りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

サイドシートの影。

2012-09-28 | Weblog
20年前の今ごろ、生まれて初めてクルマを買った。

ボクは当時、社会に出て半年が過ぎた頃で、同じように社会に出てアパレル業界に
就職した大学時代の友人がいたのだけど、彼が突然大阪に転勤になってしまい、
大学時代から彼が持っていたクルマを譲ってもらうことになったのだった。
しかし、タダで譲ってもらうのは忍びなかったので、とりあえず社会に出て初めて
貰ったボーナス、5万円全額を渡して譲ってもらった。

それがこのクルマだった↓



HONDA クイントインテグラ。85年式。
ウィンドウは手動で、燃費もL/8kmくらいで、5ドアハッチバックという、当時の
クルマとしては珍しいスタイルをしたクルマだったのだけど、やはり最初のクルマ
だったからだろうか、もう愛しくて愛しくてたまらなかった。
これ以降、今まで何台も乗り換えてきたけど、愛着という意味では、このクイント
インテグラ以上のクルマには出会っていないような気がする・・・Twin以外は(笑)

手に入れて最初に苦労したのが、駐車場だった。
当時、ボクが住んでいたアパートには駐車場がなかった。
仕方なく周囲の駐車場を当たってみたが、近所に適当な駐車場が見つからなかった。
その頃ボクが住んでいたのは、横川という広島市内の都心に近い町で、しかも当時は
まだバブルの残り火が燻っていた時代だったので、ひと月の駐車代もベラボーな金額
だったのだ。

今でも強烈に憶えていることがある。

住んでいたアパートの隣が月極駐車場だったので、即行で不動産屋に飛び込んで尋ね
たら、なんと自分が住んでいるアパートの家賃よりも5,000円も高かった。
オーナが寝食する場所よりも高いところにクルマを停められるか!
まだまだ青二才だったボクは世の中の不条理に大いに憤慨したが、これまたバブルの
シッポにしがみついているような風情の不動産屋は『だったら、クルマなんて持たな
い方がいい』とそうハッキリと口にして、ボクを鼻で笑った。

そんな目に遭いながらも、四方八方を探した末、ようやく通りを2つほど隔てた隣町に
めぼしい駐車場を見つけたのだった。

働いていた会社は原則として自動車通勤が禁止だったので、クルマに乗るのは週末だけ
だった。
土曜日の夜、会社から帰宅すると、即行でアパートから自転車を漕いで駐車場まで向かう。
今思えば、ちょっとした遠距離恋愛のような心境だった(笑)

好きな音楽をカセットデッキに突っ込むと、さて今日はどこに行こうか・・・と、目的も
決めずにクルマを駐車場から動かした。

しかし、目的は決めていなくても、だいたい行き先は決まっていた。
東に走れば、呉。海上自衛隊の埠頭やレンガ倉庫。
西へ走れば、岩国。米軍岩国基地や大竹の石油コンビナート。
つまり、広島湾岸を行ったり来たりしていたわけだ。

社会に出たてで、日々の仕事の中で戸惑うことが多かったその頃のボクは、今とは少し
種類の違うストレスを抱いていたような気がする。
今思えば、そんな意味のないドライブをすることで、上手に気分転換をしていたのかも
しれない。

20代の時には当たり前のようにあった、そんな時間や行為も、最近ではすっかりなく
なってしまった。
自分の時間がない。ガソリン代が高い。長時間の運転は身体に悪い・・・それっぽい
理由ならば、次から次へと口から出てくるけど、どうもそれだけではないような気がする。

結論から先に言えば、面倒くさくなったのではないか・・・と (^_^;)

外に出れば楽しいことがあるんだろうけど、億劫だし、面倒だし・・・まぁ、今日は家で
のんべんだらりと過ごすかぁ・・・・・・・こうやって人は老いていくのだろう(笑)

最後に、当時ドライブの時によくカーコンポから流していた曲を。
ドライブする時はほとんど1人だったから、この曲が流れると、まるで自分のことを
歌っているように聴こえたなぁ。

『サイドシートの影』浜田省吾

コメント (4)
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