老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

空疎な自己責任論 (安田純平氏の記者会見を見て)

2018-11-03 09:39:26 | マスコミ報道
安田純平氏の記者会見を見た。妻などは、こんなに早く会見をして大丈夫なのか、とはらはらしながら見ていた。

彼の会見を聞きながら、想像を絶する地獄のような監禁生活を3年半もよく耐えたな、と感心した。肉体的苦痛もさることながら、精神を痛めつける監禁グループのやり口にぞっとさせられた。肉体的にも精神的にも、人を支配する、というのは、こういう事なのだと改めて知らされた。

これは何も安田純平氏だけの特殊な経験ではない。ナチスドイツもそうだったし、戦前の日本の特高警察の取り調べもそうだった。最近では、カンボジアのポルポト政権もそうだったし、ミャンマーの軍事政権下でも同じだった。

権力と暴力で人を支配する、というやり口は、洋の東西を問わず、人種の有無を問わず、組織の大小を問わず、同じやり口が行われる。安田氏の話は、人間の持つ悪魔性を再認識させられた。

わたしが安田氏に感心させられたのは、そういう苛酷な状況の中で、克明な記録をとり、冷静に拉致した人間たちを観察し、捕らわれた施設の内部を観察し、周囲の環境や状況を観察している事である。

これは、言うのは簡単だが、3年半も行い続けるのは、難しい。自分が彼のような状況に落とし込まれたらと想像すれば、彼の凄さが実感できる。わたしには、到底できない。わたしはこの一事をもってしても、彼が骨の髄からジャーナリストだと評価できる。

前の投稿(私見;自己責任論)でも指摘したが、そもそも自己責任論などは論として成立しない。人間(大人)の行動はほとんど全て自己責任に基づいて行われている。その行動の評価は甘んじて受けなければならない。それが大人社会のルール。

安田氏も語っていたが、戦場地帯に入るのは自らの判断。その結果、生じた事態は彼の言葉を借りれば、【自業自得】=自己責任。そんなことも分からずに戦場や紛争地帯に入るジャーナリストはいない。この当たり前の事が通じないのが自己責任論を叫ぶ輩。

先日、羽鳥のモーニングショーで、橋下元大阪府知事と玉川氏がこの問題について討論していた。さすがに、橋下氏の論理は、そこらあたりのチンピラ自己責任論者とは一味違っていたが、論理の浅さは否めなかった。

彼は戦場取材の必要性は認めた。戦場記者たちが自己責任で危険地帯に入っていくことも認めた。そして不幸にして拉致された人間が生還した事を喜ぶことも認めた。政府に邦人保護の責務がある事も認めた。

では何を批判するのか。彼は、安田氏が捕まった事自体を批判したのである。エベレスト登山をするのに本当のプロは十分な準備をして登山する。ところが、素人は適当な準備をして登山するから遭難する。

それと同じで危険な戦場取材をするのだから、十分な準備をして絶対の安全を期して入らなければならない。安田氏はそれができていなかった、と批判する。そして、政府に邦人保護の責務があるとしても、そのために政府に迷惑をかけたことを謝罪するべきである、と言う論理。

まず、エベレスト登山の話だが、過去プロの登山家がどれだけ遭難したかを彼は知らないはずがないだろう。どれだけ完璧な準備をしても、遭難する事があるのが、山の恐ろしさ。普通の人間はそういう危険な場所には立ち入らない。しかし、山に魅せられた人には、不可能と言われたり、危険と言われたり、怖ろしいと言われたりするからこそ挑戦する。人間の冒険心や挑戦心には限りがない。これが人間の進歩につながった、と言って良い。

戦場記者も同じ。ひょっとするとエベレスト登山より難しい。何故なら、エベレスト登山の場合、気象条件などはある程度以上読める。その予測の下で行動できる。ところが戦場記者の場合、相手はテロリストだったり、軍隊だったり、夜盗だったり、誘拐ビジネス集団だったり、気象条件を読むような具合にはいかない。どれだけ準備をし、どれだけ慎重に行動しても、絶対の安全は保障できない。もし、絶対的安全を期するのなら、中東での行動の場合、米軍と行動を共にする以外ない。それでも流れ弾や砲撃を受ける危険性はゼロではない。

しかし、彼らはジャーナリスト。米軍と行動を共にすれば、かっての従軍記者と同じで、米軍側から見た情報以外手に入らない。そうではない情報を手に入れようとすれば、米軍の保護下から出て取材する以外ない。

戦場ジャーナリストの取材対象は様々。ジャーナリストの数だけあると言ってもよい。米軍側から見た真実。米軍の攻撃を受ける人たちから見た真実。テロリストから見た真実。双方の戦闘の間で生きようとしている無辜の民の真実。戦争の興廃の中で生き抜こうとしている子供たちの真実。戦争には様々な真実がある。その真実の欠片を丁寧に拾い上げて人々に伝えるのが戦場ジャーナリストの仕事である。

そうなると外務省の発する危険情報と相反する結果になる場合も多々あるだろう。それだけ危険地帯に入るのだから、安田氏のように捕まる場合もあるだろうし、後藤氏のように命を落とす場合もあるだろう。

しかし、彼らはその仕事を選択し、自らの生命の危険を賭しても、戦争の真実の欠片を拾い集めようと決心して危険地帯に入ったのである。

橋下氏は、【仕事の成果】がないから駄目だ、という評価をしていたようだが、それもまた近視眼的評価と言わざるを得ない。上に書いたように、戦場の真実は見る立場によって違う。その真実の欠片を評価するのも、評価する立場によって違う。自分が評価できないから全否定するのはあまりにも近視眼的と言わざるを得ない。

橋下氏よりはるかに低次元の自己責任論による批判を繰り広げていたのが、坂上忍や東国原などが出ていたフジTV系列の「バイキング」。あまりにも低次元の批判で聞くに堪えなかった。彼らの言説批判は、リテラで詳細に行っているのでそちらをご覧ください。

・・安田純平会見に『バイキング』坂上忍、東国原、土田らがゲス全開バッシング!「シリアの話より反省聞かせろ」
https://lite-ra.com/2018/11/post-4348.html リテラ

わたしは安田氏をジャーナリストとして評価できると考えているので、こんな【愚者の狂宴】のようなバッシングにひるむことなく自らの仕事に邁進してもらいたいと切に願う。

“行蔵は我に存す 褒貶は他に存す 我にあらず 我に関せず ” (勝海舟)
行動の責任は自分にある それに対する毀誉褒貶は他人が行う わたしの知った事ではない、と言うほどの意味である。江戸城の無血開城を行った海舟に対する批判は凄かった。それに対する海舟の言葉である。

戦場ジャーナリストの皆さんも「自己責任論」のようなつまらないバッシングに惑わされず、これからも勝海舟の覚悟で取材活動を行って欲しいと切に願う。

「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
流水
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暗黙の論理 (竹内春一)
2018-11-04 08:16:08
暗黙の論理がある。命より生活が重要、生活より経済が重要。だれもこの論理を否定ないし批判できない状況である。この論理が地上ではまるで重力のように働いている。その結果として、日本人の命が奪われて、日本人口の減少になっていると考えられる。

これは日本人の人工だけの問題ではない。実は地上の生けとしいけるものは絶滅に向かっている。
絶滅危惧種一覧【日本の動物編】。哺乳類や鳥類で最も危険なのは?
https://hb-l-pet.net/endangered-species/

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