老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

思想の違いを超えて

2018-08-29 10:23:03 | 自民党政治
総裁選が安倍の出馬表明(今頃とは姑息だ。それも「西郷どん」の鹿児島で)でいよいよ本格化する中で、実は自民党総裁選が日本社会の現在における「縮図」でもあることが明白になっている。

安倍首相と石破氏は思想的にも憲法改正論でほとんど変わらないタカ派である。いわば「同志」なのである。

しかし、共通点は多いが決定的に異なるのは、石破氏は人格的には尊敬に値する「政治家」であるということだ。

彼は森友・加計問題が終息することを憂いている。安倍首相の悪徳ぶりに我慢がならず、ほとんど「ただ一人」、官邸主導(ファシズム化する自民党)に反旗をひるがえしている。

そして、決定的な違いは、総裁選で候補同士の対話を望んでいるということだ。「公正さ」や「正直さ」を言っているのに党内で攻撃されている。自民党自体が腐食を強め、まっとうな議論でさえ抑え込む卑劣が支配しているのである。

その対話をひたすら拒否する安倍晋三。この人はもう自民党という政治集団でさえ全体主義と体制翼賛化(戦前の思考であり、軍部の進出時代と同じだという坂野先生の指摘もある)を完成させるファシスト以外の何ものでもない。一部のマスコミはそれに賛同し、石破氏さえ排除の対象にしているのである。

犯罪的な指導者(安倍の森友・加計事件は何ら「国政ではない」ことを肝に銘ずるべきだ)を再び総裁にしたい自民党には、「党内民主主義」さえもなくなっている。

これは残念ながら日本全体の政治傾向(特に一部の女性に根強い政治的な無関心;実際このことを年配女性から私自身が何度も指摘された経験もある)なのである。

自民党総裁選は日本の「縮図」でもあるのだ。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
名無しの探偵

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政治無関心の裏側 (竹内春一)
2018-09-02 19:53:51
政治無関心には理由がある。政治は言葉で表現される。その言葉は無味乾燥。全然面白くない。政治を絵にすると、陰影がまったくない。白紙のキャンバスを理解して投票しろと言う。投票しないと政治的無関心と言われる。

陰影がまったくないとは、沖縄で少女がレイプ殺害されても、政治家はそれは俺のせいではないと思う。
では、原発が爆発した場合はどうだろうか。政治家はそれも俺のせいではないと言うだろう。これが続けば、世界金融危機が起きるとどうなる。アメリカの債権を多量に買っているm銀行が赤字になる。そのことと日銀の金融緩和は関係ありませんと思っていないだろうか。最近の自然災害は公共事業を削減したことが影響しているが、だれも自分が間違っていたとは言わない。今の時代がそうであるから、昔もそうであったわけではない。
平安時代、聖徳太子は天皇にならず、成仏せずに死んだ。当時は、今のように死ねば終わりではなかった。人々に想像力があった。インドに象の顔をした仏像がある。インド人の想像力は優れている。インド人の小学生は二桁の掛け算を簡単にこなすのは、想像力が豊かであるからである。

怨霊になった聖徳太子を東大寺に祀ったのが平安時代の人々である。人を殺せば祟りがあり、化けて現れると信じられた。これを陰陽と言う。キャンパスの濃淡である。

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