路地猫~rojineko~

路地で出会った猫と人。気付かなければ出会う事のない風景がある。カメラで紡いだ、小さな小さな物語。

かわらそ (後編)

2008-04-16 | ★アトリエ




前回のお話…かわらそ(前編)から読む。






夏みかんを持った大きな黒い手が、僕の目の前に伸び

浅黒い顔をした、背の高い男の人が立っていた。

僕は買い物の夏みかんを、走っている間に落としたらしい。



「拾ってくれたの?」

僕は恐る恐る聞いてみた。

「食い物だし、貰っちまおうかとも思ったが、落とした君が困ると思って…。」

「ありがとう。怖い人だと思って、逃げようとしたんだ。ごめんなさい。」

「いいよ。」

そう聞いて、僕は少しほっとした。



走って喉が渇いたので、『かわらそ』と二人で

一つの夏みかんを半分ずつ食べた。

甘くて酸っぱい味が口の中に広がった。





僕が生まれる少し前、戦争が終わった。

戦争が嫌で逃げ出した人達は家族を連れて隠れて暮らした。

「非国民」と罵られ、その中には食べ物も無く

病院にも行けずに死んでいく者もいた。

戦争が終わってもまだ『かわらそ』の様に

一人ぼっちで川沿いの山中で暮らす人も、多くいた。



「家族を思い出して悲しいのは、

 歯の抜けた後をつい舌で触るのに似てるんだ。

 きっとそこは、家族の場所なんだ。」

僕の乳歯が抜けた前歯に目をやって『かわらそ』はそう言った。



人生は夏みかんに似てる、

甘さと酸っぱさが混ざってて分ける事が出来ない。

僕はふと、そんな事を思った。





僕は『かわらそ』と会って話しをした事を誰にも言わなかった。

そして、二度とその『かわらそ』と会う事もなく、

その日を境に、僕は毎日歯を磨く様になった。

歯磨きが大嫌いな僕が

ちゃんと歯を磨く様になって母さんは不思議に思っている。



夏休みが終わる頃、僕の前歯は永久歯に生え変わった。






        ★☆_おしまい_☆★



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その昔、戦時中に徴兵制を拒否し村を追われ、
戦後も川沿いで暮らしていた人達が居ました。
彼らは川の傍に住んでいたことから『かわらそ』と呼ばれていたそうです。


祖父の昔話と、最近川沿いで見掛けるダンボールハウスの住人達
少しダブって見えたので、ちょっと書いてみました。


フィクションですので、実在の人物や団体・写真等とは一切関係ございません。







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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ひこにゃん)
2008-04-16 06:29:21
初めて書き込みさせていただきます。

人と違う事をすると、色々と弊害があります。
戦争なんてしなければ、徴兵制に家族を奪われずに
すむ…

切に、世界平和を願います。
ひこにゃんさんへ (rojineko)
2008-04-16 07:50:41
はじめまして。

死にに行かせると解かっていて「御国の為」と
送り出す…今考えると怖い世界です。

コメント、有難うございます。
又お気軽に訪問ください。
Unknown (やすらぎ)
2008-04-16 16:22:02
 心を打つお話しです。

 私は戦争中には子供でした、兄は戦争を少し経験しております、
両親は辛かったことと思います。
 もし私の子供達が戦争に取られそうになったら山に逃げ込みたいです。
やすらぎさんへ (rojineko)
2008-04-16 20:02:12
ありがとうございます。
祖父の話をモチーフに書いたものです。

実際に山中や川沿いに暮らし、
戸籍も住所も捨てた人々には
どんな生活が待っていたのかは、想像し難いですが…。

ほんの少しの出会いの中に、
戦争への怒りを背景にして
少年の成長を描きたかったのです。

読んで下さってありがとうございます。
はじめまして (ウェンディママ)
2008-04-16 21:39:24
私のブログにご訪問ありがとうございました<(_ _)>
rojineko-lilyさんの写真と文章に引き込まれました。
映画を観ているような感じです。
自分ではどうしようもないこと…何が悪かったんだろう…と考えてしまいます。
過去ログの猫さんたちのお写真も、ずーっと見てみたいです。
休日になったら、またゆっくり立ち寄らせてくださいませ!
ウェンディママさんへ (rojineko)
2008-04-16 22:53:56
訪問、ありがとうございます。
可愛いワンちゃん達と
綺麗な写真・ユーモラスで粋な文章、素敵なブログですね。

羊毛の人形達の可愛らしい事!
とても器用な方なのですね。

またお気軽にコメント頂けると嬉しいです。
Unknown (さくらもち市長)
2008-04-17 16:26:28
淡々としてるのに
心情の起伏が感じられて
すごくおもしろかった。

「二度と会うことはなかった」
って、ありきたりな終わりで
締めるのかと思いきや、
歯磨きのエピソードが
“かわらそと会った”という非日常な感じと
普段の日常とを繋いでいて
おっ☆、と思いました。

いや、堅苦しいこと抜きにして
いいお話です。
さくらもち市長さんへ (rojineko)
2008-04-17 19:31:21
ご感想、有難うございます。

祖父や父も『かわらそ』には会った事は無かった
そうなのですが、昔話の中でも不思議と心の片隅に
残っていたのです。

書いてみて良かったです。

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