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『8・6水害』の記憶とその後の鹿児島 ・1

2011-07-31 18:13:03 | これでいいのか鹿児島

 新潟県を襲った記録的豪雨は31日までに、18市町村で死者・行方不明者5人の人的被害と、全半壊住宅が18棟、床上・床下浸水5838棟の大きな被害をもたらした。特に被害が大きかった三条、長岡市など引き続き確認中で、最終的被害はさらに大きくなりそう,という。

 31日の県内は大半の地域で天候が回復。最大42万人にのぼった避難指示・勧告もほぼ解除されたが、午前10時時点でも13市3町の避難所99カ所に2830人が避難している。三条市では市内全域で断水しており、復旧のめどがたっていない。また、新潟市では信濃川にかかる小須戸橋、臼井橋、大郷橋が午後1時現在も通行止めとなっている。

▼「『8・6水害』の記憶
  この新潟地方を襲った集中豪雨の報道から,1993(平成5)年7月31日から8月7日にかけて,九州南部を中心に襲った未曾有の集中豪雨の事が脳裏に浮かんだ。
 特に8月6日には,鹿児島県本土の北部から中部を中心に,100年に1度とも言われる程の記録的な集中豪雨に見舞われ,鹿児島市の17時から20時までの4時間の総雨量は173ミリと1平方メートルあたり灯油缶約9本半分に相当する大雨となった。
 この大雨の影響で,市内各所でがけ崩れや土石流の発生が相次ぎ,道路の寸断・冠水などの被害が広い範囲に拡がった。
 甲突川の氾濫で繁華街の天文館から当時の西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)周辺にかけ,約1万2千戸が浸水するなどの大災害をもたらした。


 当時,私はJA鹿児島中央会の依頼で農協職員の研修で年数回,鹿児島を訪れていた。中央会の幹部職員Aさんは,姶良から鹿児島市内の帰宅途中,国道決壊で道を迷い山中をさまよった,という。一時は行方不明者として報道されたとも語っておられたことが,あらためて心に浮かんだ。   

                                               (この稿,次回に続く)

         
 
 
 

 

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