老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

歴史と歌と(時代を切り取る能力とは!)(1)

2020-08-06 13:18:06 | 暮らし
わたしは、自称世捨て人。「自粛」など屁でもないとたかをくくっていたが、どうやら大きな間違いだった。

世捨て人の最大のメリットは『自由』。どこへ行くのも自由。どこへ行かないのも自由。ところが、コロナ下では、ひたすら家に居ること以外選択肢がない。この『自由』のなさが、どれだけ人の精神を腐らせるか、今回の自粛騒ぎで骨の髄まで思い知らされた。

ビートたけし(わたしはあまり評価しないが)が、家にだけ居たら、絵も描けないし、文章も書けない、映画の構想も生まれないと嘆いていた。外で受ける刺激なしに創作活動をする精神の自由は、手に入れられない、という事なのだろう。たけしの嘆きは良く分かる。

世捨て人が『自由』の無さを思い知らされているのだから、現役の人々の鬱屈は推して知るべし。

そんなわたしがはまっているのが、ユーチューブ。特に、音楽にはまっている。駅ピアノにはじまり、バイオリン、オーケストラなどを手当たり次第に聞き漁った。クラッシックをこれだけ聞いたのは、クラッシック喫茶に毎日入り浸っていた大学時代以来。

同時にメジャーではない日本の歌謡曲や歌手などを探し求め、今まで知らなかった歌手や歌を発掘しては楽しんでいる。

その中からいくつかを紹介してみたいと思う。

“歌は世につれ 世は歌につれ”と言うが、【歌】は世につれ以外ない。歌が時代をリードする事はない。“世につれる”歌の中でも、本当に時代を切り取れる歌は、ごく少数。作詞家、作曲家、歌手の感性がぴたりと重なり合った歌のみが時代を切り取れる。以前紹介した藤圭子の歌などが好例。そんな奇跡的な『歌』に出会えた時の喜びは何物にも代えがたい。

今日はそんな歌をいくつか紹介したい。

最初に紹介したいのが、「センチメンタル・ゲイ・ブルース」
https://www.youtube.com/watch?v=v70cICoI7hA&list=RDUJHQIp2SsK0&index=4
作詞 最首としみつ 作曲 杉本真人 歌手 杉本真人 

作詞を担当している最首としみつ。初めて名前を知った作詞家だった。税理士をしながら作詞家として活躍している人のようだが、この人の感性は凡庸な作詞家とは一味違う。

何はともあれ彼の作詞を追ってみよう。

“あたしが男を知ったのは
女を知った日からまだ三日目の夜
場末の酒場でむせていた あたしを介抱してくれたGIジョー
熱い嵐が身体をはしり 気づいたところは安ホテル
・・・(後略)

ゲイとかおかまとか言われる人たちの話の中でよく出てくる言葉に『どんでんが来る』というのがある。『どんでん返し』から取った言葉で、男が女を愛する通常の性から男が男を愛する「異形の性」へと反転する瞬間を『どんでんが来る』と表現するのである。

最首はその瞬間を“熱い嵐が身体をはしり”と書く。表現するのが難しい『どんでんが来る』という感覚を見事に表現している。これだけでも、この作者の感性がただものではない事が良く分かる。おそらく、歌謡曲で『ゲイ』を真正面から題材にしたのは初めてだろう。この斬新な切り口とその歌詞は、見事としか言いようがない。

さらに彼が並みの作詞家と一線を画しているのは、時代との向き合い方だろう。肩ひじ張った政治的主張ではなく、人間の感性を掘り下げた隠喩としての“時代と人間とのかかわり”を表現している点である。

以下の歌詞を読んでもらえば理解できる。

・・・・・
“あたしが男を愛したのは
女に絶望してから まだ間もない頃
男と男が部屋をかりて それからしばらくは幸せだった
ある晩 ジョーは大酒飲んで 手当たり次第に あたりをぶち壊す
その日が来たのね あたしのいい人に 真っ黒のほほに 大粒の涙
ルールルル ~ルールルル~

あたしが街に立ったのは
ベトナムが終わって しばらく過ぎた頃
寂しさまぎらす化粧もいつか ルージュを引く手つきも女を超えた“
・・・・・・・

同棲していたGIジョーが“手当たり次第にあたりをぶち壊し”ながら“真っ黒のほほに大粒の涙“を流している。

作者は、何も書いていないが、ベトナム戦争当時を知っている人ならすぐピンとくる。ジョーにベトナム行の命令が下ったに違いないと。当時、日本はベトナム戦争に参加する米兵の待機場所であり、戦争に疲れた米兵たちの一時的休息場所でもあった。

