老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

自分を愛する心

2019-06-10 09:53:42 | 社会問題
川崎の無差別殺傷事件、元農林水産省次官の長男刺殺事件。人の心を暗澹とさせる事件が続いている。

様々な要因が考えられるが、最大の問題は、世の中や人々の価値観が、『お金』に集約されている点にある。「お金を儲けられる人間」が世間的価値基準の尺度になってしまった。拝金主義が価値の基準になってしまった社会のひずみが看過できないほど膨れあがったのである。

たしかにお金は大切なもので「お金がなければ首がないのと同じ」という比喩は身に染みる。しかし、一方で「足るを知る」事を忘れてしまえば、社会の荒廃を免れる事はできない。新自由主義的価値観の浸透で最も問われなければならないのは、富を少数者に集約させすぎて、社会そのものが荒廃の一途を辿っている点にある。

人間の多様な価値観、多様な可能性を「お金」に収斂させる社会のありようこそ問われなければならない。

吉野弘という詩人がいた。平易な言葉づかいで、「人間賛歌」ともいうべき言葉を紡ぎだしてきた。

彼の詩は、立派になれとか、頑張れとか、そういう常識を疑い、だらしなくていいじゃないか、立派になんかならなくてもよい、自分に素直に生きろ、という素のままの人間をいとおしむ文言で満ち溢れている。

教え子の結婚式の挨拶で、何度か、彼の代表作の一つ【祝婚歌】を引用させてもらった。
 
全文はこちら
http://www5.plala.or.jp/kappa_zaru/shukukonka.html

下の朗読はなかなか雰囲気が出ています。
https://www.youtube.com/watch?v=pYYpWcKKLIE

その中で一番好きな文言は以下のところ。

“二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい・・”

岩崎隆一を欠陥人間だと切り捨てたお笑い芸人がいたが、彼は自分を完璧な人間だと考えているのだろうか。“完璧なんて不自然な事だ”という認識など彼にはないのだろう。

吉野弘は違う。駄目な部分も含めて人間だと肯定する感性こそが結婚生活を長続きさせる要諦だと言っている。

「愚かさ」の効用も説いている。愚かだからこそ、人は救われるのだ、と言っている。家庭でのわたしは愚かさの塊。吉野の言葉にはほんとうに救われる。

少し話は飛ぶが、池波正太郎の代表作に「鬼平犯科帳」がある。その中で、“兎”の愛称で呼ばれる同心がいる。女好きで、どじばかり踏む。それでいて、密偵どもには偉そうにする。その偉ぶり方が見え透いていて、密偵どもは陰でくすくす笑いながら許している。仲間の同心には、しようのない奴だと思われているが、何かしら憎めない。

ある時、彼の話が出た時、長谷川平蔵は、「兎より優秀な同心は掃いて捨てるほどいる。しかし、兎のとぼけた個性は余人には代えられない。彼を見ると皆がほっとする。そんな輩が許されている組織は信用できる。どんな優秀な同心より兎は役にたっている」という趣旨の話をした。

もう一つ余談をすると、昔、東宝映画の人気作品に【社長シリーズ】があった。森繁久彌社長の下に、三木のり平扮する部下がいた。仕事はできないが、夜の宴会では大活躍する。“パッとやりましょう”が口癖だった。

効率性、生産性一点張りの価値観では、“兎”や“三木のり平”は生き抜けない。結婚生活でも賢くなければならない、まして“愚かさ”などという事は許されない、としたらどうなる。

この息苦しさが社会を覆い尽くしている。

いつごろから、日本社会は、こんなに人を追い詰める社会になったのだろうか。テレビをつければ、“高齢ドライバー”を追い詰めるニュースのオンパレード。

この“息苦しさ”こそが、川崎無差別殺傷事件や元農林水産省次官の事件の背後にある。

最後に、吉野弘の詩からもう一つ。子供を追い詰めない親の知恵(人間の知恵)が詰まっている。

“奈々子に”

赤い林檎の頬をして
眠っている奈々子。

お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり
奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの
つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにも ちょっと
酸っぱい思いがふえた。

唐突だが
奈々子
お父さんは お前に
多くを期待しないだろう。
ひとが
ほかからの期待に応えようとして
どんなに
自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり
知ってしまったから。

お父さんが
お前にあげたいものは
健康と
自分を愛する心だ。

ひとが
ひとでなくなるのは
自分を愛することをやめるときだ。

自分を愛することをやめるとき
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある

お父さんにも
お母さんにも
酸っぱい苦労がふえた。

苦労は
今は
お前にあげられない。

お前にあげたいものは
香りのよい健康と
かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。
・・・・・・・・・・

東大出のエリート官僚だった元次官の人間認識(子供認識)に決定的に欠落していたもの。

“自分を愛することをやめると
ひとは
他人を愛することをやめ
世界を見失ってしまう。

自分があるとき
他人があり
世界がある“
・・・・中略・・・・
“かちとるにむづかしく
はぐくむにむづかしい
自分を愛する心だ。”

わたしたちも自戒したいものである。

「護憲+コラム」より
流水

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