怠慢主婦 ドイツで同居 

日本食を食べなくなり義両親のしもべと化し、すでに何年になるだろう。遠い目しながら今日も行き抜いてやるぞっ

新聞社・テレビ局の取材が頻繁にあるここの生活

2019年05月15日 | 奉仕活動
バイエルン放送社のテレビ放送取材が入るので手伝ってください」
と言われ、引きこもっていたいところをしぶしぶやることになった。ま、ちょいと興味もあったことだし、よしとする。

主役はこの街の金持ち有力者P夫人。私は取材陣にコーヒーを出したり途中でやってくる訪問客の応対などをした。
上のようなシーンは結構好きだ。
ドイツに住んでから映画かテレビドラマを撮影中に出くわしたり、新聞取材の様子を観察することがたびたびあった。
日本の生活ではほとんど無かったものだ。
住んでいる地域の差かしら。日本の首都圏など、記事になるできごとは人が多いからどこでも発生するので私のいた周辺など用が無かったのだろう。ここは人口12,3万人、無理やり記事を作らないとテレビ放送の時間が余ったり、新聞が薄くなっちゃうのかもしれない?!
テレビ局の人たちが持っている大きなカメラ。どうしてこんなに大きくなくてはならないのだろう?

マイクの先には「ふわふわ」が付いていると、すんごくそれらしい、とわくわくしちゃう。室内では必要ないのか、椅子の上に無造作に置かれていた。

この日は金持ちP子さんの仲間の音楽家も来て、歌や楽器演奏も収録していた。

たまげたのはこの様子。
どこかで仕事をした後か、その後に行くのか、むき出しの楽器を載せた車両を平気で歩道駐車したままだった。
通りかかる人々が盗むことはまれだろうが、ちょいと触ってしまいたい欲求に駆られるのはわたしでさえ抑えられないぞ。
ドイツはそんなに物事に無関心な人ばかりなのか。
気になってしまい、私はちょっしゅうこの楽器を見守っていた。

さて、その音楽家の一人のB子さんは私の住まいから数キロのところに住んでいて、数ヶ月前に知り合った。
二週間ほど前、彼女の誕生日があり、招かれていた。
その日は、2年ほど付き合いのあるドイツ人高齢者K子さんが元ダンナと再度同居することになり、引越しの手伝いをする約束になってしまった。
もともと誕生日会が面倒に感じていたので、K子さんの引越し作業のほうが嬉しく思った。
だが、B子さんは私の出席に固執していた。「その引越し手伝いが住んだら電話してください、迎えに行きます」とまで言ってくれていたのだ。
結局、K子さんの手伝いが終わっても電話しなかった私だ。
まだ出番でないB子さんが私に尋ねた。
「どうして電話してくれなかったんです?」
ううう・・・・
ああ、引きこもっていたいんだよー、とも言えず(第一、引越しの手伝いに出かけた事実があるっ)ひたすら謝り続けた私。
そのうち、金持ちP夫人のおしゃべりが終わり、B子さんのピアノと歌になったので、私は尋問から解放された。
ああ、次回の誕生日会には必ず行くから!とそっとその場を立ち去ってウチに向かった私。


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サイドカー (マイエンフェルト)
2019-05-15 20:32:00
サイドカーに食いつきました!
写真のサイドカー
BMW R51 でしょうね。
戦後作られたBMWのバイクでも
生産数が少ないものだと思います。
日本では希少価値のあるバイクですよ。
そのバイクにシュタイプ製の
サイドカーを取り付けてあるようです。

僕も30年ほど前からホンダのバイクに
サイドカーを取り付けて走っています。
実際は、子どもが小さいころは
よく乗せて走っていましたが
今では、まったく見向きもしません。

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