風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

紅葉を巡る4県の旅 3-3

2017-12-18 | 近畿(京都・滋賀)
その2からの続きです。

● 黒壁スクエア

長浜駅の観光センターで、お勧め散策ルートを教えてもらいました。
まずは黒壁スクエアへ行ってみます。
わあ、レトロなお店。



黒漆喰塗りの建物が多い、黒壁スクエア。
さすがは滋賀。飛び出し坊やがいましたよ。



このお店は、店先に柿を干していました。
軒先に柿を干している家ならよく見かけますが、店の前だと、目の前に柿がぶら下がっていることになります。
う~ん、アンパン競争みたいに、口を開けて食べちゃいたーい!(でもまだ渋ーい)
しばらく干していたら、おいしい枯露柿になるのでしょう。



分厚い蔵を持つ黒壁ガラス館本館は、旧百三十銀行の建物で、登録有形文化財です。
リノベーション後は、黒壁スクエアの中心的なおしゃれスポットになっています。



● タロウかシロウか

この界隈全体がにぎわっていますが、京都のような殺人的な混雑ではなく、めいめいがストレスなく楽しめています。
等身大に近いリアルなフィギュアが立っていました。
海洋堂フィギュアミュージアム黒壁
世界初のフィギュア専門のミュージアムだそうです。
海洋堂すごいよ海洋堂。



中が気になりますが、今回はスルー。
母になんのキャラか説明しようとしましたが、ケンタロウなのかケンシロウなのかわからなくなってしまい、説明をはしょりました。
だって北斗の拳、知らないんですもの。アタタタ!



● 長浜の曳山祭

通りをさらに進むと、曳山博物館がありました。
長浜の曳山祭は、京都の祇園祭、高山市の高山祭と合わせて日本三大山車祭と言われます。



長浜では、各山組町ごとに曳山(山車)を持っており、曳山は通常、それぞれの町内の山蔵に保管されています。
今回、北町組の青海山(せいかいざん)が、博物館の外に置かれていました。
「飛燕」の胴幕がかかっています。江戸時代に作られたものだそう。
う~ん、大きくて豪奢です。

曳山の舞台では、子ども歌舞伎が上演され、参加するのは小学生の男子のみ。
大人歌舞伎と同様に、少年が女形も演じるという本格派で、祭りの期間中、役者の子供たちは学校も休むそうです。
町をあげての応援体制なんですね。



長浜駅には、曳山祭をモチーフにしたステンドグラスが飾られています。
去年、日本の山車祭33件で構成する「山・鉾・屋台行事」として、ユネスコ無形文化遺産への登録が決定したばかり。
伝統行事の保存に一層はずみがつきますね。



通りのお店がレトロ。
母が「この時期に咲かない花が咲いてる!」と興奮していたので、パチリ。
サフィニァという花ですって。



● 石田三成の里

三成会議のポスターがありました。みっちゃんかっこイイ!
これを見ると、やはり三成は滋賀ゆかりの人なんだなあと思います。
浅井長政同様、石田三成も長浜ゆかりの好きな武将ですが、思ったよりも現地でフィーチャーされていません。

彼の出身の石田町は、割とすぐそばにありますが、やっぱり太閤秀吉がおいしいトコどりしちゃったのでしょうか。



町全体がシックでレトロな雰囲気を保っています。
今ではもう見られないような昭和の道具屋さんなどがあります。



ちょっと中心から外れると、もう人がいなくなるのです…。
写真撮り放題~。ちょっとさびしいけど~。

● 北国街道

通りに「北国(ほっこく)街道」と書いてあり(ここも北国街道なの?)と驚きました。
だってここは滋賀でしょう?前に、長野の上田で歩いたことがありますよ。
それがここまで続いているなんて、長いですね。



あとで調べてみました。
畿内から越後国を結ぶ北国街道は、関ヶ原から越前、金沢、富山、糸魚川と、越後と北陸を横断する北陸道。
加えて、北陸道と中山道を結ぶ旧街道として、直江津から途中の篠ノ井で分岐し、善光寺を通って信濃追分(軽井沢)まで続く山道コースもあり、北国西街道 (善光寺街道) と言われます。
私が上田で通ったのは、どうやら西街道 のようです。

● グルメが続く

石臼が店先に置かれ、雰囲気たっぷりの蕎麦屋、そば八
石臼で挽いたそば粉を打っているんでしょう。
おいしそうですが、宿に戻れば夕飯なので、眺めるだけ~。



女の子たちがずらり長蛇の列を作っている場所がありました。
何に並んでいるんだろうとのぞいてみたら、芋平というお店で、ガラスの向こうで金つばを作っていました。
大きくておいしそう!そしてずっしり重そう!
ドミノごっこをしても、簡単には倒れなさそうです。



