老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

アメリカのイラク司令官暗殺は宣戦布告に等しい

2020-01-07 21:12:33 | アメリカ
アメリカはイラン革命防衛隊のスレイマニ司令官をドローンによって暗殺しておきながら、トランプ大統領は「宣戦布告ではない」、「戦争を止めるためにした、戦争を始めるためではない」と訳の分からない弁明をしているが、敵の司令官を暗殺してこういう虚偽の弁明をする大統領も珍しい。

しかし、実はこうした軍事行動は今に始まったことではない。アメリカの太平洋戦争終了間近における日本への原爆投下の論理も同じことだったのである。

このアメリカの戦争の歴史の問題は後に述べることにして、今回のテーマは「戦争」の大義名分、つまり戦争の正当化の問題である。

今までの戦争論では、正当化の論理として「自衛のための戦争」というロジックが通説になってきた。

しかし、この論理には自ずと限界がある。

具体的には、「自衛のための戦争」という戦闘行為を正当化する論理が、実際には戦争の名分に過ぎず、違法な戦争である場合である。

だが、侵略に抗して自衛権を発動する場合もないわけではない。急迫不正の侵略に抵抗して自衛権を発動する場合は、現実にあることであり、それを否定することはできないからである。

この「自衛のための戦争」というロジックに自ずと限界があることは、今回のアメリカによるイランの司令官暗殺に明確に現れている。

トランプ大統領は「自衛のための戦争」つまり「自衛権の行使」であると言いたかったが、それには無理があると考えたのだろう。そこで、「宣戦布告ではない」、「戦争を止めるために行動した」と言い訳しているのである。

今のアメリカに、「自衛権の発動」であると明言する必要性もないのであろう。現にブッシュ(ジュニア)大統領の時代に「先制攻撃」も正当化しているのであり、今回のトランプ政権も「自衛権の発動」と明言せずに、「戦争を止めるための」暗殺であると詭弁を弄しているのである。

今回のような軍事行動はトランプ政権で始まったことではない。第二次世界大戦、とりわけ太平洋戦争では、「自衛のための戦争」論はなりを潜めていた。アメリカの軍事行動の歴史の中では、例外的な出来事ではないのである。

アメリカは国連の憲章との整合化を図るために「集団的自衛権」の発動というロジックを好んで使うが、それはレトリックの次元の問題であって、この国は大義名分の下に絶えず鎧を身にまとっているのであり、それは戦争が「商品」の売買となっていることから来る装いにすぎないのである。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
名無しの探偵
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