくにつれ”「俳味」の有無が作品評価にも幅を利かせてくる。この句はたしかに現実的すぎる。粋もない、色気もない。俳句はそういう日常をどこか超越しているものではないだろうか。これは短歌的だ。おそらく宗匠の作に違いないと糾弾されてしまった”

2ヶ月の一回のペースで開かれている句会の3回目で、ひとりでx印を五個も食らった句が出た。

 ”不倫かな老いも若きも船の旅”

俳味もなく、しかも詠嘆の助詞「かな」の使い方がおかしい。不倫であろうと、恋愛であろうといいではないか。邪推や年寄りのジェラシーがいやらしい。まさに散々であった。x印は三。この作者はほかにx印二の句があり、計五個
のx印。

      ~~~~~~~~~~

 こんな句を見ていると、この句会は大した事はないように思われるかも知れない。しかし続けているうちに、そして女性陣など新メンバーも加わり、選句眼も向上、秀句佳句が出てくる。

 ”宮ずもう子供雷電ここにあり”(醸児)
 ”四国路や今年も埃のご開帳”(醸児)

◯印四票でトップになった句。、

 ”それ逃げろ月夜畑の裸の子”(醸児)

 ”秋の雲椅子も机も無口なり”(鬼笑)
 ”天地のふちに咲きたる曼珠沙華”(鬼笑)

いずれも◯印が二、三票入った作品である。

 ”妻病んで孤独身にしむ冬支度”(敦公)
 ”リタイアの友より届く新酒かな(敦公)

一句目は敦公が初めてトップ賞を獲得した句である。
二句目は、◯二票。

 ”水底の空をはいゆく田螺かな” (茶来)

トップ賞の句。なるほど洒落た句である。きれいな水、。空さえ映っている。そこに田螺が動いているのである。”その時、私の句は「たにし鳴く月夜の畦は別れ道」 いかにも嘘っぽい。実際を知らないことが見え見えである。


     ~~~~~~~~~~~

(女性の活躍)
 女性記者出身にして、今は法務省に勤める。そして世界中の山に登るアルピニスト、蒼犬。”初めて句会に出て、ああ、この程度なら大丈夫と思ったいうから、口惜しいではないか” デビュー以来、醸児提供の賞品の獲得率が高い。俳句歴はまだ浅く、2009年4月のデビュー。はじめは俳号もなく、x印への酷評を浴びていた。しかし、その秋の醸句会では、席題「稲雀」「蕎麦の花」「夜学」では今までにないことをやってのけた。出詠句5句すべてに◯印がつく完全試合! ◯印12はそれまでもないし、それ以後もない。

 ”蛍光灯一つ切れたる夜学かな”(蒼犬) ・・・◯印五
 ”チョーク粉の浮き上がり見ゆ夜学かな”(蒼犬)・・◯印三
 ”光琳の蒔絵より出で稲雀”(蒼犬)・・・◯印二
 ”稲すずめ思いのほかの穂のたわみ”(蒼犬》・・・◯印一
 ”蕎麦畑角を曲がれば恩師宅”(蒼犬)・・・◯印一

後に◯四票の句もでる。

 ”青年のくるぶし高き夏衣”(蒼犬)

以来、快進撃が続いた。彼女の句は、切り取りがいい、説明的でない。
わが醸句会が怪物にきりきり舞したことは事実である。だがスターの登場は句会を活性化する。


 途中から参加した水産会社の社長(ぎょ正)の句は、時間を経ると良さが匂い立つ。

 ”裏木戸の水まく先にあしびあり”(ぎょ正)・・・◯印四票

これは記念すべきトップ賞の作品である。「水まくさきに」と「あしびあり」の間にわずかな時間・空間が生まれている。ふと目をとめると、その先にあしびが・・という風に読み手は感じとれるのだ。

さて宗匠の句は、ほとんどトップ賞がない。たしかに票は入っている
が、多くの仲間から断トツに支持される俳句は、本人の想像以上に少ない。

 ”朝寒にしろき身の透く露天風呂”(醸児)・・・◯印二票


(血で血を洗う句会風景)の章では、これでもかという悪口が飛び出す。
冗談、反論、脅迫、哀願、開き直り・・・と披講風景が実況中継される。
これは、読んでいてもすごいや! しかし問答の合間は笑い声ばかりである。ほとんど冗談すれすれだが、各人はそれなりに真剣なのだ。あまりひどいので以下省略する。

 さて2005年の3月から7年間も句作に苦労したので、突然合同句集を
出そうということになった。ひとり三十句。題して「舌句燦燦」 瀟洒で芳醇な句集が完成したところで、終わり。

