
上林林道を車で走っていて霧の中に白い花の木が見えたので撮ってみました。
昨日は、 22日に行った愛媛県埋蔵文化財センター「平成29年度企画展示《土壇原古墳群出土資料展》~個性派ぞろいの古墳群~」の古墳跡に行ってきました。
土壇原古墳群出土の金製耳飾りや勾玉公開 愛媛県埋文センター
約40年前に松山市上野町などで発掘調査された「土壇原(どんだばら)古墳群」の出土資料の全容が初めて愛媛県埋蔵文化財センター(松山市衣山)で公開されている。来年3月23日まで。
同古墳群は松山平野南部を流れる御坂川と砥部川にはさまれた台地上にあり、一辺が約10~20メートルの50基が確認されている。形は四角形や楕円形など様々で、4世紀末~6世紀後半に造られたとされる。
発掘当時(昭和51~52年)は、公開される機会が乏しく、今回初めて紹介パネルを作成し、一括して展示した。展示された副葬品は約1500点。金や銀製の耳飾りや翡翠(ひすい)、水晶の勾玉(まがたま)、金箔張りのガラス玉など装飾具類はトップレベルという。
同センターの岡田敏彦調査員は「50基一つ一つに特徴があり、種類が多い。一般的な古墳と比べ個性派ぞろい」という。
開館は月~金曜日の午前9時~午後5時。
この古墳の中の20号墳(現在も残っている古墳)を見に行った訳ですが、貰った地図の古墳がある場所は既に団地になっており、新しい道路が出来ていてなかなか分かりません。目星を付けた所のお家の方(40歳代)に聞くと、「古墳?、聞いた事はあるような」との返事でしたが、地図を見て現在の位置は教えて下さいました。40年前に発掘調査をしていた頃は生まれた頃か子供の頃の事なんでしょう。現在地が分かり大体の位置関係から、現在は公園になっている場所の奥に小高い丘があり(半分の所にフェンスが張り巡らされて私有地のミカン畑に続いている)未調査の20号墳だと思いました。何一つそれらしい表示はなかったんですけどね。それにしても、調査が終わると埋め戻され団地が出来て、跡形もなくなり、人々の記憶からも消えるんですねぇ、寂しく感じました。愛媛県埋蔵文化財センター「平成29年度企画展示《土壇原古墳群出土資料展》~個性派ぞろいの古墳群~」は来年の3月23日まで公開されているのでぜひ見てみて下さい。
その後、東温市立「歴史民俗資料館」に立ち寄りました。弥生時代中期から後期の集落資料、古墳時代後期から終末期の志津川古墳、古墳時代後期の向井古墳の発掘調査資料などを見て帰りました。縄文時代の遺跡はないのか・・・。
昨夜、1077回目(左腹)のエンブレル注射をしました。



。検査するとは思ってなく朝食を食べていたので・・・。
ここでも痩せて下さいで診察は終わりました。







