風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

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朝の散歩・旧阿古小中学校溶岩埋没跡 (三宅島)

2010-03-14 | 東京


集合の時、なぜか女性人より男性陣の方が荷物が大きくて、(変なの~)と思っていたら、みんなお酒を運びこんでいたようで、その日の晩は、宴会で遅くまで盛り上がっていたようでしたが、ワカさんと私は、温泉でガールズトークもしていたので、早々と寝に就きました。

翌朝は、食事前に散歩してみました。
昨日のふるさとの湯とは逆方向に歩いて行ってみました。
すると、三宅村役場(臨時)があり、「気象庁 三宅島火山防災連絡事務所」が設置されていました。
まあ、プライベートの時間なのに、視察のような場所に来てしまったわ。


旅館夕景の前を通りました。こちらに青山先生はじめ、宿泊している人たちもいます。まだみんな寝ているのか、建物全体がシーンとしていました。
赤い屋根の旅館の向こうに広がる白い立ち枯れの杉林、その向こうに見える青い海、という色のコントラストが、目に鮮やかでした。

そういえば、風が吹きあえれる島ですが、花粉症は発症しないそうで、誰もくしゃみをしていませんでした。
だって、杉は全部、枯れてしまったから、もう花粉は出ないんです…(ああ、悲しい理由)


海まで行きました。大波がザッバーン、ザッバーンと、しぶきをあげて押し寄せます。
ここは夕景浜というロマンチックな名前がついていますが、見慣れないゴツゴツした火山岩の海岸は、海に来た時の心ほどける開放感が味わえず、なんだか落ち着きません。
一台の車が、海のところで停まりました。
朝の海を見にきた地元の人なんでしょうけれど、ワカさんと私で「まさかあの人、自殺しないかしら?」と、気にしてしまいました。

● 旧阿古小中学校溶岩埋没跡 (三宅島)


この日の視察で、まずここを訪れました。
以前訪れた時から、ずっと忘れられずにいた衝撃的な場所です。


1983年(昭和53年)の噴火で、ここ阿古集落は400戸埋没しました。避難時間は1時間しかなかたそうです。
真っ黒の溶岩に破壊された校舎。10mほど埋もれています。校舎は、今ではコンクリの部分しか残っていません。


噴火を知った1300人ほどの阿古地区の住民は、いったん小学校に避難しましたが、溶岩流が流れて来るとわかり、間一髪で安全な場所に再避難したそうです。
限られた時間だったにもかかわらず、犠牲者は出なかったとのことで、島民の日頃の危機避難意識が高いことがうかがえました。


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