“地獄”と呼ばれたベトナムの戦場に行かざるを得ない兵士の哀しみが、真っ黒のほほに大粒の涙“という歌詞に濃縮されている。

以前にも書いた事があるが、特攻出撃がきまった前夜、特攻兵たちが酒を浴びるように飲み、涙を流しながら大荒れに荒れた。しかし、出撃の当日は“瘧”が落ちたように澄んだ顔と目をして飛び立っていった、と言う話を、当時、鹿児島県の鹿屋基地から多くの特攻兵の出撃を見送った整備兵だった人から聞かされた事がある。

最首としみつは、その事をよく分かっている。人間はみな一緒。人種なんて関係ない。誰も戦争なんか行きたくない。人はみな生きたい。“グローバル”な視点とは、それを共有する事だ、と言っている。

米国の戦争だったベトナム戦争は、米国内でも大きな反戦運動を引き起こし、当時の日本の若者たちにも大きな影響を与えた。“べ平連”という市民運動も盛んに行われた。鶴見俊輔、小田実など多くの学者・知識人や若者が参加していた。
※ ベ平連  ウィキペディア 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%81%AB%E5
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最首としみつは、ベトナム戦争時の市民運動などのその後を、“あたしが街に立ったのは ベトナムが終わって しばらく過ぎた頃 寂しさまぎらす化粧もいつか ルージュを引く手つきも女を超えた“と書く。

最首には、どんな運動もいつか初心とは別なものに変わらざるを得ない、という辛い真実が視えている。同時にそれが、新しい何かを生み出すという真実も見据えている。“寂しさまぎらす化粧もいつか ルージュを引く手つきも女を超えた”とは、その新しい真実を指している。

最首としみつの時代とのかかわり方は、ゲイという性的マイノリティの『生きる姿』を描くことによって見事に表現されている。人間の歴史とのかかわり方には様々なありようが考えられるが、このような視点で歴史を切り取るのも意味がある。

作曲を担当した杉本真人は、わたしが最も評価する作曲家の一人。彼の紡ぎだすメロディーは、ジャズとブルースとフォークと艶歌のない混じった独特の世界観を生み出している。彼のこの感性は、日本の音楽界の“ごった煮”的状況を象徴している。あらゆるジャンルの音楽が存在し、それぞれが相互に影響し、侵食し、混じり合って、新しい音楽的感性を創造しているのが、現在の日本の音楽界だろう。

彼は歌手としても、素晴らしい。その中で、この歌は、彼の代表作と言っても過言ではない。“センチメンタル”というネーミングでも分かるように、一種のもの悲しさを漂わせたブルース調ではあるが、きわめて軽快なリズムで、主題の重さや暗さを見事に“軽み”に変えている。

ここで言う“軽み”とは、芭蕉が俳句生活の最後に求めた“軽み”に共通するものとして考えてほしい。
※コトバンク “軽み” 
https://kotobank.jp/word/%E8%BB%BD%E3%81%BF-468278

(2)で紹介するが、彼は重さや暗さを主題として多くの演歌調の歌を書いている。例えば、「惚れた女が死んだ夜は」と言う曲がある。小林旭が歌っているが、作曲家である杉本も見事な歌を披露している。
https://www.youtube.com/watch?v=WuDEs1yExks

このように暗く重い歌を歌えないわけではないし、というよりむしろそのような彼の歌のファンも多数いる。

しかし、この歌では、杉本は、ゲイの置かれた現状を、リズムの“軽み”で表現している。この“軽み”が社会で市民権を得つつある『性的マイノリティ』の現状を象徴している。こういうところが、杉本の時代感覚の優れたところで、並みの作曲家ではこうはいかない。

例えば、厳密な意味で“ゲイ”かどうかは知らないが、マツコ・デラックスやミッツ・マングローブなどのトークの切れ味は、杉本の“軽み”に通じている。今や、この“軽み”こそが、時代の感覚だ。

これが“センチメンタル・ゲイ・ブルース”に、他の追随を許さない存在感を与えている理由だろう。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

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