花の公園・俳句 ing

日本は素晴しい花の国。美しい花々と公園、四季折々の風景を記録したいと思います。我流の俳句は06年3月12日からです。

名梅 江南所無の由来

2009年02月08日 07時59分05秒 | うめ      
暖かなピンク八重の梅、江南所無 (こうなんしょむ、杏性)。 
八重寒紅に似ています。

「江南所無」 の名前の由来について、駒澤大学総合教育研究部日本文化部門 「情報言語学研究室」 ホームページの 「ことばの溜め池」 に、『太平御覧』に引用する 「荊州記」 の故事による梅の名として、たいへん詳しい記事があります。
それによると、室町時代の三大辞書の一つ 『下学集』 には、中国三国時代の陸凱 〔りくがい〕 が江南から長安の友に梅の花を贈り、後に長安に赴き
   「折梅逢駅使 乞与隴頭人 江南所無有 聊贈一枝春」
の詩を贈ったことがあり、その第三句から名づけたものであろうとしているそうです。江南に二つと無い (すばらしい梅)、という意味でしょうか。

(注: ume291024 さんのご指摘で、陸凱の原詩の第3句は 「江南無所有」 だということが分かりました。梅の名にひかれた 『下学集』 の誤記である可能性が高そうです。しかし梅の名の江南所無は、江南無所では日本語的に語感が良くないので言い換えたのでしょうか。)
   
同じく上記ホームページに、江戸時代の文人大田南畝 (1749-1823) は西遊のおり須磨寺に桜制札とて
   「須磨寺桜。此華江南所無也。一枝於折盗之輩者。任天永紅葉之例。伐一枝者可剪一指。寿永三年二月日」
という書き物があるのを怪しみ、「江南所無は梅の名なるを、桜とせし事いかゞ」 と疑問を呈し、源氏物語須磨巻に附会しているものと批判しているそうです。(大田南畝 『南畝莠言』)

ところが南畝の誕生に2年遅れて大阪の豊竹座で初演された浄瑠璃、一谷嫩軍記 (いちのたにふたばぐんき、宝暦元年=1751初演) の三段目 「熊谷陣屋」 には、弁慶の筆になるという上記と全く同文の桜制札が登場して劇のテーマとなるほどの重要性を持っているそうです。(歌舞伎素人講釈 ただし1731年初演は誤り) 一谷嫩軍記の中でもこの 「熊谷陣屋」 は特に人気が高く、上演回数も多いそうです。

しかし Wikipedia によると、『太平御覧』 は中国宋代初期の 977年から983年頃に成立した類書の一つで、日本に伝来した本は 1199年=慶元5年 の蜀刻本があるそうです。一方で寿永三年は 1184年、一ノ谷合戦の年で、『太平御覧』 の渡来より15年前ということになります。 この時すでに弁慶坊が江南所無の故事を知っていたかというと、かなり疑問です。(「天永紅葉之例」 は何のことか調べ切れませんでした。)
 
思うに梅と桜を入れ替えたのは浄瑠璃の名作者並木宗輔の創作で、須磨寺に元々その制札原文があったというよりも、浄瑠璃で人気が出たので知恵者が後からこしらえたと考えるのがよさそうです。 江戸の大田南畝は大阪の一谷嫩軍記を知らなかったということでしょうか。

さらに、滝桜で知られる福島県の 三春町歴史民俗資料館  によると、江戸時代の三春名所案内記 「松庭雑談」 に、滝桜の近傍の不動堂に弁慶筆と伝えられるほぼ同文の制札があるという事で、ただ 「伐一枝可替一指」 のところだけが違い、年号も同じだそうです。 これは義経の落人行にかこつけた孫引きとおもわれます。

茨城県営都市公園オフィシャルHPによると、梅で知られる 「水戸の6名木の一つで中国産の古い品種といわれる」 とあります。 中国産かどうか確証はないようで、上記の逸話から中国産と想像されたものではないでしょうか。
    
なお 「江南所無」 は偕楽園では遅咲きのようですが、越谷では早々と咲いています。
天気がいいのと秘密兵器の使い方を練習したので、ピンとはほとんど合っていました。 230枚余り撮って2枚ほどだけ失敗していました。
    (埼玉県越谷市 越谷梅林公園 090207)

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4 コメント

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江南所無について (ume291024)
2018-06-10 17:21:18
雑草さんへ
今頃なんですが、
梅を調べていますので、一言申し上げます。
「折梅逢駅使 乞与隴頭人 江南所無有 聊贈一枝春」とありますが、
江南所無有は、江南無所有の間違いです。一枝春を今一度ご確認下さい。
江南所無は、杏性で、北方の梅で、紅が濃いので、江南にはこれほどのものは無いというのが通説です。
江南無所有を漢文として読むと、江南有る所無し、となるところから北方の紅が濃い梅に江南所無と日本で中国風に名を付けたものと思われます。
ume291024 さん (rocky)
2018-06-11 06:02:01
ご指摘有難うございます。

駒澤大学情報言語学研究室のホームページ 「ことばの溜め池」 の記事による『下学集』 記載の詩は 「江南所無有」 となっていて、返り点も 「所に有る無し」 としています。水戸偕楽園もこれを引用しています。
しかし今回あらためて一枝春を検索しましたら、中国語サイト2件で 「江南無所有」 と記載していますので、 ume291024 さんのご指摘通りでした。
有難うございました。

これは梅の名にひかれて 『下学集』 が引用を誤った可能性がありそうです。
下学集について (ume291024)
2018-06-11 18:37:51
下学集には、江南無所有とあります。
名の元は、一枝春からきているので良いと思います。
国立国会図書館デジタルコレクション
下学集:2巻 コマ番号58
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2532290
ume291024 さん (rocky)
2018-06-13 06:57:21
有難うございます。確認しました。
すると駒澤大学情報言語学研究室が書き間違えた可能性がありますね。

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