現状維持に傾く民主党代表選に比べ、「次期首相」狙いの自民党総裁選は盛り上がる。だが、この政局からは国力の衰退を止め、どう巻き返すかという国家基本政策の対立軸が見えてこない。11月の大統領選に向け、現職オバマ候補(民主党)とロムニー共和党候補が国家経済モデルでせめぎ合う米国と対照的だ。
そこで気になるのが、現下の円高である。市場はなぜドルを売り、円を買うのか。まずは米国の量的緩和第3弾(QE3)の観測(13日に実施を決定)が挙げられるのだが、短期的な要因にすぎない。ドル相場には中長期には米国政治の意思、つまり国家基本政策が作用する。
「金融」対「製造業」
「米国の意思」はどう決まるのか。ロムニー氏とオバマ氏の対立軸は「富裕層」対「中間層」、「小さな政府」対「大きな政府」というふうに報じられるが、歴史的にみると「金融」対「製造業」という米国資本主義特有の図式が浮かび上がる。
もともと米国で製造業とは産業の主流という意味で「メーン・ストリート」と称され、金融業の「ウォール・ストリート」と対比される。いずれも米国を突き動かす国家経済のエンジンであり、歴代の政権は民主、共和を問わず、どちらかに力点を置いてきた。
1980年代の共和党レーガン政権は2期8年間の前半が規制撤廃による金融市場活性化、後半が製造業競争力強化にシフトした。90年代の民主党クリントン政権は当初、日本たたきによる製造業てこ入れに邁進(まいしん)したが、95年央からはグローバルな金融自由化とインターネット関連(ドット・コム)株式ブームを後押しした。
2001年、「ドット・コム」バブル崩壊直後発足のブッシュ政権は「メーン・ストリート」の復権を目指し、製造業出身のP・オニール氏を財務長官に据えたが、9・11米中枢同時テロに遭遇し金融市場は大きく揺らいだ。そこで住宅ローン証券化商品乱発による住宅バブル創出で家計に借金を促して消費をあおり立てると同時にウォール・ストリートをバブルで太らせた。
リーマン・ショック後に発足したオバマ政権は財政出動では成果を出せなかったが、大統領はこの1月の「一般教書」演説で製造業の復活を強調して以来、選挙戦では一期目の最大の実績の一つとしてアピールしている。
■対照的な日米の生産
グラフは円・ドル相場と半導体など日米のエレクトロニクス生産を対比させている。代表的な半導体である集積回路(IC)の日本での生産規模は円安時の07年前半までは伸びたが、円高に転じた後は凋落(ちょうらく)の一途だ。対照的に米国の電子部品生産は急速な拡大基調を保ち、「リーマン」後は成長軌道にある。本グラフでは省いたが、電子機器、自動車、航空機など耐久財総生産はV字形の回復を遂げている。
実のところ製造業回復はオバマ政権だけのおはこではない。ブッシュ前政権時代の02年から円、ユーロなど主要国通貨平均に対するドル安とともに復調している。ドル平均相場はリーマン直後に上昇したが、09年8月以降は再び下落。その後、ユーロ安の影響を受けて少し上昇して現在に至る。平均相場水準をみると、最近のドルはリーマン前の最安値とほぼ同じである。遅い雇用情勢の回復が示すように人員削減、賃金引き下げなど現場の犠牲に加え、ドル安なしに復活はありえない。
ドル安の決め手は米連邦準備制度理事会(FRB)による金融緩和政策である。物価と並んで雇用の安定を義務づけられるFRBは金融政策の基本方向を時の政権に合わせがちだ。ブッシュ政権の場合、「9・11」を受けたFRBのグリーンスパン前議長による低金利政策だし、オバマ政権の場合はバーナンキ議長による3度のQEだ。FRBは現在までにドル資金をリーマン前の3倍まで発行している。じゃぶじゃぶのドルは、量的緩和に背を向ける日銀政策のために発行量がさほど伸びない日本円の相場を押し上げ、超円高をもたらした。
■金融政策変更が不在
オバマ政権は再選されると、製造業での雇用や中間層のてこ入れのためにますますドル安政策に傾斜していくだろう。ロムニー候補が勝利したとしても、米経済を金融主導型に戻すにはまだまだ時間がかかる。歴代の共和党政権と同様、メーン・ストリートをないがしろにせず、ドル安政策を続けるに違いない。
日本はどうか。財務・日銀官僚に依存する野田政権は円高を容認し、官僚作文の「成長戦略」には金融政策の変更をてこにした本格的な円高是正策が不在だ。民主も自民も次期党首が通貨政策を現状維持路線で済ますなら、市場はますます円買いに走るだろう。 (編集委員・田村秀男)