さて、南大東島です!!
大阪の翌日行きました!
ちゃんと反省を生かして余裕を持って空港に到着ですっ!
南大東島は…
那覇空港から、空路で東に約360km離れた場所にあります!
およそ4800万年前に生まれたこの島は、約110年前までは無人島。
大東島が初めて欧製の地図に現れたのは17世紀前半ですが、位置が不正確で発見者も、定かではなかったそうです。
19世紀前半に大東島は、ボロジノ島として正式に英国海軍の海図や、欧米の地図に登場。
ボロジノとは、島を発見したロシア海軍の佐官であった、ポナフィディンの指揮する艦船・ボロジノ号にちなんで命名された。
とのこと……。
古来、琉球人の間では“うふあがり島”(はるか東の島)と知られており、
1900年、 八丈島から23人の開拓者 が上陸してスタートしたんですね。
そして、戦前は、製糖業を営む企業が島全体を所有し、全面的に自治する「社有島」だったそうです。
その後、大東製糖を興し、 サトウキビ と共に今の島の姿まで発展を遂げてきた、というわけです。
■ 位置DATA
南大東島位置:北緯25度50分、東経131度14分(島の中央地点にある淡水池の岸)
南大東島は、環礁(=大洋中に発達する環状の珊瑚礁の事を環礁と呼ぶ)が
数回の隆起を経てできた、サンゴの島なのです。
すり鉢状の土地で、中心ほど海抜が低く、島外の海底はかなり深いんですって。
ダイバーにとっては上級者向けなんだとか。
■ 島のDATA
周 囲 東西:5.78km 南北:約6.54km 周囲:20.8km
面 積 30.57平方km
年平均気温 22.9度
人 口 1292人 (平成22年3月1日現在[住民基本台帳より])
世 帯 数 609世帯 (平成22年3月1日現在[住民基本台帳より])
(南大東島HPより)
基本を押さえたところで……
いってきま~~す
那覇から南大東島空港まで約1時間。
小型機(定員40名程度)が平均1日1往復しています。
天候不良による欠航も多いみたいです!!!
運よく往復の飛行機が飛んでよかったです!!
到着!!
レンタカーを今回借りるところの付近には、
島唯一の
信号
と
小中学校、がありました。
まずは南大東島が、イマイチ掴めていないので
展望台で、とりあえず、島全体を見渡そう!!
と思ったら
は…畑!
見渡す限りでした。
予想以上にす……すごい……。
さらに、のどかだな…と思っていると、
おそらくトラクターかなんかで、おじいが走ったと思われる跡。
ヘンゼルとグレーテルみたいですね…。
車を走らせ、空港近くの海軍棒プールへ!
かなり波が強かったのですが、周りを岩で囲んでいるので、この中で遊べるようですよ!
本当にプールみたいでしたが、観光客は全く居ませんでした(笑)
今度は文化的に島を分析!と思い資料館へも行きましたよ。
島まるごと館(資料館)入口の石碑。
こんなんだけど、大丈夫なの…?
と入口まで行くと、
「留守にしていますので、こちらまで連絡を」と、電話番号がありました。
本当に大丈夫…?
電話してから、10分ほどで、おじさんが到着。
話を聞くと、一日一人来ればいいとのこと。
この日は、私が初来館者でした。
おじさんもわざわざ鍵を開けに来てくれたので
ついでに説明もしていただきました。
夕方ごろには、ダイトウオオコウモリなんかが出てくるらしいですよ~!
今回は夕方になる前に帰りましたが……(;´`)
さらに話を伺うと、おじさんはもともと、沖縄本島の、名護市(北部)の出身だそうで、
南大東島にきて、40年ほど経つんだそうでした。
何をきっかけに?!?!
と聞くと、
映画『神々の深き欲望』(1968年)の電車に、憧れて!!!とのこと。
前述の通り、メイン産業だったサトウキビ(黒糖)で
島が発達したため、サトウキビを運ぶための鉄軌道が昔はあったようです。
沖縄では、鉄軌道に対する憧れがあるんでしょうかねぇ…
かなり、熱く語っていただいた後は。。。
おじさんに案内してもらい、シュガートレインが通っていた線路跡も見学できました。
ちなみに、この島まるごと館は旧空港があった跡地にあります。
現在使われている空港は新しいんですね~
南大東島編 その2に続きます!!!
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