老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

歴史の闇に埋められていく人と記憶と真実

2018-05-01 09:18:06 | 自民党政治
「永遠に失われるもの」

火葬場で焼けているのは老兵の屍だけではない
老兵の脳髄に刻まれていた
生々しい軍隊と戦場の記憶が
一枚のペーパーのように
青白い炎をあげて燃えているのだ。

八十代、九十代の高齢になるまで
秘かに抱いてきたのに
もはや誰にも伝えることがない
人それぞれの多彩で慚愧に堪えない軍隊と戦場の想いが
音もなく燃えているのだ。

井上俊夫氏の「燃えるペーパー」という詩の一部。
『詩と思想』5月号より

かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也) という書評ブログで紹介されていた。
https://blog.goo.ne.jp/hj_ondr/e/b2ee5f076d6939531f2a0cb3900c17f8

井上俊夫氏は、 初めて人を殺す―老日本兵の戦争論 (岩波現代文庫) などの戦争体験記を書かれており、戦争体験のない多くの日本人にとって貴重な本だと思う。

ポツダム宣言受諾の前後、多くの公文書が焼却された。歴史家保阪正康は以下のように書く。

・・・日本政府及びにその行政機構、軍事機構は、ポツダム宣言を受け入れると決定したあと、すぐに国家機密に関わる資料や文書の焼却を決めている。昭和20年8月14日の夜から15日の朝にかけて、東京永田町の中央官庁からは機密文書を焼却する煙が絶えなかったという。また外地に広がる軍事機構でも焼却を急いだ。そのため以後の昭和史研究は文書や資料で裏付けられた史実よりも、関係者の記憶や証言に頼る事が多くならざるを得なかった。それでもわずかに残された記憶文書と関係者の証言によって、大まかな「事実」は判明して来ている。・・・
 (保阪正康『検証・昭和史の焦点』p182)

何故焼却したか。理由は明白。ポツダム宣言の「十」にある「戦争犯罪者の追及、処罰」である。

「十、吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非サルモ吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルヘシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルヘシ」

この追及から逃れ、証拠をなくすために、公文書を焼却したのである。井上俊夫氏の想像力、感性の欠片でもあれば、過去をないものにする公文書焼却などという悪行は到底できえない。

「老兵の脳髄に刻まれていた/生々しい軍隊と戦場の記憶が/一枚のペーパーのように/青白い炎をのあげて燃えているのだ。」

戦場の記憶は平和な日常の記憶とは全く違う。日常とかけ離れた記憶だからこそ、脳裏の奥深く刻み込まれていく。ベトナム戦争以降の帰還米兵のPTSD発症者の多さがその事を物語っている。イラク戦争に派遣された自衛隊の自殺者が50数名になると言われているが、戦場の過酷さがいかに人間の精神を蝕んでいくかを示している。

どのように悲惨な記憶であっても、どのように貴重な記憶であっても、人は死ぬ、その事によって、記憶全てが、失われる。老兵の脳裏に刻まれた戦場の悲惨な記憶は失われていく。この避けようのない冷厳な事実が、「正確な記録を書いた文書」が如何に重要なものであるかを証明している。

わたしたちは、死んだ人から話は聞けないが、死んだ人が残した文書は読むことができる。人間が他の動物と決定的に違うところは、「言葉」と「文字」を持つところである。文字による記録があるからこそ、人間は進歩した。過去の膨大な人類の歩みを蓄積でき、文書により知ることができ、追体験が可能になった。

ネアンデルタール人と現代の人間の違いは、現代の人間は過去の人類の歴史の集積を学び、咀嚼し、現代に生かしている点にある。それは決して特殊なエリートだけのものではない。様々な科学技術や文化などの発展により、その時代に生きる人間一人一人の身体や脳髄などに沁みついている。

その意味で、歴史は一人一人の人間の身体と脳裏に刻み込まれた「財産」なのだ。歴史というものは、人間の本質的営みそのものだと言っても過言ではない。

この観点から言うと、安倍政権下で行われている公文書改竄、公文書を作成しない、都合の悪い公文書は破棄するなどというありようは、人類の歴史の営みに対する挑戦である。人間の本質的営みに対する【冒涜】である。それ自体が、反人間的思想の表明である。

これが歴史修正主義者たちの歴史への向き合い方である。何千何万の井上俊夫氏のような記憶や思いを歴史の闇に埋め去って恬として恥じない。そして、そのような権力者が21世紀でも、連綿として存在している。その事自体が恥ずべき事である。

安倍首相の言う「美しい日本」とは、全ての犯罪や汚職などを覆い隠し、全てを無いものにする精神を指す。どんなに醜く、腐臭に満ちていても、【美しい】と言えば、それは「美しい」のだ、という 詐術を指す。

わたしたちは、21世紀になっても、こんな首相しか持てないことを恥じなければならない。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
流水

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2 コメント

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民族の悲願 (竹内春一)
2018-05-01 13:16:49
高句麗、百済、新羅、朝鮮王朝、と続き、朝鮮の分断と殺し合いの戦争の果てに現在がある。
朝鮮が統合しなければならないと思いが過去から現在に向かい、滔々と流れている。外部からその流れを壊そうとする勢力と、助けようとする勢力がせめぎ合っている。日本は全てを分断しようとする勢力が跋扈しているから、南北統合を邪魔しようとする。
この日本の一歩先を行く韓国から目が離せない。平和条約成立、南北統一がなったら、日本人はその記念コインを買おう。
安倍晋三分析 (竹内春一)
2018-05-02 11:31:17
氏を「嘘で固めた」「知性がない」「右翼」「軍国主義」と評する記述がおおい。当たらずと言えども、なにかピント来ないものがある。トランプ大統領、金正恩委員長、文在寅大統領と比べると、彼らは現在、ノーベル賞候補である。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/228234
彼らと安倍晋三はどこが違うのか。

敵との和解、分断国家の統一、軍の独走の制御は言うは易しいが簡単ではない。幅広い国民世論と世界の支持が必要である。戦後72年、どこかで戦争が起きている。もう戦争はゴメンだというのが、世界中に湧き上がっている。その声を政治過程に取り込むのが、政治家本来の役割である。

ところが、日本の指導者は「ゴキブリ」のように「友食い」をしている。かって友だった人を投獄している。消費税も友喰いで自国民を痛めつけている。ゴキブリもバクテリアも共喰いは自然なことである。人間も体の50%がバクテリアからできているから、ゴキブリ政治家を30%の国民が支持するのもうなずける。

ゴキブリを退治するには、ノーベル賞とは違ってゴキブリ賞を作ってノミネートすれば有効ではないか。

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