● 明治期の建築物

長浜の旧家、安藤家の家屋。
かつては長浜の自治を支える「十人衆」の一員で、賤ヶ岳合戦(1583年)で秀吉に協力したそうです。
今の建物は、明治・大正期のものです。



クラシカルで瀟洒な洋風の建築に、足を停めました。
「これ、昔の学校じゃなかったかしら」
母の言うとおり、明治4年に設置された、県下初の長浜旧開知学校でした。
長浜は昔から教育熱心な町なんですね。



レトロな食堂がありました。
明治30年創業で今年で120年目の中島屋食堂。
このまま続いていって~。



● BILLという名のビル

またレトロな建物がありました。
よく見るとNAGAHAMA TOWER BILLと書かれています。
ん?BILL?見間違いかと、何度も見返しちゃいました。



長浜タワービルだそうです。

見た感じ、上階はゴースト状態ですが、1階のお店は上を気にせず営業中。
これは昭和期の建築。ああ、機会があったら上に上ってみたいなあ。
B級好きのツボを突く、なかなかステキなビル(BILL)です。

● 出会いは長浜

長浜の町をぐるりと一周して、駅前に戻ってきました。
おや、この後姿の2人は、もしや・・・。



秀吉・三成(当時は佐吉)の出逢いの像でした。ボーイ・ミーツ・マン。
佐吉少年が、秀吉を三杯のお茶でもてなした、あのシーンです。



2人はここで出会ったんですねー。
「三杯のお茶」と「三本の矢」はテストに出ますよー。(なんの?)

● 日本最古の旧長浜駅

駅の反対側にある、かつての長浜駅を改築した博物館、長浜鉄道スクエアに行ってみました。
(こちらもスクエアという名前なのね)



ちょうど閉館時間にさしかかるところだったので、駆け込みで入ろうとはせず、外から眺めるだけにしました。
鉄子の母は、ちょっと残念そうでしたが。



こちらは現存する日本最古の駅舎の旧長浜駅舎。
普通の邸宅のような、レンガの窓枠のオシャレできれいな洋風建物。
とてもいい保存状態です。



入口をのぞくと、出札口が見えました。

● 名勝の庭園

向かいにあるのは、国の名勝慶雲館
こちらも、そろそろ閉館時間になるので、ちらっとのぞくだけにしました。



立派な庭園が広がります。ここは市の迎賓館で、毎年、日本一の規模の盆梅展が開催されるそうです。
盆栽ならぬ盆梅って、初めて聞きました。



● 琵琶湖夕景

風が冷たくなってきました。そろそろ日没です。
空がとてもきれい。琵琶湖の夕景に間に合うようにと、湖畔まで急ぎました。
湖面いっぱいに、それはそれは美しい日没が広がっていました。

龍が空を舞っているかのようなダイナミックさ。
その場にいる人々は、誰もが足を止めて、魅入られたように眺めています。
時が止まったひととき。忘れられない光景でした。



手前にある、透明なものが気になって、近寄ってみました。
(氷?にしてはなぜ溶けないの?)と思ったら、なにか文字が書かれています。
これは「琵琶湖周航の歌」の歌碑
一見、それとは分からないモダンなデザイン。今年設置されたそうです。



宿に戻ってからも、湖が暗くなるまで、窓から景色を眺めていました。

● 近江牛の夕食

部屋でお茶タイム。足を投げ出して、のんびり過ごします。
夕食は近江牛のコース。



2日間、宿坊に宿泊して精進料理を食べていたため、そろそろお肉が食べたくなってきた頃合いです。
地元の牛さんを、おいしくいただきました。



● 太閤温泉

食後は、宿の太閤温泉に入りました。
紅葉の季節なので宿は満室でしたが、お風呂は貸し切り状態。
広々していましたが、お湯が熱くて、あんまり長湯できませんでした。
(それでみんなすぐに上がるので、人がいなかったのかも)

この日は一日中、ほとんど船の中にいたので、そんなに歩き回りませんでしたが、大津から長浜と、移動距離が長い日でした。
母は、念願の琵琶湖一周フェリーに乗れたと、喜んでくれています。
私も、予想以上に満喫できて、大満足。
そして湖畔の城下町、長浜は、とても雰囲気のいいところです。
なにより混みすぎていないので、落ち着きます。
滋賀がすっかり好きになりました。

4日目に続きます。

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