ロビンソン本を読む

本とデザイン。読んだ本、読んでいない本、素敵なデザインの本。

アウステルリッツ

2020-02-21 18:56:13 | 日記
W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』





 息が詰まりそうな文章だ。

 あるいは息継ぎができない。

 その要因のひとつに、改行がほとんどなく、休憩ができないことがある。サービスエリアがまったくなく、ずっと運転を続けなくてはいけない高速道路のようなもの。

 
 アウステルリッツとは人物の名前。

 この小説の語り手が、アウステルリッツと出会い、彼の塗り込められた幼年時代を掘り起こしていく過程と、蘇っていく記憶を聞いていく。

 その話は、ひとところに留まらず、歩きながらスライドドアを開けて移動するように、いつの間にか別の世界へ踏み込んでいる。

 ひとつの段落の中ながら、わずかな休みを得て、いまいる場所を確認できるのは、「~とアウステルリッツは語った」という表現が出るときだ。

 けれども、わりと頻繁に同じ言い回しが出てくる。煩わしくなってくる。

 しかも、アウステルリッツがヴェラという女性の語りを語り、ヴェラはアガータという別の女性の語りを語る。

 「~とヴェラは言いました、とアウステルリッツは語った」となる。

 これはユーモアなんだろうか。それとも、知られなくたいことを巧妙に隠す方策なのだろうか。


 息もせず読み続けていると、真っ暗な箱の中に頭を入れているような気分になる。

 外光が入ってこない箱の中に、アウステルリッツの物語が映し出される。

 息苦しいのは、密閉された空間だからなのか、物語が濃密だからなのか。


 表紙の写真は誰なのか。

 文中の言葉は信じられず、巻末の訳者あとがきを先に読みたくなってしまう。

 でも正解を知らない方が、この本の世界は楽しめると思うのだ。


 装丁は緒方修一氏。


 新装版が出た。

 旧版の方が良かったのでは?(2020)





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