去年の8月、大地の芸術祭に新潟市から白い犬を連れてやってきた観光客がいた。
仮にマチコさんとしよう。
マチコさんの白い犬は少し臆病で人見知り、目はきれいな青色だった。
ところが十日町のキナーレで白い犬はいなくなってしまった。
新潟市から十日町市まで100キロ以上離れている。
あちこちで目撃情報があるものの犬は見つからなかった。
マチコさんは必死で探した。
山の中で見たと聞けば山に入り
川西方面で見たと聞けばすぐに飛んで行った。
仕事を持っていたマチコさんは休みのたびに新潟からやってきて犬を探した。
町のあちこちに「白い犬を探しています」という張り紙が貼られた。
人々も胸を痛めて、白い犬がいないか気をつけながら車を走らせた。
そうこうするうちに秋が来て、冬がやってきてしまった。空から白いものがちらほらと降りだした。
雪は白い犬を覆い隠してしまう。
寒さと飢えと、そしてこの大雪は・・・
町の人々も心配し、ドッグフードを持って車を走らせる人もいた。
せっかく楽しみに来てくれた芸術祭で大事な犬と離れ離れになるなんて。
どうか生きていてほしい。みんなが祈った。
年が明けて、新聞に「白い犬探しています」という折り込みチラシが入った。
その中の1行に以前にはなかった文字が入れられていた。
「死亡していてもかまいませんので情報をお寄せ下さい」と。
このチラシが町のあちこちにずっと貼り続けられた。
行方不明になってから約10カ月が経とうとしていた。
そして、奇跡が起きた。
6月30日、白い犬はついに見つかったのだ。
長岡市の蔵王橋の下で雨をしのいでいた。
親切な人が不憫に思ってずっと餌をあげていたのだ。
近づくと逃げてしまうので遠くから見守っていた。
ある日その人が動物病院へ出かけた。
そこであの張り紙を見つけたのだ。
マチコさんは白い犬を抱きしめて号泣した。
これは昨日お店のお客様から聞いたお話です。
誠実な飼い主さんは町のあちこちにお礼にまわっているそうです。
十日町から長岡まで直線でも40キロあります。
犬は必死で新潟市の方向に向かっていったのでしょう。
ひとりと1匹が必ず会えると信じて頑張りぬいた奇跡のお話でした。