鎌田浩毅(京都大学教授)
(鎌田浩毅著『西日本大震災に備えよ』より)
3つの巨大地震が発生する確率
政府の地震調査委員会は、日本列島でこれから起きる可能性のある地震の発生予測を公表している。全国の地震学者が集まり、日本に被害を及ぼす地震の長期評価を行っている。今後30年以内に大地震が起きる確率を、各地の地震ごとに予測している。
たとえば、今世紀の半ばまでに、太平洋岸の海域で、東海地震、東南海地震、南海地震という3つの巨大地震が発生すると予測している。すなわち、東海地方から首都圏までを襲うと考えられている東海地震、また中部から近畿・四国にかけての広大な地域に被害が予想される東南海地震と南海地震である。
これらが30年以内に発生する確率は、M8.0の東海地震が88%、M8.1の東南海地震が70%、M8.4の南海地震が60%という高い数値である。しかもそれらの数字は毎年更新され、少しずつ上昇しているのである。今世紀の半ばまでには必ず発生すると断言しても過言ではない。
地震の発生予測では2つのことを予測している。1つは今から数十年間において、何パーセントの確率で起きるのかである。巨大地震は「プレート」と呼ばれる2枚の厚い岩板の運動によって起きる。プレートが動くと他のプレートとの境目に、エネルギーが蓄積される。
この蓄積が限界に達し、非常に短い時間で放出されると巨大地震となるのだ。プレートが動く速さはほぼ一定なので、巨大地震は周期的に起きる傾向がある。この周期性を利用して、発生確率を算出するのである。
たとえば100年くらいの間隔で地震が起きる場所を考えてみよう。基準日(現在)が平均間隔100年の中ほどに入っているケース、つまり、銀行の定期預金にたとえればまだ満期でない場合に、発生の確率は低くなる。しかし、基準日が満期に近づくと、確率は高くなる。実際には確率論や数値シミュレーションも使って複雑な計算を行うのである。
「西日本大震災」という時限爆弾
今後30年以内に地震が起きる確率に対して、以下で述べる予測には人間の判断が入っている。過去の地震に関するあらゆる観測情報を総合判断して行う予測である。
近代地震学が我が国に導入されて地震観測が始まったのは、明治になってからである。それ以前の地震については観測データがないので、古文書などを調べて、起きた年代や震源域を推定している。
その結果、我々が最も懸念する地震は、これから西日本の太平洋沿岸で確実に起きると考えられる巨大地震である。
過去には東海から四国までの沖合いで、海溝型の巨大地震が、比較的規則正しく起きてきた。こうした海の地震は、おおよそいつ頃に起きそうかを計算できる。この点が、数千年の周期を持ち、いつ動くとも動かないともわからない活断層が引き起こす直下型地震と大きく異なる。
そして巨大地震の予想される震源域は、太平洋沖の「南海トラフ」と呼ばれる海底にある。「3.11」の主役は太平洋プレートだったが、次回の主役はその西隣りにあるフィリピン海プレートである。南海トラフとはフィリピン海プレートが西日本の陸地に沈み込む、いわば海のプレートの旅の終着点である。
なお、太平洋プレートの終着点は「日本海溝」や「伊豆・小笠原海溝」であり、フィリピン海プレートの終着点は「南海トラフ」なのである。ここで「海溝」と「トラフ」と異なる用語が用いられているが、言葉の違いについて説明しておこう。
トラフは日本語では「舟状海盆」である。読んで字のごとく舟の底のような海の盆地だ。トラフでは海のプレートが海底になだらかな舟状の凹地形をつくりながら、日本列島の下に沈み込んでいく。それに対して、海溝はプレートが急勾配で沈み込んでいく場所にできる深く切り立った溝である。
海溝もトラフもプレートの終着点にできるが、地形の違いによって名前を分けるというのが、地球科学のしきたりなのだ。ちなみに、トラフと名付けられたものは他にも沖縄トラフ、相模トラフ、駿河トラフなどがある。
また海溝としてはマリアナ海溝、千島海溝、琉球海溝などがある。いずれも「3・11」以後の新聞や雑誌によく出てくる地名なので、既にお馴染みとなっているかもしれない。
さて、南海トラフの海域で起こる東海地震・東南海地震・南海地震の3つの活動史について具体的に見てゆこう。
歴史を繙くと、南海トラフ沿いの巨大地震は、90~150年間おきに発生してきた。やや不規則ではあるが、緩い周期性があることがわかっている。こうした時間スパンの中で、3回に1回は超弩級の地震が発生してきた。
その例としては、1707年の宝永地震と、1361年の正平地震、887年の仁和地震が知られている。過去の西日本では300~500年間隔で巨大地震が起きていた。
実は、近い将来に南海トラフ沿いで起きる巨大地震は、この3回に1回の番に当たっている。すなわち、東海・東南海・南海の3つが同時発生する「連動型地震」というシナリオである。これらの震源域は極めて広いので、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与えると想定されている。
具体的に地震の規模を見てみよう。1707年宝永地震の規模はM8.6だったが、これから起きる連動型地震はM9.1と予測されている。すなわち、今回の東北の地震に匹敵するような巨大地震が西日本で予想されるのである。
かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。
もう1つはどれだけの大きさ、つまりマグニチュードいくつの地震が発生するのかである。こちらは、過去に繰り返し発生した地震がつくった断層の面積と、ずれた量などから算出される。
こうして30年以内に発生する確率予測が出されるのだが、これはコンピュータが計算するので誰がやっても同じ答えが出る。逆に言うと、人間の判断が入る余地が生じないので、国としてはこうした情報を出したがるとも言えよう。