雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

浜田光夫と吉永さゆり とカワサキB8T

2019-09-11 06:45:25 | カワサキワールド
★ 昨日、『カワサキの昔話2』の中で、
 昭和39年(1964)の昔々の『浜田光夫とカワサキ』のことを書いたのだが、Facebook にアップしたら、沢山のコメントなど頂いたのである。


 
★まずは、カワサキワールドを担当されている吉田高広さんが
 こんな『浜田光夫と吉永さゆり』がカワサキB8Tに乗ってる写真をアップして、

 『 今年のモーターサイクルフェアで掲示されてました。』
  とコメントされたのである。

   50年以上も前のことだから、浜田光夫も吉永さゆりも若いし、カワサキB8Tもなかなかかっこいい。 B8Tは、125B8をツーリングスタイルにした、カワサキでの『初のスポーツタイプ』のバイクなのである。

  



★これはホントに、いい写真である。
風と樹と空と』 日活映画 と書かれている。
この『風と樹と空と』の映画上映挨拶に、浜田光夫が明石日活に来た時に、
カワサキの明石工場も訪ねて、テストコースで単車にも乗ったりしたのである。

 『ホントにこんな写真、どこから探してきたのだろう?』 
 というのが正直な感想である。

当時カワサキは日活と密接な関係があって、日活映画にはカワサキのバイクはいっぱい登場したのだが、
 こんな日活との関係は、当時の川崎航空機との関係ではなくて、
 『カワサキ自動車販売の広告宣伝課が密接に関係』していて、
 カワサキ自販の広告宣伝課長は小野田滋郎さん、直接の担当は下の名前は忘れてしまったが、下原さんが担当されていて、日活関係は下原さんが取り仕切っていたのである。

ちょうど昭和39年にカワサキは単車事業に本格的に乗り出すことになって、
当時のカワサキ自販の広告宣伝課の業務を川崎航空機の単車事業部の広告宣伝課が引き継ぐことになって、私がその担当となったのである。

   
 
 
そんなことで、川崎航空機の広告宣課は全くの素人の私などでスタートしたのだが、その当初は『小野田滋郎』さんがホントに親身に後押しして頂いたし、
下原さんにもその後何年かは広告宣伝業務を手伝って頂いたのである。
小野田さんは、あのフィリッピンの小野田寛郎さんの弟さんなのである。

当時の川崎航空機は、末端ユーザーに車を売るなどという経験など全くなくて、当時の市場は国内だけだったのだが、メイハツやメグロ出身のカワサキ自販の人たちに、ホントにお世話になったのである。
こんな日活との『映画でのタイアップ』なども、『下原さんと日活の関係』がなかったら、実現できていないことなのである。


★カワサキの創生期のレース活動もB8の青野ヶ原のレースがスタートのように語られているのだが、
実際には一つ前のB7の時代に『カワサキ自販』が三吉一行などのライダーでMCFAJの全日本モトクロスに出場しているし、
ヤマハから三橋実を引っこ抜いて『カワサキコンバット』というクラブチームを厚木に創ったのも小野田滋郎さんなのである。

   


当時のカワサキコンバットのメンバー(三橋・安良岡・岡部・梅津)と、
神戸木の実クラブのメンバー(山本・歳森)で構成された、カワサキのファクトリーチームだった。
左から4人目は、まだ契約していない新人時代の星野一義なのである



★もう一つのコメントは、池田賢一さんから寄せられたもので、

映画花咲く乙女たちの台詞に「どや、カワサキ85の乗り心地はよ」聞かれた山内賢が親指を立てて応える。確かラストは山内賢が組を抜ける為、指を詰め、包帯巻いた指で、バイクに乗って去っていくシーンだったと思う
 
というコメントを頂いたりもしたので、『映画をご覧になったのですか?』と聞いたら

私はこの映画のDVDを持っているんですよ。なんと最後は新幹線ひかり号とバイクが並んで走ってるシーンでした

そうだったのか、最近はDVDなどと言うものがあって、映画はどこでも観ることができるのである。

新幹線ひかりとバイクが並んで走るシーン』と聞いて、
カワサキでもカレンダーに使う写真に『ひかりとバイク』を並走させるシーンを岐阜羽島の駅のすぐ西側の長良川の鉄橋の横の道で、ロケしたことがある。
『ひかり』はとても並んで走るところなど撮れないのだが、『こだま』は岐阜羽島駅をスタートしたばかりのところだから、何とか並走場面が撮れたのである。

この撮影に参加してくれたのは、契約ライダーの山本隆と星野一義くんだったのだが、 岐阜羽島駅をスタートしたこだまでもなかなか速くて、バイクとの並走シーンを撮るのに、大変苦労したのである。

 その写真、山本隆くんが持っていた。

  

 『花咲く乙女たち』のロケは、岐阜県尾西市で行われていたから、日活さんも多分この場所で撮られたのではなかろうか?
写真はなかなか大変だったが、映画の場合は動画だから、何とかなったのかも知れない。

★世の中、いろんなことがいろんな形で繋がるものである。
 この二つのコメントを頂いた、吉田高広さんも、池田賢一さんも、定年後お会いした仲間たちで、いろんな形で繋がっている。

 吉田さんは、カワサキワールドを担当されていて、『ミニSL』などのイベントを一緒にスタートさせた仲間だし、池田さんは車椅子ながら、びっくりするほど活動的なのである。

SNSの世界では、直接お会いしていなくても、毎日自然に繋がっているのがいい。
何か話題を提供すると、そこからどんどん繋がっていくのである。
もうカワサキの現役を離れてから20年にもなろうとしているのに、
未だに『カワサキ』がそんな仲を取り持ってくれてるのは嬉しいことなのである。

一昨日から、昭和39年(1964)年という50年以上も前の出来事から、いろんなことで、いろんなことが繋がるオモシロい世の中だと思う。
 

 
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