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12月17日は『ビルマの竪琴』水島上等兵のモデル・僧侶の中村一雄さんの命日

2019-12-26 15:07:40 | 「身の程」人生

 映画「ビルマの竪琴」。インコを肩に止まらせ,戦地で亡くなった戦友を慰霊する水島上等兵の思いは戦後74年になおこだまする。-いつまでも世界の平和を願うばかりである。


    帰ろうよ水島上等兵よぶ声のこだまに耐えてつれだてる二羽 
                   玉井清弘『屋嶋』(出所:角川短歌2016年8月号 p80)
                                                         

 

   

 




ビルマの竪琴 (新潮文庫)
  水島上等兵モデル 僧侶の中村一雄さん


 小説「ビルマの竪琴 (新潮文庫)」の主人公,水島上等兵のモデルだったとされる僧侶の中村一雄さんは,2008年12月17日,老衰のため群馬県川場村の病院で死去された。92歳だった。

 徴兵でマニラ,ビルマ(現在のミャンマー)など東南アジア各地を転戦し,ビルマ戦線で敗戦を経験した。仲間と合唱隊を結成し,捕虜収容所などを回り,「荒城の月」や「さくら」などを合唱して日本兵を励ました。戦後,合唱隊のことを聞いた竹山道雄が「ビルマの竪琴」として出版。昭和31年に安井昌二,60年には中井貴一が水島上等兵を演じてビルマの竪琴 [DVD]が映画化された。
 復員後,雲昌寺の住職に。ビルマ戦線の体験を童話にした「ビルマの耳飾り」などの著作も残した。


◆映画「ビルマの竪琴」では,現地で生きていく決意を固め,「アア,ヤッパリ,ジブンハ,カエルワケニハ,イカナイ」と話すオウムを残し,仲間の元を去っていった水島上等兵。親族に見守られ,安らかに別れのときを迎えた。

 福井県の寺院で修行を積んでいた昭和13年に招集され,東南アジアを転戦し,20年,ビルマ(現在のミャンマー)で終戦を迎えた。

 捕虜収容所では,帰国のめどさえつかない日々の中で,消沈する仲間に声をかけ,コーラス隊を結成。「荒城の月」など祖国の歌で,日本兵を激励し続けた話が,作家の竹山道雄氏(故人)に伝わり,戦争の悲劇を後世に伝える名作「ビルマの竪琴」が誕生した。

 復員後は学生時代から関心の高かった児童教育に邁進(まいしん)し,33年には住職に就いた雲昌寺(群馬県昭和村)の敷地内に保育所を設置した。さらに,児童文学作品の執筆にも取り組み,講談社児童文学新人賞を受賞した「ビルマの耳飾り」では反戦の信念を表現した。

 当時,仕事を共にしていた女性保育士は「登園時間には決まって門に立ち,『御利益があるぞ』と園児たちの頭をなでて,うれしそうにしていた」と住職中村氏の思い出を語る。本当に子供が好きな人だった。

                          photoの出所:Google Map
▼雲昌寺
住所 〒3791205  群馬県利根郡昭和村大字川額1175
最寄駅 岩本駅(JR上越線)

 

 

 

 

 

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