   ~~~~~~~~~~

この三十句から、あえて5句を選句してみました。選句眼の問われるところです。12人それぞれの終わりの2句が紹介されているので、それに◯印をつけました。みなさんなら、どの句を採られますか?


 ”紫雲英咲き放物線の空ひとつ” (鬼笑)
◯”たたずめば青田に水脈(みお)の刹那かな”(鬼笑)

 ”凍蝶やどちらも行けぬ片野池” (ぎょ正)
 ”羽下げてはぐれ一羽や迷い鶴” (ぎょ正)

 ”二荒の春野の木々の舞踏かな” (茶来)
◯”春の野や男体山の影の先” (茶来)
 
 ”キンコンカンコンばらりばらり氷柱かな” (枝光)
◯”遠山や青田の風の行き止まり” (枝光)


 ”夕もやの買い物籠に葱二本”  (少賢)
 ”目で告げてマスクの顔と別れたり” (少賢)

 ”うぐいすの初音のひびき草光る” (醸児)
 ”それ逃げろ月夜畑の裸の子” (醸二)

 ”大きなるマスクささえてぼんのくぼ” (蒼犬)
 ”枝々を透かしてもなお寒昴” (蒼犬)

 ”行商のマスク行き交う小樽駅” (翼)
 ”アンヌプリ屋根の王冠寒昴” (翼)

 ”灯に黒くうるめいわしの腹光り” (出味)
◯”凍鶴や耐えて三日の野菜掘り” (出味)

 ”大濠に白鳥の孤影夜寒かな (敦公)
 ”ひとり寝の身にしみわたる夜寒かな” (敦公)

 ”凍て鶴の芯のあたりのちろ火かな” (南酔)
◯”寒昴近くでぐれる星もある” (南酔》

 ”湯豆腐も冷めて更けゆく夜寒かな” (北酔)
 ”氷柱のび寒冴えわたる飛騨の里” (北酔)

     ~~~~~~~~~~

 存分に愉しみました。「醸句会」に参加したような気分になってきました。こんな句会やってみたい!




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8 コメント

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感想 (龍峰)
2013-01-09 22:05:31
ゆらぎ 様

一気に読みました。このような句会を是非やって見たいと思いますね。もう少し実力が要りますが。是非本を読んでみようと思います。
尚、先日ご紹介頂いた詩歌の森を本日入手しました。面白そうです。有難うございました。
面白い句会ですね (我善坊)
2013-01-11 00:14:24
面白いですね。
結社の末端の句会になると「権威」が幅を利かせ、宗匠のお言葉に耳を傾け、結社で認められようと精進する。これでは花道や茶道と同じで、「座の文芸」のはずの俳句が泣きます。
その反対が先日亡くなった小沢昭一が紹介していた「東京やなぎ句会」で、「集まって酒を飲むだけでは芸がないから、俳句でもやってみるかー」ということで始まったようです。しかし「醸句会」と同じで、やがて「俳句でも」から「でも」がとれる、これが理想です。
「不倫かな老いも若きも船の旅」
は、「不倫かな?-」のつもりかもしれない。それなら、オーソドックスな句とは言えないまでも、俳味はあるようにも思えますがー。
ありがとうございました。 (ゆらぎ)
2013-01-11 09:02:37
龍峰様

長文を一気一気呵成にお読みいただいた由、ありがとうございました。「醸句会」のファンになっていたき、そのうちご一緒に、こんなスタイルの句会をやりたいものです。

 『詩歌の森へ』を読まれると、きっと芳賀徹さんのファンなられますよ。先年九分九厘さんを誘って、信楽の山中まで車を走らせ、芳賀さんの話を  聴きにいったことを思い出します。
お礼 (ゆらぎ)
2013-01-11 09:30:44
我善坊様

お立ち寄りいただき、ありがとうございました。
 おっしゃるとおり、結社の句会はよく言えば伝統的、わるくいえば旧来の陋習を守っているだけのもので面白みがあまり感じられません。なんとか変化を遂げて発展しようとしないのですかね。

 「不倫かな」の句に「?}をつけて読み解くとたしかに味がでてたしかに味が出てきますね。鋭い眼力、恐れいります。
懐かしい思いがします (九分九厘)
2013-01-11 20:44:47
長文の読後録を楽しく読ませていただきました。眠牛さんのころの、あの気分を懐かしく思い出しています。今は、文学青年、否!文学老年のあがきで、それらしく綺麗な俳句を作っています。時には、我ながらうまくいったと思いながら、やはり大元の根性は揶揄と批判とユーモアの俳諧にあると思いとどまりながらの、行ったり来たりの俳句詠みです。一度、男だけでうまい料理でも食べながら、ハチャメチャな句会をやりますか!
楽しく拝読しました (自由人)
2013-01-12 11:50:49
久しぶりにブログを拝見し、数年前に大阪の会場で見学した東京やなぎ句会を思い出しました。小沢昭一さんは先日亡くなられましたが、彼の著した句会実況の本も面白かったです。
無季や季重なりの句もありますが多士済々の意外性のある発想の句は楽しいものです。ぜひこの本も読んでみたいと思っています。
お礼 (ゆらぎ)
2013-01-12 13:55:25
九分九厘様

 嬉しくもまた懐かしさも感じるコメントをありがとうございました。。<眠牛>さん(別名 百鬼さん>の「れいの会」はすごかったです。また大兄が、<百鬼>さんの俳論ブログにエネルギッシュにコメントを書き、談論風発された事を懐かしく思い出します。あの当時は熱気にあふれていましたね。
 せっかくですので、百鬼さん(眠牛)さんの追憶を、後日「余滴」として書いてみましょう。

 男だけの句会ぜひやりましょう!
ありがとうございました (ゆらぎ)
2013-01-12 14:04:30
自由人様

 お立ち寄りありがとうございました。大兄に教えていただいた東京やなぎ句会の本『友あり 駄句あり 三十年』は今も大事にしています。うるさ型の揃った句会、自由奔放な句会ですが、なかなか味わいある句がありますね。後日このブログで紹介したい気持ちになってきました。

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